ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
LⅨ
少年からもうひとつのプレゼントの件を持ちかけられたのは、いま少し前のことだった。
思いがけずソファの上で愛しあうことになり、今夜の彼は操祈が欲しがるものを焦らさずに与えてくれたのだ。いつもなら手を伸ばすと、さらに遠ざけたり、あるいは別のことに熱中したりするふりをするなどしてさんざん意地悪をされていたものが、クリスマスだからとでもいうのか滞ることなく歓びを振る舞われて満たされていた。
恋人の好む愛撫は、いまでもとても恥ずかしいが、もう、嫌――という気持ちからは遠いのだ。
男と女は人には言えない秘め事、淫らな経験を重ねることで絆を深めあっていくもの――と、胸に落ちている。
なにより自分のためにこんなにも一途にふるまってくれる少年が愛しくて、そのうえエンゲージリング――? まで貰った操祈は幸福感に包まれて事後の気怠さに身を任せていた。
長椅子にうつぶせになって、肘掛けの上に両腕を重ねて、その上に頬をのせて。
起伏のある寝姿はそれだけで絵になる艶やかさがあった。白い裸身の下で豊満な胸の膨らみがはちきれんばかりになって輝いている。肩甲骨のか細い陰影と背中に沿って流れる凹みの曲線美、お尻の二つの小山は今は谷あいの秘密の湿原を隠して目にも綾なふっくら丸く張りのある稜線を描いている。
少年はソファの下、真ん中あたりに座ると、手を伸ばして操祈の背中から腰、臀部にかけていたわるように撫でていた。
手の温もりがじんわりと伝わってきて、
「レイくん、だぁーいすきっ、うふっ」
操祈は肘掛けに顔をのせたまま、微睡みながら声を甘くして言った。
「ボクもです……ひとりの女の人をこんなに尊敬できて、好きになれるなんて……どんなに嬉しくて幸せなことか……」
男の子の手が解れた髪を優しく整えて、長い前髪に隠れていた顔を表にしている。幸せそうに頬笑む少年と目が合って、操祈もはにかみながら笑みを返した。
「可愛いな……先生は……」
「可愛いって……わたし、これでもレイくんの先生なんだゾっ……」
「わかってますよ……でも、いまはボクのいちばん大切な、だれよりも可愛い人……」
頭を撫でられる。
肩口のあたりにぽつぽつとキスの雨を落としながら、
「先生のお名前って、そういう意味だったんですねっ」
「え――?」
「ボク、先生の操にお祈りするの大好きだから」
少年は唇の間から舌をチラリと覗かせて言った。
「バカっ――」
またイヤらしい軽口を利く少年に、操祈は頬の下に敷いていた手を伸ばして、そばにあった男子生徒の頭を軽く
レイはやさしいくせに、すぐにデリカシーのないことを口にしてからかおうとするのだ。
けれども、そんなちょっとエロティックなじゃれあいも恋人同士ならではのこと。普段は口にしにくいキワドイ内容も、愛しあった後の余韻を彩るピロートークにはほどよいアクセントになっている。
「もう、ホンっとにイケナイ子なんだからあっ」
「イケナイ子はお嫌いですか?」
「大ッキライよ――」
ワザと拗ねた顔をしてそっぽを向いた。
「それはこまったなぁ……ボク、もう先生をイイコイイコできなくなっちゃう」
「いい子いい子ぉ? いい子いい子って――?」
予期していない言葉に、つい訊き返してしまったが、
「それは――」
と言った少年のニンマリとしてやったりの顔を目にしたとたん、またうっかり誘いにのってまんまと言葉の罠に嵌められていたことに気がついたのだった。
少年は案の定、女体についてのとても散文的なことを口にして操祈の顔がたちまち真っ赤に染まっていく。
レイは解剖学にかけても博識で女性自身よりも事情に通じていたばかりか実際を経験しているのだから、未だ乙女を卒業しきれていない操祈にはとうてい太刀打ちなどできるはずがなかった。
「もう、だからキライなのよぉっ、大人の女をバカにしてぇっ」
「そんな、先生をバカにするなんて、ボク、褒めているつもりだったのに……そういうことってとってもステキなことなんですよ。とりわけ先生みたいなとても美しい女の人がそうなるっていうのは男にとってはこの上なくうれしいことで、恥ずかしがることなんかじゃないから」
少しも慰めにならないことを口にして、さらに追いつめてくる。そのくせ体にキスの雨を落としてきて懐柔することも忘れない。
結局、しまいには操祈の方が折れて諦めの笑顔を返すことになっていた。
「だって、ああいうこと……先生にしかしたいと思ったことがないってボク、何度も言ってるのに……」
ああいうこと――が、何のことか判っている操祈は肩で大きく疲れたため息を一つ吐いた。
「初めて逢ったときからずっと、ボクは先生にしか興味がないから」
「初めて会った時って……!?」
意外な告白に、伏せていた顔を上げて少年のようすをうかがう。
「先生がボクたちの居る教室に来たその日から――」
「それって……そのときのレイくんって十二歳でしょ? ちっちゃな男の子だった筈なのに……」
「ええ、そうなりますね」
「それなのに、そんな目で私のことを見ていたのぉ……?」
「ハイ――」
「あきれたわねぇ……」
今更だったが、操祈が驚くのも無理はなかった。
彼女が常盤台に着任したのは一昨年の夏休みを開けての秋学期からだった。産休を取って長期離職をすることになった教員の穴埋めに、非常勤の数学講師として一年から三年の生徒の講義を受け持つようになったのだ。その後、産休していた当該教員が夫の海外転勤に合わせて正式に退任することとなってからは正規採用となり、更にこの春からは三年二組の担任となってレイたちの居るクラス二十五名の生徒たちをあずかっている。が、着任早々の二年あまり前となると、レイはまだ小学校を出て半年も経っていない頃のことだった。もちろんまだ彼のことは大勢いる生徒の中の一人として意識にも上っていなかったし、こと恋愛という面では保守的な操祈が、そもそも中学生の男子生徒を異性として見る筈もなかった。
それなのに――。
「大人しくて真面目な、気弱そうな男の子だと思っていたのに……騙していたのねぇ、私のことぉ……」
「騙すだなんて……ただボクは……」
「ただなぁに?」
「それだけ先生が眩しかったから……こんなに綺麗な女の人がいるなんて信じられないって思って……だから……」
「だからって……」
自尊心をくすぐられて悪い気はしないが、男の子が裡に秘めた情熱の強さには改めて驚かされるばかりでいる。
「自分の気持ちに素直になろうって思っただけですから……」
「素直になるって、ずいぶん都合のいい言い訳ね……」
また感じやすいわき腹に唇が寄せられて、白い体がピクリと反応していた。挨拶のようだった軽いキスが、再び性感をたきつけるときの粘ついた愛撫のトーンを帯てきて、身を任せるかどうか迷った操祈は肩を
「ねぇ、男の子って、みんなあなたみたいなのぉ……?」
男性から性的な視線を寄せられる疎ましさは、潔癖だった少女の頃には堪え難いものに思われた――それに対しての報復も相手の男たちにすれば受け容れがたいものだったのかもしれないが――が、それが幼い教え子たちからとなると、教師として自分の落ち度も考えに入れなければならないのかもしれないと思う。
「ボクみたいって――?」
「もう、わかってるくせに……」
口にするのが
「オーラルセックスが好きかってことですか? クンニリングスやアニリングスを――」
と、少年からはストレートな返事がやってきて、やはりたじろいでしまった。露骨な言葉は、さすがに受け止めきれずに閉口する。
「彼女持ちなら普通にしてるんじゃないかな? そこまで踏み込んだ話をしたことがないので、やってるかどうかまではわかりませんけど……でも、先生みたいな綺麗な女の人にするのなら誰でも興味があると思いますよ……」
「………」
少年の手が剝き出しになったままのお尻をまるく撫でまわしはじめて、操祈はその動きを気にしながら話を聴いていた。遠巻きにしながらも掌の描く円が少しずつ小さくなってきていて、谷間を窺うようなそぶりになっていたからだ。
「だって学校に居る時も、いつでも先生の周りはすごくいいにおいがするから……仕方ないですよ、綺麗な女の人がやさしい匂いを纏っていたら誰だってすぐにドキドキちゃうし、好きになればその人のいろんなにおいを知りたくなるのは自然なことだし……ボクらのしていることって、たぶん普通のことだと思いますけど……」
と、言うが、さすがにレイが普通――というところは同意できなかった。
少年との肉体関係が異常とまではいわないにしても、およそノーマルなものではないことを舘野唯香からは教えられていたからだ。男と女の間柄になって何ヶ月もの間に幾度もその機会がありながら、それでもずっと処女のままで過ごすことなど普通はありえない、と。
「だってオーラルって大好きな女の人の体のなりたちを学ぶのに、五感を使ってアプローチできるいちばん合理的な方法だし……」
身もふたもないことを平然と口にして、
不意に男の子の指がスルリと谷間をすべりおりてきたのだ。操祈はお尻を緊張させて拒もうとしたが、陵辱者の指先はやすやすと分け入ってきて、尾骨の下の凹み、女にとってはいちばん触れられたく無い場所をぴとっと捉えて悩ませている。すぐに指でまるくなぞるようにして女の心と体をかき乱しはじめた。
「レイくんっ――!」
そこは少年が操祈に何か要求を突きつける時に、指を送り込んでくる場所なのだった。
「そこっ……そこはイヤなのっ……ねぇ……」
「そこって、どこですか?」
「だからっ――」
「言ってくれないとわかりませんよ」
楽しげに言う少年の邪な意図に気づいて唇を噛む。
「そんなことっ……言わせたいのねっ、わたしに……」
「ええ――」
少年は愁いを深めた操祈の顔を覗き込みながら、指先の動きを更に不穏なものにして、奥を侵そうという残酷な意思まで滲ませているのだ。
「いいわ……」
長い睫の瞳をしばたたかせて切なげに視線を泳がせていた操祈は、観念して仕方なくそれを口にするのだった。
グロスをのせていない楚々とした美しい唇が紡ぐには、およそ相応しくないその言葉を。
「そうですね、正解です。ではご褒美に、今日は先生にもう一つプレゼントがあるんですけど……受け容れてくれますよね」
「プレゼント?」
「すごく綺麗で可愛いキツネさんをお目にかけますって、言ったでしょ?」
「………」
たとえ最愛の恋人からの物であったとしても、このような状態で贈られるプレゼントには危ない香りしかしなかった。が、サンタクロースのクリスマスプレゼントは、たとえどんなものでも有り難くいただくしか無いように、操祈には少年からの贈り物を拒むことはできないのだった。