ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
ⅩⅦ
月曜日の朝、レイがいつもよりも早く教室に入ると、既に数名の男子がひとつの机の周りに集まって額を寄せ合うようにして何かに魅入っている様子なのだった。レイに気づくと夏上康祐が「ミツっち、オーッス」と、手を上げる。
「おはようコースケくん、どうしたの? みんな今日は随分、早いんだね」
「どうしたのって、オメ、なに呑気なこと言ってんだよぉ、今日はフルバージョンの画像が上がる日だろうがっ!?」
「画像? あ、そうかミスコンのエントリー画像が上がるのって、今日だったっけ?」
「これだから調子くるうよな、ミツの仙人ぶりはよぉ、情報が届くの遅すぎだろ、いったいどこのド僻地に居るんだよぉ」
「昨日の夜に、専用サイトに今朝の八時に動画が一斉アップされるってアナウンスがあってサぁ、みんなでそれを待ってたってワケよ」
ヤッさんこと堀田靖明が覗き込んでいた机から長身を起こしてレイに説明した。
女子たちも、それぞれがスマホ画面と向き合っている。
男女に限らず、参加しているかどうかに関わらず、やはりみなミスコンの趨勢が気になっているのだった。
「なんてったって西東京プロムクイーンダービーってことで世界的にも関心が寄せられてるみたいだしな」
「そうなの? 全然知らなかった、で、今どんな感じ?」
「まぁこういうオープンサイトだと、やっぱ知名度の高いヤツが突っ走るよなぁ、大英帝国ブックメーカーの予想どおり霧ヶ丘の北條真澄かなぁ、オッズがただ一人ひと桁台の4.3、サイトオープンしてまだ十五分しか経ってないけど、下馬評どおりの強さでスタートダッシュ、このまま突っ走りそうな感じでもう一万アクセス突破してるし、いいねポイントも八千を越えてる。次いで長点上機の蔵本と藍鈴の新居坂がほぼ横並びで追ってるが、アクセス数はともに二千ぐらいだからトップとはちょっと差をつけられてる。ウチだと山崎がただひとりベストテンに入っていてもうすぐ千アクセスになるって感じだけど、他に百位以内につけてるのは一組の加瀬美利香ぐらいか」
「食蜂先生は?」
「いま七百位ぐらい」
純平が応えた。
「あ、良かったね、それなら大丈夫そうだから」
「大丈夫ってナニがっ?」
「ファイナリストって二十名なんでしょ、とても入れそうもないじゃない」
レイが笑顔でそう言うと、“おまえは何を言っとるんじゃ?”とばかりに全員が顔を上げて彼の方を振り返るのだった。
「おまえなぁ、仮にも二組の生徒だろ? 栄えある操祈先生の教え子だろうがっ、それが先生がファイナルに残れないのを喜ぶとはどういうことだっ、いい根性してるじゃねぇかっ」
いつもは温厚な勇作にまで叱られてしまい、レイは平謝りになって言い訳する。
「だって先生は出たくないって、あんだけ言ってたのをボクらがむりやり引っぱりだしちゃったからさ」
仲間内のリーダー格である夏上康祐が席から立上がると、レイの肩に腕をまわして説き伏せるように言った。
「おまえはな、確かにいい奴だ、だがな、俺はまえからずーっと思ってたんだが、ミツは頭ン中の部品の幾つかを、どっかに落っことしてきちまったんじゃねぇのかなってな……」
「コースケくん……それはないとおもうよ……」
レイは苦笑いをするが、
「まぁちょっとこっち来て、この動画を見ろ、話はそれからだ」
「スマホならボクも持ってるけど……」
「専用ソフトを入れて登録してってなるとテマかかるだろっ、だからそんなのは後でやりゃあいい、まあ今はこれを見とけっ」
夏上康祐のスマホ画面に操祈のランウェイ動画がまた映された。
白いビキニの見事なプロポーションが、モデルのように颯爽と足を運んで奥からやってくるとカッコ良くポーズを決め、そこで短いスピーチを行い、くるりと踵を返すとまた奥へ去っていくという、わずか二分足らずの短い映像だった。
画質は百万画素程度で音声データも非公開だったが、それでも操祈の魅力が良く表現されていてコースケたちが騒ぐのも無理はないと思うのだった。
特にレイが驚いたのは、ウォークインする操祈が体の動きによってやんちゃに揺れる豊満な胸を抑えようと、一度だけ二の腕の間に挟むような仕草をいれていて、さりげなく膨らみの豊かさと柔らかさをアピールしているように見えるシーンがあることだった。
それが実に操祈らしくないというか、恐らく誰かに言われてやらされたのだろうと思うが上手くハマっていて、とても可愛らしく魅力的だったのだ。眼福とでもいえるような初々しいお色気を感じるのだった。
「どうだ?」
「うん、綺麗だね」
「オイ、それだけかよぉ、反応、薄すぎだろっ」
「すごく綺麗で魅力的だと思いますっ」
「レイっち、おまえはこの映像を実寸のホログラムとして間近で見たいとは思わないのか?」
「スリーサイズの公表も、ファイナリストだけなんだぞっ」
レイは今度こそ納得しました、とばかりに細かく何度も頷いた。
「だろ、だとしたら、俺たちはどうすればいい?」
「先生にファイナリストに残ってもらうようにって……でもボクらでできることは少ないと思うけど……アクセスカウントは一人一日一回だし、複アカはダメだろうし……」
「だよな、まぁせいぜいツイで口コミ増やすぐらいか、でも、そんなことはどこもみんなやるだろうしな……」
「まぁ俺らとしちゃ、二週間のキャンペーン期間中を目一杯、頑張るしかネェなって、話してたところなんだが、当然、ミツ、おまえもヤルよな」
「いいけど、ヤルってボクは何をすればいいの?」
「オフィシャル映像のコピーを拡散するんだよ、映像さえ見てもらえれば誰だって操祈ちゃんには魅了されるに決まってるンだから」
「でも映像は複製できないようにプロテクトかかってるよ、無理して破ったりしたらかえって拙いんじゃない? 最悪、不正発覚って資格停止になることも……」
「そりゃ拙いよな、だからさ……」
六人の中でいちばんデジタルツールの知識のあるマコトが、敢えて奥の手を使う、と言い出した。
「そりゃ、こっそり破ろうとするところは出てくるだろう、当然、アカだってダミー使って稼ごうとする奴らも居るだろうし……」
「選挙に組織票はつきものだからな、主催者側との攻防はもう始まっているとみた方がいい、だがな、俺らはそんな不正には一切関与しねぇ、あくまでも操祈ちゃんを思う真心と情熱でこの闘いに勝つっ、勝ち抜くっ」
「原始的な方法だけど、根気さえあればできることだから」と、マコトが計画を説明し、話を聴いていたレイは表情を渋くする。
「でもものすごく大変だよ、それって……」
「大変だからヤルんだろっ」
「ボク、今、生徒会の方の仕事もたまっていてさ……」
「ヤルよなっ?」
コースケに迫られてレイは不承不承、同意したその時、悪だくみの計画を練る六人組の背中に
「あら、なにをやるのっ?」
と、涼しげな声がかけられた。
ぎょっとして顔を上げた男子たちの前に、教材を胸に抱えた操祈が凛として見下ろしていた。その朝、教室の空気がいつもとは違うことに気づいた操祈は、後ろのドアからそっと忍び足で中に入ってきていたのだ。
「み、操祈せんせ……おはようございます……」
六人は即座に気を付けの姿勢をとって整列する。話に熱中するあまり、始業チャイムが鳴っていることに気がつかなかったのだった。
操祈はデスクの上に置かれたスマートフォンの画面に自身のビキニ映像があるのを目敏く見つけ、
“やっぱりこうなるのぉ……だからイヤだったのよねぇ……”
心中、ため息をついていたが、顔には出さずにニコニコしたまま
「ホームルーム、初めてもいいかしら?」
と訊くと、少年たちは恐懼して、無言のまま何度も頷くのだった。
教卓を前に端然と立った操祈は件のスマホの持ち主に、
「夏上くん、授業中はスマートフォンの電源をちゃんと切っておいてね」
と、時速百マイルの牽制球を投げつけて、震え上らせることも忘れなかったのだった。