ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
#――多くの奇蹟の発信地となるこの
ウィスコンシン州、ミルウォーキーの男性です。
「すばらしいコンテストだったよ、驚いたねぇ、本物かと思ったよ、あれが映像だなんて間近にしても信じられなかった。それになにより女の子たちがとってもキュートで美人ばかりだったから三時間があっという間だったし、自分の投票がそのまま公平に反映されるってのもいいよね」
イリノイ州、シカゴの高齢の女性は「孫に連れられて見てきたわ、一緒に投票もしたのよ、わたしが気に入ったのは金髪の女のコね。すごく可愛くて気だても良さそうなの、あの子なら孫の嫁にも合格だわ」
絶賛する声が多い中、批判の声も少なくありません。カリフォルニア州ロサンゼルスでは、女性運動家たちが州当局に対して多くの人の目にとまるパブリックヴューイングでのコンテストのホログラムの放映を差し止めるようにとの要望を行っていましたが、結果として州は彼女たちの意向を拒絶しました。関連を含めると推定で数万人規模の動員を見込める大イベントの経済的波及効果を無視できなかったためです。この措置に怒りが収まらないのがこの国に幾つもあるフェミニズム団体の女性たちです。
北米女性地位向上委員会エリザベス・モーズリー副会長です。「今どき、女性を水着にして審査するような前近代的なミスコンテストが実施されるなんて信じられません。州当局は少なくとも規模を縮小して屋内で行うよう指導すべきでした。日曜の朝とはいえ、サンタモニカビーチにいったい何人の観客が集まったと思います? 三万六千人ですよっ! その中にはローティーン以下の子供たちも混じっていたんです。いったい彼らの目にはどのように映ったでしょう? あのイベントが子供たちにもたらす影響について大人たちはもっとよく考えるべきだったんです」
「しかしビーチで若い女性が水着になるのはべつに不自然ではないのではありませんか?」
「私が言っているのはそのことではありません、水着の女性の容姿に大人たちが順位をつける行為を子供たちがどのように受けとめるのかが問題なのです。裸の女の子たちにみんなで点数をつけるなんて! 私にはコンテストの参加者がプレイボーイやペントハウスのカバーガールとどこが違うのかさっぱり分りませんっ」
このミスコンテストの優勝者の価値がプレイメイトと同じであるか否かはともかくとして、優勝者の容姿はあきらかに男性誌のカバーガールとは趣きを異にしています。少なくとも多くのアメリカ人がイメージしている美女、マリリン・モンローやリタ・ヘイワース、ファラ・フォーセット・メジャースやマドンナといった肉感的でグラマラスなセックスシンボルと比較すると、新しいヒロインの姿はかなり印象が違って見えます。この夜、世界中の、のべにすると数百万人の“審査員”からクイーンに選ばれた
当の本人、コンテストの優勝者はどのように思っているのでしょうか? 結果が出た直後、彼女に直接、伺ってみました。霧ヶ丘女子中学の二年生、北條真澄さんです。彼女は日本の芸能界でアイドルとしても活躍しています。
「ご自身がいま、世界でもっとも多くの人たちから評価された美女に選ばれたことをどのように受けとめていますか?」
「とても嬉しく、光栄に思います。応援していただいた世界中の方々には心からの感謝をしたいと思います」
「クイーンに選ばれたことで自身のこれからの生活が変ったり、気をつけようと思っていることはあるかしら?」
「うーん、選ばれたからといってなにか自分が変ってしまうとか、変らなければならないとかいうようには考えていません。今夜のことはいまの自分を受け容れてくれた結果だと思っているので、私はできるかぎりこれまでどおりの生活を続けたいと考えています。なんといっても私は中学二年生、まだ義務教育期間中なんです。自由に活動をするには自ずと限界があります」
彼女は優勝者に与えられる賞金の二万ドル余りをただちに全額、途上国児童の食料支援活動を行っている団体に寄付しました。副賞として得られた時価にすると数十万ドル相当の国際線フリーチケットについても利用するかどうかわからないと言います。ただ、自分を応援してくれた人たちへのお礼には伺いたいとのことですが、今はまだ学業と仕事との両立が大変なので当面、その予定を立てるのは難しいようです。
ひとつの都市でのティーンエージャーの祭典をたった二週間で世界的イベントにまで拡大させた影の立役者、技術統括責任者と制作統括責任者のお二人にもお話を伺ってみました。驚くべきことに二人は、ともに十六歳の高校生でした。技術担当の責任者、
「超高精細のホログラムは構想事体、既存技術の延長にあるだけで大きな困難はありませんでした」
杉野さんによると、観客に驚きと深い肝銘を与えた超高精細ホログラムよりも、むしろ映像情報を世界に同時配信する方がよりチャレンジだったと言います。
「一秒間に数百エクサバイトもの厖大な情報を既存のネットワークプラットフォームに乗せて送り出そうというのです、それも他の情報の流通にいっさい影響を与えないようにというのですから大変です。喩えてみれば針の孔にゾウをくぐり抜けさせようとする試みでした。大人しくさせて、けしてパウォーンと鳴かないようにさせながらやるのです」
いったい彼はそれをどのようにして克服したのでしょうか?
「虚数空間に仮想の糸巻きを置いて長く伸ばしたデータをきっちり巻きつけて送り出し、受信側でそれを解いてやるんです。こうすると情報量がどれほど増えても送受信が可能になります」
彼は数式を使って説明してくれましたが私にはさっぱり理解できませんでした。
「たとえば、あなたはお裁縫をしたりしますか?」
「ええ、そうね、めったにやらないけど……でも、たまに……」
「針の孔に解れた糸を通すのは大変ですよね?」
「あら、あなたは私の目が老眼だって言いたいのかしら?」
「いいえ、とんでもない、ボクらでもああいうのってイライラする作業ですから。でももし糸を、二つ折りにした細い針金の間に挟んで、その針金を孔をくぐらせるための導針にしたらどうでしょう? 孔通しがすごく楽になるとは思いませんか?」
「え、ええ、そうね……」
「いったん糸の先さえ穴をくぐればシメたものです、後はどんなに長い糸であっても通り抜けられるようになるからです。その針金に相当するのが“虚数糸巻き”なんです」
この“虚数糸巻き”のアイデア事体は二十世紀の末にすでにあったものなのだそうですが、技術的困難さから長らくお蔵入りしていたものだとのことです。彼らはその課題を新たに専用のチップを開発することで乗り越えました。革新的技術ですが、しかし特許申請はしていません。
「どうしてパテントを取らないの?」
「その必要がないからです」
「でも、どこかの国や企業がすぐに模倣するとは思わない?」
「暗号化してありますから。たぶんその解読には今の技術だと十年はかかるでしょう。その時にはもう過去の遺物になっていますから特許を取る意味がありません」
卒業後の進路について、既に杉野さんたちには世界中の名だたる巨大企業からのオファーが殺到しているそうですが彼は学園都市を出るつもりはないと言います。
「ここほど刺戟的で整った環境は、世界中どこにもないので……いまのところは」
イベント成功のもうひとりの立役者は、制作の最高責任者である
「このイベントを実施するにあたり、いちばん大変だったことは何かしら?」
「やはり、大人の方たちとの交渉でしょうか……常に悩ましいのは彼らにとっての最大の関心事項、利権の調整でした」
「それをあなた一人が切り盛りしたの?」
「いいえとんでもない、ただ私は希望をお伝えしただけで、実際は口を出すだけで何もしていません。学園都市には非常に優秀な専門家である大人たちも居るので、彼らの力は常に私たちの助けとなりました」
彼女はそう言いますが、事実は自身が先頭に立って各行政機関、企業の間を目まぐるしく飛び回り、交渉と説得の最前線で辣腕を振るいました。結果、このイベントに対して総額一億ドルにも相当する支援を取り付けたのです。それも無利子無担保で。これに対して彼女の切ったカードはたった一枚です。それは彼らの将来性。学園都市の抱える有能な人材と蓄積された厖大な成果に参入の機会を窺っていた企業や団体はその甘い餌にあっさり食いつきました。今では少なくとも二十三の世界的企業が彼女たちの支援団体として名を連ね、さらに数十もの企業群が支援のために水面下で動き始めています。
「あなたはこのイベントをこれからどのように運営してくつもりなの?」
「NEO一端覧祭についていえば私の役割はこれで終わりです。来年、この企画を後輩たちがどのように引き継いでいくのかについて興味はありますが、私が表に立つことはありません」
「でもこれだけの巨大イベントよ、あなたならその気になればもっと大きく発展させることだってできるでしょ?」
「私の役目は、八年前の大きなスキャンダルによって深く傷ついたこの学園都市の汚名を返上し、世界に向けて健在をアピールすることでした。NEO一端覧祭はそのためのきっかけづくり、ここに暮らす私たちの願いと希望を伝えるための一助となればと考えてスタートしたのですが、予想以上に好意的に受けとめていただき喜んでいます。その意味ではこの企画は成功だったと思います」
眩いほどの才能に恵まれながら、慎み深く自己抑制の能力にも秀でた魅力溢れる若者たちには、ただただ驚かされるばかりでした。
東京――この