ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
「ゔぇーっ、センパイ、もー帰っちゃうんですかぁ、今日はみんなで一緒に年越しすると思ってたのにぃ」
新入社員の近藤絵里が行かせまいとして俺の袖を引っぱっている。酔いが廻ってきたのか焦点の怪しくなりかけた目つきは、夜の街のネオンにも照らされてオフィスに居る時とは違って妙に艶かしい。
「エリちゃん、もう勘弁してよ、二次会どころか三次会まで付き合ったんだからさぁ」
課の打ち上げのランチ会の筈が、二次会のカラオケ、三次会の居酒屋と、ダラダラとケジメ無く若い連中たちの空気に流されてしまっていた。
もちろん部課長含めて妻子持ちのシニアはランチ会を終えるとさっさと帰ってしまっている。残ったメンバーで最年長なのが俺だ。俺は今日は実家にまで帰るつもりで居たので、これ以上、遅くなるのはさすがに拙かったのだ。
「だってまだ八時前じゃないッスか、川島さんっ、帰るの早すぎっスよ、もう一軒だけっ行きましょっ、俺、いい店、知ってるんですっ」
入社二年目の後輩、菅野康雄も絡んでくる。コイツは普段は大人しくて真面目、仕事ぶりも堅実なのだが、酒が入るとしつこくなるというめんどくさい処があった。
「菅野、もう、いいだろ、おまえも今までずーっと呑んでいい気分でいるんだから、頃合いを見て帰るんだぞ、今日は大晦日だから大目に見るが、真っ昼間っから酒呑んで、クダまいたあげく元日から朝帰りってのは感心しないからな」
「そんなつまんないこと言わないで下さいってば、日頃、溜まった鬱憤を晴らしてるんですからっ」
「ダメだダメだ、おい松岡っ、後は任せたぞっ」
俺は後輩の中ではいちばんの古株の松岡恵一に丸投げすると
「えー、ホントに帰っちゃうんですかぁ、信じらんなぁーい」
グズる後輩たちを尻目に
「俺ンちの実家は遠いから許してくれっ、ホラ、雨も落ちてきたし」
キッパリ断ると駅に向かって小走りになった。
ただ、私鉄とJRの駅が離れていることを忘れていたので途中、本降りとなって、道半ば、とある民家の軒先で雨宿りを余儀なくされてしまったのだ。
大晦日、いかな東京とはいえ外縁部の住宅街の路地は閑散としていて、店のシャッターはみな閉じている。傘を買おうとコンビニでもあればと思ったが、目につく範囲でそれも無かった。
結局、小降りになったら駅まで一気に走ろうと思ったが、いっかなその気配もなく、五分、十分……と、ただ徒に時だけが過ぎていき、途方に暮れた。
「ちっくしょー、ついてねぇ……ずぶ濡れになっても行くしかないか――」
そう自分に檄を飛ばしたとき、
「あの、駅まで行かれるんですか?」
そう言って道を歩いていた少女が話しかけてきたのだ。
「あ? え、ええ――」
「じゃあ、私も駅まで行きますので、ご一緒しませんか?」
そう言って、手にしていた大振りの傘を差し掛けてきた。
「あの、いいのかな? 二人だと濡れちゃうよ」
「この雨、当分、止みませんから」
「そうですか……すいません、じゃあ、お言葉に甘えて――」
こうして時ならぬ幸運と言うべきか、少女と相合い傘をする機会を得た。
一緒に歩き出すと彼女は上背もあってスラッとしていた。足元はスニーカーなのに目線は自分とそれほど大きくは違わない。茶髪のカーリーヘアにややサイズが大きめの赤いキャップを目深に冠り、丸眼鏡の濃いサングラスの下の頬は白くて新鮮だった。控えめな色あいのリップグロスも初々しい。
きっとまだ碌にキスの味も知らないのだろうな、と俺は勝手に思っていた。
スタジャンの下はつなぎらしく、絵描きのたまご、とでも言った感じで、灰色のズボンのところどころに絵の具の染みが残っている。俺の食欲を焚きつける柑橘系のコロンの体臭の他に、仄かに油絵の具の香りがしていた。
「キミは高校生?」
「いえ、まだ中学生です」
「中学生か……絵を描いてるんだ?」
「ほんのちょっとだけです。描くってほどではありません」
「いいよねぇ、自分が描きたい絵がかけるのって、うらやましいな」
「そんな大したことじゃないので……」
あまり大人の男との会話に狎れていないのか、
「バッグ、濡れないかな?」
傘からしたたる雨粒が、肩にかけたトートバッグに落ちているのに気がついて注意を促した。
「あ、そうですね、ありがとうございます」
少女は背にしたバッグを前に抱き寄せると中身をチェックしはじめた。まだ未熟だが膨らみかけた胸の曲線が悩ましい。少女を間近にしてあらためて思うが、やっぱり十代の肌は格別なのだ。肉の固さが二十代の熟れた体とはかなり違う。無垢な青い果実を前にして奮い立たない男は居ないだろう。
俺にとって、こういう年頃の娘にセックスの手ほどきをするのは、いつでも最高のお楽しみだった。自分の体の仕組みすら満足に知らない生娘が、たった一晩で蛹から蝶に生まれ変わるように変貌を遂げていくのをいちばん近くで見守ること、その手伝いをすること、この世にそれ以上の歓びはないだろう。
年が明けたら、また例のところに予約をいれるとするか――。
たった一晩に一万ドルは大金だが、逆を考えれば安いとも言える……。
いま傍らに居る、このレベルクラスの美少女のバージンを確実に食えるのだから。
まったくいい時代になったものだ。
「大丈夫だった?」
「ハイ、もともと大したもの、入ってないので」
開いたバッグの口からは、ティーンエイジャー向きの大判のファッション誌が覗いている。バッグの表面にはワッペンやらステッカーなどがたくさん貼付けてあって、ポップでファンキーなファッションへの憧れか、ちょっと背伸びをしているようなところのある素朴な少女の雰囲気とよくマッチしていた。
「こんな時間にこれからどこへ行くの?」
大晦日に、それも夜になってから中学生の少女が一人で出かけるというのも不思議な気がして訊いてみる。
「それは……」
「いいにくい? 彼氏とデートとか?」
「………」
どうやらそうらしかった。ただ、それ以上踏みこみのも可哀想だと思い、話題を変えることにする。
「僕はこれから館山まで帰るんだ。お盆以来の帰省でね」
「館山? ずいぶん遠くまでですね」
「徒歩も入れると、今からなら十一時までに帰れればいい方かな。キミはどこまで行くの?」
「学園都市までです……」
「じゃあ、僕とは反対だ」
「そうですね――」
そうこうするうちに駅に着いて、
「何かお礼をしたいんだが……」
「お礼なんて、そんな……」
「まぁ、そう言わないで……チップというのも失礼かもしれないが……」
俺は五百円玉にネームカードを添えて差し出した。
少女は固辞していたが、このままでは解放されないと思ったのかやがてどちらも受けとった。ピンク色の手袋をはめた手が名刺を目の前で読み上げる。
「ありがとうございます……グローバル證券の川島栄策……課長補佐さん……偉い方なんですね」
「大したことないよ」
それほどでもある。同期では出世頭だ。
「大きな会社ですよね、私でも社名を聞いたことがありますから……」
「何かあったら連絡して」
中学生の少女に投資話もないものだが……。
「ハイ……」
少女は頷いた。
「できれば名前を教えてくれないかな?」
「それは……」
相手が躊躇ったので深追いは避ける。
「いいよいいよ」
すぐ引き下がると、逆に相手は負い目を感じてガードを下げてくるものなのだ。
「あの、私からもお返しをさせて下さい……」
案の定、少女の方から切り出してきた。袋の中から未開封のポッキーの箱を見つけると俺に差し出してくる。
「こんなものしかなくて……」
申しわけ無さそうに言った。確かに大人の男には少しばかり扱いに困るものかもしれなかった。
「じゃあ、こうしないか? たしか中には二つパックが入っている筈だから、一つずつ、半分こにしよう」
少女は頷いて、パックの一つを俺に差し出してくる。俺はそれを受けとると、
「そこの名刺のアドレスにメールを送ってくれたら、その時はこのパックを開けることにするよ」
「えっ、そんなっ……」
「連絡、待ってるよ、差し出しに“ポッキーの美少女”って書いてくれれば分かるから、それなら名乗らなくても済むよね」
俺はそう言い残すと、とっておきの笑顔をつくって少女に背を向け、改札口の方へ歩き出した。これで落とせなければ縁がなかったというだけのことだ。勝算は半々というところか。
だが期待半分で後ろを振り返った時には、もうそこに件の少女の姿はなかったのだ。
「ハズレかぁ……まぁ、待てば海路の日和あり、だな」
ホームからの発車ベルが聞こえて、俺はエスカレーターを駆け上がっていった。
ホットパートっぽいエピソードの前の脇道です
一応、伏線、になってたりする・・・かもです