ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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大晦(おおつごもり)の人々

 

          LⅩⅢ

 

「おう、じゃあなっ」

 夏上康祐がロングシートから立上がると拳固を突き出し、レイ、純平の差し上げた拳にそれぞれコツンと重ねていく。

「良い年をね、コースケくん」

「オメーらもなっ」

「オシゴト頑張れよっ」

「うっせぇやっ純の字っ!」

 純平の挑発に中指を立てて応えた夏上康祐が明大前で下車すると、とうとう二人だけになった。

「なんか寂しくなるね、たった数日のことなんだけど」

 浜っ子の黒川田勇作は反対方面だったので駅で別れ、志茂妻真は千歳烏山で既に下車していた。

 松之崎純平とは新宿まで一緒で、そこで純平は山手線に、レイは中央線乗り継ぎとなって別れることになる。

「オマエも戻りは四日だっけ?」

「うん、三が日が過ぎて四日午後には寮に帰ろうと思ってるんだけど、コースケくんは松の内いっぱい戻ってこられないって言ってたよね」

「まぁ、アイツんちは年明け早々から忙しいみてぇだから人手が要るんだろ……俺はホントは明日にでも戻ってきてぇんだけど、誰も居ねぇンじゃつまんねぇしなぁ……」

 コースケの実家はスーパーマーケットを経営していて年末も年始もなく忙しいそうで、日頃、店の手伝いを免除してもらっている手前、正月休みはしっかり勤労奉仕させられると言ってこぼしていた。

 その他はレイを含めて三日までは実家で過ごし、四日の日曜日には学園都市に戻る予定となっている。

「おめぇらみてぇな一人っ子が羨ましいよ、俺んとこには兄貴がいっからよぉ、ナニかと絡んでくるからもーウザくウザくてっ」

「やっぱりヒサオくんのところみたいに綺麗で優しいお姉さんだったら良かった?」

「そこまで贅沢はいわねぇけどな、次男ってのは割り食ってばっかりでなぁ……兄弟の居ないオマエには分らないだろうな、まー言っても仕方ないことだけど」

「でも常盤台だし、ご両親は満足されてるんじゃないのかな?」

「まぁな、でも兄貴も広高だしなぁ……来年の進学先次第じゃアドバンテージを失いかねんというか……」

 いつもは(おど)けた雰囲気でグループのムードメーカーでもある純平が、終点が近づくにつれて次第に疲れた優等生の顔になっていった。友人の、今まで気がつかずに居た別の一面に触れて、レイは改めて人にはいろいろな顔があることを窺い知るのだった。

 もちろんそこには自分も含まれていた――。

 

 

          ◇            ◇

 

 

「……それとちくわぶも追加デ……」

 依頼人の関係者と名乗る相手との接触を終え、カイツ・ノックレーベンは独り、日本橋にある老舗のおでん屋のカウンターで遅めの昼食――早めの夕食――をとっていた。

 今回の来日目的は、そもそもあまり気乗りのしない“仕事”だったが依頼内容が何であれ、要求に応えるのがプロだ――と、割り切っている。

 ただ、そういう不本意な仕事を重ねていると、自分が消耗していくのも分るのだ。(おり)のように体の奥底に沈潜して溜まってくるものがあるのだった。

 それもあってか、ここのところ酒量が目に見えて増えていた。

 もう若くはないのだ――と、自嘲気味に思う。

 引退、という文字も頭の隅にちらつき始めている。

 この仕事を終えたら足を洗って、故郷で渓流釣りをしながらのんびりと暮らすのも悪くないのではあるまいか、と、つい柄にも無い夢を見てしまうのだった。

「珍しいねぇ、旦那みたいなのでちくわぶのオーダーをされるのは初めてですよ。外人さんがめずらしくもないここいらでも、ラーメンは良くてもおでんは苦手ってぇお客さんが多い中、とくにちくわぶなんてのは、ただぐちゃっとしてるだけ、みたいに酷いことを言われちまいましてねぇ、ウチのは違うんだけどねぇ、なかなかわかってもらえませんや……」

 黙々と箸でおでんを口に運ぶ“ガイジン”が珍しかったのか、カウンターの向こう側から五十がらみの大将が話しかけてきた。

「旦那は相当な日本(つう)と見ましたが、長いんですかい?」

「先週、また東京にやってきまシタ。八年ほど前までは学園都市に長くいまシテ」

「おや、学園都市の先生でしたか」

「いや私は警備担当デス」

「そうでしたか、あそこはいろいろありましたからねぇ……おひとつ、おつけしましょうか? さすがにもう今日は仕事納めなんでしょ」

「そうデスネ……」

 カイツはお品書きにあった日本酒のリストに目を走らせながら

「熱燗だとどれがおすすめデスカ?」

 と訊く。

「まだ日のあるうちから、あっつ熱のおでんを肴に熱燗でキュウってのは、日本人だけのもんだと思ってましたが、いけませんやぁ、旦那みたいのが、そういうのをやっちまったら、こちとらの立つ瀬がなくなっちまうってもんでさぁ」

 太り(じし)の大将は、誘いをかけておいて混ぜっ返すが、カイツがホッとするような(えびす)顔を向けている。

「賀茂泉なんかが燗にしてもスキッと辛くてあたしは好きなんですが」

「じゃあ、それをおねがいしマス」

「へいっ――」

 出てきた賀茂泉の熱燗は、仄かな酸味があってシャブリにも比肩する豊かな香りと風味があった。だが白ワインは燗などにしたらたいてい台無しになってしまうが、日本酒は舌が灼けるほど熱々にしても尚、冴える。カイツは日本暮らしが長くなるにつれて醸造酒としてこれほど優れたものは他にはないのではないかと思うようになっていた。

「美味しいデス――」

 おでんも日本に来たばかりの頃は苦手と言ってもよかったのだが、今は逆にヤミツキになっている。ただ茶色くて醤油で味をつけた塩っぱいだけの魚のミンチのシチューなど、食べられたものじゃないと思っていた筈が、狎れてくると塩味の先にある素材の複雑な旨味が(こた)えられなくなってくるのだ。それがまた熱い酒と実によく合った。寒さがこたえる真冬、凍えた体に熱々のおでんと熱燗のコンビは(すこぶ)る美味かった。

 とりわけちくわぶは、小麦粉を固めただけの単純なものだったが、その分、出汁を吸うと酒の味を引き立てる格好の肴になる。

 美味い――!

 いったんそう思うと酒の方も止まらなくなって、あっという間に三合を空けていい気分になっていた。

 さて銘柄をかえてもう一本つけようかと思った時、背後に気配を感じていきなり酔いが醒めた。しかし身を(ひるがえ)そうと思う前に先手を取られて、どうしたことか椅子に座ったままの状態で身動きを封じられてしまったのだ。ことによれば命を奪われかねないプロにあるまじき失態だったが、相手に害意が無いのが幸いしていた。何ごともなかったようにカイツの隣の席に座ると、出されたおしぼりで手を拭い始めたのだ。寛いだ様子で大将に幾つかのオーダーをしている。

 逆にカイツの方は驚愕に碧い目を見開いていた。

「あ……あなたはっ――!」

 たとえ見かけがどんなに変っていても、職業柄、一度聞いた声はけして忘れないからだった。

 

 

          ◇            ◇

 

 

「……これで間違いはないのね――?」

 山崎碧子は電話の先に念押ししてから受話器を戻した。送られてきたデータを表示するモニター画面を見ながら、デスクの上を中指でトントンと神経質そうに叩いている。

 一般には伏せられているが、学園都市中央管理区画にある人工知能には都市(まち)に暮らす二百三十万人と、出入りする全ての人間の移動情報が記録され、そして保存されていた。プライバシーへの配慮から家屋、住居等の内部についてはその限りではないが、学園都市に居る以上、何人たりとも公共の場において匿名で活動することはできないのだった。

 それは碧子とて例外ではない。

 常盤台の敷地の外に一歩足を踏み出せば、その瞬間から監視センターに逐一モニターされて行動記録を残していくことになる。何時、何所へ行き、誰と会い、そして何をしたか等、公の場であれば全て履歴として残るのだ。

 碧子がコネを介して、このおぞましい人間監視機構から入手した情報は、冬期休暇に入ってから以降の常盤台生徒、及び関係者、約二百五十名の活動記録だった。

 目的はむろん食蜂操祈と密森黎太郎の行動解析にあったが、当然のことながら調査にあたらせた者にはその件について伏せてある。今はまだその時ではないとの判断からだった。

 この非公開情報の内容確認を終えて、碧子は浮かび上がってきた幾つかの懸念から提供元に情報の健全性についての確認を取っていたのだ。

 結局、二十四日から本日までの八日間、(くだん)の二人の間には何らの接点も見つからなかった。

 これを予想どおりというべきか、予想外というべきか迷うところだ。

 たとえ操祈たちが用心していたとしても、時期が時期だけにそれらしい行動が見られるのではないかと期待していたのだが、かくも何もないとは。

 休暇中、食蜂操祈はほぼ毎日、外出をしていたが、たいていがカフェでお茶を飲みながら読書をしたりスーパーで買い物をするなど、気になる動きは一切無かった。そしてその間、密森黎太郎は学園から外へは出ていない。一方、密森某が学外へ出向く時は、一度を除いてはいつも仲間と一緒で、操祈との接点など作りようも無いのだった。また、ただ一度の例外も学園都市外へと出かけていて、その時、女教師は自室に留まったままだった。

 要するに疑わしい行動は全く見られ無かったのだ。

 そして今日、男の方は女を独り残して、仲間とともに帰省のために都市(まち)の外へと出かけてしまっている。

「用心した、ということか――」

 うっすらと落胆を覚えてひとりごちた。

 確かに、監視を疑えば行動は抑制されるだろう。紅音に仄めかすのが少しばかり早過ぎたかと自身の軽はずみを今になって悔いたが、そもそも碧子が動けば、紅音が二人に諫言(かんげん)するだろうことは判りきっていたことだった。

 まぁいい――。

 と、割り切る。

 いずれ尻尾を出すだろうから。

 ひとたびセックスの甘い蜜の味を知って、いつまでも我慢ができるものではないことを同性として見通していたからだ。早晩、体が夜泣きをはじめて、男の物が恋しくてたまらなくなる。恋愛感情とは別に、女の体とはそうしたものだと碧子は現実的に捉えていた。

 恋をしているのなら尚更だ。

 だから二人の行動をモニターしていれば、遠からず不自然な接触が確認できるに違いない。

 ただ、本当にそうなのだろうかとの疑いが、どうしても晴れないのだった。

 期間中、二人の間に接点があまりにも綺麗さっぱり無かったことが逆に妙に如何わしく、猜疑心の強い碧子の疑念を呼び起こしていた。

 例えば、監視カメラのデータがハッキング等で改竄されることがないとどうして言えよう? あるいは古典的な手口だが監視カメラそのものに細工をするというのもありえるのではないのか?

 仮にもしそうなら、行動をモニターすること自体に意味がなくなってしまう。別の手を探らなければならなかった。

 こうした懸念に対して提供者側の説明は、監視カメラは単体で存在するものは一つも無く、全て周辺のカメラ映像とリンクされていて、もし外部から何らかの操作が加えられれば必ずデータに齟齬(そご)瑕疵(かし)が現れるので、それをかいくぐっての改竄も介入も一切不可能だとのことだった。

 碧子は諒解したが、内心では

 だといいけど――。

 と、冷ややかに受けとめていた。

 敵はけして侮れないのだ。かつてエクステリアを駆使して人心を操った、あの食蜂操祈だ。それを忘れてはならなかった。

 どんな奥の手を隠しているかもわからない。

「どうやら保険を掛けておく必要がありそうね……」

 碧子はつぶやくと、デスクに置かれた電話機の受話器を取って、記憶していた番号を押すのだった。

 

 

          ◇            ◇

 

 

「高桑さん、電話が掛かってきてるんですが、どうしましょうか?」

 控えめなノックの後、ドア越しに声がして高桑竜二は女の尻に彫り物も鮮やかな自分の腰を烈しく打ちつけながら、

「誰からだっ!?」

 と怒鳴り返した。

 犯していた女には既に意識がなく、ベッドのシーツは(おびただ)しい量の血で真っ赤に染まっている。

「それが、わかりません……」

「わからねぇだぁ、てめぇ何年俺の下に居るよぉっ! 名も言わねぇヤツなんかイチイチ取継ぐんじゃねぇっ」

「ただ、松川さんの紹介だって言ってたので、一応、お耳に入れておいた方がいいかと思いまして」

 その言葉に高桑の削げたような頬がピクリとなった。子供が飽きた玩具を放り投げるように、ぐったりとなった女の体を払いのけると、全裸のまま近くにあった椅子にドッカと腰掛ける。イライラしく煙草を銜えると

「入ってこいっ」

 と、ドアに向けて再び吠えた。

 現れたのは高桑とは対照的に、スーツ姿の細身で眼鏡の色白の若い男だった。

「松川の紹介だぁ? 何モンだ、そいつは?」

「よろしければ、二番をお取り下さい」

 スーツ姿の男はコードを長く引きずったまま、手にした固定電話を厳つい大男の前に差し出した。

 高桑は若い男をギロりと()め付けると、ボタンを押して受話器を取った。

「誰だてめぇっ、何の用だっ」

 威嚇する。

#高桑竜二さんですね――#

 聞こえてきたのはボイスチェンジャーによって電子音声風に変えられた声だった。高桑の怒りが爆発する。

「誰だって言ってんだよっ、てめぇっ、ふざけてるとタダじゃすまさねぇぞっ!」

 普通の相手なら震え上る恫喝だったが、逆に相手は愉快そうに笑い出した。

#まぁそういきりなさんなって――#

 と、さらに挑発してくる。

「おい白石っ、コイツの番号調べろっ」

 白石と呼ばれたスーツの青年は

「それなんですが……さっきからいろいろやって調べているんですが、わからなくて……」

「なんでだっ! こういうときのためにオメーが居るんだろっ」

「ウチにある器機を総動員してますが、どうも向こうの方が強力なシステムを使っているらしくて……」

 青年は言外に組織の規模の違いを臭わせていた。

#無駄話は済みましたか――?#

「おまえ、何モンだ?」

 高桑は、はじめて相手を警戒して声のトーンを抑えた。

#そんなことより、ベッドで血まみれになってる女、なんとかしないと死んじゃいますよ、踏み込まれたらなんて言い訳するつもりですか? フフフっ#

 ギョッとした高桑は椅子から立上がると部屋を見回した。部屋のカーテンはみな閉じている。

#ムダですよ、そんなことをしても、こっちからは丸見えですから#

「てめぇ……俺になんの用だ……」

#なぁに大したハナシじゃありませんよ、あなたが大好きなことをさせてやろうってだけで#

「俺の好きなことだぁ?」

#好きでしょ、女をさらってオモチャにするのは#

「………」

#どうせやるなら、街で娼婦を拾ったりするより、もっといい女、極め付きのいい女の方が面白いんじゃないかと思ってね#

「いったい、何の話だ……」

#興味があるなら、いますぐ下のメールボックスを見てくるといい。そこにある封筒の中に詳細が記載されているから。関心がなければ話はこれで終わりだ#

 そう言うと相手は返事を待たずに一方的に電話を切ってしまった。

「てめっ!」

 怒号は、誰にも届かないまま宙に放たれた。

「クソがっ! 畜生、ふざけやがって……おい白石っ、ここのセキュリティは万全なんだよなっ」

「ハイ、電子的多重防御がされてますから――」

「じゃあ、どうしてむこうにこっちのことが筒抜けになってるんだ?」

「わかりません……ただ……」

「ただ何だ?」

「相手が能力者だとすると、いかなる防御手段も意味がなくなるので」

「能力者だと!?」

 酷薄そうな三白眼の厳つい頬がそそけだつ。

「白石、ウチのメールボックスに何か届いてるらしいんだが、見にいかせろっ、爆発物かもわからねぇから、誰かに中身を確かめさせてからここに持ってこいっ」

 高桑は生来の動物的本能から不吉なものを感じていたが、一方で話の先が気になってもいたのだった。

「ふざけやがって……おいっ、あの女、どっかに棄ててこいっ」

 ベッドで息も絶え絶えになっている女に顎をしゃくると、汚れたままのグラスにレミーマルタンをなみなみと注ぎ、安酒のようにグイッと一口にあおるのだった。

 

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