ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
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鼻歌を混じりのご機嫌で、操祈はキッチンに立って、その日の午後に買ってきた既製品のおせち料理の類を開封しては、ひとつひとつ丁寧に重箱に詰めていた。
「手作りじゃないけど、これは仕方がないわよねぇ……でも、わたしの美意識力を発揮する余地はあるんだからっ」
練物類に包丁を入れながらひとりごちる。
紅白の蒲鉾は彩りを考えて互い違いにして、黄色い伊達巻きの隣には茶色い田作りを置いて。ときに切れ端などをつまみ食いしながら。
「黒豆、栗きんとん、数の子……それと……えーと……」
指南書代わりにキッチンテーブルの隅に置いたパッドのウエブページを見ながら、それをお手本にして、独自のアレンジを加えて操祈スペシャルなおせち料理にするつもりなのだった。綺麗に折り詰めができるとにわかに“主婦力”があがったように思えて嬉しくなる。
「お正月までレイくんには内緒にしてぇ、元日の朝にびっくりさせるつもりだけどぉ……でも、うまく隠しきれるかなぁ、あの子、ホントに目敏いから……うふっ」
クリスマス休みに入ってからというもの、レイは毎晩、彼女の部屋を訪れてくれていたのだ。
イヴとクリスマス当日は明け方まで一緒だったが、それ以降はきっかり深夜一時から二時まで、と時間を限ってのデートになっている。
「夜更かしが続くと先生の体に障るから」
そう言って少年は時間になると寮に戻っていってしまうのだ。一緒に居られるのはたった一時間。それでも「また明日――」と言えるのは嬉しかった。
たっぷりと思いを込めた口づけを交わして別れた後、独りになっても彼のことばかり考えてしまう。けれども寂しさも、またすぐに逢えると思うと逆の意味で歓びのためのスパイスになっているようなのだった。
夜になるとレイくんと逢えるっ――。
そう思うだけで、ベッドの中でいつまでもじっとしては居られないくらい心が踊ってしまうのだ。たとえ寝つきが良くない夜も、寝覚めはいつも期待に溢れていた。一日のはじまりが希望でいっぱいの、幸せな日々が続いている。
それにレイは、年末年始はずっと一緒にと約束してくれたのだ。今年は二人っきりで年越しを迎えることになっているのだった。
「年越し蕎麦も用意しなければいけないしぃ、お雑煮だって作らないとぉ……ああ、日本のお正月ってめんどくさいわよねぇ」
と、口ではボヤくが頬には満ち足りた笑みが浮かんでいる。
自分独りだと面倒でおざなりにしてしまうものが、どれもみな楽しみなイベントになっているのだ。恋人のために手間ひまかけることがかえって嬉しかった。自分ができることをしっかりやって、レイには喜んで欲しい。
いつでも自分を大切に思ってくれる心やさしい恋人のために――。
実際、ここ五日間というもの、若い恋人からは心と体の両方を丹念に、それはそれは丹念に愛されて、約束どおりにいっぱい可愛がってもらっていて、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、ますます彼のことが大好きになっている。
もっとも、可愛がる――と、言っても、毎夜、女の肉を剝き出しにされるような濃厚な愛撫を求められているわけではなく、寧ろクリスマス開け以降はレイにしては淡白なデートが続いているのだったが、それもまた嬉しいのだ。
長椅子に身を寄せ合って、互いの体の温もりを感じながら他愛もないお喋りをする。相談事を聴かされたり、逆に相談したり。その日にあったあれこれを飾らない言葉でやりとりする。男と女というよりも仲の良い姉弟のような親密なひととき。
そのくせ時折、自分に向けてくる仰ぎ見るような視線がとてもくすぐったいのだった。単なる尊敬を超えて崇拝に近く、まるで本当に女神にでも向けるような憧れの眼差しが。
あんな目で見られたら、とても粗相なんて見せられないじゃないよぉ――。
それなのに一方で、セックスの時になるとけっして妥協をしてはくれないのだ。無慈悲に思えるほど執拗で、容赦なく女の身から誇りを奪いとっていく。
こうした相反する接し方のギャップが、かみ合わないようで居てレイらしいと思えるのだった。自分へ向ける一途な愛情と忠誠心が、少年の中では結晶のように硬く確かなものとなっているのが窺えて。
こんな愛し方をされたら、きっとどんなに心の冷たい女でも情熱にとろけてしまうだろう。
今も、ふと恋人のふるまいを頭に想い描いただけだけで操祈の心と体は潤み始めていた。
スカートの前をおさえて、しばし目を閉じる。
「幸せよ……レイくん……あなたに巡り逢えて……」
はぁーっと熱い吐息を一つ。
操祈はキッチンの脇に置かれた時計に瞼を薄く開いて視線を送るのだった。長い睫毛に夜の翳りが忍び寄ってきていた。
間もなく午後九時になるところ――。
レイが来るまで、まだあと四時間ほどあった。
その前にはシャワーを浴びておかないと、と思う。彼からは止められてはいても、やはりエチケットとしてデートの前には体をきれいにしておきたかったのだ。
何もされないと思って油断していると、スカートの中にもぐり込んできて慰めてくれるときもあるからだった。
わたしのにおいが好きだなんてぇ……ほんとに変な子なんだからぁ――。
でも、恋人から自分の体臭を好まれて嬉しくない女は居ないと思う。もしそれが逆なら、泣きたくなるほど辛くて悲しい。大好きな人から疎まれたりしたら……。
以前に唯香――少女はいまや操祈にとってはただ一人の“女の悩み”相談相手となっていた――とも申し合わせたことがあったが、自分のなにもかもを受け容れられていると信じられるのは、女にとっていちばんの心の拠り処となることだった。
「唯香さんも幸せな休日を送られているかしら……みんな幸せな時を過ごしているといいなぁ……」
愛くるしい美貌には自然に穏やかな微笑が生まれていた。恋を知る前の操祈には見られなかった、ゆとりのある表情が。
一通り、既製品を他のお重にも詰め終えて、次は野菜や鶏肉などの生鮮素材の加工にとりかかる。
「煮物は今夜中に作っておいた方が、お味が染みて美味しくなるわよね……でも、お部屋に籠った匂いで気がつかれちゃうかなぁ……ま、いっかぁ……」
いよいよ今夜のいちばんの課題、お煮染めの調理に挑むことにする。
切りにくい生鮮素材を加工するときは、まずその前に包丁を良く研いでから――。
これもレイから教えられたことだった。
ただ、教えを守っていたからと言って、日頃、あまりキッチンに立つことのない操祈には、やることなすことが初体験で新発見の連続になってしまっている。実際にはテキストのレシピには書かれていないことが山ほどあるのだ。
里芋の皮を剥いていると手が痒くなってきて
「なんでよぉ――!」
と、抗議の声を発して里芋と喧嘩をしそうになる。
飾り包丁を入れてみたが綺麗な花の形にならなくて
「うーん、いいわよぉ、そんなに抵抗するのなら、こっちにだって考えがあるンだからっ」
人参との関係も緊張していた。結果、桜にならずに大半が粗切りになってしまっている。
「あらぁ、コンニャクって、こんなにおかしなニオイがするのぉ、お魚みたいだけど、大丈夫なのぉ?」
無味無臭の弾力だけの食感しか知らなかった操祈には、加工前の生臭みのあるコンニャクは予想外で、もしかしたら腐敗していたのかしらと袋の消費期限をいちいち確かめる、といった具合だった。
三の重用のお煮染めひとつ作るのも、今の操祈には難事業なのだ。
それでも素材と格闘すること一時間余り、ようやくお煮染めの形になってきて、キッチンに甘辛の香ばしい匂いが立ちこめるようになると、
「わたしだってやればできるじゃないっ、さっすが操祈ちゃん、やっぱり天才っ!」
人参一切れを味見をした操祈は大きな目をぱちくりさせて
「うん、大丈夫っ――」
自らを鼓舞するように力強い言葉にする。が、味覚も嗅覚も鋭敏な恋人のことを想うとだんだんトーンダウンしてきて
「きっと大丈夫よ……味が染みてくればもっと美味しくなる筈だしぃ、レイくんのお口に合うといいなぁ……」
ちょっぴり不安気な顔をしているエプロン姿の操祈は、夫の帰りを待ち焦がれる新妻のように初々しさと愛くるしさに溢れているのだった。