ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
ⅩⅩⅩⅧ
紅音が教室から出て行くのを見届けると唯香は、
「栃織さん、楽しそうね、なんだか最近ずいぶん雰囲気が変わってきたように思うんだけど……」
「そうですか、ボクはそんな風に感じたことないですけど……」
「それってもしかして、密森くんの影響かしら?」
「まさか、そんなことあるわけ無いじゃないですか。ボクは栃織さんからは、いつもこっぴどく影響を与えられている側なので」
「それもそうね……」
唯香は少年の座るデスクの前に立つと、表情を変えずにそのまましばらくただじっと見おろしている。
「女子校で、何かと肩身のせまい男子である上にスクールカーストの下位グループですから……」
レイは書類を繰り、ラインペンでチェックするという作業を続けながら、顔をあげると目尻を下げて邪気のない笑顔を向けた。
「ああ、そうだ学園祭での演劇部のお芝居、観られなくてごめんなさい、でもミスコンの舘野さん、すごく綺麗でしたよ」
少年がそう言うと、美少女は少しはにかんだ様子になった。レイがハッとするくらい魅力的な表情に。
「ありがと、お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞だなんて、そんな……まわりにいた男子からの評判もスゴく良かったし……」
「それはあまり嬉しくないわね、だって密森くんのまわりに居るひとって、どうせあの人たちのことでしょっ?」
「わーひどいなぁ……」
「ごめんなさい、密森くんにとっては大事なお友達だったわね」
「それで、なんのご用ですか?」
「そうね――」
少女は廊下側へ目を遣って、教室の扉がどちらも閉まっていることを確かめると、少年の方へ身を屈めて顔を寄せてくる。仕方なくレイは開いていた書類を伏せた。
「一応、コンフィデンシャルで、部外の方にお見せするワケにはいかないので……」
「……やっぱり……密森くんだったんでしょ?……あなただったのよね……」
「は――?」
「奈良でのこと――」
唯香の囁きに、少年は刹那、表情を凍りつかせたが、すぐに人畜無害、無抵抗の追従笑いになる。
「え、なんですか!?」
「いいの、別に――あなたから正直な返事を聞きたいと思っていたワケじゃないから……」
「誤解しないで下さい、ボクには権限なんてナンにもないんです……あくまで予算を
レイがそう言うと少女はまた仕方無さそうに頬笑むのだった。唯香からは悪意は感じられないが、意図がわからずに不安になってくる。
「わたしがそんな話をしているんじゃないってこと、分ってるくせに……」
「舘野さんが何を言ってるのか……ボクには……」
「最初はすごくびっくりしたけど……でも、いまはそれほどでもないわ……」
少女のつぶらな瞳はレイの顔にぴたりと据えられている。
「あの――」
「でも注意した方がいいわ……私が気がついたってことは……いずれあの人も気がつくだろうから……」
「いったいなんの……」
「山崎さんって怖い人よ」
「はぁ、ボクもそう思いますけど……だからこんなことやらされてるんじゃないですか……用事があるならもったいつけてないでさっさとお願いしますね、こっちは時給いくらでやってるワケじゃないんで」
少年が軽いジョークを交えてこぼすと、少女はようやく白い歯並を覗かせた。十五歳の美少女らしい明るい笑顔を向けている。
「予算については密森くんに言っても仕方ないってことぐらい、わたしだって判ってるわ」
「だったらなんで、みんなそれを分ってて、ボクのところに来るんですかねぇ」
「会長に言えない分、あなたになら言いたいことが言えるからでしょ?」
「やめてくださいね、ボクを憂さ晴らしのサンドバッグ代わりにするのは、とっても迷惑です」
「そうよね、わかったわ……もう用事は済んだから帰るわね……私はただ確かめたかっただけなの」
「……確かめるって……?」
「それにしても、人は見かけによらないっていうか……」
美少女はいま一度、少年の方に顔を近づけると、顔や体のあちこちを値踏みするかのように視線で嬲っていく。時に整った鼻をひくつかせて。レイは、まるで
操祈とは別のタイプの清潔な甘い香りが少年の鼻腔をくすぐっている。
「あの、舘野さん……?」
「……こういう男の子に趣味があったなんて、ちょっと意外な気もするけれど……いいえ、そうじゃないわね……密森くん、あなたがワルい人なのよね? そうなんでしょ?」
「………」
「でも、そういうことなら、それも良いのかもしれないわ……だって女ってね、とっても欲張りなの……女のコがカワイイものが好きなのは、カワイイものが好きな私がカワイイっていうアピールだから……」
「……?……」
「結局、可愛がられたいっていうのが本音よ、男の人からかまってもらえるのが嬉しいの……」
「どうして……ボクにそんな話をするんですか……?」
「それは操祈先生だって私と同じ“オンナ”だからよ……」
美少女は、ドキっとする物言いを平然としていた。
「でも心配しないで、けっして他人に言ったりはしないわ……」
「……ボクにはなんのことか、さっぱり……」
少年はそう応じながら、唯香であれば気づかれていたとしても仕方がないとも思っていた。
週刊誌に載った件の写真から、あの記事と奈良でのことを結びつける畏れがある者が居るとしたら、それはただ一人、舘野唯香だったからだ。あの朝、操祈と二人で居るところを目撃していたのは彼女だけだった。その上、部屋着姿でいた操祈には異変も感じていたらしい……。
やっぱり女の嗅覚は侮れない、と、あらためて男との違いを痛感させられている。
栃織紅音に続いて舘野唯香。
クラスメートの女子、十七名のうち、既に二人が知っている――。
少しずつ綻びが拡がっているのが気がかりだった。幸い紅音は今は支援する側にまわってくれているし、唯香にも悪意は無いようだ。しかし事態は破綻へむけて徐々に坂道を転げ落ちようとしていた。
「でも注意してね、山崎さんは本気よ……本気で操祈先生のことを狩ろうとしているわ……あの人、先生のスキャンダルを探して今、鵜の目鷹の目だから……あのミスコンで恥をかかされたって、とても恨んでいるみたいだし……私にはただの独り相撲、逆恨みにしか思えないんだけど……」
「………」
「だから、あなたが恋のお相手だと知ったら、きっと狂喜乱舞するでしょうね。だって教職にあるものとしてあってはいけないことだし、未成年の男子生徒との性交渉は法的にも許されないことだから……」
唯香はそう言いのこすと踵を返した。
長い髪のスラリとした後ろ姿が教室を後にして、残されたレイは西日の差す窓外に目を転じた。
校庭の芝生はすっかり黄色くなっていて、秋の初めの頃とは違って、もう寝転んでゲーム機に興じている男子生徒の姿もなく、学外へと出かけて行く生徒たちは背中に長い影を引きずっている。
「言われなくても分ってますよ……先生がめんどくさい人に目を付けられてるってことは……」
呟く少年の顔は、すっかり大人びた表情になっていた。