ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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聖夜が開けて

          LⅤ

 

 レイがやってきた時には、広い学生食堂のそこかしこに昨夜のクリスマスパーティの名残があって、既に幾つかの男女混成のグループができあがっていて、みな楽しげにテーブルを囲んでいた。ただ、普段であれば当然そこに居る筈のクラスメートの多くの姿が見られず、長期休暇入りのもの寂しさも漂っているのだった。

 コースケと純平、それに純平のルームメイトの尾内正実は、そういった和気藹々(わきあいあい)としたグループとは少し離れた窓際に陣取っていた。三年生の二人は不景気な顔をして椅子に浅く腰掛け、背もたれにだらしなく体をあずけて天井を仰いでいて、一年生の正実は、そんな先輩二人を前に居心地が悪そうにしている。

「おはよう」

「ウィーッスっ」

「レイっち、おまえはいつも元気だよなぁ」

 トレーナー姿でいるレイに、コースケは眠たげに目をしょぼつかせて言った。

「うん、昨日、早く寝たからその分、朝早くに目が覚めちゃって」

 レイは校庭を軽くランニングをしてからシャワーを入念に浴び、髪も洗ってさっぱりとした顔をしている。京都でしでかしたように、万が一にも操祈のにおいを纏うという失敗を繰り返さないためだった。

「あれ、今日は二人だけ? ゆうちゃんとマコトくんは?」

「マコトはまだ別世界でデート中、勇のヤツは……あいつは……帰ってこなかった」

 その隣で純平が、ブブブっとオナラのように唇を鳴らして不満を表明している。

「えーっ、お泊まり? まさかぁ、最初のデートでいきなりそれはないよ」

「俺に訊くなって、そんなことわかってたまっかよ、あの裏切り者があー」

「でも交際が上手く行ってるのなら、それは良かったじゃない」

「まーそうなんだけどな……おまえ、朝飯、ナニにする?」

 言いながらコースケたちは椅子からのっそりと立ち上がった。レイが現れて頭数が揃ったので、四人はカフェテリアのレーンへと足を向けた。

「あ、クリスマスケーキが残ってるっ、ボクはショートケーキとアイスカフェオレにしよっ」

 レイはガラスケースの中からショートケーキの皿を一つ取り出すとトレーの上にのせた。

「そんなアイツらの食い残しみたいなモンでいいのかよ? 知ってるかレイ、なんかよー、昨夜、ここでクリスマスパーティやってたんだとよ、俺らにナイショで」

 純平は他所のテーブル席に居た連中に向けて顎をしゃくった。ハブられたと言わんばかりに苦々しげな顔をしている。

「そうらしいね、ボクもヒサオくんから聞いて知ったんだけど、でも別に内緒にしてたわけじゃないでしょ、ボクたちが気がつかなかっただけで」

「どうみたってそのケーキ、そん時のあまりモンだろ」

「別に食べかけってわけじゃないし、大丈夫」

「しかしなー、パーティやるならやるで、館内アナウンスぐらいあっても良かったよな……」

「ヒサオくんの話だと居残りの有志たちが集って自然発生的に始まったってことみたいだから、ボクら以外にも気がつかなかった人も少なくないんじゃないかな……みんなイヴで忙しかったし」

「ああ、那智って言ったっけ、オマエんとこのあの一年坊主、ちゃんと帰ってきたか?」

「うん、もうあの時間にちゃんと帰ってたよ――」

 昨夜、レイが部屋に戻った時には既にルームメイトのヒサオは帰室していて、下段ベッドでぐったりしていた。女子たちにショッピングだ、ファミレスだ、カラオケだ、とあちこち連れ回された挙げ句、黄色い声を浴びせ続けられた所為ですっかり消耗しましたと言って、十三歳らしからぬ疲れた笑顔で迎えてくれたのだ。当然、食堂でのパーティなんて御免こうむるとばかりに、見つからないようにとホールを避けて奥の階段を上って来たのだと言っていた。

 レイにとってルームメイトの動向は、その夜の計画の唯一の不確定要素だったのだが、時間どおりに戻ってきてくれたばかりか、体育会系らしくさっさと寝落ちしてくれたので大いに助けられていた。

 その上、ヒサオは今夜から実家に帰る予定だとのことで、夜間外出をするにはさらに好都合だった。

 深夜一時と言わず、もっと前に操祈の部屋を(おと)なうこともできるかもしれない。それを思うと、また頬が弛みそうになって、少年は顔を引き締めた。

 今日、この後は、“普通”のプレゼントを用意しておこうと買い物に行くことにしていたのだ。紅音に言われるまで気がつかなかったとは流石にどうかしていたと思うが、少女の指摘に従って障りの無い、女の子が素直に喜びそうなものを探しに出かけるつもりでいた。

 確かに、クリスマスプレゼントが“狐の尻尾”だけでは酷すぎる――。

 ただ、アダルトショップでの監視カメラの件もあって、もう学園都市内では何も買う気にはならず、街の外へと出かける予定だったのだ。

「えーっ!? じゃあみんな全然、寝てないのっ!?」

 テーブルでは、めいめい、一皿盛りの朝食を口に運びながら、しょっぱいクリスマスイブ自慢となっている。

 コースケたちの話によると、彼ら三人はネトゲに耽り、とうとう徹夜してしまったというのだ。

 参加していたゲームは戦場もので、パーティの都合もあって抜けるに抜けられなかったらしいが、それにしても聖夜に一晩中大砲でドンパチやりあっていたというのだから、らしいといえばらしかった。

「それなら朝食のアポ、流してくれても良かったのに」

「そうはいかねぇだろ、約束は約束だからよ、なっ」

「オウっ、俺らはきっちりスジだけは通すからな」

「ゴメンね、コースケくんも純平くんも、それに尾内くんも……じゃあ、みんなはこれから寝るの?」

「ああ、飯食ったら、とりあえず昼頃までは寝させてもらう」

 純平も右に同じ――とばかりに、サイドの月見うどんを啜りながら片手をあげて応じ、一年生のルームメイトにいたっては是非もなかった。

「そうなんだ、そういうことなら、ボクはこれから外出するからお昼はスキップするね。夜は……一緒に食事、できるかな?」

「それはいいけど、外出って、オマエ、また紅音ちゃんとデートか?」

「ちがうよ、ホントはコースケくんたちを誘って、みんなで一緒に行きたかったんだけど、今日は銀座まで足を伸ばしてみようかなって」

「銀座って、あの銀座か? 旧六区の銀座じゃなくて?」

「戸越じゃなくて?」

「うん――」

「ひとりでかよ?」

「そうだよ」

「「どうしてっ!?」」

 驚いた顔をしてコースケと純平が唱和していた。 

「ただ、クリスマスの銀座ってのを見てみたくなって」

「それだけっ!?」

「おかしいかな?」

「だってよーアソコはよぉ、いまこの時期に男が一人で歩いてちゃいけねぇエリアだぜ」

 コースケも純平もいつになく真剣な顔をしている。

「えっ、そうなの!?」

「おうよっ、いま行くのはキケンだ、悪いこたぁは言わねぇ、止めといた方がいい、オマエは東京の下町育ちだから知らなくても無理はねぇが、俺らのような生粋の江戸っ子はな、この時期、独りじゃあの界隈にはけっして近づこうとはしないもんだ、ウチなんか家訓で止められてるくらいなんだぜ、なっコースケっ?」

「うむ、ウチも曾祖父(ひいじい)さんの頃から言われてる、クリスマスの銀座には行っちゃなんねぇってな」

 コースケも我が意を得たりとばかりに深く頷いた。

「へー、そうなんだ……二人がそこまで言うんなら、じゃあ新橋で降りて八丁目あたりから恐る恐る覗くことにしようかな……トイパークあたりまでなら行っても大丈夫かな?」

「トイパーク――?」

 担ぐ気満々だったコースケと純平が顔を見合わせている。

「あ、ああそうだな、あの辺りまでなら多分大丈夫だろ、なっ純平っ」

「あ、そうだそうだ、さすがにあそこは問題なかろう」

「そうなんだ……わかった、じゃあ、ちょっとひとりで冒険してくるね、何かお土産に買ってきて欲しいものがあったら探してみるけど、リクエストあるかな?」

「そうだな……銀座にはコージーコーナーっていう老舗の洋菓子の名店があってな、そこにはジャンボプリンっていう幻の逸品があるそうなんだが、もし手に入りそうなら買ってきてくれるか、あいつは絶品なんだ、だがな、だからってくれぐれも無理はしないでくれよ、まずは命が大事だ、オマエが無事に帰ってきてくれること、それが俺らの第一の望みだ」

「わかった、ありがとうみんな」

 レイはメモ用紙にコージーコーナーでジャンボプリン、と書くと、

「一人三つぐらいでいいかな? あれはあんまり日持ちしないから」

 と訊き返してウインクする。

 レイが担がれていたフリをしていたのが悪友二人にも判って

「なんだオマエ、気づいてたのかよ、チックショー」

「銀座はウチから近いから、子供の頃からよく行ってたんだ。こっちに来てからはあまり行けなくなっちゃったけど、だって遠いもんね、ホント、ここって地の果てだよ」

「ちげぇねぇっ――」

 少年たちの間で枯れた笑いがこぼれた。

 世界最先端の学園都市も、生まれながらの江戸っ子たちにとっては、東京に非ず、弩のつく僻地、なのだった。

 




次話のタイトルは

愛しの美きつねさん

の予定です
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