ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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ペントハウス

          Ⅲ

 

 巡回バスに乗って三つ目の停留所で降りる。紅音に連れてこられたのは、レイも過去に何度か利用したことのあるスーパーマーケットの入ったビルだった。ここではコンビニよりも高級な食材を扱っていて、普段とは違う、()レの日などにとっておきのレシピを試そうか、と思ったりすると足を伸ばたりしていたのだ。

 割高ではあるがそれだけのことはあった。舶来品(はくらいひん)を含めて品揃えも充実していたからだ。

 ホワイトデーで操祈へのお返しに、この店で調達した素材から手作りしたブラウニーを贈った時には、後でこっそり「来年は私も手作りしなくちゃならなくなっちゃったじゃないのよぉ」と、お小言を頂戴したくらい評判が良かった。

 目立たないように操祈以外のクラスの女子全員に配ることになったので、結構な手間と出費につながったが、それを含めて操祈のために腕を振るったことは彼女にもしっかり伝わっていて、作戦は大成功!だった。

 そんなことを思い出しながら、紅音に続いて二つ並んだエレベーターの一つに乗る。

 少女はまわりを見て他に乗り込む者が居ないことを確認すると、扉が閉まるのを待ってからパネルのRを押した。続いて他の階のボタンを幾つも押す。怪訝に思ったレイだったが、それがすぐに暗証番号なのだと合点がいくのだった。

「屋上へ行くの?」

「うちのペントハウスがあるの」

「ペントハウス!? すごいね、栃織さんのうちってお金持ちなんだ」

「昔はソコソコだったみたいだけど、今はそれほどでもないわ……このビルももう殆どが他人手(ひとで)に渡ってるし」

 エレベーターが停まって扉が開くと、目の前には何もないがらんとした駐車場のようなスペースが広がっていて、ペントハウスはさらにその上にあるらしい。

 エレベーターを出て、フロアーの壁にある鍵のついた頑丈な鉄製の扉を開け、内階段のある非常用区画に入った。すると更に二つのドアがあるのだった。

「こっちのドアは非常階段、こちら側からは開くんだけど……」

 少女はドアを開けて階下につづく内階段を見せた。

「反対側にはドアノブが無いから開かないの。うっかり外に出て閉め出されちゃったら階段を一階まで降りることになるから気をつけてね」

 もうひとつのドアには鍵がついている。

「うちはこっち……」

 鍵を開けてドアを開くと、こちらには上り階段があって、そこを上りきると更に電子ロックつきの扉があった。

「ずいぶん厳重なんだね……」

「そうね、こっちは裏口っていうか秘密の出入り口だから……普段はこれとは別に直通のエレベーターがあるのよ。私が使うのはそっち。でも曰くのある人たちの場合にはこちらの方が安心でしょ?」

 紅音は暗証番号を入力しながら言った。

「エレベーターの外部表示に仕掛けがしてあったり、監視カメラのデータが消去されたりと、お忍びの来訪者のプライバシーを守る工夫がされているのよ……入って……」

「うわぁ――」

 ドアの向こうは別世界だった。少年からすると外国映画でしか見たことの無いような光景が広がっていたのだ。

「すごい……」

 壁一面が高い天井までのガラス張りの広大なリビングには何点もの応接セットが配置されていて、カーテン越しにテラスにはプールまであるのが目に入った。

「半年ほど前まで祖父が使っていたんだけど、今は施設に移ってしまって空き家なのよ」

「おじいさんはここに独りで住んでいたのっ!?」

「まさか……年寄りがひとりでこれを管理なんてできっこないでしょ。家政婦さんが居たの……若い女のね……その人には祖父が施設に移るとき、手切れ金を与えて出て行ってもらったそうだけど、感じの良い人で私は好きだったわ。いまはどうして居るか知らないけど……」

“爺さんとお妾さんが使っていたのか……”

 それは少年にとってなじみのある日常、庶民感覚との乖離を感じさせるものだった。さらにそのことを当然のように受けとめている紅音も、自分とは住む世界が違う人種のように思えて気後れしそうになってくる。

 紅音はフロアーを案内しながらレイに設備や備品の使用方法などを説明していた。

 驚かされることばかりだったが、まずその広さに当てられていた。

 ベッドルームはゲスト用だけで三つもあるのだ。それぞれにバス、トイレ、簡易キッチンまでが用意されていて、一部屋だけでファミリーサイズのマンションほどの広さがあった。その他に主寝室と展望のみごとな広い浴室があって、さらにシアタールームやトレーニングジムまでが用意されている。

 初めて目にする、市井の人々の暮らし向きとはまるでちがう、大金持ちという人たちの豪華な生活ぶりを間近にして、少年は呆気にとられるばかりだった。

「栃織さんって凄いお嬢様だったんだね」

「こんなの大したことないわ……もともと常盤台は良家の婦女子を集めた保護施設みたいな意味もあったんだから……操祈先生だってそうよ、たしか先生のお父様は国際的なコングロマリットのオーナー一族のお一人だった筈よ」

「え、そうだったの!?」

「知らなかったのっ!?」

 少女は生まれてはじめて阿呆を見るような顔をして少年を見ていた。

 たしかに操祈と互いの家庭環境について話したことはなかった。

 もしも知っていたら――?

 接し方が変わっていただろうか? と、考えてみる。

 たしかにそうなるかもしれなかった。

 けれども、だからといって彼女への気持ちは何も変わることはないとも思うのだった。

「どうしてきみの家族はここを使わないの? こんなに凄い部屋があるのに」

「引っ越すってこと? 無理無理、母に家を移る気力なんかないわ。父を(うしな)って、やっと独りになったあの人にとっては、変わらない日常こそが全てなのよ。年の離れた二人の兄はどちらも日本に居ないし、今、ここを管理しているのは私なの。(たま)にこうしてやって来ては空気を入れかえたりしてるだけだけど……でも、人を連れてくるのは初めてだわ……」

 そのとき少女は急に男子と二人きりになっていることに気がついたように、レイへの視線が胡乱(うろん)なものを見るような目つきになっていた。

 少女の心の動きは当然、レイにも伝わってくる。

「な、なに?」

「冗談よ、密森くんが私をどうにかしようとするなんて、ぜんぜん思ってないから」

「びっくりさせないでよ、ボクがそんなことするはず無いじゃないか……むしろ今、危ないのはボクの方かもしれないよ……」

「そういうときは少しはその気を見せるのが女の子への配慮でしょ、まぁ操祈先生が相手じゃ適いっこないのはわかるけど」

「だからそういうことは……」

「プールを使いたい時には言ってね、ただ先生が利用するとなると、とても目立つから日中は避けて……ここよりも高いビルがまわりに幾つもあるでしょ? だからテラスに出たらプライバシーの保証はできなくなるわ」

「さっきからきみは、まるでボクたちがここを使うことを前提で話をしているみたいだけど……そんなことありえないから……」

「あら、ボクたち? ボクたちって誰と誰のこと?」

「………」




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