ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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冒険者たち

          XLⅠ

 

「シュトーレンって、こんなに手がかかるものだったなんて知らなかったわ」

「これでも簡易版のレシピなんですよ」

「えーっそうなのぉ?」

「普通、ドライフルーツはブランデーかラム酒に浸けて一晩おいたり、ナッツをオーブンでカリカリにしたりってするみたいなんですけど、そういう手間のかかる作業を既製品をつかって省略してるので」

「そうだったんだ」

「あとはオーブンで焼くんだけです、お疲れさまでした」

 操祈のアパートのキッチンで午後二時前頃から始めた作業だったが、外はもう日が翳って夕方になっている。

「焼き上がったら溶かしバターを表面に塗って、ひと晩かけて冷まして、明日、シナモンパウダーやパウダーシュガーをふりかければ完成です。それはお一人でもできますよね?」

「ええ、任せてっ。じゃあ焼きあがるまでの間、お茶にしましょう。買い置きのクッキーがあるの」

 成形を終えた二つのシュトーレン生地をオーブンに入れ、百八十度、三十分の設定にする。

 操祈と唯香の二人はリビングの長椅子に並んで座って、ミルクティーとクッキーを囲んでの遅めのティータイムとなった。

「唯香さん、ずいぶんお料理に馴れているのね」

「うちは共働きで、弟が居るので時々、私が親代わりをしないといけなかったから仕方なくです。今は私も弟も寮生活ですから、そういうこともあまりなくなりましたけれど」

「えらいわ……じゃあ彼氏さんにも手作りのお料理を振る舞ったりするの?」

「そうですね、これも時々ですけど」

「あら、どんなものを作るのかしら?」

「定番ですよ、肉じゃがとか、カレーとか……先生はいかがですか?」

「肉じゃがなら私もあるわよ……でも、彼に教わって作ったの……彼の方がお料理、得意みたいで……肩身が狭いわ……」

「先生の彼氏って随分、マメな方なんですね……」

「うん……」

 唯香は操祈の恋人が密森黎太郎であることを知っていたが、操祈の方はまだそのことに気がついていないようすなので、そのまま調子を合わせることにしていた。

 密森黎太郎がマメ男なのはよく分っていた。調理実習での手際の良さを見ていれば将来、料理人にだってなれるかもしれない。おそらく当人にはそこまでの気持ちはないにしても。

 女子たちが模擬店で手作りクッキーを出すと決まると真っ先にかりだされてくる助っ人だったし、ホワイトデーにはプロ並みのブラウニーをみんなに配ったりと、もしも彼が女の子だったらライバル視していたかもしれなかった。

「やっぱり女にとっては、いつもブスッとしていて何を考えているか分らない人より、マメな男の方がありがたいですよね……」

「ええそうね……そうかもしれないわね……」

 唯香は、傍らに居る年上の美しい女性が、少しはにかむ容子にまた目を奪われていた。教室に居る時とは違う、女らしい弱さを感じる表情としぐさは同性から見ても可愛らしいと思う。実際、食蜂操祈はまだ二十二歳、大人のレディーというよりも未だ少女の香りがそこはかとなく漂う。

 彼女の恋人が密森黎太郎であるとわかった時は信じられなかったが、こうして素の顔に触れると頷けなくもないのだった。

 こんなにも美しい女性が教え子の男の子とセックスをしている――?

 女教師と男子生徒との道ならぬ恋、でも操祈がリードしているとはとても思えなかった。二人だけのナイショ話で窺い知る限りでは密森黎太郎は女の扱いに関してもとてもマメのようだったからだ。

「先生……また立ち入ったことをお伺いしてもいいですか……?」

「え?……うん、なにかしら? こわいわね」

「こわいなんて別に、いつもご相談しているようなことですけど」

「唯香さんは彼氏さんとは上手くいっているの?」

「ええ、なんとか」

「そう、それはよかったわ……一時(いっとき)、気がかりなことを言っていたことがあったから……」

 唯香は、一成との間にささいな誤解があって、それを操祈に話したことを思い出していた。多くは自分の疑心暗鬼に端を発していたもので、判ってしまえば他愛もないことでもあったのだが。

「どんなに好きな人でも、やっぱり他人ですから、それに異性だから気持ちの行き違いや思い違いをすることって普通にあるんだって判って、だから私も努力しよう……そう気持ちの整理をしてからは勝手に心の垣根をつくっていたのは自分の方じゃないかと思えるようになって……」

「すごいわ、唯香さんは……」

「すごいなんて……ただ女の子の方からも歩み寄れる部分があればって思っただけです」

「歩み寄る……?」

「好きな人のことを信じるって言うか……信じることに決めようって……一成さんのことを好きって決めたのも自分だから……」

「そうね……好きになるのを決めたのは自分よね……自分自身……」

 何か思うところがあるのか操祈は少し屈折した表情を覗かせている。こみ入ったことは話しづらい感じでもあったが、それでも少女は思いきって()いてみることにした。

「ただ、お伺いしようと思っていたこととは直接関係はないんですけど……っていうか、少しはあるかもなんですが……」

「ええ、なぁに? いいわよ」

「先生は、その……男の人を愛されたことはありますか?」

「……?……」

「おつきあいされている男の人の……体を……という意味です……愛されたお返しに……」

 不躾な質問に驚いて返事に詰まったのか、それとも意味を取れずにいるのか、操祈はしばらく沈黙していた。

「あの……」

「わかっているわ……唯香さんから何を訊かれているか……」

「すみません……ちょっと立ち入りすぎました……」

「いいのよ……でも、私にはそういうことはないわ……」

「ですよね……」

「ちがうの……彼が……その……嫌がって……」

「えっ、そうなんですか? でも……あれを嫌がる男の人っているのかな……?」

「そうなの?」

「うーん、私も男じゃないのでわかりませんけど……でも、きっとそういうものだと思います」

「……唯香さんは……?」

「ええ、ありますよ」

 操祈に訊かれて、唯香は言葉を濁さずに即答した。

「そう……」

「だって、愛されれば愛されるほど、私もお返しがしたいなって……愛する人への自然な気持ちだと思います……」

「そうよね……」

 それは唯香にとって偽りの無い本音だった。数ヶ月前にはあり得なかったことが、今では当然になっている。変れば変るものだと思うが、恋をすることで変えられていくのだとしたら、それは良いことなのだと思いたかった。

「……彼……私の体には触れたがるのに……自分が触れられるのは嫌がるの……やっぱり変なのかしら……?」

「変っていうか……どうしてそうなるのか……」

「……うん……」

「痛いことをされるとでも思ってるんでしょうか? 先生が彼から信じられていない? そんなこと、あるはずがないですよね……」

「……わたし……やっぱりそうなのかな……」

「そんな……だって、そんなに難しいことじゃないですよ、彼がしてくれたように自分もするだけですから……優しく愛情を込めれば……ただ初めての時は、ちょっとだけビックリしますけど……いきなりだったりするので……」

 独特のニオイなどその他は、愛情があれば受けとめられるものだった。肉の身を持つもの同志、お互いさまという部分もある。

「いいわね……なんだか唯香さんの方が、いろいろ先輩みたい……」

「イヤですよ先生、まるで私が淫乱ダイスキのダラシないっ()みたいじゃないですか」

「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの……ただ、ちょっと羨ましいなって……」

 羨ましい、というのは追従などではなく操祈の本心だろうと感じる。それにしても不可解なのは密森黎太郎の態度だった。彼女から求められれば普通は嬉しい筈なのに――と、訝しむ。

「彼、何か理由を言ってましたか?」

 うっかり馴れ馴れしく“彼”と、まるで既知の人物であるかのような物言いになっていて、唯香は言い直した。

「その方にわけを訊かれたことはありますか?」

「うん……」

「そうしたら何て……」

 操祈が困ったような顔をしていて、少女は口をつぐんだ。

 傍の女教師は裡なる葛藤をうかがわせた後、美しくも素朴な唇――とても男のモノをふくむようには思えない、事実、まだ一度もふくんだことのない無垢そのものの器官――が、おもむろに言葉を選ぶようにしながら理由を言い、それを聞いて少女はとても驚いたのだった。

「じゃあ、先生って……」

 操祈がまだ処女だというのは予想外だった。何も知らないという意味ではないにしても。

“うわーっ、密森くんって想像していた以上にタダ者じゃなかったんだっ”

 この年の差カップルは、ある意味では愛の冒険者なのかもしれない、と少女は思う。いくばくかのジェラシーさえ感じながら。

 二人が演じているセックスはアブノーマルというのではないのかもしれないが、普通――でもないのだった。操祈たちがいるのは愛情という心のザイルで強く結ばれているからこそ辿ることの許されるルートだった。いったい彼らの目指す頂上からの視界とはどのようなものなのだろうかと、すごく好奇心がそそられている。

 ただそれが可能のは、食峰操祈が類い稀な美しい女性であるからだけでなく、パートナーもそれに劣らず特別だからだ。

「そんな目で見ないで……」

 操祈は真っ赤になっている。

「でも……それって凄いことだと思いますよ……だって……とても愛されてなければ、そんなこと……」

 密森黎太郎、恐るべし――。

 操祈が骨抜きにされるのも宜なるかな。そこまで覚悟を決めて愛されれば、女には――特に操祈のように身持ちのいいウブなレディには――逃げ道なんてどこにもないように思えてしまうに違いない。

「……うれしいな……わたし……」

 唯香は操祈の体に抱きつきながら言った。やさしげな体臭が香る。クラスメートの密森黎太郎は、この美しい女性の匂いの全てを知悉しているのかと思うと、別の意味で胸騒ぎを覚えてしまうのだった。

「……どうして……?」

「とても操祈先生らしいから……先生みたいな素敵な女の人には……そういう方がお似合いみたいで……」

「………」

「とってもイケナイ男の人につかまっちゃったみたいですね」

 操祈は、コクン、と頷いた。

「ああ良かった……先生がとっても幸せだってわかって」

「からかってるのぉ?」

「いいえ、だってどんなセックスをするかで女って変わるから……だから安心したんです、操祈先生はやっぱり操祈先生なんだって……あ、焼き上がったみたいですよっ」

 少女は、動揺をひきずる操祈を残してソファから、つ、と立上がった。

 

 




送り仮名の間違い等を微修正しました
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