ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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号外 ワールドニューストゥナイト

 

#――多くの奇蹟の発信地となるこの学園都市(まち)で、また新たな歴史が生まれました。日本の首都である東京の、西部にある『学園都市』は、研究機関を集中させた、いわゆる研究学園都市としては異例ともいえる二百三十万人もの人口を抱える大都市です。しかしこの都市を特徴づけているのは人口の多さばかりではありません。なんと住人の八割近くにもあたる百七十万人が未就学児童を含む未成年者なのです。この若者たちの都市(まち)で、九日朝、現地時間九日夜に、若者たちによる若者たちのための盛大な祝祭が行われました。『NEO一端覧祭』です。これはティーンエージャーが主催する祭典としては世界最大のものです。学園都市内にある約四百もの中、高等学校がそれぞれの学園内部を一般に公開して、生徒たちが独自に自分たちの教育内容の紹介を行うとともに成果と技能を競い合うという大変ユニークな企画ですが、しかしその内容はじつに驚くべきものです。一面ではさながら最先端の科学技術の見本市の様相を呈しているといっても過言ではありません。それというのもこの学園都市は、ほんの十年ほど前までは脳科学を中心に世界をリードする極めて秘匿性の高い城塞都市として知られ、一説にはその研究水準は世界を二十年から三十年も先行するほど高度なものであると言われていたからです。そこでは当時、日本国内と世界から選り抜きの天才少年、少女たちが集められ、大学、大学院に匹敵する高度な教育を行われるとともに、生徒の一人一人もまた独立した研究者としての待遇を受けていました。彼らは中、高等学校の生徒でありながら、既に次代を嘱望された若きテクノクラートだったのです。彼らによって切り開かれた知のフロントラインは明らかに人類の発展に大きく貢献するものでした。しかし輝かしい成果の裏には暗い影も潜んでいました。日本という先進的な民主主義国家の中にあって、数々の特例法を以て保護された閉鎖的な環境で、極秘裏に進められていた研究の多くは人道的配慮を著しく損なうものでした。今から八年前、その不法な実態が暴露された結果、プロジェクトに携わっていた研究者の多くは責任を問われ、学園都市の特権もその殆どが剥奪されました。以来、都市(まち)の様相は一変しました。かつてはジャーナリストでさえ学園都市内に“入城”するのに申請から数々の審査を受けて承認されるまで数週間を要したのに対して、今では簡単な登録手続きをするだけで誰でも立ち入りが許されるようになっています。この“開かれた”新たな学園都市で、より開明的な若者たちは、また再び世界に対して自分たちの能力を見せつけるための野心的な企画を立ち上げました。そのひとつが『NEO一端覧祭ミス学園都市コンテスト』です。いわゆる美人コンテストですが、このコンクールには従来のものとは明らかに異なる点が二つありました。ひとつはリアルと見まごうほどの超高精細のホログラムを使って世界中で、ほぼ同時に全く同じ映像を観ることができることです。その映像をみた人は登録さえすれば投票権を得られ、お気に入りの女性に投票ができるのです。誰でも公平に、平等に。そして世界中から投じられた票は、外部からの干渉を排して完全に独立した専用の人工知能のもとに集められて公正な評価が下されます。人間によるいかなるバイアスもかからない条件で。これが二つ目のポイントです。このような試みはむろん始めてのことでしたが、世界の人々からは概ね歓迎されたようです。わずか二時間余りの間に全世界で四百万人以上がこのミスコンテストの観客となり、そして審査員となりました。

 ウィスコンシン州、ミルウォーキーの男性です。

「すばらしいコンテストだったよ、驚いたねぇ、本物かと思ったよ、あれが映像だなんて間近にしても信じられなかった。それになにより女の子たちがとってもキュートで美人ばかりだったから三時間があっという間だったし、自分の投票がそのまま公平に反映されるってのもいいよね」

 イリノイ州、シカゴの高齢の女性は「孫に連れられて見てきたわ、一緒に投票もしたのよ、わたしが気に入ったのは金髪の女のコね。すごく可愛くて気だても良さそうなの、あの子なら孫の嫁にも合格だわ」

 絶賛する声が多い中、批判の声も少なくありません。カリフォルニア州ロサンゼルスでは、女性運動家たちが州当局に対して多くの人の目にとまるパブリックヴューイングでのコンテストのホログラムの放映を差し止めるようにとの要望を行っていましたが、結果として州は彼女たちの意向を拒絶しました。関連を含めると推定で数万人規模の動員を見込める大イベントの経済的波及効果を無視できなかったためです。この措置に怒りが収まらないのがこの国に幾つもあるフェミニズム団体の女性たちです。

 北米女性地位向上委員会エリザベス・モーズリー副会長です。「今どき、女性を水着にして審査するような前近代的なミスコンテストが実施されるなんて信じられません。州当局は少なくとも規模を縮小して屋内で行うよう指導すべきでした。日曜の朝とはいえ、サンタモニカビーチにいったい何人の観客が集まったと思います? 三万六千人ですよっ! その中にはローティーン以下の子供たちも混じっていたんです。いったい彼らの目にはどのように映ったでしょう? あのイベントが子供たちにもたらす影響について大人たちはもっとよく考えるべきだったんです」

「しかしビーチで若い女性が水着になるのはべつに不自然ではないのではありませんか?」

「私が言っているのはそのことではありません、水着の女性の容姿に大人たちが順位をつける行為を子供たちがどのように受けとめるのかが問題なのです。裸の女の子たちにみんなで点数をつけるなんて! 私にはコンテストの参加者がプレイボーイやペントハウスのカバーガールとどこが違うのかさっぱり分りませんっ」

 このミスコンテストの優勝者の価値がプレイメイトと同じであるか否かはともかくとして、優勝者の容姿はあきらかに男性誌のカバーガールとは趣きを異にしています。少なくとも多くのアメリカ人がイメージしている美女、マリリン・モンローやリタ・ヘイワース、ファラ・フォーセット・メジャースやマドンナといった肉感的でグラマラスなセックスシンボルと比較すると、新しいヒロインの姿はかなり印象が違って見えます。この夜、世界中の、のべにすると数百万人の“審査員”からクイーンに選ばれた北條真澄(ほうじょうますみ)さんは、クイーンというよりもむしろ“妖精”と形容する方があたっているように感じられます。ただ若いという以上に幼く、美女というよりもまだあどけなさの残る美少女でした。実際、彼女はまだ十四歳の中学生なのです。惹きこまれそうなほどの神秘的な黒い瞳とスレンダーな体格が印象的なとても魅力的な少女です。しかし果たして彼女は新しい時代の美のスタンダードといえるのでしょうか? これについても多くの異論があるようです。ニューヨーク市立大学で比較民俗文化論を担当しているニコルソン・バールマン教授はこう言います。「女性の容姿について、われわれ男性の多くが求めるものは豊かな胸やひき締まったウエストのくびれ、長い手足といったところでしょうか。しかしこれらの要素はけして固定的なものでも普遍的なものでもありません。美意識や嗜好は人種や民族、文化によって異なり、同じ西洋文化圏であっても時代や社会背景といったものが大きな影響を及ぼします。たとえばこの有名な絵画、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を見てください、どうですか? 私の目には、この美の女神はかなり肥った女性に見えますが……当時の人たちから見ると、現代の美人は貧相な痩せっぽちに映るのかもしれません。一般に西欧の文化圏では、男性は自立した大人の女性に魅力を感じる割合が多く、一方、アジアではより未熟なものへの関心が強い傾向にあります。今回のミスコンテストは東京発、ということもあってまさに後者の影響がはたらいたと捉えると良いのかもしれません。ただし忘れてはいけないのは、こうした嗜好の差を優劣で論じることにはまったく意味がないということです。その点では、このミスコンテストの結果は多様性の現れであり、フェミニストが主張するような美の基準の固定化にはつながりませんでした」

 当の本人、コンテストの優勝者はどのように思っているのでしょうか? 結果が出た直後、彼女に直接、伺ってみました。霧ヶ丘女子中学の二年生、北條真澄さんです。彼女は日本の芸能界でアイドルとしても活躍しています。

「ご自身がいま、世界でもっとも多くの人たちから評価された美女に選ばれたことをどのように受けとめていますか?」

「とても嬉しく、光栄に思います。応援していただいた世界中の方々には心からの感謝をしたいと思います」

「クイーンに選ばれたことで自身のこれからの生活が変ったり、気をつけようと思っていることはあるかしら?」

「うーん、選ばれたからといってなにか自分が変ってしまうとか、変らなければならないとかいうようには考えていません。今夜のことはいまの自分を受け容れてくれた結果だと思っているので、私はできるかぎりこれまでどおりの生活を続けたいと考えています。なんといっても私は中学二年生、まだ義務教育期間中なんです。自由に活動をするには自ずと限界があります」

 彼女は優勝者に与えられる賞金の二万ドル余りをただちに全額、途上国児童の食料支援活動を行っている団体に寄付しました。副賞として得られた時価にすると数十万ドル相当の国際線フリーチケットについても利用するかどうかわからないと言います。ただ、自分を応援してくれた人たちへのお礼には伺いたいとのことですが、今はまだ学業と仕事との両立が大変なので当面、その予定を立てるのは難しいようです。

 ひとつの都市でのティーンエージャーの祭典をたった二週間で世界的イベントにまで拡大させた影の立役者、技術統括責任者と制作統括責任者のお二人にもお話を伺ってみました。驚くべきことに二人は、ともに十六歳の高校生でした。技術担当の責任者、杉野巧(すぎのたくみ)さんです。彼は長点上機高校に通う二年生です。

「超高精細のホログラムは構想事体、既存技術の延長にあるだけで大きな困難はありませんでした」

 杉野さんによると、観客に驚きと深い肝銘を与えた超高精細ホログラムよりも、むしろ映像情報を世界に同時配信する方がよりチャレンジだったと言います。

「一秒間に数百エクサバイトもの厖大な情報を既存のネットワークプラットフォームに乗せて送り出そうというのです、それも他の情報の流通にいっさい影響を与えないようにというのですから大変です。喩えてみれば針の孔にゾウをくぐり抜けさせようとする試みでした。大人しくさせて、けしてパウォーンと鳴かないようにさせながらやるのです」

 いったい彼はそれをどのようにして克服したのでしょうか?

「虚数空間に仮想の糸巻きを置いて長く伸ばしたデータをきっちり巻きつけて送り出し、受信側でそれを解いてやるんです。こうすると情報量がどれほど増えても送受信が可能になります」

 彼は数式を使って説明してくれましたが私にはさっぱり理解できませんでした。

「たとえば、あなたはお裁縫をしたりしますか?」

「ええ、そうね、めったにやらないけど……でも、たまに……」

「針の孔に解れた糸を通すのは大変ですよね?」

「あら、あなたは私の目が老眼だって言いたいのかしら?」

「いいえ、とんでもない、ボクらでもああいうのってイライラする作業ですから。でももし糸を、二つ折りにした細い針金の間に挟んで、その針金を孔をくぐらせるための導針にしたらどうでしょう? 孔通しがすごく楽になるとは思いませんか?」

「え、ええ、そうね……」

「いったん糸の先さえ穴をくぐればシメたものです、後はどんなに長い糸であっても通り抜けられるようになるからです。その針金に相当するのが“虚数糸巻き”なんです」

 この“虚数糸巻き”のアイデア事体は二十世紀の末にすでにあったものなのだそうですが、技術的困難さから長らくお蔵入りしていたものだとのことです。彼らはその課題を新たに専用のチップを開発することで乗り越えました。革新的技術ですが、しかし特許申請はしていません。

「どうしてパテントを取らないの?」

「その必要がないからです」

「でも、どこかの国や企業がすぐに模倣するとは思わない?」

「暗号化してありますから。たぶんその解読には今の技術だと十年はかかるでしょう。その時にはもう過去の遺物になっていますから特許を取る意味がありません」

 卒業後の進路について、既に杉野さんたちには世界中の名だたる巨大企業からのオファーが殺到しているそうですが彼は学園都市を出るつもりはないと言います。

「ここほど刺戟的で整った環境は、世界中どこにもないので……いまのところは」

 イベント成功のもうひとりの立役者は、制作の最高責任者である榊志乃絵(さかきしのえ)さんです。彼女もまた長点上機高校の二年生です。

「このイベントを実施するにあたり、いちばん大変だったことは何かしら?」

「やはり、大人の方たちとの交渉でしょうか……常に悩ましいのは彼らにとっての最大の関心事項、利権の調整でした」

「それをあなた一人が切り盛りしたの?」

「いいえとんでもない、ただ私は希望をお伝えしただけで、実際は口を出すだけで何もしていません。学園都市には非常に優秀な専門家である大人たちも居るので、彼らの力は常に私たちの助けとなりました」

 彼女はそう言いますが、事実は自身が先頭に立って各行政機関、企業の間を目まぐるしく飛び回り、交渉と説得の最前線で辣腕を振るいました。結果、このイベントに対して総額一億ドルにも相当する支援を取り付けたのです。それも無利子無担保で。これに対して彼女の切ったカードはたった一枚です。それは彼らの将来性。学園都市の抱える有能な人材と蓄積された厖大な成果に参入の機会を窺っていた企業や団体はその甘い餌にあっさり食いつきました。今では少なくとも二十三の世界的企業が彼女たちの支援団体として名を連ね、さらに数十もの企業群が支援のために水面下で動き始めています。

「あなたはこのイベントをこれからどのように運営してくつもりなの?」

「NEO一端覧祭についていえば私の役割はこれで終わりです。来年、この企画を後輩たちがどのように引き継いでいくのかについて興味はありますが、私が表に立つことはありません」

「でもこれだけの巨大イベントよ、あなたならその気になればもっと大きく発展させることだってできるでしょ?」

「私の役目は、八年前の大きなスキャンダルによって深く傷ついたこの学園都市の汚名を返上し、世界に向けて健在をアピールすることでした。NEO一端覧祭はそのためのきっかけづくり、ここに暮らす私たちの願いと希望を伝えるための一助となればと考えてスタートしたのですが、予想以上に好意的に受けとめていただき喜んでいます。その意味ではこの企画は成功だったと思います」

 眩いほどの才能に恵まれながら、慎み深く自己抑制の能力にも秀でた魅力溢れる若者たちには、ただただ驚かされるばかりでした。

 東京――この都市(まち)に居ると、時として自分が夢でも見ているのではないかと思う時があります。時速六百キロで走るリニアモーターカーがあり、世界最高の量子脳によって効率化が高度に進められている一方で、一歩、喧噪から離れて路地裏に足を踏み入れると、そこには昔ながらの光景がひろがっているのです。軒をつらねた家々、玄関先でうずくまる猫、植木に水を撒く老人、だれでも安価で楽しめる町中華店の香ばしい香り、そして都市(まち)の中心には、二千七百年以上ものあいだつづく人類最古にして唯一の皇帝である天皇陛下がおられます。伝統文化と最先端の科学技術、高度な文明社会と地域コミュニティ、それら相反するものがここでは矛盾することなく、ぶつかることなく共存しているのです。かつてイギリスの首相チャーチルは彼の著書『世界の危機』の中で文明の発展とそれにともなう不安定化を、必然と捉えて警鐘を鳴らしました。しかし、私がこの都市(まち)で過ごしたのはほんの数日でしたが、それだけで彼の懸念は杞憂なのではないかと感じるようになります。若く賢明な次世代の登場を目の当たりにした今、さらにその思いを強くしました。世界最先端の超巨大都市、東京で起きたことは次には世界でも起きることが期待されます。人類の未来も、何かと気がかりな昨今の若者の将来も、われわれ古い世代の大人たちが思うほど暗澹としたものなのではないのかもしれません。未来は明るい、少なくとも希望はあると、そう確信できそうです――ローラ・ダンカン、奇蹟の大都市(まち)、東京からでした#

 

 

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