ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
XLⅤ
「山崎碧子会長、京極なつき副会長、長らくお疲れさまでした、そして黒田アリス新会長、着任おめでとうございます」
生徒会室では一年三組クラス委員である杉村聡美の司会で、生徒会室を去る前会長の山崎碧子と副会長の京極なつき、そして新会長に選出された黒田アリスの歓送迎会が行われていた。
長テーブルの上にはソフトドリンクの他に軽食、スナック菓子類の紙皿が並び、質素ではあったが中学生らしい立食会となっている。
初めに上座に立った碧子が退任の辞を述べて、着任した二年間を総括する。
「……後ろ髪を引かれないかと問われれば、もちろん立ち去りがたいわ。ここではとても思い出深い経験をさせてもらったから。でも後任がアリスちゃんで良かった……祐太は残念だったけど……来年からは黒田アリス新会長のもと、生徒会のいっそうの活躍を期待しています。わたしもOBとして応援するつもりよ、お役に立てることがあればなんでも言ってね。ほんとうにみんな、ありがとう」
碧子は盛大な拍手に一礼して応えると下座に居た黒田アリスに場所を譲り、自らは末席に下った。それを受けて上座に立った黒田アリスは新会長就任の挨拶と抱負を語り、さらに後任の副会長を自身の会長選挙の推薦人であった蒲田奈央を指名して諒解を求め、全員が拍手でそれを承認する。
会は
わけても四期二年もの長きにわたり学内自治の先頭に立ってきた山崎碧子が、生徒会室の末席にある、というのは視覚的にも象徴的で、役員の生徒たちは年明けからは黒田アリス新会長のもと新たな体制で臨むことになるというのを否が応にも意識せざるを得なくなるのだった。
「おつかれ、会長」
五輪美羽が部屋の隅に居る碧子に話しかけた。遠慮や畏怖があるのだろう、今日が碧子の生徒会での最終日というのにもかかわらず、側近の京極なつきの他は、下級生の多くは挨拶に寄るものはあってもいつもと同じように遠巻きにしていたからだ。ただ高梨祐太だけは会長からのお声掛かりを待って、少し離れたところに控えていて、碧子が視線を向ける度に盛大に尻尾を振ってアピールをするが、その都度スルーされてシュンとしている。
「美羽、あなたもお疲れさま。クラス委員の任期はまだ続くから、この後も宜しくね」
「なつき、おまえも大変だったな、怪我が治ってなによりだ」
「何をいまさら、これからだって毎日イヤでも同じクラスで顔を合わせるでしょうに」
「それでも、なんかひとつの時代が終わるような一抹の寂しさがあってなあ……会長と言えば山崎碧子、副会長と言えばおまえだったからさ。バレー部再建の時には随分、助けてもらったしな」
「そうね、会長の意向だと言えば、だいたい話が通ったのは楽だったわ」
文芸部長でもある
「だって教職員でさえ会長には一目置いていたから……」
最後に紅音も輪に入って、自然に三年生だけのグループができあがる。
「もう会長はよして、碧子でいいわよ紅音……それより今日はあの子は来てないの?」
「あの子って? もしかして密森黎太郎のことですか?」
「そうよ、呼ばなかったの?」
「だってアレは部外者だし、ただの臨時雇いだったからここに来る資格はないので」
「おまえらはどうせこの後、二人っきりでしっぽりスンだろ、コラぁっ! なんつっても今夜はクリスマスイブだからなぁ」
紅音は絡んでくる美羽に迷惑そうな顔をしたが、はっきり否定もしなかった。
「へー、いつの間にかそんなことになっていたとは、知らなかったわ」
碧子も興味深そうに紅音を見遣る。
「いえ、会長……碧子さん、そうじゃないんです……ただ、この後、ちょっとお茶をすることになっているだけで」
「オイオイオイオイっ、それってマジもんじゃないかよっ、クリスマスイブに彼氏とお茶だぁ……ったく、かなわねぇなぁ、会長はともかくとして、おまえにまで先を越されるとはなぁ」
「だから違うって言ってるでしょっ」
「そうね、今夜、女子寮に独りって、女の沽券に関わる重大問題よね、お気持ちだけは察してあげるわ」
麗は美羽の背中をいかにも形式的なやり方で撫でて慰めながら言った。
「ウララぁ、そういうおまえはどうすんだよ」
「もちろんデートの予約が入っているわよ、今夜はお泊まりっ」
ただし、ただ実家に帰るだけである。デートの相手も祖父だ。
去年、イブの夜を独りで寮で過ごして、その苦さを経験していたので今年は絶対に居残り組にはなるまいと早めに手を打っていたのだった。
同室の後輩の一年生がおマセで、彼氏とのデートだと嘯いて、ルンルンで出かけて行く後ろ姿を見送った敗北感は忘れられなかった。さすがに外泊にこそならなかったが、夜遅くに幸せオーラを撒き散らしながら帰ってきた時には、眠りを妨げられて軽く殺意を覚えたほど。
そんな事情とは知らない美羽は
「クククククク――っ」
大きな体を丸めて悔しがる。
「私も、今日は寮には帰らない……どうやらこの中で長い夜を持て余すのはあなただけのようね」
「なつき、おまえまでもがそうなのかよぉ、裏切りやがってぇ……」
美羽は、はっきり黄昏れた顔になった。
少女たちの他愛も無い鞘当てを間近に、碧子が楽しげに笑い出して四人は虚を突かれたが、下級生たちも何ごとかと上級生たちのグループに顔を向けるのだった。
そんなふうに碧子が明朗な表情になるところを見たことがなかったからだ。碧子は自分に厳しいだけでなく、部下である役員生徒たちに対しても要求が高く、畏敬という以上に畏れの感情を抱くものが多かったのだ。
「会長っ、今日は山崎会長の送別会でもあるんです、もっと真ん中の方へとおいで下さい」
気働きを利かせた黒田アリスが下級生グループの中から進み出て、碧子の腕を取ると生徒会室の真ん中へと導いた。
「もう会長はあなたよ、アリスちゃん」
「でも会長は会長ですっ、私にとって会長とお呼び出来る方は山崎会長しか居られませんから、これからもどうかご指導、よろしくお願いいたします」
アリスが頭を深々と下げると、下級生たちも同様に頭を垂れた。
「ありがとう、私も立派な後輩をたくさん持てて、とても幸せだったわ……いたらない会長で申し訳なかったけど……でも、ありがとう、みんな……」
碧子も深く頭を下げた。そんな前会長の様子を少女たちは一様に驚きをもって見つめていた。オフィシャルな場面以外で彼女が部下である自分たちに、そのようにするのは極めて珍しく、最後の一日だけではあったが、碧子と下級生役員との間にあった隔たりが埋まったようで、その日の歓送会は予定を一時間以上も過ぎて、三時を廻っても誰も散会を口にしようとはしなかった。
結局、閉会の仕切りは碧子がすることになり、彼女を含めた上級生たちが後輩たちに後を任せて生徒会室を去ったのは、午後四時近くになっていた。
「紅音、これから密森くんと会うの?」
二人になって廊下を並んで歩きながら碧子が口を開いた。
「ハイ、今から連絡をするつもりですけれど……だいぶ遅くなってしまったから、きっとヤキモキしているでしょうね。それならそれで全然、構わないんですけど」
「知らなかったわ、いつの間にそんなことになっていただなんて……」
「本当になんでもないんですよ、会長……碧子さん……」
「碧子でいいって言ったでしょ、もう上下関係はなくなるんだから」
「それでも……」
「紅音には、いつも無理を聞いてもらって助かったわ……密森くんにも会長として一言、お礼を言ってあげたかったんだけど、もう会長ではないからそれも適わずじまいになってしまったわね……」
「会長のお気持ちは、私からお伝えしておきます」
「だから会長じゃないでしょ」
碧子は表情を崩したが、すぐに真顔になって
「ただ……あの子について、一つ気になる事があって……」
「気になる事ですか? 密森くんに?」
「あなたに言おうかどうか、迷っていたんだけど……」
碧子は気を持たせるような言い方をしていた。
「………」
「デートの前に悪いけど、少しだけ私の部屋に寄っていかない? あなたに見せたいものがあるのよ」
「それは……いいですけど……」
紅音は碧子に誘われるままに彼女の個室へと足を向けるのだった。