ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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初めての聖夜に

          LⅢ

 

 ちゅぷっ……ちゅくり……ちゅぱ……。

 照明を落とした静かな、とても静かな寝室に、ミルクを与えられた子猫でも居るのか、ときおり小さく湿った音が立っている。

 聖夜に相応しい平穏な、深夜――。

 けれども操祈にとっては、もうかれこれ小半時にもなろうかという間、一瞬たりとも安息のない、女の命を燃やす情熱のドラマが続いているのだった。

「おねがいっ、ねぇ、レイくぅんっ」

 ますますせわしなくなっていく体の反応に戸惑いながら、言葉を切なくして必死に訴えた。

 もうイジワルしないで――と。

 女の体の中でもっとも敏感に愛を感じる部分に、年若い恋人はけっして()むことなどなく男の思いを囁き続けてくれている。その濃やかさにはやりきれなくなるほど。

 じっくり、執拗に、そして残酷なまでに遠回しなのだ。

 繊細なしわを伸ばすように濃厚な口づけされても、長く伸ばした舌先に乙女の証にまでしっかりと探りをいれられても、それでもいちばんの急所の真珠には軽くつついて挨拶をしただけで、すぐに後退していってしまう。

 なまじその先の世界を知っているだけに、こんなふうにして蛇の生殺しにされるような状態が続くと、ほんとうにどうにかなってしまいそうなのだ。

 そのくせキスの息継ぎの僅かの隙間に、操祈が乱れた気持ちを整えようとすると、すかさず哀切なプライベートに憎らしい指を送りつけて、裸に剥かれた女の立場を思い知らせてくる。

 閨での操祈は、波間に漂う木の葉のようにただ翻弄されるだけの儚い存在になっていた。

「あたしっ、もうダメっ、おかしくなるっ」

 両腕を頭の上に投げ出して、負けきった無防備な姿になって慈悲を願った。

「大丈夫ですよ、先生はいつもそう言われますけれど、おかしくなられたことなんて一度もありませんから」

 飴色の巣に伏せていた面を上げた少年は、口のまわりを蜜に光らせたまま頬笑みかけている。およそノーマルではない背徳の行為に耽っているとは思えないような長閑(のどか)な容子で、食事の合間の他愛もないお喋りにお付き合いしているような普段着の男の子の顔をして。

「だって……だって……もうっ……ねぇ、レイくんってばぁっ……」

 我慢できなくなって自ら両脚をパックリと開いて、悩ましげにお尻を揺すって切ない気持ちを(おもて)にしても、スッと肩すかしを食わすようにしてポイントを外し、絶妙な位置に留まってさらに()れさせるのだ。

 恋人の仕掛けた巧妙な罠から逃れられなくなった操祈は前にも進めず、さりとてもう後戻りも出来ずに追いつめられて、とうとう自分から恥ずかしい言葉を口にしてしまうほど心と体をかき乱されていた。

 教室に居る時の怜悧でありながら愛くるしい美貌の女教師が、こんなにも大胆に乱れる姿を目撃したら生徒たちはきっと目を疑うに違いない。

 けれども、そんなふうに常とは違う姿を見せるようになると、少年はいっそう熱をこめて彼女をさらに翻弄しようとしてくるのだった。

 可愛がる――ということに関して、手抜きも容赦もしてはくれないのだ。

 男の子がこんなことをするのか、と驚くほど、少年の愛撫はいつでも粘っこく、そして大胆だった。ひとたび閨を共にすると、思いもかけない部分にまで顔を寄せてきて、ついには操祈の体のどこにもキスの洗礼を受けたことのない部分は無くなってしまうほど、舌と唇とでしっかりと柔肌のにおいと味とをたしかめられてしまう。

 結局その夜、彼女は明け方近くまで少年の愛撫を全身で受けとめることとなっていた。

 そして二度涙して、それからようやく三度(みたび)、もうこれ以上ないと思えるほどの高見へと導かれたのだ。舞い上がった心と体は歓びにとろけながら、官能の淵へと深く深く沈んでいったのだった。

 体の中から温かいものが(おびただ)しく流れ出していく感覚とともに。

 この上なく甘美な肉欲の果実を頬張った操祈は、豊かな胸をけなげに上下させて乱れた息を整えながら傍らに添い寝をする恋人の胸に顔を寄せて、形のいい小鼻をすり寄せている。

 白い肌の上に幾つも残るキスマークの生々しさが、彼女が聖夜に演じた肉欲の交歓の濃厚さを物語っていた。

「ひどいな……レイくんは……あたしをこんなにして……」

「いっぱい可愛がるって、約束したじゃないですか……でも、白状すると先生よりも楽しんだのはボクの方なんです……あんあんと綺麗な声で()く先生がとってもカワイクて……それに先生のカラダ、スゴくいいにおいがしたから……」

「イヤぁね……もう……」

 操祈の腕や脚に絡みついて、強い力で女の体を残酷に拡げようとしていた少年の腕は、今はやさしく慰めるように背中や肩を撫でている。むりやり剥き開いた花びらを元の姿に収めようと丁寧に愛情をこめるように。

 つ、と恋人がサイドテーブルの腕時計に目を遣ったのに気がついて、操祈はひしっとしがみついた。

「行かないでっ――」

「でも、もうすぐ六時になるから、寮に戻らないと……」

「まだ行かないでください……わたしを一人にしないで……」

 操祈は自分が無理を言っていることは分かっていたが、それでも今は恋人の胸の中での慰撫が欲しいのだった。

「いいですよ、それなら先生が眠りにつくまで……」

「じゃあ私、寝ないもん……」

 わがままを言って甘える。

「ボクだってずっとこうしていたいんです……先生のにおいのするベッドの上で、先生を抱いて……」

 ほつれ毛をかき分けて広い額にキスを落とす。操祈は長い睫の目を伏せて、されるままになっていた。

「いっそのことボクたちのこと、もう秘密にするのをやめませんか?」

「……!?……」

「そうすれば、もう誰に気兼ねすることなく、ふつうに街を歩けるようになるはずですし」

 それはとても魅力的な提案に思えた。

 お散歩も一緒、お買い物も一緒、デートもできる。

 幸せだろうな……素敵だな……。

 でも、そんなことをしたらレイの将来はどうなってしまうだろうとも考えてしまうのだ。

 もしも自分の我が儘の所為で約束された未来を失うことになったら――?

「そんなこと……」

「やっぱりイヤですか? 今の生活を失うのは……?」

「そうじゃないわ……あなたのことが心配なの……」

「ボクは大丈夫です……先生さえ傍に居てくれれば、それだけで幸せですから」 

「レイくん……」

 これってもしかするとプロポーズっ――?!

 操祈の胸に熱いものが膨らんでくる。

「この学園都市の中だけが世界じゃないので」

「うん……」

 髪を撫でる手の動きのやさしさ、背中を摩る掌の温もり――。

 深く愛されて歓びに満たされた後には、男の情がいっそう女の肌に沁みるのだった。

 大好き――。

「もし騒ぎになっても、いざとなったら、どこか遠くへ逃げればいいんです」

「逃げるって、どこへ?」

「うーんと遠くへ」

「うーんと遠くへ……?」

 少年の言葉をおうむ返しにする声音は、まるで幼女のような稚気を帯びている。

「ボク、これでも結構、(つよ)いんですよ、先生お一人ぐらいなら、ちゃんと守りますから」

 きっとそうなんだろうと操祈も思い始めていた。

 今も少年の腕に抱かれて、守られているように感じている。

 実際、レイには時々、セックスに限らず大人の男を感じることがあったのだ。

 この人となら――。

「ねぇ、レイくん……」

「なんですか?」

「あなたはどこから来たの――?」

「男子寮からですよ」

「そうじゃなくて……そうじゃ……なくて……」

「じゃあなんです……?」

「……わからないわ……」

 少年の手の動きはますますソフトになって、声にも大人の男の慈しみがのっているように感じていた。

 歓びに満たされた心地よい疲労感の中、安心した操祈はやがて安らかな寝息を立て始めるのだった。

 

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