ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
XLⅣ
冷凍食品のパスタをレンジで加熱したものと、既製品のサラダボールという雑なミールを肴にグラスに満たしたブランデーを傾ける。テレビは点いてはいるものの見ていたわけではなかった。ただ音が無いともの寂しいのでかけ流しにしているだけだった。
もぐもぐ口を動かしながらも、ときおり出てくる言葉は文句と愚痴ばかりになっている。
「もー、週末の夜にぃ、かわいい女の子をぉ、ひとりにするなんてぇ、しんじられないっ、なによぉっ、もうっ」
食蜂操祈は、また長椅子で独り遅めの夕食をつついていた。膝に抱えたクッションに顎を乗せただらしない格好で、少しふて腐れたようにしてフォークを手にした長い腕をローテーブルに伸ばしている。
料理はとても美味しいと言えるものではなかった。本物なのはブランデーだけで、あとはみんなつくりモノなのだから仕方がないが、それ以上に“独りでご飯”というのが退屈なのだった。
以前はあたりまえだったことが、恋人と過ごす楽しさを知った今は余計に味気なく感じるようになってしまっている。
それでもクリスマスイブまであと六日、そう思うと、また胸がはずんでくるのだった。
ずっと一緒に、って言ってたから、お休み期間中はずっと……?
でも、レイくん、何日もお部屋を空けることなんてできるのかしら?
お家に帰ったことにするのかなぁ?
それならお正月も一緒に居られるの――?
じゃあ、おせち料理の用意もしないとぉ……あはっ、あたし、お正月料理なんて作れないわよぉ……どうしよう……でもここは主婦力の見せ所でもあるしぃ……。
あー早く、お休みにならないかなぁ……。
晴れたり曇ったり、恋する女心は忙しい。
と、突然ドアホンが鳴って、ビクッとする。壁に目をやって時計が七時半を回ったところなのを確かめると、
「なんだろ、こんな時間に……宅配便さんなら、出なくてもボックスに入れておいてくれるわよね……」
ひとりごちながらソファから立上がってインタホンのモニターを確かめると、そこに映っていたのは密森黎太郎なのだった。
え――!?
こんな時間に、どうして彼がっ!? と、ドギマギする。
相手には姿が映っていないにもかかわらず、モニターの前で髪の
「ハイ――」
「あの……食蜂先生、密森です……突然、夜分遅くにお伺いして申しわけありません……」
この言葉遣いは“教え子”のときの“彼”だった。同じ言葉を選んでいても、ONとOFFの違いが分かるくらいには気脈は通じている。
「あら、なぁに? いいわよ」
操祈はオートロックを解除した。
「あの、ボク……」
少年は何か口にしかけていたが、自動ドアが開いたのでマンション内へと入ってきたようである。そうなってから慌てたのは操祈だった。部屋の中を見回して、隙だらけの散らかり放題だったからだ。
レイがエレベーターを上がってくるまでの僅かの間に、酒瓶とジャンクミールをキッチンに運び、寝室のドアを閉めてなんとか体裁を取り繕った。
ピンポン――。
再びドアホンが鳴って、今度は部屋の玄関前に立っているレイの姿がモニターに映し出されている。
操祈は玄関に小走りになってドアの鍵を解いて扉を開くと、少年は心許なげな顔をしてそこに居た。
「あら、どうしたの? 珍しいわね――」
操祈はドアを大きく開いて
「いらっしゃい」と、中へ招いた。
が、レイはそこから動かない。
「いえ、ここで結構です。今日、ちょっと実家まで往復して、先生にお土産をお持ちしただけですので、すぐに帰りますから」
少年は手に提げた紙袋の中から折り詰めの包みをひとつ取り出すと、操祈に差し出した。
「あら、なぁに? これ」
「帰りに柴又に寄ったので、寅さん名物の草だんごです。先生のお口に合うかどうか分かりませんけど」
「まぁ、ありがとう、わたしも好きよ、草だんご」
「さすがに“お歳暮”にはなりませんね」
少年は冗談を言って頬笑み、
「それだと受けとれないわねぇ、収賄になるから」
操祈もイタズラな笑顔で応酬する。
「これは、このあいだ教室で戴いたシュトーレンの御礼です。ありがとうございました」
「だって、たったひと欠片だったのに……」
結局、焼き上げたシュトーレンはホームルームでクラス全員に配ることになっていた。紅音にレイへの
「先生の手作り、とても美味しく出来ていましたよ。舘野さんと一緒に作られたとか」
「ええそうなの、ウチのキッチンで彼女に教えてもらいながら……」
「ボクのは手作りのお返しじゃなくて申し訳ないのですが……」
「あら、草だんごまで手作りできるの?」
「いえ、それはさすがに……先生はボクをいったいなんだと思われてるんですか? 一介の中学生が職人さんに適うわけないじゃないですか」
「そうよねぇ……でも中学生にしては、とっても――」
ワルい人だから――と、口にしかけて操祈は言葉をのみこんだ。部屋の外では、誰かに聞き耳をたてられているかもわからないからだった。
「折角だからお入りなさい、そこは寒いでしょ?」
内廊下だが、それでも室内に較べると冷え込んでいる。
「いいえ、いくら先生でも、一人暮らしの女の人の部屋に入るのは……ボクも男ですから」
「まぁ、生意気言って……」
視線を重ねた瞳に、一瞬、教え子のときとは違う色――危険な男の光――が閃いたが、レイはそれをすぐに封じて無害な少年の顔に戻って言った。
「それに門限も迫っているので。これ、残りはみんなの分なんです。全部で十箱も買ってきちゃって、今夜中に配らないと……女子寮の方にも廻ろうかなと思って……」
ぶら下げていた紙袋を重たげに持ち上げて見せる。
「相変わらずマメねぇ……そう、わかったわ……」
「では、ボクはこれで――」
頭を下げる。顔を上げた時、少年は恋人の顔になっていて操祈の胸をキュンとさせるのだった。
踵を返し立ち去ろうとする男の背中を未練がましく追おうとして、少年からやんわりと制された。
「寒いですから、もうこちらで――」
「うん……気をつけて……」
「ありがとうございます、先生……」
情を通じた男の顔が、振り返って小さく頷き返していた。見つめる操祈も瞳を大きくして、せつない女の顔になっている。
少年が廊下の角を曲がって見えなくなるまで名残惜しげに見送り続けると、フーッと長いため息をひとつついた。それは安堵とも落胆ともつかないものなのだった。自分でも本当はどうしたかったのか分らなくなっていたのだ。
手にした折詰めに添え状があるのに気がついて、そそくさと部屋に持ちかえると封筒を開き、中にあった書をあらためる。
それは思い人からの自筆の手紙なのだった。綴られていたのは、操祈へ向けての労いと感謝。思いやりと愛情に溢れた文面に胸を熱くする。
「……こんなことされたら……気持ちだけを遺して行っちゃうなんて……ずるいんだゾっ……どうしたらいいか分からなくなっちゃうじゃないのよぉ……」
読み終えた操祈は便箋二枚の“恋文”を抱いて瞳を潤ませていた。