ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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ファイナルイベント

 

          ⅩⅩⅦ

 

 二十名のファイナリストの紹介が済んで、最終投票の締め切りまで残すところあと十分余り――。

 会場に居る登録者は、最終的に四千五百三十七名にまで膨れ上っていた。11月半ばとはいえ、エアコンをフル稼働していても館内には熱気がこもって息苦しいほどの状態になっている。けれども誰一人として外へ出ようとするものは居ないのだった。みなが学園都市初代クイーンの栄冠がどの美女、美少女の頭上に輝くか歴史の目撃者、当事者たらんとしていた。

 そして常盤台中学の体育館にあっては、その事情から、自分たちの代表二人にどのような結果がもたらされるかについて熱く論じるものがそこかしこに居て、期待の(たかま)りを見せていたのだった。

 総論からするとファイナルでもやはり、ビッグフォーと呼ばれるスーパーガールたちの強さが目立ったコンテストだった。

 まさに正統派アイドルの王道を征くといった風格さえ感じさせた霧ヶ丘の北條真澄を中心に、人間離れした美貌を誇る長点上機の蔵本瑠樹亜や女性からの支持数がトップの藍鈴女子、新居坂シルディア、そして美女としての完成度の高さを印象づけた常盤台の山崎碧子らが順当に上位を占めてクイーンを争うと予想されたのだが、その一方で、ただひとり成人女性として参加した食蜂操祈は観客に強い印象を残していて、実際、彼女がどこまで支持を拡げたかにも多くの関心が寄せられていた。

「おい、みんな操祈ちゃんに全振りしたよなっ!」

 コースケが仲間に確認していた。

「もちろんよっ、チェックするか?」

「いーよ、みんなのこと信じてるからなっ。ついでにそこいらに居る連中にも手当り次第に最後の協力要請をしてこいよっ」

 レイも傍に居る生徒を皮切りに片っ端から操祈への投票を依頼してみた。すると反応は上々で十分に手応えを感じるものなのだった。ファイナル前後で彼女への支持は明らかに拡大していて、その点については読み通りだった。問題はその程度と規模である。

 マコトの見たてでは世界全体で推定登録者数、三百五十万人余、約三億五千万ほどの票が加算され、二週間に及ぶプレ投票を越える票がこの数分の間で確定するという。

 初めはほんの五校の間で試行されようとしていたミスコン企画が、あっという間にビューティページェントとして世界の新しいスタンダードになっていた。

 全世界百六十カ国以上、数百万人が参加した世界的巨大イベントに――。

 独立AIと完璧なホログラムの導入により、その日その時に会場に集まったものだけが登録でき、コンテストを目にしたものだけが公平に評価する、という素朴で単純な構造が支持されたのだ。これは運営側の方針や利権によってバイアスがかかり、とかく不透明になりがちな従来型のコンテストに対する民衆からの強烈な不満の意思表明とも言えるものだった。

 これに対して、当然のごとくフェミニストの間からは『美の基準の固定化』に繋がるとして懸念と批判の声が上がったが、その一方で、女性の容姿を“能力”のひとつと捉えて、身体的特徴としての美しさを評価される権利を主張する声もあがり、両者の間で刺々しい論争が繰り広げられたが、決着をみることはなかった。もともと妥協点のない口論のようなもので、理性的に落としどころを探る試みそのものが無謀なのだから仕方がなといえば仕方がない。

 しかし声無き大衆は明らかに後者を支持していた、というのがこのイベントの成功によって示されたようである。

 容姿は人間の価値を決める唯一の尺度ではなく、知性や体格、運動能力といった多くの価値のひとつであることを、人種や宗教、文化、民族などの垣根を越えて人類という種が長い歴史的慣習として認めていたからだ。

 あるいは悪名高き社会生物学的視点に立てば、人の美意識は社会や文化に影響を受けつつもコアな部分は遺伝的に条件づけられているからだ、と論じられるのかもしれない。いずれにしてもこうした堅牢な枠組みに挑戦するフェミニズムに対しては、表向き賛同することはあっても心情的には寄り添えない――それが民衆からの回答だった。

 かくして、さまざまな面からもbuzzったこの『ミス学園都市コンテスト』であったが、ビジネスとしても大成功裡に幕を降ろしたのだった。プレイベントからファイナルまでのわずか二週間の間に寄せられた厖大な広告収入は、運営側の当初見積もりよりも、ざっと十倍、一桁多く、爾後のビジネス展開にも弾みがつきそうだったのだ。

 学園都市スキャンダルによる煽りで支援が打ち切られ、経営難に陥っていた多くの域内教育機関は、思いがけない臨時収入に歓喜し、常日頃、簿記の帳尻合わせに悩ましい財務担当者たちの中には、ただちに第二回(ミスコン)を行うべきだとの声まで上がったが、もちろん、ただち――に、それが実行に移されることはなかった。

 

「まもなく投票締め切りとなります――」

 ホログラムのホストが参加者に投票を促していた。

 やがて――。

「午後八時、投票は締め切られました……」

 結果発表を待って会場は固唾をのんで静寂する。

 ホストはバックヤードから廻ってきた白封筒を受けとると、手に掲げて満場に向けて示した。

「ここに、ファイナル入賞者六名のお名前が記されています……」

 会場がざわめいた。

「六名? どういうこと? 一名じゃないのか?」

 という当惑の声が、会場のあちこちで囁かれ、名状しがたい気配のうねりとなっていく。

「私もみなさまと同様に、この封筒の中にどなたのお名前が記されているかを存じません。世界中で知っているのは、ただ“お一人”、学園都市の『ミス学園都市コンテスト』専用AI――SIZUE――さん、だけです……」

 AIは無慈悲だ。溜めもなく、空気も読まず、タイミングや間もおかまいなく機械的に処理をする。

 そこに人間的な味付けをするのが運営側の腕の見せ所でもあった。ページを開いた途端に犯人の判る本格推理小説など、誰が読むものか、である。

 その日の観客は、この狂熱が冷めてしまうことをあきらかに惜しんでいた。そこに気づいた賢明なチーフプロデューサー――鋭利学園の一年生である十六歳の少女――が、演出にひと手間を加えることで“一端覧祭”のオーラスを飾るに相応しいファイアーストームに仕立て上げようとしたのだ。

「……私も、なぜ六名なのか知りません。六名がクイーンということなのか、それともこの中から更にお一人が選ばれるということなのかも分りません……ただ、六名の方たちには本イベントに協賛していただいた航空会社各社から、美のアンバサダーとして、今後一年間、世界中を訪問していただけるフリーのエアチケットが提供されるとのことです。もちろん全てファーストクラスということで……」

 会場全体に、おおーっ――というどよめきが上がった。

 ホストも眉を吊り上げて驚きを示していた。

「え、どういうことだ?」

 事情が良くのみこめなかったのか、ヤッさんがレイに訊いた。

「航空会社が一年間、全航路有効のフリーのファーストクラスチケットをくれるんだって」

「だから、それってどんだけスゴいの?」

「使い方にもよるけど、円換算にして数千万から億ってとこかな?」

「億かよっ……!」

「スンゲェなぁ……」

 ホストはここで大会側からの通達があったとして、

「これより六名の入賞者のお名前を発表するに先立って、惜しくもファイナル進出を果たされなかった候補者たちへの敬意をこめてプレファイナリストの八十名全てと、また本イベントにご参加いただいた全ての候補者たちへの感謝をこめて、その中から抽選された百二十名を加えた総勢二百名のホログラム映像をダイジェスト版ではありますがお届けすることになりました」

 場内には一瞬、

 引っぱるなぁ――というような、どこか微妙な空気が漂ったのだが、

「プレイベントに参加され、投じられた有効投票、総数二億六千三百八十八万とんで百二十一票の思いに、時間の許す限りお応えしたい――」

 との説明は誰もが納得のいくものなのだった。

 ステージの手前と奥に新たにホログラムの透明なスクリーンが二つ投影され、候補者たちが片方のスクリーンからウォークインし、もう片方のスクリーンへとウォークアウトするという趣向になった。そこから二百名もの美女、美少女たちが、ファミリーネームのアルファベット順に大観衆の前を、それぞれ独自のパフォーマンスを行いながら一人一人、次々に行進して行くさまは、さながら花火大会のトリを托された大スターマインのように、まさにビッグイベントを締めくくるに相応しい豪華なものなのだった。

 ファイナリストたちのように一人一人がホストに紹介されることはなく、名前が正面のスクリーンに投影されるだけだったが、観衆は自分たちの贔屓やなじみ、お気に入りを待って、順番が迫ってくると息をのみ、ステージ上にお目当てが現れる度に熱狂する、というのを繰り返していた。

「あっ、舘野さんだっ!」

 レイが仲間たちにステージの上を促すと

「舘野ってあんなに可愛かったっけ? まぁ美人だとは思ってたけど、胸も意外なくらいあるのな」

「俺、明日からアイツを見る目がちょっと変わるかもしれねぇよ」

「向こうがオマエを見る目はちっとも変わらねぇけどなっ」

「うっせぇや! 純平っ、てめぇなんかなぁ、おととい来やがれってんだっ」

 “江戸っ子ヤッさん”が(おやゆび)の付根で荒っぽく鼻を擦るまねをしてみせると、

「オマエの出身は長野だろっ、代々、山葵つくってんじゃねぇかっ」

 と、ツッコマレ、「え、そうだったのっ?!」と、ヤッさんのことをずっと東京下町育ちだと信じていたレイを驚かせるのだった。

 二百名ものビキニの美女たちのパレードが終わると、さすがにもうお腹いっぱい、になるかと思いきや、会場をあとにするものは殆ど居なかった。

 壇上にホストとアシスタントの男女が現れると、観客の視線は二人に集中する。

「すばらしいパレード、ありがとうございました……」

 ホストの男性アナウンサーが静かに語り始めた。

「コンテストにご参加いただきました三千九百三名全ての候補者のみなさま、会場にお集まりいただきました、全世界の四百十三万七千五百九十六名の登録者のみなさま、そしてこのすばらしい大会を企画し、運営していただきました学園都市『ミス学園都市コンテスト』実行委員会のみなさま、また大会を盛り上げていただきました協賛企業百八社のみなさまに対して、僭越ではございますが、深い御礼と感謝とを述べさせていただきます。この驚くべきイベントも、いよいよ、最後のクライマックスを迎えようとしております……」

 おおーっと言う歓声が場内に沸き起こった。

 なかには「終わりにしないでくれよぉー」という悲鳴のような声も混じっている。

「……時刻は、八時五十分を廻ったところです……主催者である実行委員会さまからのご好意で、私の権限で、もういつでもこの封筒にハサミを入れてもらっても構わない、と伝えられておりますが、みなさま、いかが致しましょうか?」

 ホストは手にしていた件の白封筒を掲げる。

 ふたたび場内はゴーッというようなどよめきにつつまれた。次いで、

「開封っ、開封っ」の、大合唱となる。

「やはり結果が待ち遠しいですよね、私も同じです。では、みなさまのご承認を得られたようですので……」

 ホストは封筒にハサミを入れ開封すると、中から二つ折りにされた厚紙の台紙を取り出した。食い入るように見守る観衆を前に、台紙を開いて中を確かめ、一瞬、ギョッとした顔をしてから白い歯を覗かせた。

 今度は中を開いて観衆に見えるように示した。それがスクリーンに大写しになると、観衆に戸惑いの色が拡がるのだった。描かれていたのが白黒のパターン模様だけだったからだ。

「……みなさま、どうか早合点をなさらずに、まだ終わりではありませんので……」

 ホストはそう言うと、礼服の内ポケットの中からペンライトのようなものを取り出した。

「このペンライトは、大会本部からお与りしたもので、ある波長の電磁波が放射されるものだそうです……いまから、この台紙にプリントされたパターンにペンライトの電磁波をあてていきます……」

 ホストは舞台中央にまで進むと、足もとにプリント面を表にして拡げた台紙を置き、少し離れたところからペンライトの不可視光を台紙目がけて照射したのだ。

 すると――。

 白黒のプリントパターンが黄金色に煌めいたかと思うと、舞台正面に六名の入賞者の等身大パネル映像を投影していったのだった。

 

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