ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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それぞれの夜

          ⅩⅧ

 

 やっと三十コマ目が終わったところだったが、明日までのノルマはまだ四十近くもあって、少年はデスクに身をあずけるとしばらく目を閉じた。

 主催者側が提供している動画閲覧用の専用アプリは画面コピーの作製すら楽をさせてはくれないのだ。

 結局、ワンフレームずつ静止画像を複製した後、画素数を揃える為に他の編集ソフトを使ったトリミング作業が欠かせず、集中しても一枚の処理には二、三分はかかってしまう。ひとりあたり約五百枚の分担を今週中に達成するには、一日のノルマを七十枚程度もこなさなければならないのだが、根を詰めても数時間はかかる計算だった。

 誰に憚ることなく操祈のビキニを眺めることができるのはありがたくても、そのためにデートを先送りにしなければならないとしたら間尺に合わない。

“先生、どうされてるかな……さすがにもうお休みになられてるだろうな……”

 こんなことなら、やっぱりあのとき無理にでも先生から“プレゼント”をおあずかりしておくべきだったな、と少年は思った。

 二週間、ことによったらそれ以上も逢えなくなるというのは酷だと思う。

 紅音のペントハウスを使うようになりデートの計画が立てやすくなって以来、自分の中にあった忍耐力が緩んでしまったというのか、以前にも増して操祈の肉体への渇望が強くなっているように感じていたのだ。

 デートの回を重ねるごとに彼女自身も愛くるしい姿を隠さずに見せてくれるようになっていて、それは少年にとって嬉しい発見であり、目眩(めくるめ)く驚きなのだった。

 教室に居る時の背筋のスッと伸びた時とはまるで違う女のコらしいしぐさや、自分に甘えてくる時の声音は胸が痛くなるほど可愛いらしかった。

 裸になったときの操祈は、服を身につけているときとは別人、と言ってもいいくらいの変わりようで、その落差が少年の心を悩ましくさせてしまっている。

 ずっと憧れ続けていた美しい人の生まれたままの姿、柔媚な体の感触と温もり、肌のにおいを知った今、毎日、すぐ手の届くところに居て、一皮めくれば愛おしい素顔があらわになることを知っている少年にとって、抱くどころか触れることもできずにいるというのは、もはや拷問に近い、そんなふうにも思えてくるのだ。

 すぐに逢えると思うからこそ堪えられたが、もしもそれが長く続くとなると、さすがにどこまで我慢できるか自信が持てなかった。さりとて、学内で操祈の体に触れようものなら、それこそ万事休すとなりかねない。

 なんとかやりくりしてデートの時間をつくらなくちゃ――。

 少年の股間はブリーフの中でまた痛いほどかたくなっている。

 自分はまるで御馳走を前にしておあずけを食らっている腹を空かせた犬になってしまったようだ、と自嘲気味に思うのだった。

 時刻は夜中の十二時を廻っていた。

 一度トイレで熱を冷ましてから、また作業にかかろうか、とも思う。

 後輩でルームメイトのヒサオ――那智陽佐雄――も、まだ部屋に戻ってきてはいなかった。

「そういやあいつ、遅いなぁ……なにやってんだろう……」

 椅子から立上がりかけた時、ドアがノックされてレイは「どうぞ」と、応じた。

 入ってきたのは案の定、ヒサオだった。長身痩躯、大股でレイのところまでやってくると

「すいません先輩、遅くなりましたっ」

 と頭を深々と下げる。

「イヤ、ボクもまだ寝てなかったからいいけどっていうか、まだ当分、寝られそうにないんだけど」

「あ、それ、食蜂先生の映像ですよねっ」

 ヒサオはレイが作業中の画面を覗き込み、

「やっぱり食蜂先生はオトナですよねぇ、他の子たちとは差があるっていうか……すごくいいですよね、このエントリー動画」

 レイは我が意を得たりとばかりに鷹揚に頷く。

「先輩はいま何をされてるんですか?」

「実はこれが夜なべをすることになる理由なんだけど……」

 レイは後輩に自分たちの計画――静止画を集めて動画にして拡散するという原始的な力仕事――についてと、自分に分担された役割について詳しく話をした。康祐たちからは特に口止めをされていたわけではないのでかまわないだろう、と思ったのだ。

「ヒサオくんは、いま、ヒマ?」

「先輩は僕に手伝えって言われてるんですよね?」

「そうしてくれると助かるんだけど、このままだとこの先一週間、毎日寝るのが三時を廻ってしまいそうなんで、もちろんタダでとは言わないから」

「お手伝いして差し上げたいのはヤマヤマなんですが、実は……」

 ヒサオは事情を説明してレイも深く頷いた。

「そうか、やっぱりそんなことになってるのか……」

「ここだけの話ですけどね、会長、だいぶショックだったらしいですよ」

「でも山崎さんは、学内ではぶっちぎりでトップを走ってるじゃない? それでも気になるの?」

「そりゃ、この映像見れば、誰だって危機感を覚えますよ」

 ヒサオはモニター画面に映る操祈の顔のアップに目を遣りながら言った。

「まだレースは始まったばっかりですし、二週間の選挙戦でこの先、なにが起こるかわかりませんから。先輩たちみたいな応援団が男子の中に拡がることを一番警戒しているのは会長ですよ」

「そうか……」

 こりゃ当分、事が終わるまでは何があっても生徒会室には行くまい、とレイは心に決めるのだった。

「それにしてもヒサオくんが黒田さんの実の弟ってのにはびっくりした。いいね、あんなに綺麗なお姉さんが居るって」

 二年二組のクラス委員の黒田アリスは、生徒会室で何度か顔を合わせたことがあったが、びっくりするほどの美少女だった。

 レイと同じ“純血種”で、黒い髪に黒い目の、どこか儚げな雰囲気がひと目を魅くのだ。

「姉っていっても、アリス姉は生まれてすぐに養子に出されてたから、僕には親戚のお姉さん、って感じなんですけど」

「ボクは一人っ子だったから、そういうのって凄く憧れるよ……うらやましい……あれ、黒田さんもエントリーしてるんじゃなかったっけ?」

「してますよ」

 ヒサオはこともなげに認めた。

「だよね、それなのに、君は黒田さんの支援にまわらなくていいの?」

「姉が会長の支援にまわって動いているので」

「ああ、そういうことか……」

「ええ、そういうことなんです。姉は次期会長候補の一人ですからね、会長の支援をとりつけておかないとならないんですよ」

 ヒサオは甘いマスクを分け知りにして笑んだ。

「なんだかねー、そういうのは……」

「ですよねぇ……でも姉が派閥の禅譲狙っている以上、会長の顔色を見るのは仕方ないと……だから僕も会長を支持しておかないとならないので、先輩のお手伝いはできません。でも情報を流す事ぐらいの事ならできますよ。僕だって男ですから、食蜂先生のランウェイ、見てみたいですからねっ」

 

 

「あによっ、あたしとのデートよりも優先することって……」

 操祈はベッドの上でころん、と身を返して仰向けになると、形の良い眉を翳らせて不満そうな顔で天井を見つめた。

「つまんないな……」

 このところ毎週のように週末はレイとのお泊まりデートだったので、今日の放課後、紅音からレイからだと言って、今週末のデートは先送りしたい、との話が伝えられたとき、とてもがっかりしていたのだった。紅音から慰められるほど表情にも落胆ぶりが出ていたらしく、教師の顔を取り戻すのに化粧室に入って気持ちを立て直さなければならなかったくらいに。

「週末、女のコをひとりにするなんてっ」

 つい愚痴がこぼれてしまう。

 枕に頤をのせて

「逢いたいな……レイくんに……」

 女の思いをつぶやいて顔を埋めた。

 すると――。

 

“あらあら、そんなにエッチがしたいのぉ、このアバズレさんは――?”

 眼を閉じていると、またもうひとりの自分が絡んできたのだ。

 こんなふうに悶々として眠れない夜になると、そいつは待ちかまえていたようにやってきては掻き回していくのだった。

 

 そうよ、だってレイくんは恋人なんだから……愛しあうのはあたりまえでしょ……。

 

“あはっ、とうとうひらきなおるようになったのぉ? イケナイこといっぱいして、すっかりチョロいさんになっちゃったのねぇ――”

 

 わたし、恥じるようなことなんてしてないわ……人を愛するのがイケナイことのはずがないから……。

 

“あらあ、そうなのぉ? でもあんなこと、フツーの女はしないのよぉ、男の子のあの可愛いお顔の上にしゃがむなんて、そんなはしたないことはぁ――”

 

 そんなこと……してないわ……。

 その時の事を思い出して、操祈はまたひとり真っ赤になっていた。体が恥ずかしさにカーッと熱くなる。と、ともに女の密やかな花芯がまた潤んだようになっていくのがわかるのだった。

 

“そうなのぉ、まぁいいわ、でもあんまりハメをハズして、ダイジなあの子から愛想をつかされないように注意なさい、セックスのときにナイーヴになるのは女よりも、むしろ男の方だってことをよく覚えておくンだゾ――”

 

「ハメなんて、ハズしてないもん……」

 操祈は枕を抱いたまま思いを口にして、心の声との対話を断ち切るのだった。

「みんな、レイくんが……いけないんだから……」

 

 

 

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