ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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尻尾

 

          XLⅥ

 

「まったく呆れるわ――」

 冷ややかな顔の碧子の横で、紅音の細い目も眼鏡の中で更に細く、点目になっている。

 碧子の専用個室で見せられたのは、クラスメートのおバカ男子六人衆の、これまたおマヌケな行状を捉えた映像だった。

 ひと目で店内の監視カメラと分かるものだったが、問題なのは店舗の方だ。

「このお店、うちのグループ企業の傘下にあるもののひとつなんだけど……別に言い訳をするつもりは無いわ、アミューズメント事業を行っている業者の中には利益を上げるために、こういうものにまで手を拡げようとする輩もいるから」

 モニターに映されていた場所は、いわゆるアダルトグッズの類を販売するコーナー、未成年立ち入り禁止エリア内のものだった。

「ええ、わかってます。ウチも昔はラブホテルを経営していましたし……」

「つくづく馬鹿よね、中坊男子って……度胸試しのつもりなのかもしれないけど、愚劣の極み」

 いま画面の真ん中で松之崎純平が(おど)けた顔をして振り回しているのは、放送素材としてならモザイクをかけなければならないような代物である。他にも堀田靖明、夏上康祐、黒川田勇作、志茂妻真らの“問題児”たちが勢揃いで中をうろついているのが分かったが、彼らに混じって密森黎太郎の姿もあったのだ。ただ彼は他の五人とは少し様子が違っていて、画面の奥の方の棚の前に屈んで、ためつすがめつ神妙な顔で、フサフサの動物の尻尾を(かたど)ったものを品定めしていた。

「これ、いつの映像ですか?」

「二十日、四日前の土曜の午後――」

 よく見ると、画面の隅に日付と時刻が表示されている。

「期末試験開けの最初の週末ですか、ハメを外したくなるのも分かりますけれど、だからって――」

 結局、六人の男子たちは店員ドローンに追い出されるまで、禁止エリア内を跋扈(ばっこ)していた。

「わざわざウチの制服を着たままでやらかすなんて、とんだ恥じッ晒し、学園の面汚しもいいところですね。それで連中にはどんな処分を下されるおつもりですか?」

「処分――? それはどうでもいいの。第一、もう私は会長でもないし、校則違反での処罰を考えるとしたらアリスちゃんの役目になるけど、新会長としての初仕事にそんなことをさせたくないわ。だからこの件をあの子にわざわざ教えるつもりもないのよ」

「はぁ……」

「それに私が気になったのはこのことじゃないの」

「は――?」

「問題はこの後――」

 碧子はそう言いながら録画を早送りさせると、翌日の午後三時ごろの同店内画像を映し出した。

 シャトルサーチを減速させ、

「……もう少しだから待って……」

 モニター上では店内をめまぐるしく出入りする人の流れが視認できるようになっている。

「ここよっ」

「はい?」

「いま入ってきた、この客なんだけど……」

 通常再生に戻した碧子は、画面を指し示しながら紅音に確認を促している。

 映っていたのは、頭には暗色系のつば広のキャップを(かぶ)り、ダークグレーのレインコートに身を包んだ小柄で細身の男性と思われる独り客の姿だった。その上、顔をマスクと濃いサングラスで隠している。

 いかにも怪しげな風体ではあったが、こうした如何わしい場所に来る際に、素性を隠したいと思うのは分からないでもない。

「わたしね、これ、密森くんじゃないかと思っているの――」

「――え?――」

 意表を()かれ、碧子の意図を計りかねて紅音は怪訝な表情のままで固まった。

「驚かせてしまったかしら? それはそうよね――」

「……どうして、そう思われるのですか……?」

「だって、とても不自然じゃない?」

「不自然、まぁそうですけど、でもそれだけで……?」

「成人男性にしては小柄すぎるし……それに、こういう場所で顔を隠そうとするのは、大人よりも寧ろ未成年者の方が多いのよ……他の客は、みんな顔を隠してなんかいないでしょ?」

「………」

「まぁ見ていて……この客が何をするかを」

 顔を隠した胡乱な客は、あきらかに目的がある者の迷いのない動きで店内奥の棚に進むと、そこにあった商品の箱のひとつを取り上げたのだった。

 見ていた紅音の胸は俄に心拍数がハネ上がってドッドッドっと早鐘を拍つようになる。碧子の言っていたことの意味が分かったからだった。

 それは、つい今しがた目にしたばかりの男六人衆の映像の中で、密森黎太郎が映っていたのが丁度そのあたりだったのだ。棚の上には動物の尻尾を模したものが大小幾つも並んで陳列されている。

 小柄な客は、店員ドローンに商品をスキャンさせるとプリカを使って購入手続きを済ませ、品物をリュックに入れて店を出て行く。それまでに掛かった時間はほんの二、三分。まさに昨日の下見で目星を付けていた商品を買いに来た、という具合の段取りの良さだった。

「ね――? 怪しいでしょ?」

「でも未成年には十八禁の商品は販売できないのでは? 店員ドローンが販売を認めたってことは……」

 紅音は異議を唱えたが、そうしたルールが形骸化していることを知っている者としては、碧子の疑念を是認したのも同じだった。

「あら、紅音はあれがザル法だって知らなかったの? 店側からすれば、あんなのはただの努力目標で、それ用の商品陳列エリアを一般商品とは別に設定して、入口に立ち入り制限のサインを出しておけばいいだけの話よ。ちゃんとやってますアピールさえしておけば、お上は何も言わないわ。だいたい商品購入に際して身分証提示も義務づけられなければ生体認証も出来ないのだから、店員ドローンは購入希望者から照会を拒否されればそれ以上は踏み込めないでしょ? だから仕方がないの。それに、そもそも相手が誰であっても商品が売れることは店側としては歓迎なんだから、いきおいチェックは甘くなるわね。アノニマスプリカも有効にしているくらいだから」

 碧子はいつになく上機嫌で、逆に紅音は警戒する。

「それでね、彼が何を買ったか興味がわかない?」

「わざわざそれを調べられたんですか?」

「ええ、だって電話一本で済む簡単なことだから」

「………」

「いま、ここに彼が買った物と同じ商品があるんだけど、見てみる?」

 紅音が答えるよりも先に、碧子は部屋の奥から問題の商品の入っていると思しき紙袋を持って戻ってきた。ダイニングテーブルの上で袋の中身の黒い紙箱を取り出す。

 箱の表面には

 

 FOX TAIL

 

 と、大きくロゴが打ってあった。

「開けてみて――」

 碧子に促される。

 箱は既に開封されていて、碧子のチェック済みであることが窺えた。

 中にあったのは案の定、ふっさふさの毛足の長い立派な尻尾、まさに商品名にあるとおりの狐の尻尾を模した物だった。他に獣の耳をあしらったカチューシャや、丸っこい形をしたリモコンらしきものも同梱されている。

 碧子は、テーブルの上にひろげられた優に五十センチはあろうかという長い尻尾を撫でつけながら

「素敵な手触りよね、毛皮のマフラーみたい。でもね、見かけと違ってとっても悪いオモチャなのよ。あなたにはこれが、どのようにするモノか分るかしら?」

「だいたいわかりますよ――」

 紅音はわざと不機嫌な顔を作って言った。尻尾の根元についた中指の先ほどの樹脂製の部分こそがこの猥褻(わいせつ)な商品のキモであることぐらいすぐに見当がつく。

 あの変態がいったい何をするつもりなのか考えたくもなかったが、興味深くもあった。

 愈々(いよいよ)こんなことまでも――という驚きと、生来の好気が刺戟されてもいる。

「会長こそ、よくこんなものを取り寄せたりできますね」

 皮肉を込めたつもりだったが、相手は意にも介していないようだった。

「先方に事情を話したら、すぐに納得してもらえたわ。ウチの生徒が誤ってそちらでオカシナ物を買ってしまった疑いがあるので、そのための調査が終わったらすぐに返却するからと言えば、無下にはされないでしょ?」 

「………」

「不思議なのはね……」

 碧子は紅音の顔をじっと見つめながら言った。

「あの子がこれをどうするつもりなのか? ってこと。そう思わなくて? 紅音――」

「本当に密森くんだって断定してしまっていいのですか?」

「それはもう確かなことなのよ。既に画像解析も終わっていて、関節の動きなどからみて、ほぼ確実に彼だってことが明らかになっているから」

 要するに、その件はもう争点ではないということだった。

 そうだとしたら碧子の狙いはいったいどこにあるのだろう?

 紅音は思考を巡らせる。

 密森黎太郎と分かった上で自分をここへ招いた理由とは――?

 紅音が黎太郎のガールフレンドだと知って、碧子なりの友情の証としての注意喚起がしたかった?

 まさか――。

 碧子が理由も無く他人を気遣うことなどないことを知っている紅音は、そうした甘い考えをすぐに排した。

 なにが、言おうかどうか迷っていた、よっ――。

 わざわざ取り寄せたモノまで見せつけてっ!

 嗜虐的な性向の碧子は、紅音の混乱ぶりを期待して楽しんでいる?

 それならそれで結構だった。

「……だって、彼がアレをクリスマスの前に用意するなんて、当然、ガールフレンドと過ごす夜を考えてのことでしょ? もしも自分用ならもっと適当なものが他にあるから」

 碧子に迫られて、紅音はショックを隠しきれない風を装って口をつぐんだ。

「それでね、私、あの子が他にも何か買い物をしていないか調べてみたのよ。ウチと関係のある周辺のお店、全六十五軒の二十一日午後の防犯カメラ映像を解析させて。そうしたら、一件だけ、まだ他にも見つかって……ねぇ、何だったと思う?」

「さあ……」

「コスプレ用の女もののサンタの衣裳――」

 碧子はまた別の紙袋を持ってくると、愉しげにテーブルの上に赤い衣裳をひろげてみせた。

 肌の露出が多いエロティックなワンピースに可愛らしい白いポンポンのついたケープ、それに帽子とアームウォーマー、レッグウォーマーのセットだった。

「どう――?」

「どうって言われても……」

「そうよね――だって、これ、貴方が着るわけじゃないものね――でしょ?」

「――!――」

「サイズがLだったから、すぐに分かったわ。これは紅音、貴方に用意されたものなんかじゃないってね」

「どういうこと……ですか……?」

「もういいのよ、そういうのは……貴方が密森黎太郎と交際()きあってるわけじゃないことはよく判ったから」

「………」

「紅音、あなたがここに来て密森くんのウラの顔の話をした時、いかにも不安そうな顔をしてみせたけど、でも、それって違うの、当事者の反応じゃないのよ。貴方にはセックスの経験がないから、どう反応したらいいのかわからなかったのね」

 碧子の指摘は的を突いていて、紅音は立て直す間もなく自分が追いつめられているのを悟った。

 やはり碧子は容易ならざる手合いであることを思い知らされている。背中に冷たい汗をかいていた。

「私、最初はあの子が貴方を隠れ蓑に使っていたと思っていたの。でもいま分かったわ……貴方も協力していたってことを。ねぇ紅音、貴方たちがそうまでして隠そうとしている、あの子がつきあってる女って、いったいどんな人なの?」

 

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