ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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バースデープレゼント4

 

          ⅩⅩⅩⅣ

 

 肘掛けに脚をかけて体を開いたままの、そのあられもない姿で恥ずかしい検分をされて、せつなげに視線を泳がせていた操祈だったが、サイドボードの上の何も活けられていない陶製の花瓶が目に留まると、

 あそこには何を飾ったらいいかしら?――と、ひとり想いを巡らせていくのだった。

“お花よりも枝ものの方がこのお部屋の雰囲気には合いそうね……でも椿は華やかでステキだし、しっとりとしたコスモスもいいわ……これからならシクラメンっていうのもありよね、それにハーブも……”

 自身の部屋は実用的なだけで花を活けたりしたことはなかったが、恋人と過ごす広くて明るいリビングにはあった方がいいと思う。

 大好きな人と過ごす大切な場所だから――。

 次のデートの時にはきっと何かお花を持ってくることにしようと、しばしの甘い夢に遊んでいた。だが、また少年が鼻をクンクン鳴らしているのに気づくとたちまち現実に引き戻されて、清潔な美貌に愁いの翳が落ちて悩ましげな風情を濃くしていくのだった。

「いいにおい、先生のひな菊(デイジー)の香り……かわいいっ……」

「………」

 おかしいとは思ったけど……そういうことだったのね――。

 プレゼントのリクエストはいかにも色好みな少年らしいものなのだった。

 誰にも知られたくないことを、自分すら知らないことを知り尽くされるという辱め、女の誇りを奪うだけの陵辱。

 なにが無辜(むこ)の信者よ……言っていることと、していることがぜんぜん違うじゃないのよ――。

 言葉に出して(ただ)したかったが、自分の足元で身を丸めて一途に求めてくる少年の頭と背中を見ていると、(かしず)かれているようにも思えて、胸の中にあった諦めの気持ちが徐々に赦しへと姿を変えていってしまう。

 レイは思いやりがあって情の深いとてもいい子なのに、どうしてこんなにイケナイことができるの――?

 (ねや)での奔放なふるまいと、普段の思慮深くて控えめな少年とのギャップの大きさにはいつも驚かされて、たじろぐばかりでいる。女の身からすると男の欲望というものが、どのような成り立ちなのか分からなくなるのだった。

 程度の違いこそあれ、レイひとりだけが変わっているのではないことを操祈は唯香との打ち明け話を通じて知ってはいる。

 それがとても深い愛情表現だということを――。

 興味のない相手には絶対にしないことでも、強い敬慕や憧れを感じている女に対しては、容易に禁忌を乗り越えてしまうものが男の中には居るということも。

 少女とは同じ種類の悩みを抱えるもの同士の気安さから

「だからって迷惑な話よね――」

 そう言って互いに顔を赤らめながら頬笑みを交わしたのだった。

 それでも――。

 事が事だけに、やっぱり非道(ひど)い間違いを冒しているのでは?――という罪の意識がちらついて、このままでいいのかしらと思わずにはいられなくなる。

 いつもこの子が口にするように……わたしが悪いのかしら――?

 ダメなことはダメ、と初めにちゃんと拒んだ方が良かったのかもしれなかった。ただ、今となってはなにもかもが後知恵に思えてしまうのだった。

 女にとっては秘中の秘ともいえるプライバシーの詮索に身をゆだねて、操祈の思いはひとり漂流している。

 男と女のいとなみの不思議について、二人の愛のかたちについて。

 と――。

 いきなりそこをペロッと(ねぶ)られ、ひっ、と喉を鳴らして椅子の上のお尻が小さく跳ね上がった。少年は、もう香りを楽しむだけでは飽き足らなくなったのか、なま温かくて粘つく執拗な感じのものがそこを捉え、ぺとり、と貼りつかせたまま長く留まっている。女の本能が、これ以上自分の体に深刻な影響がもたらされる前にあいせつな愛撫から逃れようと、閉じられない脚を閉じようとして身をもがかせた。

「いけないっ、レイくぅんっ」

 聞き届けられることがないと判っていても、咎めずにはいられない。

 それはとても背徳的な行為、まして子供が大人の女にしてはいけないこと……そのはず……。

 にもかかわらず――。

 彼女の体はその淫靡(いんび)な味わいを、もうよく知っているのだ。

 旅先の京都で初めて経験させられて以来、このペントハウスで逢瀬を重ねるようになってからは、レイはあたりまえのように愛撫のメニューに加えていたからだ。

 その妖しくも奇妙なくすぐったさに、操祈は潤んだ瞳を虚空に彷徨(さまよ)わせた。我を失うような強い快感ではない分、心はいっそう敏感になっていて愛撫が進むたびに、じわっと寄せてくる焦慮に千々に乱れてしまう。やさしい形の眉を翳らせて、伏し目がちの瞼に嫌悪と悔いとのないまぜになった繊細な小じわを浮かせて。けれども、豊かな膨らみのいただきを飾る乳先を、発情の(しるし)もあらわに哀しく尖らせているのだった。

 弱い女の身が男の情にすなおに反応し始めていた。

 どんなに固く締まった心と体も時間をかけて丹念に愛されれば、やがてはグズグズになってしまうのだ。こうしたことになるとレイは、とても十五歳になったばかりの男の子とは思えない、まるで淫魔のような狡知(こうち)をはたらかせて、それはそれは(ねんごろ)ろに彼女の逃げ道をひとつひとつ塞いで追いつめてくる。むしろそれを愉しんでいるかのように手数をかけるのを惜しまない。

 いかに歳が離れていようといったん裸に剥かれてしまった後は、女体を恐れずに挑んでくる男の欲情を前にして、抗いようもないのだった。

 初めに体の一部分が裏切り、意思に反して性愛の目覚めに引きずられた女の思いは、やがては肉体の都合さえも追い越して逸楽の淵へとのめり込んでいってしまう。

 いま少年は貼り付けた舌をじっくり探るように何度もなぞらせていて、また彼女の心を(ひし)ぎにかかっていた。味をみられていることが判るような、(よこしま)な意志を感じる動きには女の矜持(きょうじ)蹂躙(じゅうりん)されるようなやりきれなさがあって、だから長く続いた吟味の果てに少年が漸くそこから顔をあげた頃には、操祈はすっかり負け切った状態にされていて、この上どんなことを求められても拒めないような気持ちになっているのだった。

「先生、プレゼントを開けてもいいですか?」

 レイが両脚の向こうから空々しい問いを投げかけてくる。

 女の体を思い通りに泣かせて、満足そうな顔をしている少年が憎らしかった。あんなにもひどいことをしながら、幸せそうな顔をしている恋人が愛しくてたまらなかった。

「レイくん――」

 操祈は両腕を伸ばして恋人を招いた。いつものように傍に来て慰めて欲しい、と。彼女が哀しみや不安、畏れを感じたときには、少年は寄り添って励ましてくれるのが常だったからだ。そんな絆を支えに、二人だけの密やかな取り組みとして、どんなことでも乗り越えてこられたのだった。ところが、今日はいつもとは違って少年は愛撫の効果とそれが自分の女に与えた変化を見届けると、

「キス、したいな……ココに……」

 と、また新たな要求を突きつけてくる。ココ、という場所を指の腹をあてて念押しするように撫でて教えて、身を固くひき締めて指を拒んでいる操祈に譲歩と同意を迫ってくるのだ。

 ただそこは、キスどころか今まで彼が舌を貼りつかせていたところで、だから「キスしてもいいですか?」と、重ねて訊かれると、どういうことなのかわからなくなって答えに窮してしまうのだった。

 操祈の当惑をよそに、少年はまた顔を寄せると今度は窄めた唇をあててきて、望むままにキスをされてしまう。

 いちばん遠い部分への接吻を――。

「ミスコンでいちばんになった先生のお祝いと、ボクの誕生祝いを兼ねていたから、今日は最初のキスは“しあわせのキス”にしたかったんです……きっと先生のココも、もう感じやすくなっている筈だから……」

 幸せのキス――?

 再びそこに唇を寄せられて全身を緊張させて身構えた。

 道を踏み外すことへの恐れもあったが、思いがけず声が出てしまいそうなほど甘美な刺戟がショックなのだった。

 振り返れば、たしかにそれは彼女がその夜に受けた最初の口づけだった。キスを頑なに拒んでいた理由とはそういうことだったのかと、ようやく得心がいく。チェスのマスターのように愛撫にも責め筋や手順を重んじる少年は、今日のデートで最初に口づける場所をあらかじめ決めていたらしい。猥褻で、不道徳で、背徳的なことを、それをバースデーデートの際に企むところが、いかにもレイらしいところだった。

 けれども、

 これが幸せのキスなの――?

 操祈の顔色を読んだのか、少年はその疑問に答えて言った。

「合わせるのは手と手だけじゃないですから」

「……?……」

 レイは窄めた唇をつくって仄めかしていた。それを見ているうちに、唐突に納得した操祈は、教え子の呆れたおふざけぶりに

「バカっ――!」

 と声に出して叱る。

「本当に、イケナイことばっかり――」

「だってちょうど一年前だったから」

「一年前……?」

「忘れちゃったんですか? 先生がボクに初めてキスをしてくれた時のこと……ボクの誕生祝いにって言われて……」

 もちろん忘れる筈もなかった。操祈にしても異性と交わした最初のキスだったからだ。

 ただそのときは子供同士がするような戯れのキスのつもりだった。親愛を伝えるための挨拶に近い軽いキス。

 じゃれあいのような、そんなささやかなところから始まった彼女の恋は、今では女の秘密をどこまでも探られる禁忌の領域にまで足を踏み入れている。

「ああっ……レイくんっ……ソコはぁっ……」

 賛美するような軽いキスの五月雨(さみだれ)が、たちまち舌も加わるディープキスになっても、もう驚かなかった。吐息を乱しながらも望まれるまま肉の(にえ)に堕ちた身をさしだしている。

 もはや少年は、自分が欲しいと思うものであれば、躊躇わずに奪っていくことができるのだ。

「レイくんはひどいな……くやしいな……」

 キスというよりも、食べられている、というような貪欲なものになって、操祈は声を喘がせて詰ったが、運命に身をやつして(はかなく)くも花弁を散らしていくそのかたわらで、まだいちども愛されずにいた大輪の“薔薇”は、やがて訪れる開花の時を待ちかねているように、みごとに花弁を色づかせているのだった。

「ねぇ、開いて……先生……」

「………」

 何を求められているのかはわかっていた。ためらいを感じながら、それでも命じられるままに従順に両手で左右に(ひら)いてくつろげる。

 それを間近にしている少年の、劣情に朱らんだ顔が驚きに輝いた。

「スゴい……きっと造化の神さまは、目につかないところにまで手を抜かなかったんですね。すごく綺麗……」

「………」

「それに、とてもいい香りがする……心のやさしいお姉さんのにおいが……」

 操祈はすぐに男の愛撫が始まるのかと思って固唾をのんで待ったが、少年は、つ、と立ち上がると彼女を置き去りにしてしまうのだ。

「レイくん……」

 心細くなって恋人の背中に呼びかけた。

「そのままでじっとしていて下さいね」

 振り返った少年はまたカメラを手にしていた。有無を言わせぬ調子で遠慮なくレンズを向けてくる。

「こんなに美しいものは、記念に残しておかないと」

「イヤっ! こんなところを撮らないでっ――!」

「ダメですよ先生、ちゃんと展いていてくれないと、奥まで見えるように」

「だって――」

「今日はボクたち二人の記念日なんだから」

「だからって……」

 結局、操祈は再びフラッシュライトを何度も浴びることになって目を閉じた。

 とうとうこんな姿まで撮られて、自分にいったい何が残っているのだろうかと不安が寄せてくる。

 もしも求められるものがあって、与えることができるのなら分かち合うつもりでいたのに、ここまで背徳の行為が度重なると、そうした道ならぬ所業がいつまで続けられるのかわからなくなってくるのだ。以前に舘野唯香が口にしていた恐れの意味が、自分にもわかるような気がしてくるのだった。

「先生、心配しないで下さい、この写真はボクたちだけのものですから」

「………」

「後で一緒に見てみませんか? そうすれば、先生はご自身がどんなに美しい姿をされているか、きっと納得していただけると思うんですけど……そうすればボクの気持ちも少しは判ってもらえるかもしれません……ボクがどんなに幸せなのかってことも……」

「いいわ……わたしは……あなたが幸せなら……」

「先生は幸せじゃないんですか?」

「ええ、幸せよ……とっても……」

 不意に操祈の両目から涙が溢れて頬を伝って流れ落ちていく。それを見て色を失ったのは少年の方だった。

「泣かないで、先生っ」

「泣いてなんかいないわ……」

「でも……」

「レイくんのこと、あたし……信じてるから……だから……」

 操祈は両脚を肘掛けから下ろすと身をかがめ、足元にいる少年の唇を求めた。若い恋人の(まと)っている他ならぬ自身の匂いと味に驚きながら、口づけは互いに舌をからめあう濃厚なディープキスになっていくのだった。

 




三日サボった上に
また二重投稿してしまい申し訳ありませんでした

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