ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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バースデープレゼント

          ⅩⅩⅪ

 

「やだぁッ、またそんなところ……ねぇ、レイくんっ……」

 操祈は甘えるような鼻声で恋人の奔放な仕打ちを(なじ)った。

 このところ少年はすっかり自信を持ったのか、二人きりになるとますます自由にふるまうようになって、女の身からするとただの辱めにしかならないことにもたっぷりと時間をかけるようになっていたのだ。

「おねがい、聞いてくれないのね……」

「ええ、聞いてあげません」

 足元に(うずくま)ったままで、少年は操祈の切なる願いを無下に退ける。

「だってプレゼントをどうするかは、もらった人が決めることでしょ?」

「………」

「それにまだラッピングのリボンさえ(ほど)いてないから、中身が何かわからないし……だからにおいを嗅いで想像しているんですけど……どうやら先生からのプレゼント、とってもステキなものみたいで、ボク、すっごく嬉しいなっ、ワクワクしてます」

 操祈は椅子の肘掛けに両脚をかけて体を開いたままのあられもない姿で、諦めに目を閉じて椅子の背に頭をあずけた。長い睫に愁いの翳が濃い。スッキリ整った鼻梁の愛くるしい美貌を、いまは羞恥に朱くして年下の恋人からの淫らな仕打ちに堪えている。

 この歳若い暴君にとって、問答することさえ女を追いつめていくための段取りに過ぎないことを彼女は経験から、もう良く知っているのだった。

 閨でのレイの残酷さと、そしてやさしさを――。

 こんな姿にされた女にできるのは男の情に訴えかけることだけだったが、いまはそれさえ(はかな)かった。

 彼女が身に纏うことを許されているのは、チョーカー代わりに首に巻き付けられた黒いリボンだけなのだ。女の体の美しい部分の殆ど全てが、明るい室内灯の光を浴びて隅々まで晒されている。

「ひどいわ、わたし、あなたの先生なのよ……それなのに、こんなことをするなんて……」

「そうですね、とっても素敵な先生ですよね……でも、いまは違います。いまの先生はボクだけの女神……人の子の前に現れるとき、魔女は偽りで着飾り、美しさに誇りのある女神はなにも隠さぬ姿で降臨する……そうですよね?」

 少年は顔を上げると、操祈の全身を視線でなぞっていた。

「きれい……こんなに綺麗な女の人が……居るはずがないですから……」 

「………」

「だからボクも、崇拝するだけの、無辜(むこ)の信者になれるんです……誰よりも敬虔な信者に……」

 そう言うと少年はまた、操祈の尾骨のわきにある密やかな凹みに鼻先を寄せ、そこを丹念に嗅ぎ取り始めるのだった。

 

 

 もうすぐ七時――。

 時計を見ながら操祈は胸を躍らせていた。レイとのペントハウスでの約束の時間が迫っていたからだった。文化祭を挟んで、かれこれ三週間も逢えずに居たのだ。紅音が(あいだ)を取り持ってくれたおかげで互いの気持ちのやりとりはできては居たものの、プライベートでじかに言葉を交わせたことは一度もなかったのだった。

 それどころか文化祭のミスコンテスト以来、マスメディアの取材要請がどっと舞い込んできて、ともすれば公の部分が私を圧倒しそうになっていたのだ。操祈の気持ちからすると、全部、一切合切、まるっとお断りするつもりだったのだが「それじゃああまりにも愛想がないから」と学校長の谷津城妙子先生じきじきの指導が入り、内外幾つかのメディアのインタビューに応えることにしたのだが、どれも訊かれることは同じで、

 だったらみんな一緒にやってよぉっ――!

 と、言いたくなるのを堪える方が大変だった。

“なにが教師として差し障りを感じたりはしませんか? よ、そんなのあるにきまってるでしょっ! 今だってあなた方のお相手をするのに、教員としての貴重な時間を浪費(つか)っているっていうのにっ!”

 作り笑いをするのがこんなにも消耗することだとは思いもしなかった。

 幸い、いつも隣には犀利(さいり)な生徒会長の山崎碧子が居たおかげで、彼女が上手く捌いてくれたので座を白けさせてしまうようなことにはならなかったが、操祈としてはありがたくないエキストラワークの所為で、ホトホト手を焼いたこの一週間なのだった。

 だから久しぶりのデートに女心は甘い期待にときめいている。

 逢いたいな……。

 胸を焦がして眠れぬ夜、レイが自分にとってどんなにかけがえのない存在になっているかを、操祈は気持ちの整理をしながら改めて確かめることとなっていた。

 

“発情した牝が牡を求めているだけじゃないのよぉ――”

 

 裡なる声はそう言って(あげつら)うが、それが正鵠を射たものだとしても、もうたじろいだり怯んだりはしなかった。男と女が愛しあうというのは体の関係を含めて――否、それそのものと言いかえてもよいと彼女は得心していたからだった。人と人との繋がりでこんなにも密接なものはないのだから。親子以上に親密になって、互いの秘密を見せ合い分かち合う関係、求め合ってどこまでも許し合うこと、それが恋というものだと操祈は思う。

 そのことを、歓びを知った女の肌が認めていた。

 今、自分がこの部屋に来ているのは、愛されるため。

 愛されることによって、愛するためだ――と。

 たとえ年下の男の子との間で為される世間的には許されないことであったとしても、もうそれが心の歯止めになることはなかったのだった。

 カチャリ――。

 秘密の裏扉が開く音がして、操祈はパッと輝かせた顔を上げた。六時五十七分。ほんの少し早いけれど、予定通りの時間だった。長椅子から立上がると少年を出迎えに小走りになる。

 そこには買い物袋を二つ両手にぶら下げたレイが立っていた。

「先生……」

「レイくん……」

 教室に居る時と同じ呼びかけだったが、互いに男と女になって見つめ合う。

「なんだかとても久しぶりね……」

「買い物、いっぱいしてきちゃった」

「あらぁ、私もよ……」

「先生は何を買われたんですか? ダブってないといいけど」

「私はあなたがこのあいだ作ってくれた肉じゃがにチャレンジしようと思って」

「それなら大丈夫ですね、ボクも野菜をたくさん買ってきたけど、じゃあポトフにしようかな。ビーツがあればボルシチって手もあるけど」

「ずいぶんいっぱいレシピのストックがあるのね」

「レシピって言えるほどじゃなくて、以前に一度、作ったことがあるってぐらいですけど」

 操祈はかがみ込んでキスをしようとしたが、少年はそれを逃れて

「手も汚れているし、うがいもまだですから」

 潔癖できれい好きなレイは、そう言って申しわけ無さそうに頬笑んだ。

 そんな少年を操祈はいつも、まるでオペに臨む外科医みたいだと思ったが、レイらしい気遣いと優しさの現れだということも分っているのだった。

 

 

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