ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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ハッカー

          ⅩⅩⅩⅦ

 

「バカなことをしてくれたものね、よりにもよって修学旅行中に一度ならずも二度までも操祈先生のことを犯していただなんて」

「犯すだなんて、そんな……ボクはただ……」

「ただナニ? あなたが先生のスカートの中にもぐりこむのがお得意なのはワカルけど、あの人がそれを歓んでると思ってるのなら勘違いも甚だしいわっ」

「………」

 盗み聞きされないように声音を落としてこそいたが紅音の叱責は辛辣だった。レイの痛いところをズバリ突いてくる。

 身持ちのいい操祈にとって、あのような行為には積極的になれないのはわかっていた。それでもいったん愛撫に持ち込みさえすれば、しっかり歓んでもらえたし、気持ちだって満たしてきたと思うのだ。

 ただ、自分の方がはるかに多くの“幸せ”をもらっていたのは確かだったが――。

 少年は愛おしい操祈のにおいを思い出して、またズボンの中のモノを固くしている。

 男にとって彼女は甘美な謎と神秘そのものなのだった。

 清潔感のある愛くるしい顔立ちの美貌、それなのに彼女の体臭はけして薄い方ではなかった。むしろやや強い性質(タチ)だと思う。他の女性の匂いを知らないから比較はできないが、操祈と愛しあっていると彼女の汗や分泌物のにおいがどんどん豊かに香るようになっていくのがわかるのだ。生々しくも馥郁(ふくいく)たるたくましい匂い、男の情熱に火をつけずにはおかない好ましいオンナのニオイだ。それが操祈らしいとも、らしくないともいえる絶妙さで、そんな嬉しい驚きを経験したくて、いつも二人だけになると彼女の愛の森に深く分け入ってどこまでも探索の手を伸ばしたくなってしまうのだった。

 神聖な雰囲気を漂わせて女神のように見えるときと、愛撫がすすんで恥じらう姿の少女のような初々しさとのギャップ、時折みせるおきゃんな一面もふるいつきたくなるくらい可愛いらしい。

 こんなにも美しい女性を裸にして、体に触れても、彼女は怒ったり抗ったりはしないのだ。

 ボクだけの食蜂操祈……ボクだけの憧れの女のひと――。

 少年は記憶の中でも食蜂操祈を掌中の珠を慈しむように愛でている。

「だって先生が可愛いから……ずっと年上で、ボクらを庇護する立場の担任の先生なんだけど、でもスゴくカワイクて……」

 レイがそう言い訳すると、それまで堅苦しい表情をしていた少女が、呆れたように口をあんぐりさせるのだった。

「誰がノロけ話を聞かせなさいって言ったのよっ……まったく……バカなんだから……」

 晩秋の午後、壁の掛け時計の針が三時を廻ると日の傾きは急ぎ足となってあっという間に宵が迫ってくる。二人の居る空き教室内は既に窓枠の影が床の上を長く伸びて茜色に染まり始めていた。

 レイと紅音は居残って、生徒会肝いりの案件である次期予算削減案作成のための基礎資料作りの追加作業を行っていたが、それはあくまでも表向きの理由で、実際は例のミスコン直前に週刊誌がスッパ抜いた操祈とレイの熱愛写真について、碧子が核心に迫りつつあることへの対応策を協議していたのだった。

「手は打つつもりだけど、それでどれだけ時間が稼げるかはわからないわよ」

 紅音が言うには、画像の所有者である中国人児童のサイトをハッキングして、ログの一部をこっそり上書きするつもりだという。上手くいけば痕跡を消すことができるが、執念深く抜け目のない碧子が、それで諦めて手を引いてくれると思うのは楽観的すぎるというのだ。もしも当該児童のスマートフォンを入念に調べられればデータ改竄(かいざん)に気がつくに違いないし、そうなれば外堀は埋められたも同然だ――と。

「でも小型カメラの電池なんてとっくに放電しているだろうから、GPSを辿られる可能性はもう無いと思うんだけど……」

「わたしが心配しているのは位置情報なんかじゃないの」

「じゃあ――?」

 あの時――奈良の旅館での操祈との早朝デート――は、周囲に誰も居なかったのが確実であることから、盗撮なんて絶対にされていないという確信があった。週刊誌の第一報の後、操祈がミスコンで躍進して世間的にも注目されるようになって以降にも続報などが一切なかったことからしても、単発のアドバルーンで、あの件はそれで終了したものだと思っていたのだ。レイ自身もすっかり忘れていたくらいに。

 それだけに山崎碧子が、件の写真の調査に本格的に乗り出してきていると知った時には不気味だと思う以上に意外に感じていた。碧子が何を狙っているのか気になっていた。

 紅音が(つか)んでいるところでは、碧子の手の者たちによって週刊誌にネタを流した者の特定はできたらしい。先週、それを知らされたときには肝を冷やしたが、だが幸いにして、その後の動きが緩慢なことから、おそらくオリジナルの写真の所有者ではなかったのではないかとの結論に至ったのだった。

 これはレイたちにとっては大変ありがたく、命拾いしたような歓迎できる状況だったが、一方、碧子は追求を断念したわけではなくさらに調査を続行させているようで、その流れを受けて紅音も自身でネット上を精密画像検索をした結果、昨夜ようやく、上海の児童のブログサイトに辿り着いたのだという。

 児童とその家族が、常盤台中学の修学旅行期間の界隈に京都を訪れている可能性が高いことも判って、これこそが今回の流出写真事件の発信元であるとの疑いを濃くしたというのだ。ただし子供はただ虫の写真をアップしているだけで、映り込みには気がついていないのだろうということだった。

 紅音の説明を聴いた上での少年の考えでは、確かめようがないのであくまでも想像の域を出ないが、恐らく事態の真相は概ねこう――だったのだと思う。

 つまり修学旅行の奈良で、前夜に男子たちが露天風呂の女湯を盗撮しようとして打上げた超小型カメラが、女子の念動力者によって撃ち落とされて、そのうちのひとつが(くだん)の竹林の中に墜落した。それをあの朝、近くに居て補食に動き出したカマキリが餌か何かだと思ったのだろう、襲ったことで落っこちていた超小型カメラが息を吹き返すか、スイッチが偶然ONになるかしたのだ。その後、無線LANも作動を始め、撮影した映像を電源が尽きるまで手当り次第に周辺に向けてランダムに自動送信をしていたのだろう。それを、たまたま付近を通りかかった児童のスマートフォンが受信可能な状態であったために画像が着信してしまった、というものだ。当該児童のスマホのセキュリティーガードが甘かったか、あるいは一時的にガードを下げていたかしていたために受信してしまったのだろうが、もしかすると他にも受信者がいたかもしれない。ただ普通はそんな怪しげなものはウイルスと看做してすぐに廃棄してしまうから誰も問題にしなかったが、当該児童が虫好きだったために写真はそのまま保存されてブログサイトにもアップされた。

 二人にとって不幸中の幸いだったのは、送信されていたものが動画にはならなかったことだ。恐らくカメラ本体は墜落させられた段階で既に半壊状態だったのだろう、動画としてではなく、ワンショットのパルス動画、要するに静止画にしかならなかったために、あのような画像になったのだと思う。

 それなら、もう大して問題にはならないのではないか? というのがレイの見立てだった。紅音は――いったいそんなハッキング作業を誰に依頼するのかは知らないが――着信画像の発信場所を都内の代々木公園内に偽装する操作を企んでいるらしいが、それさえ済めば、仮に碧子側が何らかの手だてでログの書き換えに気がついたところで、

「もう既に発信元のカメラは沈黙しているんだから、データの照合だってできない筈でしょ? それならその先に追求の手が及びようがないと思うんだけど……」

「私が心配しているのはそっちじゃないわ、写真データに書き込まれている撮影装置のデータの方よ。器機のシリアル番号が判れば機種が分るし、販売履歴から持ち主まで辿ることができるでしょ? 通信ログなんかと違って写真という“モノ”がある以上、仮にデータを書き換えても復旧させることはわりと簡単にできるのよ」

 レイは少女の抱いていた懸念に気がつくと事態の深刻さをあらためて理解した。持ち主が常盤台の生徒だと判れば、すぐに奈良での一件に結びついてしまうからだ。

 そうなれば――。

「彼女のエージェントがあっさりした人で、子供のスマホデータを単純にコピーするだけで済ませてくれれば問題ないんだけど、もし私が会長なら子供からスマートフォンそのものを回収するように指示するわ」

「………」

「徹底した解析をすれば、スマホのログが外部からの操作で上書きされたことに気がつくし、気がつけば写真の元データだってマイニングされる」

「………」

「どう、少しはわかった? 事態の深刻さが? 密森くんの軽はずみな行動の所為で、火の手はもうあなたの足元まで及んでいるってことを」

「ボクは……どうすればいい……?」

「会長とその周辺がこのあたりの事情に疎いことを願うことね……でも、むこうだってプロを抱えているだろうから見こみは薄そうだけど……」

「願うって……できることって、もう神頼みするしかないのか……」

 もうひとつできることは、操祈を連れて逃げること――。

 それぐらいしか少年には思いつかなかった。

「実はね、ハッキング作業は済んでるの……」

「――!?――」

「昨夜のうちにやっておいたから」

「やっておいたって……まさか、きみがやったのかい?」

 レイは驚いて、目の前に立つ地味な黒縁メガネの少女の顔を見上げた。

「だって、会長の方はもうとっくに動いているに決まってるから、猶予が無いと思ったから勝手にやらせてもらったのよ」

「栃織さんって……そんなことまでできるんだ……」

 レイは、ある種、畏敬の念を交えながら少女の顔をまんじりと見つめる。

「他の人には言わないでね、秘密にしているんだから……会長だって知らないことなの……」

「うん――約束する」

 秘密が増えるというのは、それだけ心理的負荷が増すことになるが、少年は大きな秘密をどっさり抱えているので、それが今さら少し増えたところでどうということもなかった。

「心理系の能力者ってだけでも警戒されやすいのに、この上ハッカーだなんて噂が拡がったりしたらますます居心地がわるくなるばかりでしょ」

「で、天才少女、栃織紅音氏としては、事態打開の切り札として、なにか奥の手があるんでしょ?」

 少女が秘密を打ち明けた以上、さらに二の矢を(たずさ)えているのは間違いないと読んでのことだった。

「そんなこと言って持ち上げてもムダよ」

 少女はまんざらでもなさそうにニヤッと笑う。肯定の意味と受けとれた。

「やっぱりあるんだね、奥の手が――」

「さぁ、どうかしら……」

「ねぇ……」

「なに?」

 少年は言うべきがしばらく迷っていたが、やがて意を決して

「もし、この件を上手く片付けることができたら……その時は……栃織さんが以前に言っていたこと……ボクから先生に相談してみてもいいよ……」

 と、口にしてから、また複雑な表情になる。

「それはとても魅力的な提案だとは思うわ……でも、最初に言った通り、私は操祈先生を守るためにやってるだけだから、この件を取引に使うつもりはないわ」

「………」

「あなたがどうなろうと全然かまわないけど、それで先生が悲しむというのなら、私はあなたの味方をする――そう言っておいた筈よね?」

「きみは……手ごわいなぁ……」

「あなたほどじゃないけど――」

「じゃあ、ボクの提案として聞いて……きみの願いが叶えられるように、ボクもできることはするつもりだから……でも先生がイヤがることはしないし、できないってことは含んでおいてね……」

「それで十分よ……でも以前の密森くんは断るだけって言ってたんだから、ずいぶん変れば変るものよね……どうした心境の変化かしら?」

「心境の変化も何も、それだけピンチだから、助けてって悲鳴を上げてるだけなんだと思うよ」

「そうかしら?……私にはあなたも奥の手を隠しているように見えるんだけど……」

 少女は上目遣いで眼鏡枠の外から裸眼で少年の様子を伺っている。

「よしてよ、それずるいから……」

 言いながらもレイは少女のオーラリーダーとしての眼差しを受けとめていた。

「ホント、食えない男よね、密森くんって」

「それって十五歳の女の子の台詞じゃないよね」

 互いの胸の裡を探り合うような沈黙は

 トントン――。

 教室の扉がノックされて、おあずけとなった。二人は一瞬、ぎょっとなった顔をすると、とっさに目配せして紅音が

「どうぞ――」と、声を上げた。レイは俯いてテーブルの上の書類と格闘している風を装う。

 教室に入ってきたのは舘野唯香だった。

「なにか用? 舘野さん」

「来期の予算のことで密森くんに話があって来たんだけど……」

「いいわ、ちょうどいま、話が終わったところだから……じゃあ密森くん、後はよろしくね。明日までの期限を守ってね」

「無茶言わないで下さいよっ、そんなの無理ですってば、食蜂先生の数学の課題だってまだ終わってないっていうのにっ」

 背を向けて立ち去ろうとする少女に、レイは中腰になって呼び止めようとしていた。

「じゃあガンバってね――」

 紅音はそう言い残すと教室を出て行ってしまうのだった。そこに唯香とレイの二人を残して。

 少年は肩で大きくため息をついた。

 

 

 

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