ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
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操祈は壁の掛け時計を見上げて胸を高鳴らせた。時計の針は十二時をまわって、約束の時刻まであと一時間。
またソファから立上がると化粧台――といっても洗面所に備えつきの質素な三面鏡だったが――に向かうと身だしなみを確かめた。長い髪にヘアブラシをかけてほつれを整えて、薄いピンク色をしたニットセーターに毛クズや髪の毛がついていないか、体を廻して入念にチェックする。
操祈は、もうこれで何度目になるかというくらいそんなことを繰り返していたのだった。
それから今一度、バスルームやトイレにイヤな臭いや汚れが残っていないかを点検してまわる。
寝室――ベッドメークは問題無し、書斎――デスクの上はきちんと片付けたから問題無し、リビング――お酒の瓶は棚の奥に隠したしぃ、お洗濯も片付けたわ……テーブルもソファも綺麗、テレビの上の埃もちゃんと拭っておいたから……ここも問題無し……キッチンも洗いものはしてあるわよねぇ……ゴミも捨てたし……。
大丈夫っ――!
それでも少し時が経つと、また見回り点検をはじめてしまう。見落としが無いか、おかしなものが出しっ放しになっては居ないか、気になってしまうのだ。
もうすぐレイくんが来るっ!
そう思うと、心配になってきてソワソワ、ウロウロしてくるのだった。
操祈にとって、今日はジェットコースターのように感情の浮き沈みのあるクリスマス・イヴとなっていた。
朝から今夜のデートにワクワクしていたところ、さあ準備万端、お出かけよっ、とウキウキ部屋を出ようとしたその寸前、夕方遅くになって紅音から今夜のデートがキャンセルとなった旨の報せが届いて、今度は奈落の底に突き落とされたようにガックリ落ち込んでいたのだ。
その後、半ば捨て鉢になって外にお散歩に出たところ、やっぱりイヴの街を独り歩きするには場違いな気分で、いつものデリカ・ナショナルのリカーコーナーでお気に入りのシャンパンを二本買っただけで戻ってきていた。
もう今夜、コレ独りで全部、空けゆっ!
おぼえてなさいよぉっ! クリスマス・イヴにぃ、女のコを部屋に独りに放っといたらどうなるかぁっ!
エドシックのエクストラブリュ、二本ともぜーんぶ飲み干してやるんだからぁっ!
アパートの建物玄関前に着いた時には、そんな剣呑な気分でいたのだったが、留守の間に郵便受けにレイからの手紙が届けられていたのに気がつくと、すぐにまた胸がときめいて女のコの顔になってしまう。
部屋に戻って、取る物もとりあえず封書を開いた。
すると便箋には見慣れたレイの筆跡で
“今夜の一時に、先生のお宅を訪問したいのですが……”
と、あったのだ。
そして“もしご迷惑なら、部屋の鍵を閉めておいて下さい、ドアが開かなければ黙って帰ります”とも。
操祈にすれば、是も非もなかった。
逢えると思っただけで嬉しくて足がふわふわしてきて踊りだしたくなる。さっきまでの低気圧はどこへやら、燦々と降り注ぐ幸せオーラに包まれていた。
だが、部屋の惨状に気が向いた途端、今度は時間との闘いが始まったのだ。
日頃のハウスキーピングに手を抜いていたツケが廻って、その後は、夕食もそっちのけで慌てて掃除を始め、お洗濯をしながら、換気をしながら部屋の整理整頓をして、最後にシャワーを浴びて体をきれいにして、歯磨きをして――。
世の恋人たちが白いクロスのかかったテーブルで、シャンパングラスを傾けながら優雅な食事を楽しんでいる頃、操祈はまるで正月前の大掃除のような怒濤の数時間を過ごしていた。
大切な来客の受け入れ態勢が何とか整って、ほっとひとごこちがついた時には十一時を廻っていた。
それからもソファに立ったり座ったりと落ち着かず、時計を見ては化粧台で身だしなみを確かめる、というのを繰り返して。
だって、とっても目敏い人だから――。
どうしよう……もし変なところをみられちゃったりしたら……大丈夫かなぁ……。
きっと大丈夫っ――!
がんばれ、わたしっ!
いっぱいのワクワクに、ちょっぴりの不安のマーブル模様が混じった心持ち――。
今の操祈は、クリスマス・イヴに、ベッドの足元に大きな靴下をぶら下げて、サンタクロースの到来をいまかいまかと待ちながら、いつも睡魔に負けて眠りに堕ちてしまった、あの幸せ一杯だった幼い頃にも似ていた。
結局、一度も遭遇することは無かったが、朝になって靴下の中にはリクエストどおりのプレゼントを見つけて、サンタの存在を確信していた無垢そのものだった自分に――。
「お酒、呑まなくて良かった……」
時計を見ながらひとりごちた。
もう酔っぱらって寝過ごすことはないしぃ、お酒臭いところを見られなくてもすむしぃ……。
あと十分――。
少し早いけど、玄関の鍵を開けておこう。
そう思った操祈は玄関へと足を向けるのだった。
助詞の間違いを正しました
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