ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
XLⅢ
終業チャイムが鳴って教室内は、安堵とも諦めともつかないため息に包まれた。
「オワッター、いろんな意味で終わったわぁー」
コースケが口火を切ると、そちこちに散らばっていた仲間の男子たちにも同じような反応が拡散していく。
「ハイ、終わりっ、グズグズしないで答案用紙を回収っ、それが済んだら各自、進路希望のアンケート用紙に記入してこっちに持ってくるようにっ」
操祈の代わりに試験官となっていた男性教諭に一喝されて、生徒たちは伏せた答案用紙を後ろから前の生徒に送り出した。
「もう長点上機はむりだなあ、オレ……どこにすっかな……」
卒業まで三ヶ月、事実上、この冬の期末試験までの結果によって各人の進路が決まるのだった。旧五本指にあたる高校は人気が高いが、一方で狭き門でもある。同じ五本指の指定校である常盤台とはいえども推薦枠には限りがあった。
少年少女たちは志望校調査アンケートに記入すると、ぞろぞろと教室の外に出て行く。
「ミツっち、オマエ、アンケどこにした?」
傍にいたヤッさんに訊かれ、
「ボクはどこでもいいから空欄にしておいたよ」
「なんで? オマエなら長点上機だろうと、どこだろうと選び放題なのに?」
「純平くんはどうしたの?」
「俺は一応、ダメもとで長点上機って、第二志望は静菜にしといたけど……」
「ボクはみんなの行くところならどこでもいいな」
「レイはホント、いいヤツだよなぁ……俺、泣けてきた」
コースケが大げさに腕で涙を拭う真似をする。
「別にそんなんじゃないからっ、ただどこに行ってもやることは同じだって思うだけで……本当ならみんな持ち上がりで同じ高校に進学できればいいんだけど……」
「だよなぁ……」
ゆうちゃんとマコトも加わって廊下を歩きながら
「飯、どうする? 試験も終わったことだし久しぶりに外に出るか?」
「ごめん、ボク、今月結構ピンチで、外食はきついかも」
レイが異議を唱えると
「しょうがねぇなあ、じゃあ学食いくか」
六人は学生食堂へと向かうのだった。
一番最後にコースケが、常盤台ランチと、かき揚げうどんにネギを山盛りにしたものを両手に、五人のいるテーブル席に戻ってきた。ゆうちゃんこと黒川田勇作とレイ以外は、みな定食の他に一品、麺類やらカレーライスやらのオプションをつけていて、テーブルの上は人数分以上に賑やかになっている。
常盤台では昼食の食券は、ひとり一食につき一枚ずつ配給されているが、オプションについては自費となっていて、健啖な男子は大抵、もう一人前を追加するのが普通なのだった。中には三人前を平らげるものも居る。
#……常盤台中学生徒の皆さま、こちらは放送部です。期末試験、お疲れ様でした……#
館内放送に先立つチャイムが鳴って、女子生徒の声で、放送部による校内一斉のアナウンスが食堂ホール内にも響き始めた。
#……本日、第十三期、常盤台中学生徒会会長選挙の公示がなされました……#
「試験が終われば選挙かよ……まぁ、俺らには関係ないけどな……」
コースケが麺を啜りながらむすっとした顔で呟く。
#……候補者名は届け出順に、二年三組、高梨祐太くん、二年二組、黒田アリスさん、一年三組、新坂上五郎くん、二年三組、志茂條ブライアンくん、二年一組、中本智人くん、二年三組、持田学くん、一年一組、宇品大作くんの以上、七名です。各候補者の選挙活動期間は本日より五日間、二十三日午後には、本校講堂で合同立会演説会が行われます。投票は二十四日午前九時より正午まで、本館玄関前の特設投票所にて行われ、締め切り後はすぐに開票となり集計しだい結果が玄関前に掲示されます。学内自治を決める大切な選挙です。生徒の皆さんには必ず投票権を行使するようにお願い致します……#
再びチャイムが鳴ってアナウンスは終了した。
「乱立、ですな――」
ノンポリのゆうちゃんまで呆れて言った。
「まぁ、山崎会長が引退となれば、そりゃ会長の椅子に色気を出すヤツも居るだろうとは思ったけどよ、なんで男が六人も出てくんだよ、ただでさえ基礎票が少ねぇってのにっ、割ってどうすんだって」
「しかし、こりゃ次期会長は黒田アリスでキマリかな」
「二年三組はバカか? 男が三人も出てくるなんで、クラスでも一本化できなかったのが、纏め役なんてムリにきまってんじゃんっ」
「ボクは今回は黒田アリスに投票しようかな……生徒会での様子を見る限りは、今の二年ではしっかりしてる子だと思うよ……」
レイがそう言うと、
「コースケ、コイツ裏切って、女子に投票するって言ってまっせ」
ヤッさんがご注進に及んだ。
「もういい、どーでも、どうせ俺ら、あと三ヶ月だし……なぁ、それよりこの後、どうする? レイが金欠みてぇだから、また部室行くか?」
「コースケくんごめん、ボク、今日はこれから実家に帰って、仕送りの無心しないとならないから……」
「そっか、まぁ、そういうんじゃ仕方ねぇよな、レイは週末は実家と、他、この後、なにか用事のあるヤツは居る? まぁあるワケねぇか」
「イヤ、俺はクリスマスイブはデートのアポが入ってるから」
チャーシュー麺のスープをゴクゴク飲み干したマコトが巨軀を揺すって主張して、他の四名は「はいはい」と、毎度のこととばかりに軽くあしらった。
マコトは「ホントだかんな」と語気を強めるが
「ああ、判ってる、けどな、俺らが言ってるのはリアルでの話な。それにクリスマスイブは来週の水曜日っ」
と言ってコースケがあっさり片付けた。
マコトがネトゲ界ではイケメンアバターを使ってモテ男を演じていることを、みんなよく知っているのだ。
「クリスマスって操祈ちゃんはどうすんのかな……?」
「そういや操祈ちゃん、今日は校長先生に呼ばれてたっていうけど、なんかあったのか? レイ、オマエなにか知らない?」
「うーん、たしか栃織さんの話だと、校長室でどっかの大学の先生と面談しているってことらしいけど、よくわからないなあ」
「大学の先生? なんだろ、ナンパしに来たんだったらただじゃおかないが」
「まさかぁ――」
レイは、操祈に対してはこれまでも何度も、内外の研究機関から特殊能力研究についての協力要請が持ちかけられていることを知っていたが、それに応じるつもりがないことも本人から直接、聞かされて判っていた。
かつて学園都市で行われていた非人道的とも言える研究実態を経験している操祈からすると、彼女の拒絶反応はよくわかるのだった。ただ、今日は校長である谷津城妙子先生からの直々の要請ということらしく、無下にはできなかったのだろうと思う。
研究協力以外にも、ミスコン以来、操祈の身辺は何かと慌ただしいのだ。インタビューやら取材やらにかこつけて、面会を取り付けようとする輩がひきもきらない。ウソかホントか、ハリウッドが大作4D映画のヒロイン候補に挙げているとかという話まで聞こえてきている。
冗談じゃない――!
操祈の魅力を商業ベースにのせて消費するなんて、とんでもないことだと思うが、そもそも彼女をそうした場へと追いやってしまった責任の一端が自分にもあることを少年は認めていた。
幸い、山崎碧子による身辺調査の件は、紅音の工作によって火がつく前に消し止められていたが、それでも操祈がこうまで注目される存在になると、いつどこでまたスキャンダルの芽が吹き出すかもわからなかった。
行動は慎重にも慎重を期していなければならないと、少年は自戒している。
そのせいで、もうずっと操祈とは逢えずに居るのだ。
来週こそはデートをしたいと思うが、時期が時期だけに果たしてそれが可能かどうか、少しあやしくなってきているのだった。
コースケたちと別れたレイは、ひとり学園都市の外へ出て一時帰省の途についた。
学園都市とは真反対に位置する東京の下町界隈へ、川向こうは千葉県になる首都東京の東端へと。在来線を使って片道二時間以上もかかる道行で、友人たちからは「すっげぇ田舎だ」「俺んちより田舎だ」としきりに囃し立てられたが、実際そうなのだ。レイの感覚からすると、かつては逆に学園都市のある多摩地区は地の果てのように遠い僻地だった。中学に入学するまで、一度も訪れたことは無かった。
子供の頃から馴染んだ駅を降り、駅前のスーパーで食料を買いこむと勝手の知れた住宅地区へと足を向ける。実家は、戦後すぐに開けた古くからある住宅街の中にある、こじんまりとした四階建のビルだった。
表には『三島内科/小児科医院』の看板が掲げられているが、開院していたのは祖父の代まででクリニックはいまはもう閉じている。一階が診察エリアで、二階から上が居住スペースだったが、通りに面した外来患者用の表玄関のガラス扉は閉ざされたまま、廃院してから二十年以上もの間、一度も開かれたことは無いのだった。
“いつものように”裏口にまわってビルの中に入る。
ひと気の絶えて静かな建物内部は冷たく、長く主を失って薄暗くもの寂しい。少年は家族用の階段を四階まで一気にかけあがると、洗面所の水道で手を洗い自室のドアを開いた。
中は十畳ほどの広さの洋間にベッドがひとつ、窓際には祖父の代から使われていた古い木製デスクが据えられている。壁の一面は書棚になっていて医学系やその他の分野の専門書の背表紙がズラリと並んでいた。
長く放置していたので部屋の空気は淀んでいたが、匂いは懐かしい。が、ホッとすると同時に、胸の中にもやもやしたものが兆してもくるのだった。
それを紛らわせようと、すぐにデスクの椅子に座るとパソコンの電源を入れ、当初の目的である銀行口座にアクセスをする。出入金の履歴をざっとチェックすると、当座必要な少額を普段利用しているネットバンクへと送金した。
これだけあれば年末年始の物入りも、なんとかやりくりできるだろうと思う。
「先生へのプレゼントも用意したいし……」
ひとりごちる。
たったそれだけの作業をするために往復四時間もかけるのは非効率だったが、それも致し方なかった。
まだ当分の間は、“家族の不在”については伏せておきたかったからだ。
出金操作を終えるとPCをシャットダウンして、買い物袋から三角サンドのパックを取り出した。ハムとチーズのサンドイッチをひと齧りする。誰も居ない静かな室内で、咀嚼音ばかりが大きく響いている。
外はすっかり日が暮れて、窓からの街灯りにぼうっと照らされた室内に浮かぶシルエットは孤独だった。闇が迫るとともに、少年はまた気分が滅入ってくるのを意識せずには居られなくなってくるのだった。
シャワーを浴びて部屋着に着替えようかと思ったが、浴室の狭い空間に身を置くのが躊躇われて、先延ばしになっている。
それは、いつもの良くない兆候なのだ。
自室とはいえ、ここで独り夜を過ごすのがちょっとイヤな感じなのだった。
気分を換えて、どこか駅近くのホテルに仮の宿を求めようかとも考えたが、その思い切りもつかないままに時間だけが過ぎていく。
「……どうして……ボクだけ……」
デスクの隅に伏せられたままの写真たてに向けて、また問いかけた。
けして答えの得られない問いであることを分かっていながら、それでも問わずにはいられないのだった。
その頃を思い返すと、鳥肌が立つほどに冷えきった室内に居ながら、じわっと寄せてくる不安に体には脂汗が滲んでくる。いきなりオーバーシュートしそうになって、少年は慌ててデスクの抽出しからピルケースを取り出すと、白い錠剤を一錠、口に放り込んで缶コーヒーで流し込んだ。目を閉じて操祈のことだけを考えるようにする。そうしていると、感情の不穏なうねりがまた落ちつきを取り戻していくのだった。
「……先生に逢いたい……操祈先生に……」
密森黎太郎にとって、食蜂操祈はどこまでも続くかに思われた闇の中に現れた、ひとすじの灯火――だった。
だからあのとき、気がついたのだ。
そして存在を知った瞬間に心を奪われていた。
パッと花が咲いたような笑顔の眩しさに、くるくるとかわる愛らしい表情に。
たとえ
当時の操祈には、まだ自分の生まれ持った本当の力への自覚は無かったようだったが、彼女がその希有な力の宿主であることは見た途端にすぐに感じられたのだ。
自分などが足元にも及ばない遠い存在であることを――。
少年は、ショルダーバッグの貴重品用チャックを開けて、中からジップロックに入れていたものを取り出した。中身は操祈から誕生祝いに貰った――正確には“奪った”というべきだろうか――彼女の肌着を取り出すと、裏返しにして股ぐりの部分を表にする。灯火を点けないままの暗い部屋にあって、夜目にも白い布地にうっすら黄ばんだ沁みが見えるようなのだ。それを鼻先にもってきて、美しい女性の命の証ともいえる分泌物のにおいを嗅ぐ。薄れてはいても操祈のものと判る愛おしい性の香りが、傷ついた少年の気持ちを慰めて、勇気を奮い立たせてくれるのだった。
「……これが……操祈先生の……におい……」
よく知っているつもりでも、いつでも新鮮な気づきを与えて、それが嬉しい驚きにつながっている。年上の恋人の美貌を想いながら、股間は固く膨れ上がった。
少年はズボンを脱いでベッドにうつ伏せになると、操祈の肌着を枕に顔を埋めて悩ましげに腰を蠢かし始めた。
誤字の修正をしました
チェックが足りず申し訳ありませんでした