ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
LⅠ
午前一時――。
玄関の外に人の気配がしたかと思うと、カチャっと小さな音がして扉が静かに押し開かれた。
待ちわびた来客の登場に操祈の胸が歓びに揮え、大事なプレゼントを貰った幼女のように瞳を大きくする。出迎えの声を掛けようとして、少年が唇に人指し指を当てているのが窺えて口を閉ざした。
レイは玄関の中に入るとドアを閉めて施錠する。
「あの、入ってもいいですか――?」
「いらっしゃい――」
恋人の顔になって見つめあう。立場を超え、こうしてたがいに男と女として向き合うのは、少年の誕生祝いをした時以来のことだった。
「こんなに夜遅くにすみませんでした……お休みを妨げてしまって……」
「そんなこと……」
ひと月以上も離れていると、逢いたくてたまらなかったにもかかわらず、いざ対峙した時、どこか勝手が違うのだ。距離感を計りかねて、次にどうしたらいいかわからなくなってしまうのだった。少年は玄関で心許なげなままでいる。操祈もその前で廊下を塞ぐように立ちつくしていた。それに気がついて、
「おあがりなさい……寒かったでしょ……」
漸く少年を部屋に招き入れた。
「先生のお部屋に来るの、初めてですね……」
リビングのソファに掛けた少年は興味深げに部屋を見やりながら言った。
「そうね……男の人を部屋に入れるのは初めてよ……」
「そうなんですか?」
「あたりまえでしょっ!」
「そういうんじゃなくて、あの、ご家族とか、オフィシャルでとか……」
「それも無いわ……そうね、ここへ移って二年の間に、うちの生徒の女の子たちが来たことは何度かあったけど……ついこの前は舘野さんが来てくれたし……」
「舘野さん、ステキな部屋だったって言ってましたよ。ボクもそう思います。素敵なお部屋ですね……それにとても綺麗に整っているし……」
その言葉に、操祈は胸の中で密かに両手の握りこぶしをつくると、ギュッと握っていた。
やったぁ――!
と、声に出したいところだったが、なに食わぬ顔をして
「そう――」
と受け流す。
「よく入ってこられたわね、オートロックはどうしたの?」
「非常階段をあがってきたので」
「まぁ――」
非常階段には施錠されていた筈だし、それに学園都市に網羅されている監視カメラはどうしたのかしらと、他にも気になることは幾つもあったが、賢い子だからそういうことも上手に対処していたのだろうと思うのだった。
「これ、先生に――」
少年は手にしていた紙袋を差し出す。
「あら、なあに?」
「こんな時間になってしまったけど、クリスマスケーキです……大きいのだと目立っちゃいそうだったので、お独りさま用の小さいのですが……」
中を覗くと紙箱があって、それを開けると真ん中に赤いイチゴがひとつのった丸いショートケーキが目に入る。独りで食べるには少し大きめのようだった。
「じゃあ、半分こにしましょ、いまお茶を煎れるわね」
「その前にボクは手を洗いたいのですが……」
「ええ、わかっているわ。いらっしゃい、あなたのタオルを用意するから」
操祈は先に立って洗面所へと案内する。神経質なところのある少年は、手を清める前には、けっして自分には触れようとはしないことを心得ていた。逆に言えば、その後はいつでも触れられる、いつ触れられてもおかしくはなくなるのだ。
そう思うと背中がゾクッとなった。とても優しくて愛情深いのに、無慈悲でもある彼の手の感触が甦って、女の体が身構えるのがわかるのだった。
レイが洗面所で身繕いをしている間に、操祈はキッチンで貰ったケーキをきれいに半分に切り分けている。苺も丁寧に包丁を入れて二つにした。
「ねぇ、お茶にはお砂糖とミルクは?」
「ボクはストレートで――」
「じゃあ私もそうしようかな……」
少年はタオルで顔をぬぐいながらやってきて、
「先生はブランデーをたっぷり入れられてもいいんですよ、ボクにはおかまいなく」
「まぁ、わたしを呑んだくれみたいに言って、ナマイキだぞっ」
「え、違うんですかっ?」
「なによ、それぇっ」
「だってこの前、伺った時、お酒のにおいがプンプンしてましたから、ああ、先生はお一人のときはグイグイやられてるんだなって判って」
「えー、そうだったのぉ……うーん、そりゃちょっとだけ呑んではいたけどぉ……」
操祈はその時のことを思い出して頬を赤らめる。
「わたし、アル中なんかじゃないからねっ」
「わかってます」
「だって、あの時は……」
操祈は
「だから今日もね、夕方になって紅音さんからメールを貰ってからはガッカリしちゃって……それでシャンパン二本も買ってきちゃった……」
「まだ開封されてないんですか?」
「うん――」
「じゃあ、せっかくのクリスマス・イヴだからお呑みになってはいかがですか? ボクのことは気になさらずに」
「ううん、いいの、あれはレイくんが大人になった時までとっておくことにしたから」
「いいんですか? 白ワインって何年も保たないって聞いたことがあったんですけど」
「あら、良く知ってるわね……でも大丈夫っ……あなたが大人になった最初のクリスマス・イヴに一緒に栓を抜きましょ」
「それは楽しみですね……」
「ええ……そうね……」
ローテーブルの上にケーキののった皿やティーカップをレイアウトしながら、操祈は身を屈めてソファに居る少年と唇を重ねた。久しぶりの感触にふわっとしてきて意識が遠のきそうになる。少年の腕に抱き寄せられて、そのままゴロンとソファの上で身を寄せあった。
上になった操祈が組み伏せた少年にまた口づけを求める。
「ほんとに寂しかったんだぞっ」
「ボクだって……」
「いろんなこと考えちゃった……独りで居ると悪いことばっかり……」
「悪いことって――?」
「いろんなことよ……」
今の関係についてとか、二人のこれからの事とか……。
年上の女としての屈折が噴き出しそうになるのだ。だがそれを言葉にしたくはなかった。
「ボクもです……いろんなこと、考えてましたよ……ワルイことも……」
少年は悪だくみをしている顔で頬笑みかけている。性的な仄めかしに気がついた操祈はすぐに顔を朱くするのだった。
「わたし……」
体に男の腕がまわされてきて、上になって組み敷いて居たはずの自分が、いつの間にか逆に抱かれているのを意識させられるようになっていた。いきなり肌に触れられるかと身をかたくしたが、少年はそれ以上を望まずに背中を撫でるだけ。
彼女の長い髪を潜った手はゆっくりした動きで肩口のあたりから腰にかけて上下している。それがとても心地が良かった。ただそれだけで操祈の胸は温かな気持ちで満たされていくように思う。
この人のことが好き――。
というのを心だけではなく体でも確かめている。
女であることの歓びと幸せ――。
いったいこれ以上、何が必要だというのだろう?
だから、怖くなってもくるのだった。
満たされているから判る、それが失われることへの不安。
考えまいとして操祈は目を閉じた。
「先生――」
「なぁに?」
「お茶が冷めてしまう前に、ケーキを食べませんか? じゃないと先生の胸のショートケーキを先に食べることになっちゃいますよ」
「もう、イヤぁね……すぐそういうことを言うんだからぁ……でもお願い……もう少しだけ……」
操祈が甘えて恋人の胸に顔を伏せると、また穏やかな優しい手の感触が背中を行き来するようになるのだった。
誤字の訂正をしました
申し訳ありません