ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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ロンゲストデー

 

          ⅩⅩⅧ

 

 月曜の朝、ホームルーム前の数分間は多くの男子生徒にとってもっとも気が乗らない時間である。特にイケてない厨房男子の頭脳はたいがい旧式の真空管を採用していて、たとえ真夏でも温まってくるまでに時間がかかるのだ。

 まして今は十一月である――。

 コースケこと夏上康祐とその仲間四人は、みな同じ格好で机につっぷして脱力していた。

 そのうえ彼らは申し合わせたように遅発性傾眠障害の発作まで起こしているのだから余計に始末が悪かった。

「アンタら、その容子だと昨夜は一晩中、騒いでたんでしょ?」

 珍しく女子の一人が彼らを気遣って声をかけてくる。

「その声は奈央ちゃんか?」

 伏したままコースケがタルそうな声を出して応えた。

「誰が奈央ちゃんよっ、狎れ狎れしくしないで、ちゃんと鴨宮さんって呼びなさいよっ」

 鴨宮奈央は自称『操祈応援団』の六名にとっては数少ない女子の協力者の一人だった。奈央が、応援団が支援を頼った漫研の部員だったことから、ここ二週間に彼らがやってきたことを良く知っていたのだ。それなりに評価もしていて五人をちょっと見直したりもしていたのだった。

 女子として体格は標準的だが物怖じしないハッキリした性格は男性的で、腐女子やオタク揃いの漫研女子部員のなかでは異彩を放っている。

 少女の見立て通り、六人はみなミスコンの興奮冷めやらぬままに明け方近くまでコースケの部屋で“反省会”をしていて、それぞれが自室にもどった頃には窓の外はおおかた白みかけていた。眠りに落ちたと思った途端に起床のチャイムとなったものだからベッドから這い出すだけでも一苦労、夜中に盛り上がった分、朝の揺り戻しもまた大きいのだった。

「ワリぃ奈央ちゃん、もうちっとだけ寝させてくれ」

「なー奈央ちゃん、朝のニュース見たぁ?」

 マコトが訊いた。力士のような巨躯に覆われて机がすっかり見えなくなっている。

「見たわよ」

「ああ、オレも見たぜぇ……」

「世界でもトップニュース扱いだもんな、すげぇよなぁ」

「あたまにミスコンのニュースを持ってくるなんて、どこも平和だねー……」

「ああ、平和だなぁ……」

「まぁトピックスだったけどね」

 顔を伏せたまま、わざわざ相手を確かめなくても会話が成立していた。

 これを見ていた少女は諦め顔になって、

「アンタらが頑張ったことはみとめてあげてもいいけど、先生が来る前にはシャンとしなさいよっ、クラス全員でスタンディングオベーションでお迎えするつもりでいるんだから。女子からは花束贈呈もするんだけど、アンタらも咬む気があるなら混ぜてあげてもいいわよ、どうする?」

「えー、そうだな……」

 少年たちは伏していた顔をあげると眩しげに目を細くしたまま周りの様子を窺いはじめた。視界はさながら前世紀のインスタントカメラやブラウン管テレビのように鮮明になるまでに時間がかかるようだった。

 そんなところへレイはいつも通りの様子で現れた。

「おはよう……あれ、みんなどうしたの……?」

「おーう、お疲れぇ……」

「うん、おはよう」

「ミツっちは元気だなぁ……」

「ボクは三時間ぐらい寝られれば、だいたいなんとかなるから」

「ちょうど良かったわ、この人たちじゃお話にならないから――」

 奈央が改めて事情を説明すると、レイはどんよりクインテットの代わりに諒解の旨を伝えた。

「漫研と美術部の人たちには後でお礼に伺うつもりだけど、鴨宮さんからもお礼を言っておいてくれないかな? でも昨日は良かったよね。ボクはいちばんいい結果だったと思うよ」

「まぁあなたたちも少しはみんなのお役に立てるってのがわかったし、二組としてはハッピーエンドよね」

 そう言い残すと少女は六人のたむろする一画から離れていった。

「ホント、スゴかったよなぁ……」

「オレらの操祈ちゃん、惜しかったよなぁ……あともうちょっとだったのになぁ……」

 少年たちは椅子の低い背もたれに背中をあずけて反り返り、ぼんやりとした眼で天井を見上げながら昨夜の激戦をまた振り返っていた。

 

 十一時間あまり前――。

 ホストの男性アナウンサーの手にしたペンライトの照射を受けて台紙の白黒パターンから投じられた入賞者六名の等身大パネルの映像が舞台の下手側から順に鮮明化されていく。

 ひとり目は新居坂シルディアだった。次は桐峰真幌……北條真澄、山崎碧子と続き――。

 アシスタントの女性タレントによって彼女たちの名前が一人一人読み上げられていくと、その都度、満座の観客席からは拍手と喝采が贈られていった。そして五人目に食蜂操祈の等身大パネルが現れて彼女の名前が告げられると、再び体育館の中は爆発するような歓声が巻き起こったのだった。

 壇上に学園都市の頂点に立つ美女六名のパネルが揃った。みなランウェイの時にステージの端でキメのポーズを取ったときのものだったが、こうして並べてみると各人の背の高さや体型の違いを比較できて、きっと欲目もあってのことだろうがレイには操祈の魅力が際だっているように思うのだった。飾り気のない素朴な表情なのも好ましかった。

「あらためて見ると、先生だけなんだね……」

 ビキニにされた六人のパネルをひとわたりしながらレイが呟いた。

「先生だけってナニが?」

「他はみんな十代でJCとJKだもんな」

「そうじゃなくてさ、先生だけがノーメイクだったんだなって思って」

「えっ?!」

 少年たちはパネルになった六人の美女たちを見比べて、ようやく合点がいったようである。教室でのいつもの操祈に見慣れていたせいでレイに言われるまでそこに気が回わらなかったのだ。

 他の五名が綺麗にメイクアップをして張り込んだ雰囲気をたたえた臨戦モードでいるのと較べると、操祈ひとりだけがプライベートの普段着で居るような感じだった。よく言えば外連味(けれんみ)がなくていいのかもしれないが、闘いの場に現れるにしては脇があまいというか、隙があるように見えなくもない。

「あーホントだ」

「そういや操祈ちゃんて、化粧してるとこみたことないもんな」

「やっぱ理系だからかなあ、無頓着っていうか、化粧するっていえば口紅塗るぐらいにしか思ってなさそうだし」

「でも俺は操祈ちゃんがコテコテ厚化粧してるのって、違うかなって気はする。地顔がすっごくキレイなんだし」

「まーそうだな、ケバい操祈ちゃんってのもイメージしにくいもんな」

「ボクもいつも通りの素顔の先生が一番いいと思うよ、きっと観客にも伝わってると思うな」

 実は操祈がメイクを殆どしないのにはレイの意向もあったのだった。

 満座の興奮がおさまるのを待っていたように、舞台正面左の袖に下がっていたホストが再び口を開いた。

「六名の入賞者の方々への盛大な拍手を有難うございます。どの方もみな大変に魅力的で素晴らしく、この中からたった一人をお選びするのは心苦しいのですが、すでに専用AIのSIZUEさんによって投票の集計が完了しております。みなさま、各候補者のパネルの右側をご注目下さい。明滅している縦バーは投票数を示す棒グラフです。もうおわかりでしょう、この棒グラフの一番高くまで伸びた方が栄えあるクイーンとなられるのです。では、最後の集計結果をお示しいたします」

 観客に緊張を煽るドラムの音とともに、各候補者の棒グラフがぐんぐんと上に伸びていき、初めに止まったのが桐峰真幌だった。得票数四千九百三十三万六千五百二十一票と数字が示された。その次に止まったのが操祈で、その瞬間、会場は落胆のため息に包まれ、応援団のミッションも終わりを告げたのだった。

 彼女の得票数は五千三百六十七万九千九百二票で第五位だった。

 クイーンに選ばれたのはコンテストが始まって以降、常にトップを走り続けた北條真澄で、得票数はただひとり一億越えの一億十三万二千七百五十六票、七千四百万票あまりを集めて第二位になった蔵本瑠樹亜を二千五百万票以上も引き離してのダントツトップだった。三位に山崎碧子、四位が新居坂シルディアとなったが、二位と四位の差が千万票あまりだったことからみても、北條真澄が頭ひとつ抜け出ていかに強かったのかがあらためて示された形となっていた。

 

 三々五々、体育館を後にする観客たちの思いはそれぞれだった。応援していた候補が好成績を収めて満足げな者もいればその逆もあって、こうしたコンクールの常として結果に得心がいかないものも少なくないようだったが、誰の胸にも一様に去来するのは宴の終わりの寂寥感なのだった。

 予想外の盛り上がりとなったNEO一端覧祭だったが、わけてもこのミスコンテストは世界的に大成功したビッグイベントだった。そのオーラスとも言えるファイナルコンテストが終わり、祭典の炎がいま静かに落とされようとしていた。

 祭りが大きければ大きいほど、それが終わった後のもの寂しさはひと(しお)となる。

 操祈応援団の六名は興奮の熱が徐々に体から引いていくのを感じながら、ひときわ喪失感を抱えているのか日頃、騒々しい少年たちの誰もが口を閉ざしていた。コンテストが始まって以降の二週間、操祈を初代クイーンにするべく全力投入、裏方として睡眠を削って闘ってきたのだが、五位という結果をどのように受けとめていいのかまだよく呑込めてはいなかったのだった。

 校庭の中程まで進んだところでマコトが漸く口を開いた。

「腹減ったな――」

「そうだな、といってもさすがに食堂はしまってるし、もうどこの模擬店も終わってるよな……」

「後夜祭のファイアーストームも八時までだっけ?」

 校庭中央にあった焚火台も既に片付けられた後だった。

「やっぱミスコンの方に人が集まっちまったんだろうな、最後すごい人数だったもんな」

「そりゃ気になるだろ、操祈ちゃんが残ったって判ったら、みんなじっとしてられっこねぇし、ボンヤリ火なんか見ていられねぇよ」

「でも五位なんだよなぁ……」

 コースケが肩を落としてポツリと呟いた。応援団のリーダーとして奮戦していただけに燃え尽き症になりかけている。

「ちゃんとメイクしてくれてりゃあ、もうちょっと良かったかもしれないのになぁ……」

 よほど未練があるのか、既に何度目かになる同じ台詞を口にする。

「コースケくん、それは関係無いと思うけどな、五位っていうのだってボクはスゴいことだと思うんだけど……だってみんな気がついてないの?」

「なんだよレイ、また思わせぶりなことを言いやがって」

「ゴメン、ヤッさん、そんなつもりじゃなかったんだけど、ねぇマコトくん、六名の今日だけの得票数ってすぐわかる?」

「そうか、そのことか……ワカルぜっ、いま出すから」

 マコトはスマホを弄っていたが、すぐに入賞者の得票数を並べてみせるのだった。

 すると――。

 六人は額を寄せるようにしてスマホ画面に見入っている。

「操祈ちゃん、一位だったのかよ……」

「でしょ? 先生がただ一人だけ五千万票もの得票を世界中から集めていたんだよ。つまりワンデーマッチだったら先生がクイーンってことにならないかな? 今夜、世界が選んだヒロインは実は先生なんだって。これってもの凄いことでしょ? 確かに結果はビッグフォーに負けちゃったのかもしれないけど、でも舞台上での本当の勝負には勝ったんだから、ボクはコースケくんの計画は大成功したんだって思うよ」

「あと、もうひとつスゴいことが判明したぞっ」

 言いながらマコトはさらにスマホ画面を弄って、

「学校対抗だと総得票数でも、わが常盤台が一位だっ」

 マコトを囲んで、おー、という歓声が上がり、みんなそのことをすぐにでも他の生徒たちに教えてやりたい気持ちになるのだった。

 が――。

 純平は、さっそく吹聴してまわろうと近くにいた女子のグループに声をかけたが

「おい、知ってるか?」

 と訊いたとたんに

「知ってるわよっ」

 と、つっけんどんな返事が返ってきて、思惑が外れて鼻白む。

「何を知ってるんだよぉ」

「ミスコンの得票数で学校単位ではウチが一位になったってことでしょ? でもあたりまえよね、だってファイナルどころか入賞者を二名も出してるんだから、そんなのウチだけよ。おまけに一人は銅メダリストだし。それと今夜だけだと操祈先生が得票数では一位だったってこと」

 言おうとしていたことをすっかり言われてしまい、

「お、おうっ」

 と目を白黒させるばかりになる。

「計算機なんか使わなくっても、あそこで見てりゃすぐにワカルでしょ、それくらい」

「そ、そうか……」

「だから明日は低気圧が張り出してきて荒れ模様になりそうで気が重いのよ」

「え、なんで?」

「え、なんで? って、あんたらみたいな鈍感なオスどもとは違っていろいろあるの、ウチらにはっ」

 純平は完全に機先を制された形になって、すごすごと仲間の居るところに戻ってきた。

「みんな知ってるってさ」

 口を尖らせて仏頂面になっている。

「せっかくみんなで喜びを分かち合おうと思ってるのに、ノリの悪い連中だぜっ」

「今の子たちって、一組じゃないの?」

 レイが訊くと

「ああ、そうだな、今井は……たしか一組だった」

「だからだよ、会長のクラスだとすると手放しでは喜べないのかもしれないよね」

「どうしてさ、山崎は三位で良かったじゃん」

「それでも満足していないのかも……」

「なんかなー……ま、いっか、そりゃそうと、コンビニ行って今夜の食いもんでも買ってくるか」

「お、純平が珍しくマトモなことを言ったぞ」

「うっせぇっ!」

 少年たちはじゃれ合いながら餌を求めて校外へと出かけて行く。

 NEO一端覧祭は終わり、ハレの日々は徐々に日常へと移ろっていたが、少年団の長い一日は、今ようやくその半分が終わったところなのだった。

 

 

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