ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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悩ましき美女たち2

 

          ⅩⅩ

 

「でも大好きな人から……変なことを……された経験はお持ちのはずです……」

「変なことって……」

 すぐに何を仄めかされているかがわかって、操祈もパッと頬に朱がさしてくる。

「すごく恥ずかしくて、女がとても口にできないようなことって言えば、おわかりかと……だってそんなにお綺麗なんですから、男の人が放っておいてくれるはずがないので……」

 少女も、そして問われた操祈もすっかり顔を(あか)らめていて、もう互いに嘘も誤摩化しも利かなくなっていた。

 胸の裡をさらしての本音のガールズトークになっている。

「……おありですよね?……お口で……愛されたこと……」

 操祈は大きくため息をひとつついてから、観念したように頷いた。しまったと思ったが、もうその時には取り返しはつかなくなっていた。

「……ええ……あるわ……」

 覚悟を決めて認める。

「そうですよね……やっぱり……」

「やっぱりって……」

 それどころか単に経験する、という以上のことをしているという自覚もあるのだった。レイとのデートは、つきつめてしまえば淫らな愛撫に身を任せることだったからだ。

 ただ、そんなことは他人にはとても言えないことだった。

「きっと先生にしか、わかってもらえないことだって思っていたので……だからずっとお話ししたいなって……だって先生、お気づきですか?」

「気づくって、なんのこと……?」

「操祈先生って今、おもいっきり女のコのお顔をされてるんですよ、知り始めたばかりの恋に身を焦がしている女の顔を……」

「そんな……からかわないで、唯香さん……」

「だって仕方ないじゃないですか……先生だって女なんですから……」

「あんまり察しがいい子は嫌いなんだゾっ……」

 操祈は困り顔になって少女と顔を見合わせたが、やがてどちらからともなく表情をくずしてしまい、共感の頬笑みを交わし合って和やかな空気に包まれていく。

「でも男の人って変ですよね? どうしてあんなことするんだろうって? 一成さんも、そういう人には見えなかったので……」

 少女が愚痴をいい、レイくんもそうなのよぉ――と、操祈も胸の中では納得していた。

「わたし、ヴァージンを失うのって、痛いのをちょっと我慢すればいいだけ、ぐらいに軽く考えていたんです……好きな人とちゃんと向き合うためだからって自分に言い聞かせて……だから変なことをされたときにはすごくショックで、泣きたいくらい恥ずかしくて……」

「ええ、そうね……そうよね……」

 初めての時のことは今でもはっきりと思い出すことができるのだった。少女の当惑は、自分と同様に女であれば自然な反応だった。

「良かった、先生も同じで……」

「なにが良かったのよぉ?」

「だって、こんなきわどい話を聴いてもらえる人って、他に居ないじゃないですか」

 少女は操祈に身を寄せてきていて、いつしか二人は欄干に並んで肘をついて、外の景色をぼんやりと眺めながら、とりわけ濃い内容のやりとりをするようになっていくのだった。

 互いに同じような経験をしていて、頷けることや、分かち合えることが幾つもあったのだ。

 強い羞恥以外にも、女の身が感じる孤独や不安、そして言葉にならないくらいの心と体の感動について、裡に秘めていたものを表にするのは、それまで抱えていた罪悪感の重荷から解き放たれるような安堵があるのだった。

「ああいうこと、先生はおイヤじゃないんですか?」

 操祈は静かに首を横に振った。

 いまでもとても恥ずかしくて、できれば避けたい、逃れたいとさえ思うことなのだったが、それでも恋人の幸せそうな顔を見ると拒めなかったのだった。

「わたしもです、初めの頃はすごく抵抗があったんですけど……でも、いまはもう違うような……」

「違うような……?」

「違うっていうか……違わないっていうか……おかしいですよね、わたしも……イヤなんですけど、イヤじゃないっていうか……なんか言ってることが支離滅裂で……」

 唯香の言っていることは覚えのあることだった。

 女の気持ちはアンビバレントなものが矛盾しないで共存できる融通無碍なところがある。理屈なんかじゃなくて、もっと大切なものだと思いこめる我がままさも持ち合わせている。

「わかるわ……」

 操祈も頷いて少女に同意を示した。同志を得た心強さからか、少女も上気した顔をほころばせている。

「先生ならきっとわかってもらえるって、思ったとおりです……」

「困った子ね……唯香さんはまだ十五でしょ、それなのに……」

「いけないことですよね……でも、そうじゃないってことも先生はお分りなはずです……恥ずかしいことができるのはその人のことが大好きだからだし、その大好きな人から愛されることはもっと素敵なことなんだってこと……」

 レイからも同じようなことを何度か聞かされていたようにも思ったが、やはり同性から言われると納得感が違うのだ。

「でも、こんなこと生徒に打ち明けてしまって、良かったのかしら……」

「今は女同士ですから……わたし、このことは誰にも言いませんし、先生だってそうですよね」

「言えるはずないでしょ」

「もし先生のことが男の子たちの耳に入ったら、きっと嫉妬に狂ってここから身を投げるおバカさんたちが大量発生しますから、だから絶対にナイショにします」

「冗談でもそんなこといわないでっ」

「冗談ではないですよ、操祈先生って、本当に自己評価が低すぎるんです……男の子たちがどれだけ先生のことを崇拝しているかご存じないんですから。私だって、先生の彼氏さんにはちょっとジェラシー感じてるくらいなのに……だってその人は、先生のいちばん可愛いところを知っているんですよね……やっぱりうらやましいです……」

「そんなこと言って大人をからかわないでちょうだい」

 そう言ってから、二人は顔を見合わせてまた含み笑いになるのだった。さながら共犯者のように。

「お話しできて良かったです……」

「わたしもよ……」

「これからも、なにかあったら相談に伺ってもいいですか?」

「相談っていうか、もう、ただのガールズトークよね……いいわよ……」

 女たちはお喋りに興奮するあまり、それまで意識せずにいたのだが、不意に陽が翳ってきていて風が一段と冷たくなっていることに気がつくのだった。

 互いに身を守ろうとするようにコートの前を合わせる。

「温かいお茶を淹れるわ、職員室へ寄っていらっしゃい」

「そうですね、いただきます……でもその前に、最後にもうひとつだけお伺いしてもいいですか?」

「なぁに?」

「先生は愛されてる時に、怖くなることってないですか?」

「愛されてるときって……その……彼から愛されてるときのこと……?」

「はい、自分だけが愛されているときに……」

 これまでを振り返り、愛撫されているときに怖いと感じたことはなかったと思う。

「怖い?……唯香さんにはそう感じる時があるの……?」

 最初に思ったのは、異性に自身の生理を(つまび)らかにしてしまうことへの、女からすると当然のような畏れについてだった。しかし、少女の懸念はそのことではないようなのだ。

「なんだか自分が磨り減ってしまうんじゃないかっていうような、不安っていうか……やっぱり先生みたいな女の人にはないのかな……」

「よく、わからないけれど……」

 操祈は少女が自分の恋を過去形で語っていたことを思い出していた。気になったのだが、そのままになっていた。

「なにか思いあたることでもあるの……?」

「わたしもよくわからないんです……ただ、ちょっと訊いてみたかっただけです……すみません……」

「ねぇ唯香さん、もしも心配事があるんだったら、ひとりで抱え込んだりしないでね……せっかく“お仲間”になれたんだから」

 操祈がそう言うと、くすみかけた少女の表情が、またパッと明るさを取り戻し、少女時代に特有の愛らしい輝きを放つようになるのだった。

 

 

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