ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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師走、年の瀬

          LⅪ

 

 歩道橋の上で不意に何かに気づいた風に足を止めた小田切芳迺(おだぎりよしの)が、

「ねぇ、あれって操祈先生じゃない?」

 と他の二人に促すと

「え、どこどこっ!?」

 一緒に居た篠原華琳(しのはらかりん)安西遥果(あんざいはるか)も芳迺が指差す方に顔を向けるのだった。

「ホラ、あそこっ、横断歩道のパーキングメーターの傍に立っている長い金髪の女のコ」

 一つ先の交差点の向こうに、遠目にもわかるスラリとした立ち姿の女性が見えた。

「あ、ソダネ、操祈先生みたいっ」

「でも女の子ってあんたぁ、ウチらの先生でしょうにっ」

「だけど、あのカッコみたら先生っていうより女のコっしょ、やっぱ」

「うん、なんか今日の先生、いちだんと可愛いかもっ」

 カラオケ帰りの少女たちの目に映った操祈は、ライトブラウンのダッフルコート、頭にはモスグリーンのベレー帽、それにスニーカーというカジュアルな装いでいた。教室に居る時はスーツとパンプスでいることが多くて隙のないキッチリした印象だったが、今日はずっと柔らかく女らしく見える。

「買い物袋をぶら下げてるから年越しのお買い物かな? ねぇ行ってみよっ」

 華琳が言って、三人は足を速めたが、また芳迺が足を止めた。

「ちょっと待ったっ、先生、一人じゃないみたいっ、ホラ横に居る男の人と喋ってるみたいだし」

 少女たちが再び目を凝らすと、操祈の斜め後ろに金髪の男がひとり居て、ときおり操祈と親しげに言葉を交わしているようだったのだ。

「あ、ホントだ、連れが居るっ」

「うわーっ、まさかデートっ!? ウチら凄いモン見ちゃったりするの?」

 少女たちは操祈たちを見失わなわないように目を遣りながら、好奇心の塊になって小走りになって歩道橋の階段を降りていくのだった。年の瀬で賑わう歩道の人波をかいくぐるようにして操祈の背後に迫る。が、いざとなると声を掛けそびれて、それぞれが出方を窺うようなそぶりになっていた。

 纏っているオーラが教師であるときとは違っているように思えて、街で偶然アイドルを間近にしたときにも似た緊張を強いられていたのだ。

 実際、今の食蜂操祈は、あのミスコンテスト以来アイドルタレントと言ってもいいほど世俗的に注目される存在でもあった。取材規制のある学園都市に居る時はともかく、都市(まち)を一歩離れればあちこちでマスコミからカメラの砲列で迎えられかねない。

 三人の少女たちは日頃見なれた女教師とは違う操祈を前に、ちょっと呑まれた様子になって互いに顔を見合わせて、

「あのぉ……先生ですか……?」と、おそるおそる声を掛けるのだった。

 呼び止められて足を止めた操祈が振り返る。

「あら、あなたたち――」

 長い金髪がそよいで、白い美貌がわずかに驚きを示して少女たちを見ている。

「やっぱり先生だぁ」

 操祈のいつもと変らない反応に、三人一様にホッとしていた。

「どうしたの、みんな、そんな顔して?」

「なんか、あんまり綺麗な人だったんで、もしかして人違いしちゃったらマズいかなって」

「雰囲気が全然違って、先生っぽくないから……」

 判ってはいても、オフの操祈の美貌は少女たちにもひときわ眩しく映っている。

「あらぁ、それって新手のディスりかしらぁ?」

 操祈の普段どおりの悪戯っぽい笑顔に少女たちも平素の調子を取り戻していた。

「だって先生、可愛すぎるじゃないですかっ、なんですかその格好、まるで女子中学生か高校生みたいですよ」

「そうですよゼッタイ、ズルイですよ、反則です。美人に可愛い格好されたら、あたしら居場所なくなっちゃうしっ」

「うーん、あたし、そんなに若作りに見えたりするのぉ?」

 当惑したようすで操祈は自身を見回していた。身なりをチェックするしぐさも、どこかぎこちなく不慣れで少女っぽい。

「若作りって……もうそういうレベルなんかじゃなくって……」

「気温が下がってきたから、前に着ていた冬物を引っぱりだしてきたんだけどぉ、似合わなかったかしらぁ……」

「すごくお似合いだと思いますけど、でも、ゼッタイ彼氏には会わせたくないですっ」

 遥果がきっぱりと断言して、他の二人もしかつめらしい顔で深く頷いて追従した。

「操祈先生のことは大好きですけどっ」

 言いながら操祈に身を寄せる。

「ねぇ先生っ、さっきの男の人はどうされたんですか?」

「男の人? ああ、彼は――」

「彼はっ!?」

 三人の少女は興味津々で操祈の表情を窺っている。

「な、なにっ、どうしたのみんなっ?」

「もしかしてデートだったんですか? あの金髪の背の高い男の人が先生の彼氏だったりするんですかっ?」

「え、え、えっ!?」

 操祈は包囲網を狭めてくる三人にタジタジとなりながら

「あなたたち、見てたのぉ?」

「ええ、ハッキリ」

「で、どなたなんですか?」

 と、少女たちは追及の手を緩めずにさらに詰め寄った。

 操祈はしばし「うーん……」と、唸り、困り顔で絶句していたが、やがて表情を一変させると

「そうよっ、デートだったの、わたしの彼よっ、あはっ」

 その答えに、少女たちは明らかにアテが外れたような、興が削がれた顔に変るのだった。 

「なーんだ、違ったんですか」

「ちょっとびっくりしたけど、でも良かったぁ、安心安心」

「わたしはハナっから、んなワケないとは思ってましたけど」

「あらあ、なによぉみんな、あたしがせっかくホントのことを打ち明けたのにぃ」

 操祈はいつもどおりの飾らない口調になって抵抗するが、察しの良い少女たちは取り合わず、それをさらりと受け流している。

「先生、もしも誰かから本命の彼氏か? って図星をさされたら、女の子はそんなあっけらからんとした顔なんてできないんものなんですよっ。否定しても肯定してもどっちも表情に出ちゃうものだから。で、ほんとはどなたなんです? お知り合いのように見えましたけど」

 少女たちは尋問によって、ついには操祈の口からノックレーベン氏の名前を聞き出すことに成功するのだった。

 操祈がかつて、“仕事”でお世話になった人で、何年も前に帰国していた筈が今は出張でまた学園都市を訪れていて、ついさっき道で偶然見かけて自分から話しかけたということ、向こうは操祈のことをすっかり忘れていて自分から名乗るまで思い出すのに時間がかかって呆れたことなどを。

 好奇心が満たされると、少女たちの興味はすぐに移ろい別のことへと関心が向く。

「お買い物ですか?」

 操祈の下げていた買い物袋を見ながら訊く。

「ええ、もう明後日は大晦日でしょ? そろそろお正月の用意をしておかないといけないかなって思って」

「ご自身で用意されるんですか?」

「そうよ、おせち料理の大半は既製品で済ませるつもりだけど、せめてお雑煮ぐらいは自分で作ろうと」

「先生って、なんかあんまりお料理とかしなさそうですけど、大丈夫ですか?」

「まぁ、言ってくれるわねぇ、お料理だって最近、レパートリーを増やしているんだゾっ」

「やっぱり――」

 少女たちは申し合わせたように、含み笑いをした。

「やっぱりってなによぉ」

「なんでもありません――じゃあ、ご実家には帰られないんですか?」

「帰るといっても私の場合は遠いから、今年はこっちで年越しするつもり……あら、あなたたちはお正月、お家に帰らなくてもいいの?」

「華ちゃんは明日、帰ります。ね? あと、私と芳っちゃんは家が近いから明後日に」

「先生はお一人で年越しされるんですか?」

「ええ――」

「じゃあ、お寂しいですね、うふふっ」

 少女たちはまたワケ知りな顔をして、操祈の手から買い物袋を取ろうとする。

「私、お持ちしますから――」

「いいのよっ、そんなこと」

「いいんです、いいんです、どうせみんな寮に戻るところですから、途中までお持ちいたします」

 少女たちはそのまま操祈のアパートの近くまでエスコートしていくのだった。

 

            ◇            ◇

 

「やっぱり先生には彼氏が居るわね」

「まーわかってたことだけど……だって、なんか最近、ますます綺麗になって幸せオーラが洩れてることもあったし……」

「どうやら年越しも彼氏と一緒に過ごされるみたい」

「遥果も気づいた?」

「だってあのお買い物の量、一人分にしては多かったから」

「誰なのかな? 先生の彼氏って……さっきのノックアウトさんとか? 案外、お似合いにも見えなくもないけど、背が高くって渋いイケメンで、金髪で……」

「華ちゃんのそれって、先生が言ってたノックレーベン氏のこと? いやあ、それはないわ、あの様子だと違うわねぇ」

「わたしもそれはないと思うわ」

「じゃあ、どんな人なんだろ、あの先生を口説き落とした男って……どうせスッゴイイケメンなんだろうけど」

「試しに、お正月に先生のアパートを訪問してみるとか?」

「あ、それいいかもっ」

「でも、さすがに急だと失礼よね」

「ですよねー」

「ムリかー、なんとか先生の彼氏の正体を暴く手はないもんかなぁ」

「まぁ先生と言っても女だし、他人のプライバシーの詮索はいただけないわね」

「だよなぁ」

 少女たちは帰寮するまでの道すがら、とりとめもない憶測話に花を咲かせるのだった。

 




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