ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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藤城多顕正(ふじきたあきまさ)

 

          ⅩⅩⅩⅨ

 

「およその時間と場所まで判っているんだから、あとは周辺の監視カメラデータを集めて解析するだけでしょ? なぜ特定にこんなに時間がかかるの?」

 平静さを装いながら、熱をおびた息づかいで碧子は()いた。

「学園都市内とちがって外はカメラの配置密度も画像精度も高くないし、一元管理されてるわけでもないから其々(それぞれ)の管轄との交渉に手間がかかるのは理解できるんだが……壁の外は、こっちよりは二十年は遅れた世界だからね……しかしそれにしても妙だな……本当に場所と時間に間違いないのかな? 網を拡げていけば透明人間にでもならない限りどこかで必ずひっかかってくるはずなんだが……」

「データは正しい筈だけど……」

「本当にそうなのか? 元のデータそのものに手が加えられたりしている可能性はないのか?」

「むこうにいる代理人は指示通りにスマートフォンを回収して送ってきているから、そこは信じてもらってもいいわ」

「どうかな……それが本当かどうかが気になるな……こっちでももう一度、探らせてみてもいいが……」

「どうかな?って、データが細工されてるのを疑ってるの? でも外から手が加えられていれば痕跡が残るはずでしょ、そんなの無かったって聞いてるわよ」

「もっと単純な方法があるだろ? データそのものがオリジナルじゃなくてコピーだったっていう可能性が」

「子供のスマホそのものがすり替えられていた――? まさか……あの女の手がそこまで伸びるはずが……」

「その疑いを棄てていいのかな? ミドリ、いつでも敗れるときというのは相手を過小評価している場合だってことを忘れないようにしないと」

 碧子も自分たちの動きだしが国内にとらわれていて遅く、後手に回っている可能性を考え始めていた。これまでは一介の教師風情が、と侮っていたが、もしそうではないとしたら――?

 食蜂操祈の背後については知らないわけではなかったが、トラブルの際に彼女が、いまや疎遠となっている実家に救いを求めるというのも考えにくいとして、これまでは敢えて考慮の対象から外していたのだが、今後はそれを含めて戦略の見直しが不可避となったことを受け容れざるを得なかった。

「それに、仮に操祈クンがやらなくても、お相手の男の方がはしっこく働いて火消しに回っているってのはありえるだろ? こっちは未だにソイツが何者なのか判ってないんだからね」

「そうだけど……でも……あっ……それっ、イヤっ……!」

 身構える間もなく指先に弱みをつつかれて、碧子は男の首にしがみついた。

「その格好でイヤって言われてもねぇ……それに、言われてすなおに引き下がるような男じゃつまんないだろ?」

「で、でもっ……イヤなものはイヤよっ!」

 小康していた事態がにわかに動いて急を告げていた。

「そんなかわいい顔されたら、もっとやってって煽られてるようにしか思えないよ……」

「いやぁ、ンンっ……ケンセーさんっ……」

 と、甘い声で抗うと、男は碧子の唇を奪って言葉を封じ、逃れようもないままに男の指に犯された少女の腰にさざ波が奔った。端整な白い瓜実顔は愁いに沈み、伏せた長い睫が揮えている。

「そうやって素直になれば、キミはとびっきりカワイイのに……」

「……くやしい……こういうの、イヤなのに……」

「そうかい?……でも体はそうは言ってないみたいだよ……締めつけが強くなっていい感じだ……」

「バカ……男なんて……だいっきらい……」

「みんなキミにひれ伏せばいいのにね……僕のように……」

 多摩ハーフマイルタワー百六十八階にある『次世代基幹技術開発プロジェクト』本部――。

 その研究部門の第七班チームリーダーで、藤城多ライフサイエンスのCEOでもある藤城多顕正(ふじきたあきまさ)の実用的でコンパクトな個室の、窓近くにおかれた事務用デスクの後ろ、ビジネスチェアの上で碧子は制服姿のままで彼の膝の上に跨がっていた。背後から廻された男の手が少女のスカートの中深くに忍び入っている。

 前と後ろのどちらも奪われて、ピンで留められた標本のようにされた碧子は男の体にしっかりと身を寄せたままでじっとしていた。性の熱に潤む瞳に、強化ガラス壁に隔てられて遠く地平線まで続く巨大首都圏の街の拡がりが映っている。

「そうだ……いい子だ……」

 男の手が背中を撫でている。

「ミドリは、すぐ毛を逆立てるより、もっと抱かれ馴れした方がいい……いいかげん判ってくれてもいいんだけどなぁ……所詮、女はペニスを持たない側なんだから愛された方が得じゃないかってことを……」

「………」

 もしも女という性が、常に奪われる側であることに堪えて、男という強い性の前に恭順することを求められるのなら、

 そんなこと、絶対に受け容れられない――。

 少女は思う。

 誰が、心まで支配されるものか、と。

 それでも、女の扱いに馴れた年上の男の愛撫は巧みで心地よいのだ。逃れようと思えば逃れられるが、しかしそうまでする必要もまた感じないのだった。

「勘違いしないで……私があなたを選んだってことだから……いつでも斬り捨てられる覚悟をしておくことね……」

 少女が(うそぶ)くと、男はやさしく笑んだ。

「ああ、それでかまわないよ……僕はミドリから最初の男に選ばれたことを、とても名誉なことだと思っているからね……」

「………」

 ヒトのセックスは不思議な営みだと思う。ただの繁殖行動に過ぎないのに、なぜここまで魅了されてしまうのだろう――?

 確かに一度でも知れば忘れようも無い歓びの経験は、何度も繰り返して味わいたいと思わずにはいられない甘美なものだ。

 ただ、それが愛なのか?

 と、自問すると碧子には、とてもそんなふうには思えないのだった。

 たしかに顕正とは何度も関係を持っているが、セックスを重ねることが男を愛することとどのように結びつくのか今も胸に落ちない。

 自分は果たして、彼を愛しているのだろうか?

 この、二十歳近くも歳の離れた男を――。

 碧子にはやはりわからなかった。

 藤城多顕正(ふじきたあきまさ)と初めて逢ったのは、まだ小学校に上がる前の事だ。顕正が学園都市に来たばかり、将来有望な若手の研究者のひとりとして、数名の同僚らとともに山崎家の葉山にある別荘に祖父に会うためによくやってきていたのだ。

 はじめは自分と遊んでくれる、ちょっと鈍いお兄さんに過ぎなかったが、我が儘をしても許してくれる優しい性格が気に入って、いつしか彼が家にやって来るのを心待ちにするようになっていた。

 その後、互いに境遇が似ていることが判ってからは、友、あるいは同志とも呼べるような間柄になり、以降、男と女の関係になるまでにそれほど時を要することはなかった。

 碧子が顕正に処女を与えたのは去年の夏、中二の夏休みでのことだ。しかしそれは恋愛感情を抱いたからではなく、単なる性への好奇心と、たまたまそれを試すにはちょうどいい相手が身近に居た、それだけのことだった。

 ただ一度でも体の関係を持つと、秘密を共有した者同士の独特の親密さというものが生まれるのが男と女の奇妙なところだ。今では心と体の紐帯(ちゅうたい)を結んだ、もっとも信頼できる“配下”になっている。手加減せずに互いに言いたいことを言ってやりあえる、ただ一人の身内になっていた。

 碧子の腰の動きに次第に余裕を失っていった男が、やがて情を放ち、体の中にあってまるで征服者のように我が物顔に振る舞っていた固いこわばりが頼りなくなっていくのを感じると、少女はまだ自分が歓びの尾根に達してはいなかったものの勝利感を覚えて、肉欲に酔った男の熱が醒めるのを待つ余裕さえも生まれている。

「ねぇケンセーさん……」

「ん――?」

「あの女が能力を取り戻している可能性って、どのくらいあるの?」

「まぁ、それはレベルによるね……レベル4以上は無理にしても、レベル2ぐらいまでなら十分に起こりえる範囲だとは思うよ」

「レベル2……」

「そう、いまのキミと同程度の能力は、もう取り戻しているのかもしれないね」

「………」

「精神系の能力も、とどのつまりは念動力だからね。影響を与える対象が分子レベル以下の極めて微細なものになるだけで、意思を向けたものに働きかけるという意味では原則は同じなんだ。あっという間に能力を失っていった他のレベル5の子たちと違って、あの子が能力喪失までに二年近くもの猶予があったのはそのためさ。微細な現象への影響力は維持されやすいから。低位の能力者ほど能力喪失までの時間が長かったことと同じ理由だよ」

「じゃあ、低位能力者ほど出現頻度が高いのと同様に、能力喪失者も低レベルなら回復する可能性は高くなるってこと?」

「うん、実際、アメリカとインドで複数例の回復事例の報告があるんだけど、いずれも低レベルに留まっているから、そう言えるかもしれないね。興味深いことに高位の精神系能力者ほど限定的回復の可能性は高いようなんだ」

「高いってどのくらい?」

「1パーセント程度かな……日本以外にはレベル4以上の症例は無いから、実際、あの子がどのくらいのポテンシャルを持っているかはわからないけど。ただ、確率はもっと高いと思って用心しておいた方が無難だよ」

「能力があるかどうかを客観的に知る方法ってあるの?」

「そりゃ、ここにある設備を使って対象者に協力してもらえればできるけど、簡易な方法で、相手に気づかれずにっていうことなら無いな」

「………」

「食蜂操祈に対しては、僕らもアプローチの仕方をさらに見直さないとならないかもしれない……」

「アプローチねぇ、私には実力行使が手っ取り早いように思うんだけど、仮に能力者だとしても精神系の女ひとりに何を手こずっているのよ?」

「以前にも言っただろう? それも上手くいかなかったって」

「何をしたかは訊かないけど、でもなぜダメだったの? 理由は?」

「そこがはっきりしなくてね……理由が判れば対策も立てられるんだが……どうもあの子の周辺は、今度の件を含めて不可解な事象の発生頻度が高いような気がして……」

「どういうこと?」

 それに答えようとする前にデスクの上のスマートフォンが鳴って、顕正はテーブルの上に手を伸ばした。

「ごめんね――」と碧子に断ってから通話にする。

「何か――?」

#ようやく反応が出たようなのですが、ご覧になられますか――?#

「出たのか? それでピークはシングルか?」

#はい、間違いないです#

「そいつは凄いな、わかった、もう少ししたら行く――」

 その言葉を耳にして、碧子の顔に不満がよぎった。

「秋山くんからだ、どうやら実験が上手くいったみたいだ」

 満足げな顕正の顔が、少し前までの男の顔から科学者の顔になっていた。

「実験って、例の能力者同士の交雑細胞を使った実験?」

「うん、レベル5同士のね……採取してあった皮膚細胞から配偶子を誘導して、片っ端から掛け合わせたものを神経細胞にまでしてから、そいつをマウスの脳内で育てているんだけど、やっとひとつ有望そうなのが見つかってね……以前だったらそのままクローンを使えば良かったんだけど、もう人体実験はできないからさ。時間も手間もかかってまどろっこしいけど仕方がない」

「vitroで再現できたってこと?」

「いや、そうじゃない――」

「でも、それって能力の発動は意識が介在しなくても起きるってことなんでしょ?」

「そう言えると楽なんだけどねぇ……ことはそう単純じゃないんだ……多分、楽はさせてもらえそうにないね……勘だけど……」

「ケンセーさんって、やっぱり科学者だったのね」

「やっぱりってナンだい? これでもこの分野ではトップランナーのつもりなんだけどな」

「私、ただの女好きのロリコンオジサンだとばかり思っていたから」

「女好きってところまでは認めるが、ロリコンの趣味はないな。それにオジサンってのは酷い、まだ三十四になったばかりの“若者”をつかまえてさ」

「どうかしら……私からすると十九も歳が違うのに……」

「僕はミドリを子供だと思ったことはないな……だいたい子供がこんなにけしからんカラダをしてるはずがないだろ?」

 男の手が豊かに盛り上がったブラウスの上から胸を包んで軽くあやしはじめ、碧子は目の前の顕正がまた男の顔に戻って行くのを見届けると、自然に口の端に笑みが浮いてくる。彼女の体内にあった男の体は、再び硬度を増して存在感を主張していた。

「名残惜しいが、続きは今夜にしよう……ミドリがイヤじゃなければだけど……」

 時間に追われ、まるで物のように扱われて、性急に事を済まそうとしないところは評価できるところだった。

「さあ、どうかしら……こちらも時間が取れるかわからないわよ」

 碧子は強がりを言ったが、体は明らかに男との別れを惜しんでいた。虚ろな部分を埋めていたこわばりが、果実を振る舞う前に立ち去ろうとしているのが判ると、強く結んで引き留めようとしている。

「キミに合わせるよ……」

 男は碧子の両わきに手を入れて、大昔にしていた子供を抱き上げる時のようにして(うやうや)しく椅子から退かせると、屹立したままのものをティシューで拭いはじめた。人間の男の見せるもっとも無様な仕草のひとつを少女の前で演じている。

「さっきの件は、こっちでも調べさせてみるよ」

 碧子もチェックのミニスカートの中にティシューをもちこんで桜紙の代わりにしながら

「あなたのエージェントが無能じゃなければいいけど……」

 思いを遂げられずにおあずけをくらった体が、不満をぶちまけるのを宥めて落ちつかせながら言った。

「どこも手ゴマ不足は深刻で、慢性化しているからね……その点については確約できないのが辛いところだよ」

 

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