ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
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#――これでようやく発信元の特定ができます#
「いいわ、けっこうよ、続けてちょうだい」
碧子はスマートフォンを切るとハイバックチェアの背もたれに深く身をあずけた。碧い瞳を更に碧白くして虚空を凝視している。遥か視界の先に獲物の姿を捉えた猛禽類のように瞳の鋭さを増していた。
こうした状態になると他の生徒会員――とりわけ下級生たち――は碧子には迂闊に声をかけづらくなるのだった。だから電話が鳴ると、みなソワソワしてまず紅音の方を見る。現在入院中の副会長に代わって、現状、生徒会内で栃織紅音はナンバー2、事実上、碧子の秘書官長のような立ち位置に居たからだった。
「会長、四番に外線です」
紅音が電話を受けて碧子に取り次いだ。
「誰から?」
「また海外メディアからの取材みたいですが、お断りしましょうか?」
「いいえ、伺うわ」
電話を受けた碧子が話し始め、生徒会室内の張りつめていた空気がしばし和らいだ。
「取材、多いですね」
二年生クラス委員の松原由里が紅音に話しかけてきた。
「そうね、でも思っていたほどではなかったわ」
「やっぱり霧ヶ丘の方に行っちゃうんでしょうか?」
「それもあると思うけど、ウチは操祈先生とのセットでの申し込みが多くて先生が断ってるみたいだから」
ディスプレイを見つめたままで紅音が呟くと
「あー、そうなんですか」
由里はどんな表情をして受ければいいのかわからないように曖昧な顔になった。生徒会に居ればその辺りの機微にはある程度通じているからだった。文化祭が終わって、正確にはミスコン以降、碧子の感情の振幅が以前よりも大きくなっているようで、生徒会の役員たちはみな碧子に対してはより一層、腫れ物に触れるような感じになっている。
「――そういったことは我が校の広報の方にお尋ねになっていただけませんか、わたくしは食蜂先生の秘書ではありませんのでこちらでは何ともいたしかねます――」
また碧子の語気に苛立の気配を感じて、居合わせた者たちは机に向かって仕事をしている風を装いながら彼女の様子を伺っていた。慇懃で静かな言葉遣いではあるが、碧子を知る者であれば彼女が不機嫌になっているのが分るのだった。
碧子が電話を置くと、生徒会室内はまたどこか気まずいような静けさに包まれてしまう。キーボードのパタパタ音や書類をめくる音だけが響いていた。
「紅音、車の用意をさせて」
「わかりました」
「それと私の留守中、もし谷津城先生から急ぎの連絡があったらすぐに知らせてちょうだい。出先からでも電話を入れるから」
紅音は碧子のオーダーを聞きながら、固定電話を取ると碧子の専属ドライバーを呼び出していた。自動運転が一般的になっても山崎の実家では今もボディーガードを兼ねて運転士つきの車を使用しているのだ。
「どちらまでお出かけですか?」
「庁舎によ、後は任せるわね」
「承りました。お戻りは何時ごろに?」
「たぶん遅くなるからいいわ。なつきのところにもお見舞いに行きたいのよ、このところ色々あってずっと行ってなかったから」
なつき、というのは副会長の京極なつきのことである。碧子の最側近で彼女の分身として学内の実務を差配していたが、体育祭の時に膝関節を負傷して現在、再生タンクに入って加療していた。完治復帰までまだ一、二週間を要するということであるが、通院治療だと全治に数ヶ月を要する上に完治率も下がるというので、碧子は、学園祭前だからと嫌がるなつきを説き伏せてタンク入りを受け容れさせていた。なつき本人はずっと眠らされているので会話もままならないが、こうした経緯もあって碧子はなにかと見舞いに訪れていたのだった。
いざ、ご主人さまのお出かけとなると、二年生で生徒会唯一の男子役員である高梨裕太が忠犬のように碧子の手荷物を携えてドアの前に控えている。碧子をリムジンのリアシートまで送るだけのことだが、彼の中ではすでに利権化しているようで、他の誰にも――たとえ先輩女子であっても――その役目を任せるつもりはないようなのだった。
その徹底した腰巾着ぶりが滑稽で、女子たちの間では密かに冷笑されているのだが、たとえ一時のことであっても男子という異物が生徒会室から居なくなるのは歓迎できることで、皆がまたいつものこととばかりに我関せずで黙過していた。
二人が生徒会室から出て行くと、囲繞していた緊張感から解放されたように少女たちはミドルティーンらしい明朗さを取り戻していた。
「栃織先輩、コーヒー、お淹れしましょうか?」
レイのルームメイト、ヒサオの姉の黒田アリスがリラックスタイムの口火を切った。能力者ではないが情報ツールの扱いに長けていて、トラブルがあるとみな彼女を頼るのだった。弟同様に長身痩躯の美形である。
「いいのよ黒田さん、私なんかに気を使わなくたって」
「でも会長って、よく庁舎に行かれますけど、いったい何の用があるんですかね?」
「さあ、私は良く知らないわ、もしかすると学校関係じゃなくて山崎本家の方の用事なのかもしれないし……でもそういうのって松原さんの方がわかるんじゃないの?」
二年一組のクラス委員、松原由里はレベル1のリモートヴューワーだった。
「そんなっ、会長をさぐるなんてそんな大それたことっ、だいたい私のイメージなんて精度が低くてアテにもならないんですけど」
「職員かどうかしらないけど、あのビルの関係者に会長の意中の人がいるって噂なら聞いたことがあるぜ」
三組の
「五輪さん、たとえ噂話だとしてもそういうことは口にしないほうが無難よ」
紅音に窘められて美羽は頭を掻いた。百八十センチ近い大柄な少女で、それもそのはず、バレー部の主将にしてエースアタッカーでもあるのだ。レベル1の電気系サイキックで、小物にかぎるが手に触れたものを瞬時に動作不能にする能力を持っていた。ただ本人は、こんなものが何の足しになるのかさっぱりわからないといつもこぼしていて、もちろん、そうした力を試合で使ったことは一度もないとのことである。
性格は大雑把なところもあるが、生一本で後輩の面倒見も良いことから上にも下にも顔が利き、女にしておくのが勿体ないくらいの、いい“ヤツ”――だった。
「そうだな……わりぃ、みんな、いまのは聞かなかったことにしといてくれ……それにしてもどうして会長は食峰先生のことが苦手なのかなぁ、いい先生だと思うんだけどな、俺は」
「その話もNGね、今はいいけど」
「おっと、そっか、これもそうだったか、いやぁ俺としたことがっ」
「ここの雰囲気を悪くして得する人なんて誰もいないから、そんなつまらないことをいちいち告げ口なんてする人はいないけど」
一組の
麗は紅音と共に文芸部に所属していて、部長と副部長の間柄でもある。一見、お下げ髪で度の強いメガネの地味な風貌ながら、メガネを外すとくっきりとした顔立ちになってかえって目立つタイプの擬態系美少女だった。見かけ通りに懐が深く賢明で、汚れ仕事もすすんで手がける忍耐強さもあることから下級生からの信頼も厚い。レベル2の学内最強のサイコキネシストとして空気や水といった不定形のものを操作する術に長けていて、実は修学旅行の際に一部の男子生徒が念動力で飛ばした極超小型カメラを撃ち落としたのはほとんど彼女一人の力なのだった。
一年生から三年生までの八人の少女たちは長テーブルを囲んでコーヒーを飲みながら、事務処理をしながら、和やかな雰囲気のままに雑談も織り交ぜている。
「ところでおまえの方はどうなんだ? 最近、彼氏と上手くいってるのか?」
美羽が紅音にいきなり話を振ってきた。
「彼氏? いったい何の話?」
「おまえのクラスの、生徒会の雑用を押し付けたヤツ」
「まさか密森くんのことを言ってるの?」
「そう、それだ、ソイツ。最近よくつるんでるって噂だからさ」
「あら、何の話? 私も知りたいわ」
麗も混じって最上級生三人が女の無駄話――俗にいうガールズトーク――に花を咲かせ始めた。
「あれは何でもないわ」
「そうかぁ、お安くないぜぇ、一昨日、ベルジュでアイツと仲良くパフェ食ってたって後輩から報告があったぞ。紅音先輩って最近、オトコできたんじゃないスカって目をまんまるにしてな」
いつでも無愛想オーラ全開にしている紅音は、そういう方面では目立っているらしい。
「あら、そうなの? 初耳よ。密森くんって時々ここに来ることのあるメガネをした線の細い感じのナイーブそうな男の子でしょ? 紅音ちゃんってああいうのがタイプだったなんてちょっと意外よ。もっとわかりやすい美形男子が好みだとばかり思っていたから」
「だからチガウって言ってるでしょ、来年度予算の見直し作業の進み具合をチェックしてるだけよ。もうかれこれ一ヶ月にもなるのに、まだ終わってないんだから」
「それでわざわざカップル御用達のラ・ベルジュに行ってパフェを食うのかぁ?」
「食べてたのはパフェじゃなくてパンケーキっ」
「同じようなモンじゃんよぉ」
「どこが同じなのよっ」
珍しく紅音が感情的になって語気を強めていた。
そんな三人の常とは違う素のやりとりを目にして、居合わせた五人の下級生たちも興味津々で見守っていたのだが、ちょうど話の成り行きが佳境に入りかけたところにまた高梨祐太が戻ってきたものだから、間の悪いヤツ、と座はたちまち白けた空気になるのだった。当然のごとく、雑談会――はおひらきになる。
裕太もさすがに部屋の気配の変化に気づいたのか、呆気に取られた顔をしてドアの前に立ち尽くしていた。
「あの、みなさんどうかされたんですか?」
「会長はちゃんと送ったの?」
「ハイ、無事にお送りいたしました」
「それはよかったわね――」
「コーヒー、淹れられたんですか? アレ、これいつものブレンドと違いますよね」
鼻はよく利くようである。ただしコーヒーに関してだけだったが。
生徒会入りした当初、高梨裕太はレベル1のサイコキネシストだという触れ込みだったが、実際はサイコロの出目の確率を僅かに変えられる程度で限りなく無能力者に近かった。成績優秀、長身でイケメンだが、全身が軽佻浮薄の膜で覆われているような感じで長所の全てを台無しにしていた。
「会長専用のブレンドには高梨くんじゃないと手をつけられないでしょ? だから生協で買ってきたオリジナルブレンドよ。あなたの口には合わないかもしれないけど、飲む?」
まるで、なんなら? と譲歩案を提示するような調子でアリスが訊くと
「ああ、それなら僕がきちんとしたのをみなさんに淹れなおしますよ」
彼に悪意はないのかもしれないが、少女たちの目は点になっていた。
この日、結局、碧子は生徒会室に戻ることはなく、少女たちと少年はいつも通りに黙々とノルマを仕上げていき、下校チャイムの前にそれぞれが帰途についたのだった。
ただ一つ、いつもと違っていたのは、彼女たちが去った後の誰も居なくなった生徒会室に、固定電話の呼び出しが長く鳴り続けていたことだった。
描いてても退屈なモブシーンです
お付き合いお疲れ様でした
次話は久しぶりに操祈先生とレイくんをメインに
「やだぁっ」と甘啼きする操祈先生から描き始める予定で・・・す