ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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予定を変えたことをお詫びいたします


姉と弟

 

          LⅥ

 

 クリスマスに華やぐ銀座の中心街を行く、ひときわ目立つ絵に描いたような美形の年若いカップルの姿があった。すれ違う人々は、あるものは羨望の、あるものは微笑ましげな眼差しを二人に送っている。

「やっぱり銀座は人が多いね」

 男の方が人波にやや辟易した顔をして傍らの女に囁いた。痩身長駆、顔立ちは幼いが整った甘いマスクは美形タレントの中に混じっても、けして埋もれることはないだろう。

「あの人、今度はどこに向かっているのかしら?」

 和光ビルから出てきた、いかにも場違いな見なれた制服の後ろ姿に視線を送りながら女が問いかけた。

 パートナーとは同系の美貌だが目と眉は女性らしい柔らかさがあって、白皙の端正な瓜実顔、シックな黒いロングコートの背中に踊る漆黒のストレートヘアがとても美しい。まだ少女の雰囲気が濃いが、ハスキーな声音は既に落ちついた大人の女の雰囲気を放っている。

「この流れからすると、次はティファニーかな? でもスパイしているようで、僕はあんまり気乗りしないんだけど」

「わたしもよ……でも仕方ないでしょ、目に入ってしまった以上は……」

「別にいいんじゃないの? 放っておけば……他人のプライバシーに立ち入ろうとするのは感心しないな」

「前会長に言われてるのよ、気がついたことがあれば密森さんのことはチェックするようにって」

「どうして?」

「さあ……あの方のお考えには分らないことが多いから……」

「だからって――」

「ヒサオちゃん、あなただって判ってる筈よ、私があの人にはウソがつけないってことを」

「姉さんだってテレパスなのに、そんなのガードすればいいだけじゃない」

「それができれば苦労はしないわ……」

 寂しげに頬笑むアリスの顔を見て、ヒサオは口をつぐむしかなかった。

「ホント、やっかいな人なんだね……」

 二人の前、三十メートルほど離れて、密森黎太郎はメインストリートを京橋方面に歩いて行く。人の多い繁華街にあっても常盤台の制服は目立つので見失うおそれは無さそうだった。一方、黒田アリスと那智陽佐雄の姉弟は、整った容姿をさらに引き立てるセンスの良い着こなしをしているためもあって、都内一級の街の賑わいにも見事に溶け込んでいた。

「ねぇ、密森さんってどんな人?」

「うーん、()い人だと思うよ、先輩風吹かせることもないし、優しいし、それに頭も明晰、体があまり大きくないから押し出しは強くないかもしれないけど、でも芯のある感じっていうか……信頼できる先輩だよ」

「そう、そうよね……わたしもそう思うわ……生徒会では何度か話をしたことがあるけど、もの柔らかな、感じのいい人」

「なんで会長は――って、今は会長は姉さんだったね……山崎前会長は先輩のことが気になるんだろう。もしかして気があるのかな?」

「まさか――会長の彼氏って人はもっとずっと年上の大人の男性よ」

「そうなの?」

「いけない、うっかりしてたわ、でも今のことは他言無用にして」

「いいけど、べつに僕もあの人には関心ないし……僕はやっぱり姉さんが好きだから」

 ヒサオは気負いもなくシレッと大胆な言葉を口にする。

「あのねヒサオちゃん、子供の頃ならそれでも良かったかもしれないけど、いいかげんにシスコンは治しておかないと、ゆくゆく辛くなるわよ、はやく好きな女の子でも作りなさい」

 こうした会話には狎れているのか、アリスもあっさりやり過ごした。

「人を好きになるのって、簡単じゃないんだけどな」

 ヒサオもアリスも、互いにどこまでが本気で、どこまでが冗談か、そのギリギリを見切っているようで、それ以上の重たい空気に包まれることはけしてなかったのだった。

 これまでのところは――。

「あ、やっぱりそうだ、ティファニーだ」

 ヒサオの予想どおり、日本有数の宝飾店を後にして次に密森黎太郎が向かったのは世界的なジュエリーショップだった。中学生の制服で出入りするには場違いの空間の筈だが、少年は気おくれするようすなど微塵も窺わせずに店内に入っていく。

 二人は少し離れた通りの反対側から内部の様子に目を遣りながら

「やっぱりプレゼントかな?」

「そうね、それも、とても大切な人へのね――」

「ガールフレンド?」

「それ以外に考えられる?」

「先輩にガールフレンドなんて居たかな……? 全然、そんな気配を感じたことないけど」

「それはあなたが意識していなかったからでしょ、そんなことありっこないってタカをくくっていたから」

「その言い方だと、まるで僕が先輩のことを見下しているようで感じが悪いな。実際はそんなことないのに……ねぇ、姉さんから見て、僕ってそんなにイヤなヤツ?」

「ごめんなさい、気に障ったら謝るわ、ただ人って見かけによらないものだからよ。いくら一緒に寝起きしているからって、隠し事がないとでも思う? まさかそこまでウブじゃないわよね」

「まぁそうだけど……でも、クリスマスのプレゼントなら、なぜ今日なのかな? 普通ならプレゼントを渡すタイミングって昨日じゃない? 僕はちゃんと姉さんにプレゼントしたよね」

 アリスもヒサオから貰ったばかりのプレゼントのネックレスをさっそく身につけていた。そのお返しに贈ったのはカフスボタンだったが、ヒサオもしっかりシャツの袖口に付けている。

「姉さん、僕の他に誰かからプレゼントを貰ったりした?」

「ええ、貰ったわよ」

「誰から?」

「それは内緒――」

 アリスはヒサオが心配そうな顔をするのを見届けてから

「ウソよ、誰からも貰ったりなんかしてないわ。ただ生徒会の人たちとプレゼント交換をしただけよ」

 と、言って口角を上げて上目遣いになった。それは大人びた美少女の身内だけにみせる少女らしい無防備な表情なのだった。

「びっくりさせないでよ……」

「あなたこそどうなの? 昨日、女の子たちとルンルンで出かけて行ったじゃない?」

「姉さんにはあれがルンルンに見えるんだ――」

「ええ、見えるわよ、鼻の下を長ーく伸ばしていたから」

 姉弟の鞘当ては、傍目には恋人同士の睦言に近い親密なものとなっている。

「あ、出てきたわ……あの容子だと収穫はなかったみたいね」

 アリスの視線の先に、入ったときの状態のまま店から出てくる密森黎太郎の姿があった。

「どっちも超がつく高級店だから中学生の小遣い程度で買えるものは無さそうだよね」

「次はどうすると思う?」

「さあ……もっと庶民的な店を探すとか? でも適当なものでお茶を濁すのは、安っぽくなりそうでイヤかも……」

「そうよね……」

 大事な相手であればこそ、特別な日には特別なものをプレゼントしたくなるものだ。

「でも、どうして昨日じゃないのかな?」

「昨日、渡せなかったからかしら?」

「たしかに先輩は、ずっと寮に居たみたいだし……じゃあ、今日、これから約束があるってことかな?」

「うーん、そういうこと……?」

「だとしたら余計、これ以上の詮索はしたくないな……僕はまだこれからも先輩と一緒に生活するんだから、変なものを見ちゃって、胸に何か重たいのを背負(しょ)い込むのはやだよ」

 ヒサオの気持ちはアリスにも理解できるものだった。素直さ、誠実さを含めて身内ながら良く出来た弟だと思う。

「ねぇ、この辺にしない? ずっと尾行()いていくわけにもいかないし、大概にしておこうよ。元会長には密森さんが銀座でアクセサリーを探していたみたいですって言えれば十分なんじゃないの?」

「まぁ出来ることはしたわよね……日も陰ってきたし……お父様も待ってるし……」

 アリスは傍らの弟をしばし仰ぐと、やがてスッキリ晴れた顔になった。

「わたしたちも、お買い物して帰ろっか?」

 コートのポケットに突っ込んでいた手を引き出して、男の腕に絡める。

 ヒサオはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になると

「きっと僕たち、周りには恋人同士に見えてるよね」

 と、逆に挑発をしかえした。

「かもしれないわね」

「姉さん、美人だからな……」

 真顔で言う。

「コラ、姉を本気で口説こうとする弟がどこに居るのよ」

「え? 僕はそんなに特別なことだとは思わないけど……ただ、美人の姉限定だけど」

「まー、駄目な弟よりはイケメンの弟の方が姉としては、なにかと助かるけど」

「それなら――」

 ヒサオは長身を屈め、姉の耳元でひそひそと囁いた。

「僕の童貞と姉さんのバージンをバーターにするっていうのはどうかな?」

 たちまち白い頬を朱に染めたアリスは

「調子に乗るんじゃないのっ」

 と、弟の頭を軽くはたいた。

「ねぇ、夕ご飯、何が食べたい?」

 妙な雰囲気になりかけて、すぐに話題を切り替えた。 

「姉さんが作るの?」

「たまにはいいでしょ? せっかくお(うち)に帰るんだから……」

「じゃあ、僕、オムライス」

「オムライスかぁ……ヒサオちゃん、昔から好きだったわよね、いいわ。でもお父様にはちょっと甘すぎるから、何か別のお惣菜を買っていかないと」

 アリスがそう言うと二人は踵を返し、四丁目の交差点の方へと引き返して行くのだった。

 

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