ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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舘野唯香

 

          ⅩⅤ

 

 ランウェイ用のホログラムの撮影が終わって身支度を整えた時には、秋の日はつるべ落とし、外はすっかり翳っていた。

 撮影部の生徒たちと舘野唯香が器機のあと片付けやら計器の清掃、撮影に使用していた映写室の後始末をしているのを操祈も手伝って、部屋の施錠をした時には六時近くにもなってしまっていた。彼女が映写室を訪れてから、かれこれ三時間あまりにもなっている。

 こんなに時間がかかってしまったのは、ひとえに撮影を何度もやり直していたからだったが、テイクを重ねること、なんと十七回!

 ただ直線を往復して歩くだけのつもりでいたので、ほんの十分もあれば終わるものとたかをくくっていたのだが、

 甘かった――。

 映像のプロを自認する少女たちのクリエイターズマインドに火をつけてしまったようで、ホログラム撮影をして、ディスプレイ上で再生してチェックというのを延々、繰り返すハメになっていたのだった。

 その都度、操祈の歩幅、足の運び、決めポーズから、自己アピールのショートスピーチにいたるまで、ブラッシュアップを求められ、少女たちは完璧な“仕事”を目指して殺気立ってくるほどになっていったのだ。

 操祈にしてみれば、自分をよりよく撮ろうと力を尽くしてくれるのはありがたかったのだが、

「ステキです、操祈先生っ、今のは世界一です!」

 ようやくオーケーが出て終わったと思ったら

「じゃあ次は宇宙一をめざして、もう一本いきまぁーすっ、テイクっ――」

 と続くと、さすがに泣きごとを言いたくなった。

 最後に、自分自身のランウェイホログラムと体面した操祈は、本当にこんなものを(おおやけ)にしても良いのだろうかと思ってしまうのだった。

 それというのも教師である自分が、あまりにも“女”としての面を表にしすぎているのではないか? という疑いと悔いだったのだが、懸念を伝えると、

「全然問題ありません、他の人たちはもっとずっとスゴいですから大丈夫です」

「みんな自己アピールの機会をもらうとホンキ出しますからっ」

「先生が控えめすぎたので、私たちはほんのちょっと背中をお押しただけです」

 撮影にあたった少女たちは、やりとげたようすで満足げに応じるばかりだったのだ。

「そうなの……? あんまりやりすぎないでよね……私の映像なんてちっちゃくていいんだから、みんながスルーするように、なるべく目立たないようにしてちょうだい」

「先生っ、もうサイは投げられたんです、あとは神のみぞ知る、わたしたちはただ全力で先生のサポートをするだけですのでっ」

 操祈の願いは穏便に、差し障り無く、この不本意なオブリゲーションを終えることだったが、少女たちが目指しているものとは違うようなので心配になってくるのだった。

 

 

 映写室を出て職員室へ戻るまでの(みち)すがら、操祈は唯香と連れ立ってゆっくりと歩を運びながら、少女と言葉を交わしていた。

「こうして唯香さんと二人、お話をするのは、もしかして初めてかしら……?」

「そうですね、先生の周りにはいつも誰かがいるので……」

「今日はあなたがいてくれて助かったわ、ありがとう」

「べつに私は何もしたわけではないので、でも撮影部のみんなは本当に一所懸命やってくれてたみたいですけど」

「だけど、あんなに何度も撮り直しをしたりするものなの?」

「なんか、今日はみんなのスイッチが入っちゃったみたいで、他の人はそんなでもなかったみたいですよ。私なんか、テストと本番の二回だけでオーケーが出たくらいですから、あと山崎さんとかは自分で何度もテイクを重ねられたそうですけど、納得するまでしつこいくらい撮り直しを求められたって留美ちゃんがこぼしてましたから」

「そう、人それぞれなのね……」

「女の意地とプライドが、かかってる人たちにはかかってるので……」

「あら、そうなのぉ?」

 操祈は隣を歩く唯香をまんじりと見つめて

「私は関係無いですよっ、ただのお囃子(はやし)、引き立て役の一人に過ぎませんから」

「なにいってるのよぉ、こんなに若くて可愛くて綺麗なのに」

「先生がそれを言われると、イヤミに聞こえますよ……そんなおつもりじゃないってわかっていますけど……でも本選にあがってくる人たちって、私なんかとは違って、みんなある意味でプロなんです。現役のアイドルだったりする子とか、モデルをやってる人とかも居たりして……」

「あらそうなのぉ、じゃあ、あたしも関係無いじゃないっ」

 操祈は晴れ晴れとした顔になる。

「先生は本当にわかってらっしゃらないんですね……」

「わかってないってなにが?」

「いえ、いいんです……」

 少女は操祈の腕を取ると自分の胸に抱き取った。

「わたし、先生のことが好きなんです……」

「わたしも唯香さんのことが大好きよ……すなおでやさしくて……たしか弟さんがおひとりいるんだったわよね? ステキなお姉さんをしているわね」

「……先生に折り入ってご相談したいことがあるんですけど……聞いていただけますか?」

「いいわよ、わたしで良ければ、なんなりと……」

「先生じゃないと話せないことなんです……」

「あら、なにかしら……?」

「いえ、今じゃなくて、また日をあらためて……二人だけでお話ができるところで……」

「いいわ」

 

 

「随分と仲がいいのね……食蜂センセイと……」

 職員室の前で操祈と別れ、ひとり教室に向かう舘野唯香の背中に聞き覚えのある声が呼び止めた。

 唯香は振り返らずにそのまま立ち去ろうとする。少女と声の主の間には緊張した関係があるようだった。

「まだご返事を聞かせてもらってはいないのだけれど……」

「その件については、はっきりお断りした筈ですが……」

「いいえ知らないわ……だっていい返事じゃなかったでしょ? わたしの耳にはお行儀の良い返事しか聞こえないの」

 唯香は無視して歩こうとすると

「たしか島崎一成さんと言ったかしら?」

 後ろから聞こえよがしの声が絡みついてきて唯香の足止めをする。

「あのT大生、今度、法科大学院に進学することが決まったそうじゃない、良かったわねぇ」

 唯香は屹度(きっと)なった顔で振り返ると、そこにいた碧子を睨みつけた。

「わたしたちには関わらないでって言った筈ですが」

「別に関わる気なんて無いわ、凡人は凡人らしく小さなパイを巡って一生を終えるんですもの、いったいわたしに何の関係があるって言うの? 思い上がらないで欲しいものだわ」

「………」

「でも、お交際(つき)あいしているのが十五歳っていうのはさすがに不味いんじゃないのかしら? 彼のささやかな未来も閉ざされてしまうかもしれないわね」

「べつに私たち、交際あってるわけではありませんから、ただの家庭教師の先生ってだけで……」

「そう……じゃあ……これはいったいなにを教わっているところなの……?」

 碧子は唯香の近くまでやってくると、スマートフォンの画面をチラリと覗かせた。

 瞬間、唯香の顔色が変わり、血の気が引いていく。

 そこには口づけを交わしている唯香と若い男の画像が映し出されていたのだった。

「どうしてそんなものが……」

「これだけじゃないのよ……もっとスゴいことをしているのもあるわよ……見たい? なかなかの熱演ぶりよ、見応えがあってステキだったわ」

 唯香は瞋恚(しんい)と羞恥のないまぜになった顔で頬を上気させている。

「卑怯よ……」

「あら聞こえなかったわ、もう一度言って、大きな声で……わたしも大きな声で言ってあげましょうか? あなたたちのことを」

「………」

「ねぇ、ご返事を聞かせていただけるかしら?」 

「生徒会長ともあろう方が脅迫するんですか……?」

「脅迫ですって? 人聞きの悪いことを言わないでちょうだい、これは依頼よ、あなたたちのことを思っての私からの心からのお願い」

「………」

「あなたにとっても悪い取引じゃない筈よ……ほんの少しだけ協力してくれれば、あなたたちの将来は約束された明るいものになるんだから」

「………」

「大したこと無いじゃない? 誰もあなたがやったとは思わないし……あなたには何の責任もないお話なんだから……」

「どうして……あなたはどうしてそこまであの人のことを憎むんですか? あんなにステキないい方を……」

「それこそあなたにはなんの関係も無い話だわ、ただわたしは、あの人に二度とわたしの視界に入って欲しくないってだけ、それだけのことよ」

 

 


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