ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
Ⅵ
紅音は眼鏡を外してレイを凝視していた。
「ビンゴっ! やっぱりそうだったのねっ」
「きみも女のコならもう少しオブラートに包んだ言い方ができないのかな……そういうことって男だって口にしにくいことなのに……」
少年の方が顔を赤くしていた。
「いいじゃない、ここには誰も居ないし、ここだけの話なんだからっ」
「………」
「だからあのとき、先生のオーラはきれいなピンク色をしてたのかぁ……ピンク色のオーラって言うのはね、人が強い羞恥を感じている時に現れるものなの、特に恋愛感情を伴う性的なものの場合はキラキラと瞬くように見えるんだけど、操祈先生のはとりわけ強い反応だったから、だから初体験だったのかなって勝手に思いこんじゃったのね。でもそういうことなら納得」
少女は何故かすっかり上機嫌になってレイに自身の能力について語った。外していた眼鏡をまた掛けなおしている。
「でも意外ね、ああいうことにはいちばん縁遠そうに見える二人だから……優雅でとても美しい女性と、おとなしい男の子って……だけどよくよく考えるといちばん
紅音は眼鏡の奥の黒い瞳を妖しく煌めかせた。
「それにしても、あの操祈先生が、よくあんな恥ずかしいことを許してくれたものね。わたしなら絶対にイヤっ。相手が女の人の場合ならかろうじてアリかもしれないけど、男の人を相手になんてムリ、絶対に無理よっ。まして初体験の相手が教え子だなんて考えられないわっ。だっていちばん恥ずかしいことでしょ? 自分を心から尊敬している相手に見られたくないところを見せちゃうなんて……それがもしも好きな相手だったりしたら、もう最悪っ、泣いちゃうわっ……ねぇ、まさか無理やりやっちゃったの? それなら立派なレイプよっ」
「ちがうよっ、ボクはそんなひどいことしないから……ちゃんと先生に
少女のペースに巻き込まれ、つい余計なことまで口にしてしまったが、もはや取り返しは利かなかった。
「本当? でも泣かせちゃったでしょ?」
「……うん……たぶん……ちょっと……」
「ひどーい、わたしの操祈先生になんてことしてくれるのよっ! 先生を泣かせるなんて最低ねっ」
どうやら紅音は勘違いしているようだったが、京都でのことが初めてというのではなかった。
初めてだったのは
しかし操祈の心を傷つけてしまったのは本当だった。
順を踏んでいたつもりだったが、少しばかり先を急ぎ過ぎてしまったのだった。
たとえ
ただのキスにも手の甲へのものから、額や頬、唇を軽く触れ合わせるような軽いものに始まって、舌をからめ合って唾液を貪るようなディープキスまであるように、秘所への接吻にも難度があって、唇にするよりも遥かに広く魅惑的な世界がひろがっている。
とりわけ操祈のようなまたとない特別な女性の場合には、どんなことでも可能だと思わせる、少年にとって探れども尽きることのない神秘の深遠なのだった。
だからいきなりではなく、彼女の抵抗感を少しずつ取り除いていき、時間をかけてかたく締まった心と体をゆっくりと解きほぐしながら、より深く豊かな性の世界へと誘っていったのだ。
こんなこともできるんですよと何気なさを装いながら、あの美しい飴色の毛並みに顔を埋めてみるところから始まった官能の冒険。
そのときの操祈はとても驚いた様子だったが、それでも少年が何もしないでいると安心したのが強くは抗わず、そこに留まることを許してくれたのだ。
初めて知った愛おしいにおい――。
憧れの女神の香りを教えてもらえた少年は、そのとき、もう死んでもかまわないと思うほど歓びの極みに居るような気持ちになっていた。しかしそれはまだほんのとば口にすぎず、ドラマにはもっとずっと先があって、世にも美しい物語のページをめくるように甘い謎のひとつひとつを解き開いていったのだ。
操祈から揺るぎない信頼感を勝ち得るまで、けして道を急がずデートの回を重ねながら。
はじめてあの愛くるしい白い唇を顔前にしたときも、欲しいからこそ敢えてそれ以上は求めなかった。
だから操祈の体が男の本気の愛撫を知ってから、まだそれほど日が経っていたわけではない中でのラヴチェアーの使用は少しばかりハードルが高かったのだと思う。
「それで、その後どうしたの?」
「謝ったけど……」
「謝ったからってどうなるっていうのよっ! 先生、かわいそう」
「うん……」
「こうなったらもう責任を取ってもらわないとっ」
「責任!?」
「罰として断種よ、断種しかないわっ、いますぐ断種なさいっ!」
「断種ってあの去勢の断種?」
レイは左手の人指し指を右手の人指し指と中指の間に挟んでみせた。
「そうよ、そのくらいの覚悟はできてるんでしょ、あの操祈先生に手を出したんだからっ」
「ずい分乱暴なことを言うなぁ……でも、仕方ないな、きみがそう言うのなら……で、どうすればいいの? いまここでするの?」
言いながらズボンのベルトに手をかけると、紅音は突然ケラケラと笑い始めて少年は呆気にとられてしまった。
冗談であることはわかってはいたが、少年の言動の何かが少女の笑いのツボに嵌ってしまったらしい。涙を流すほど笑い転げている。
それは紅音に対する好感度アップにも繋がっていたようである。
何を考えているのかわからない得体の知れない少女というのではなく、どこにでもいる普通の中学三年の女子のするような反応に見えたからだった。
学校での無表情で無愛想な様子よりも、むしろこちらの方が素に近いのではないかとも思う。
「あーおっかしい、密森くんってホント、面白いわっ、今の顔、サイコー……いいわよ、二人がそんなにアツアツなら、わたしなんかが入り込む隙間なんてなさそうだから……だいじにしてあげてねっ、先生のこと」
スマートフォンの着信音が鳴り、
「うわさをすれば影って操祈先生からよっ」
紅音は明るい笑顔のまま目尻の涙を手の甲で拭ってレイに意味深な目配せすると、いそいそと電話を取った。
「あ、操祈先生、わざわざご連絡をありがとうございますっ……はい、今、だいぶ話が進んだところだったんです。最初は信じてもらえなかったんですけど漸く納得してくれたみたいで……」
女たちの会話に割って入るつもりもなく、少年は二人のやりとりを聞くともなく聞いていた。
ときおり紅音のスマホから漏れてくる声は操祈のものに間違いなかった。声の調子からは警戒している印象はなく、どうやら操祈も紅音を信じているらしい。
「……じゃあ、日程等の調整はあとでつけることにして、こちらで候補日をリストアップしておきますので、またご連絡いたします。ハイ、お任せ下さい。生徒会案件とは別儀にて慎重に進めさせていただきますので」
会話の中には固有名詞も個人名も目的も一切、出てこなかったのも評価できる点だった。
学園都市では著名人でもある操祈の電話が盗聴されている可能性はけっして低くはなかったのだ。紅音が自分たちを支援しようという本気度が窺えるのだった。
「お聞きのとおりよ、だからあとは密森くんしだい」
「ボクしだいって?」
「だから、先生とデートしたい希望日を決めて」
「ボクはいつでもいいけど……」
「それじゃダメでしょ、もっと具体的によっ。女のコにエッチしたい日を決めさせるなんて配慮が足りなすぎでしょっ」
「うん……じゃあ、今週末でもいいのかな……?」
「金曜日? それとも土曜日?」
「どちらでもかまわない、もし先生のご都合がつかないのなら、来週の週末に……」
「そうね、当面はそれがいいかもしれないわね……あなたも週末は寮に帰らなくてもいいし……わかったわ、後でそうお伝えしておくわ」
レイはあらためて室内を見回した。
「なんか……信じられないな……ここで先生と逢えるなんて……ありがとう、栃織さん……」
「ここに来たからって、なにも必ずエッチしなければいけないってワケじゃないのよっ。二人っきりになってゆっくり積もる話をするだけだっていいじゃない?」
「うん――」
「ここだとどんな大声だしても、外には聞こえないから大丈夫」
「操祈先生はおとなしいから……」
「わたし、お喋りの話をしただけで、そんなこと言ってないんだけど」
少女は曰くありげな、けれども悪意の感じられない顔で少年を見ていた。
少年はベッドでの操祈の様子だと受けとられても仕方のないことを口にしてしまっていたようだった。
「今、正真正銘の彼氏の顔になってたわよ。密森くんにもそんな顔ができるんだ……」
「え?」
「そういうのって、きらいじゃないわ」
「じゃあ学校に居るときはもっと注意しないと……」
「でも操祈先生を狙ってるのは学校に居る人たちばかりじゃないから」
「そうなの?」
常盤台に着任してから二年の間に少なくとも四回、操祈がなにものかに襲われる機会はあった。操祈本人が知ることはないが、レイはそのことをよく知っているのだ。
メンタルアウトの能力を失った操祈は、ただの眩いばかりの非力な美女にすぎなかったのだから。
「あたりまえでしょ、あれだけの美貌よ、むしろ今まで何もなかったことの方が不思議なくらい」
「………」
次話投稿予定は週末になります