ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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悩ましき美女たち

 

          ⅩⅨ

 

「やっぱりスゴいですね、先生は……」

「あら、なんのこと?」

「ご存知じゃなかったんですか? 密森くんたちが頑張ってること」

 操祈はなんのことかわからず、きょとんとしたまま首を何度も横にふった。

 レイが何かしているらしいとはうすうす感づいてはいたものの、表立って問いただすわけにもいかず、そのままにしていたのだ。

「あの人たち、先生のオフィシャル映像をわざわざ一コマずつ撮りなおして、それを動画にしては次々にネットにあげて拡散してるんです。それで、その画像を見た人たちが一気にアクセスしてきてヴュワー数がうなぎ上り、あっという間に五十位以内になって来週末にはファイナル出場の二十位以内に入るのも間違いないって勢いだそうで……それにひきかえ私なんて二千位あたりをうろうろするばっかりなんですけど……」

「うーん、それって、例のミスコンのお話よね……」

「三千コマにもなる動画像を一コマずつ撮りなおしていたみたいですから、すごく根気のいる仕事だったと思うんです、きっとずっと寝ずの作業だったんじゃないかなって」

 話を聞いて操祈の心中は複雑だった。すなおに歓迎する気持ちにはなれそうもなかったからだ。出たくもないミスコンに引っぱりだされた挙げ句、さらにまだ恥の上塗りをさせられることになるかもしれないとしたら、ありがた迷惑もいいところだった。

 それにレイくんまでもが噛んでいるとしたら――。

 実際、あの映像が公開されて以来、教室運営にも差し障りを感じるようにもなっていたのだ。

 一部の男子生徒は彼女への性的な関心を露骨に示すようになっていたからだ。

 ただそれは教室内に留まらず、程度の差こそあれ職員室やその他の場所でもあって、そんな時にできることと言えば、「それ、セクハラですよっ」と、冗談めかして諌めるぐらいがせいぜいで、操祈の安息は侵害されていた。

 そんな迷惑なものをさらに拡散されているとしたら、ますます居心地が悪くなるばかりなのだ。

 困った子たち――。

 レイくんもレイくんよっ、そんなことのためにデートをすっぽかすなんてっ――!

 だからといって努力を否定することもできないのだった。余計なことをされていると思う一方で、ランキングが上がったと聞いてよろこんでいる自分が居るのも感じていたからだった。

 こんなことで自尊心がくすぐられるというのも安っぽくて嫌だったのだが、そもそも女心というものは自分でも扱いがやっかいに感じる身勝手なものなのだ。

 だからこのことで、多少なりとも唯香やその他の少女たちが傷ついているかもしれないと思うと、ますます慎重にふるまわなければいけないと、操祈は心密かに自分に言い聞かせるのだった。

「でも唯香さんがお話ししたかったのは、そのことではないんでしょ?」

「はい、ミスコンのことは始めからそんなに期待も関心もなかったので……」

 舘野唯香から折り入って相談したいことがあるから、と言われ、二人は校舎の屋上に来ていた。 

 土曜日の午後――。

 生徒たちの多くは週末のフリータイムを満喫している筈だった。

 いつもであれば操祈も帰り支度をしながら、デートのことを想って心を躍らせている時間。

 教室内には生徒の姿はなく、教職員も多くがもう帰途についたか、つきはじめている頃。

 それでも少女は二人だけになることにこだわって、職員室ではなく誰も居ない屋上にやってきたのだった。

 まだ十分に日が高いとはいえ十一月ともなると、さすがに吹きさらしの風は冷たく、外套を纏っていると丁度いいくらいの陽気だった。少し離れたところにあるグラウンドでは運動部の生徒たちが練習に精を出していて、遠く呼び子の響きが聞こえてくる。

 少女が望んだとおりの、二人だけで話のできるひと気の絶えた静かな場所。

「伺うわ、なぁに……?」

 が、あらためて訊くと少女の顔に躊躇いが泛くのだ。

 事情のあることだろうと察して、操祈は相手が話し始めるのを待つことにした。

 やがて少女は気持ちの整理がついたのか、ようやく口を開いたが余程のことなのか

「誰にも言わないで下さい……」

 と、また念をおしてくる。

「わかっているわ、約束よ……でも本当に私でいいのかしら? カウンセリングなら立派なプロの方が居られるのに……」

「先生じゃないとダメなんです……他の人には……誰にも話せないことなので……」

「いいわ……」

「前に先生にもお話ししましたけれど、わたし、交際()きあってる男の人が居るんです……」

 唯香の話は、初めは他愛もない恋愛相談のように聞こえていた。

 彼女には年上のボーイフレンドが居て、相手は家庭教師の大学生だという。

 交際――を、始めて数ヶ月になるとのことだった。

「年齢は先生と同じで、来年、法科大学院に進学することが決まっていて、将来は法律家になるつもりだって言ってました」

 けれども、うちあけ話をする少女の表情は翳ったままなのだ。

「まぁ、ステキな彼氏さんね、わたしにお惚気(のろけ)話を聞かせたかったのね」

 操祈は空気を変えようと冗談を口にしても、少女は控えめな笑みを覗かせるだけだった。

「でも、私、まだ十五なので……」

 話を聞いていて最初に抱いた懸念はその点だった。

 もしも“交際”というのが性的な意味を含んでいるのだとしたら、立場こそ違え、自分と同じ問題を抱えていることになる。

「あなたは……?」

「はい……彼とはそういう関係です……」

「そう……でも、だからといってすぐに問題になるわけじゃないでしょ? 恋愛はプライバシーで、あなたたちの中でのことだから……」

「そのことはあまり気にしていません……ただ……」

 唯香はまた口澱み、端正な顔を曇らせて俯いた。

「もし、なにかあったら……わたしは彼を追いかけることができるんでしょうか? そういうことが許されるんでしょうか……」

 相手の立場を慮って行動をしようとしている少女の賢明さが愛おしかった。

「なにか……気になることでもあるの……?」

「いいえ、わかりません……でも……」

「でも……?」 

「それを感じる時が……あるような気がして……だけど、よくわからなくて……わたし……」

 唯香の言葉が曖昧でわかりにくいのは、少女が肝心なことを言おうとして、言えずにいるからなのだと操祈にもわかった。今にいたってもなお、言うべきか言わざるベキかを迷う少女の葛藤が伝わってきて、かけるべき言葉を失ってしまうのだった。

 長い沈黙の後、少女は重い口を開いた。

「先生、本当に誰にも言わないで下さいね……わたし……」

 ともすれば泳ぎそうになる視線を上げて、操祈の顔を見つめる。顔を朱に染めて。

「こんなこと……留美ちゃんにだって話せないことなので……操祈先生にしか……」

 そういうことか――。

 常ならぬ容子から相談の内容を察した操祈は、果たして聞くべきかどうか迷ったが、突き放すわけにもいかずに寄り添う方を選んだのだった。

「それは私が聞いてもいいことなの……? 私に応えられるかどうかもわからないことよ……話してしまってから後悔するようなことにならないようにもう少し、時間をおいてからにしてはどう?」

 考え直すようにと促したが、むしろそのことで少女の心は決まったようだった。

「一成さんは私の最初の男の人なんです……だから、私、他の男の人のことを知りません……」

「あら、私って、もしかして唯香さんの目には恋多き女に映ってたりするの?」

「いいえ全然、そんなこと……むしろその逆で、一人の男の人を真剣に愛する方だって思ってます……だからお話しているんです……わたしもそうだから……」

「私にアドバイスできることなんて何もないと思うけど……」

「彼と最初に関係を持ったのは夏休みになってすぐのことです。それからは殆ど毎週、デートするようになって……」

「でも、あなたたちがデートするのって大変だったでしょ、やっぱり他人目とかがあるから……」

「それは大丈夫です、だって、女の子ってお化粧すればいくらでも誤摩化せたりするから」

「まぁ……」

 たしかに唯香は背も高く、制服を着ていなければ中学生には見えないのかもしれなかった。

 レイに付け髭をさせても、どこまでもレイのままであることを思うと、操祈は笑いの衝動に襲われて、場をわきまえずに吹きだしそうになってしまった。

「すごく幸せでした……本当に、こんなに幸せでいいのかなって思うくらい……毎週のデートが楽しみで……」

 女にとって恋が順調なときほど幸せを感じることはないだろう、操祈はそれをいま経験していてよくわかるのだった。ただ、少女が過去形を使っていることが気になる。

「今は……違うの……?」

 さぐりさぐり訊いた。

「わかりません……わからなくて……わたし……」

「………」

「先生は……大人の女の人ですよね……?」

 遠回しだったが、訊かれていることはわかっていた。答えをはぐらかすことが許されないということも。

 ただ、少女の問う意味での“大人の女”であると言えるのかわからなかったが、それでも、

「ええ――」

 頷いた。

「わかってます……先生が恋をされていることは……だからああいう時、男の人がいろんなことをするのはご存知ですよね……?」

「ごめんなさい唯香さん、そういう質問にはお答えしにくいわ……」

 

 

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