ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
XLⅦ
よく頑張ったわね、紅音――。
栃織紅音を部屋から送り出した碧子は、口角をVの字にあげて独りほくそ笑んだ。
なかなか見事な取り繕いぶりだったわ、褒めてあげてよ。でもね紅音、貴方がどんなに巧みに言い逃れをしたところで、もう時間の問題なの。
あの女の尻尾は掴んだから――。
あなたがあちら側に寝返っていたのは意外だったけれど、それも“狩り”にはつきものの綾のひとつ、べつに裏切りのペナルティを課そうだなんて思ってはいないから安心なさい。
むしろ……。
貴方には感謝したいくらいよ。
おかげでとても面白い猟になったわ――。
だって腕のいいハンターにとって“ビッグゲーム”の存在ほど血を沸き立たせるものはないの。狡猾で手強い獲物だからこそ、こちらもやりがいがあるというもの。
読み違いや見誤りがあって、機に応じて対応する駆け引きこそ狩りの醍醐味。簡単に済んでしまったらつまらないでしょ?
でも……残念だけど、それももうおしまい。
網にかかった獲物をどうするかは、こちらの胸ひとつだから――。
飼いならすために生け捕りにするもよし、すぐに生皮を剥いで剥製にするもよし。
そうね、簡単に息の根を止めてしまうのは、ちょっともったいないわね……もっと肥らせてからにしてもいいかもしれないわ。
ゆっくりと網を絞っていって、突如、自分が逃げ場を失ったことに気づいた絶望の中、見苦しくジタバタと
あの女に喜びと幸せを存分に味あわせてから、それから奈落の底にたたき落す方がドラマチックになってステキよね、とても悲劇的だわ。
食蜂操祈――。
よもや貴方のお相手が教え子だったなんて、最高にクールよ。
随分、手間を取らせてくれたけど、結果はとても素晴らしいものだったわ。
碧子はデスクの上のモニター画面を見ながら残酷に頬笑んだ。
そこに映し出されていたのは操祈の愛欲場面の画像なのだった。
以前に週刊誌が報じたものと良く似た構図だったが、決定的に違っていたのは、画面を大きく塞いでいた虫が消えて、操祈の足元までの全身が捉えられていたことだ。
子供の携帯に残されていた写真の撮影履歴――代々木公園内となっていた――がデコイと判断した後の碧子の対応は実に水際立っていた。各方面に手を回して矢継ぎ早にプライオリティをつけて調査の網を拡げていったのだ。
“敵”がわざわざ囮を用意したということは、裏を返せば急所に迫っていたことを意味している――。
その見立てに自信があった碧子は、件の中国人ファミリーが滞在していた期間の中で、操祈との接点が可能な場所を中心に検索対象を操祈の行動範囲から精査させることにしたのだった。
その中で、修学旅行中の奈良での盗撮騒ぎに気づくまでにはさして時間はかからなかった。
あとは人を遣って件の宿の周辺を調べさせたところ、四つの小型カメラの回収に成功したのだ。三つはハズレだったが、そのうちのひとつには、週刊誌にあったものと同じものが残されていた。そればかりか、もう一枚のサルベージにも成功していた。
今、この件を知っているのは碧子と、データのサルベージにあたらせた執事の新垣だけだ。
人手と時間、それに資金も投下したが、それ以上の成果に碧子は満足していた。
モニターに映し出された映像は、既出の週刊誌のものよりも被写界深度が深くなってピントはより鮮明になり、スカートのチェック柄もはっきり判る上に、スカートの中にもぐり込んでいる者の灰色のズボンとスニーカーも見て取れた。それが誰なのかは画像からは判らなかったが、時と場所からいっても常盤台の男子生徒であるのは間違いがない。
それが今は相手の名前まで、はっきりと判っている。
「修学旅行の最中に、とってもステキな課外授業だこと。でも先生がひとりの生徒だけにそんな依怙贔屓をしてもいいのかしら?」
密森黎太郎――。
たしかにあの子は、生徒会室で話をした時から、それまでの他の男子たちとは違っていたので気にはなっていた。しかし食蜂操祈のお手つきだったということであれば、今になっていろいろと頷けることも多いのだった。
「たいした熱演ぶりねぇ、食蜂操祈センセイ、ウフフっ――」
週刊誌の画像では窺い知れなかったが、この画像では女教師が両足を肩幅よりも拡げて立っていて、淫らな愛撫を容易にするためにスカートの中では股間を無防備にひろげているのがはっきり窺えるのだ。
「そういえば……」
顕正からは最近、こうしたことを求められていないことを思い出して、今夜は自分からおねだりしてみようかとも考えてみる。
「クリスマ・イヴ、恋人たちの夜か……あの人は別に恋人ってわけじゃないけど……」
それでも女にとって、それが特別な行為であることは違いなかった。未だに顕正以外の相手とは試みたことはない。
操を守っているつもりはないが、結果的にはそんな感じにもなっている。
「変よね……でもだから面白いのかもしれないわね……男と女って……」
碧子は、より仔細をあらためようと画像を拡大していった。
他人のセックスはいつでも滑稽でグロテスクなはずが、操祈の画像にはそれを感じないのが不思議なのだった。
また新たなことに気がついて映像を凝視する。
膨らんだスカートの上に置かれた操祈の手からは、恋人の顔をそこに閉じ込めようとしているのではなく、むしろ押し止めようとしているような必死さが伝わってくるのだ。
「……ふーん、あの子の方が積極的なのね……」
それは表情からも窺えるのだった。愛撫を愉しんでいるというよりも畏れや悔い、羞恥や悲哀というものが色濃くあって、操祈が相手のことをどれほど懸命に愛しているのかが感じられる。
「そんな教え子相手に本気汁を出したりするのね? ますます面白くなってきたわ……」
恋人同士ということは、互いにとって相手の存在こそが弱点になるということを意味していた。攻めスジが一気に増えてバラエティが拡がるのだ。
食蜂操祈にとっていちばん辛いことは、果たしてなにか?
単純に追いつめれば、かえって二人の結びつきを深めることにも繋がりかねない。
それじゃあちっとも面白くないじゃない――。
さあ、どうしてやろうかしら……。
策略を巡らす碧子はかつてないほどご機嫌だった。