ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
LⅩⅣ
一緒に年越しができるなんて――!
レイからは訪問するのは十時頃になると言われていて、操祈は今か今かとしきりにリビングの掛け時計に目を遣っては胸を躍らせていた。
「もうすぐ……ああ、レイくん早く来ないかなぁ、もう、いつまで私を待たせるつもりなのよぉっ、大晦日なんだからぁ、寄り道なんかしてないでさっさと“帰って”くればいいのにぃっ――」
遠足前の子供のように心が浮ついた感じになっていて、幸せそうな笑顔のままクッションを胸に抱くと長椅子の上にコテっと転がる。
やがて――。
「本当に久しぶりね……時間を気にしないで一緒に居られるのは……」
ひとりごちた操祈は真顔になっていた。
レイとは四日の朝までずっと一緒に過ごすことになっていたからだ。関係を結んでからも、こんなにも長く二人だけになれるのは初めてのことだった。
まるで新婚旅行みたい――。
ふとそう思ってから、急に“初夜――”という言葉が胸に居座って、体の方が勝手に騒ぎはじめてくる。クリスマス以降、夜毎のデートはいつもあっさりとしたもので終わっていたからだった。それだって愉しいひとときには違いなかったが、操祈の女の部分は密かに熱を溜め込むかたちになっていたのだ。
今夜はきっと彼から体を求められる――。
女の弱み知り尽くした手と口に、指と舌とで泣き処を丹念に探られることに……。
あんなことや、こんなことまでされて。
肉体の感動に引きずられて心までもが動かされていた。
そして、あっ――と、思った時には女性特有の器官が潤んで、肌着を汚してしまったような感覚になっていたのだ。慌てて長椅子から立上がると、振り返ってフレアースカートを摘み上げ、みっともない染みが付いていないかを確かめずにはいられなくなるくらいに。幸い、そこまで拡っては居なかったが、
「なにやってるんだろう、あたし……」
操祈は慌てて化粧室に駆け込むと、穢れが移らないように注意して、まずスカートだけを先に下げ、重たくなった肌着をずらして便座に腰を下ろすのだった。噴水シャワーをかけてしどけなくなった部分を洗い清める。つい小一時間前にシャワーを浴びた際、清潔な肌着に着替えたばかりだったにもかかわらず、ぐっしょり濡らしてしまったクロッチの部分を怨めしげに見遣りながら。
以前にレイからは、
“先生はきっと多いタチだと思うから――”
と、言われていたことを思い出して、情けなさに自己嫌悪に陥るのだった。
『……なによぉ、多いタチって、あたしのことをまるでしまりのない女みたいに言ってぇ、憎らしいっ……』
『でもそれって、とってもステキなことなんですよ、男にとってはスゴく嬉しいこと。だって大好きな女の人が愛情深くて、感じやすい体をしているってことだから……“イイコイイコする”とそれに応えて惜しげもなく、ボクにご褒美をふるまってくれる……それを他ならぬ先生みたいな人がしてくれるなんて……もったいなくて、ありがたくて……』
『……もう……レイくんの……バカ……』
男からすると、どうということもないベッドの中での睦み言の一つなのかもしれないが、女にとってはやはり“刺さる”物言いなのだった。
「やっぱりわたし……だらしない女なのかなぁ……」
トイレの中で消沈したままひとりごちた。
「……こんなになっちゃったの、みんなレイくんのせいなんだゾっ……あたしをこんなふうにしてぇ、どうしてくれるのよぉ……責任とってよねっ……」
ぶつぶつぶつ、恨み言をひとくさり。
ようやく心と体の整理をつけた操祈は、レイの目に触れるのを意識して使うのを避けていたライナーを、今度は覚悟をきめて装着することに決めるのだった。
汚れ物を手に化粧室から出る、と、ちょうどその時である。廊下の先の玄関のドアが押し開かれて、見知らぬ少女が入ってきたのだ。
ギョッとした操祈はそのまま
“でも鍵はかけていた筈よね、だってレイくんには合鍵を渡していたんだから……それとも別の部屋の鍵と同じ仕様になっていたのかしら……そんなことってある……?……まさかピッキング? じゃあ、この
恐る恐る、
「あの……お部屋、お間違いではありませんか……?」
少女はそれには応えずにドアを締めると静かに鍵を掛けた。
カチャリ――。
その一連の動作には見覚えがあって、操祈はやっと不意の
「レイくんなのぉっ――!?」
「遅くなりました」
馴染んだ声が応える。
「なぁにぃ、その格好っ!」
ぷーっ、クスクスっ――。
噴き出してしまった。
「だから笑わないで下さいって言ったのに」
確かにレイからは、昨夜の別れしなに、けして笑わないでと釘をさされていたのだが、なんのことやらわからずにそのまま諒解していたのだった。
他人目のある時間にアパートに出入りするとなれば、何か工夫が必要なのだとは思うが、
まさか女装してやってくるとは――!
予想の斜め上どころじゃなく、想定外、埒外の行動だった。
「だって、だってぇ、しょうがないじゃないのよぉ、レイくんがレイコちゃんになってやってきたんだもん……ああ、おかしいっ」
コロコロと笑い声をあげてしまう。ひとしきりの発作が治まって、操祈は手に握っていた肌着に気がつくと、さりげなくそれをスカートのポケットに押し込んだ。とっさに代えに穿き換える理由を探して、
「ちょっと待ってて、写真を撮るからっ」
「え――!?」
「いいでしょっ、だっていつもレイくん、あたしの写真、撮ってるんだからぁっ、今度は私にも撮らせてちょうだいっ」
キッパリ厳命する。
ほどなく旧式のデジタルカメラを持って戻ってきた操祈は、しおらしく玄関で待つ“ポップでファンキーな茶髪の美少女”にレンズを向けるのだった。
◇ ◇
シャワーを浴びてリビングに現れたときには、いつものレイに戻っていた。ボサボサの髪にトレーナーの上下というラフな格好である。
「いい香り――」
少年は部屋に入ってくるなり鼻孔を膨らませて言った。
「そうお、いますぐできるから待っていてね」
リビングは温めた蕎麦ダレの食欲をそそる甘辛い香りに包まれている。
「夕ご飯はどうしたのぉ?」
「新宿駅でハンバーガーを一つ食べただけです。スケジュールがけっこう押していて」
少年はダイニングテーブルの椅子に腰掛けながら言った。
「そうよねぇ、男の人があのメイクをするんだから時間がかかるわよね……大変だったでしょ?」
「ええ、まぁ、それもありますけど……そもそも同じ都内と言っても端から端までを往復するのにはかなり掛かりますから。行って戻ってくるだけでもちょっとした旅行になっちゃうくらい」
「あら、じゃあお家では何も食べなかったのね? ご両親はまだ戻ってきてらっしゃらないの?」
「はい……なんだか忙しいみたいで……」
「さすがにあの格好は、ご家族の方たちにはみせられないわよねぇ、本当にびっくりだったわ……じゃあ、お蕎麦、多めにするわね」
「ありがとうございます……それにしても女装すると、いろんなことがわかりますね、女の人の大変さとかが……」
「そうよぉ、大変なのよ、女って」
「弱い性の側にいるってことが、どんな感じなのか体験できましたから……ちょっと頼りないっていうか、馴れているはずの街並も、夜一人で歩くのが心細かったりして……」
「そうかぁ、そういうことって、ふだん男の人は感じないものなのね……」
「とても新鮮でした……それに、いつでも男の視線を感じるのってのも、なんか嫌ですよね。見られていることを意識していないといけないって言うのも煩わしいし……」
「合格よ、女の気持ちがわかって貰えて嬉しいわ……はい、お待ちどおさま」
操祈は年越し蕎麦を二つ、盆にのせてダイニングにやってきた。
「わー、すごい、すごく手が込んでるじゃないですか」
出されたそば
蕎麦の上には、薄切りにした紅白の蒲鉾と鶏肉がきれいに盛りつけられていて、春菊なども添えられて彩りも良く美しい。香りだけでなく見た目も美味しそうに出来上がっていた。
「うん、ちょっと頑張ってみたの、食べてみて、お味はどうかしら?」
操祈もテーブルに向き合って、年越し蕎麦を啜り始めた。
「すごく美味しいです。香りづけの柚子の皮もいい感じで」
「おせち料理の余り物を使っただけなんだけど、良かった、気に入ってもらえて」
「キッチンの立ち姿もだいぶ板に付いてきましたね」
「こらぁ、生意気なんだゾっ」
「若妻らしくて、とても魅力的ですよ」
恋人の言葉に、操祈の箸がピクッと止まった。それは彼女のと胸を衝くものなのだった。
「うん――」
どこか
「ぜったいに誰にも渡しませんからね……先生のこと」
「うん……」
少年はテーブルから乗り出して顔を寄せてきていて、唇を求められているのだとわかった。
操祈も応えて顔を寄せる。
愛する人との口づけは、女にとって、いつでも心を甘く蕩けさせるものなのだった。
「愛してる……キミのこと……」
初めて“キミ”と、親称で呼ばれて、目頭が熱くなる。
「愛してるわ、あなたのこと……誰よりも……」
テーブル越しのキスは長く、互いに離れ離れになることを惜しむように繰り返し、何度も交わされることになっていた。
「お蕎麦、すっかり伸びちゃったわね……いま、新しいのを作りなおすわ……」
「いいんですこれで、幸せが伸びるなんて、とても縁起がいいことじゃないですか」
「でも……」
「おいしい出汁を吸ったお蕎麦もいいものですよ」
「レイくんがそれでいいのなら……」
「先生の手作りしたものなら、なんだってとても美味しいにきまっていますから」
「……ありがとう……レイくん……レイ……」
操祈も勇気を出して初めて恋人をファーストネームで呼んでみた。
少年はニッコリするが、
「ボクはやっぱり、レイくんって呼ばれる方が好きかな……だって、お姉さんっぽいから」
「レイくんって、もしかしてシスコン?」
「かも知れません、姉属性はあっても妹属性って全然ないみたいなので。年上の綺麗なお姉さんって普通に憧れの対象だし……男女を見ていても、ついそういうカップルの方に興味がいったりしますから……でも、ときどき先生のこと、年下に感じることもあるから……よくわからないです……」
「年下に……!?」
「こんなに美人で綺麗なのに、すごく可愛いから……ねぇ先生、後で写真を一緒に見ませんか?」
「写真って……」
「撮り溜めたものをご披露します。ボクの撮った先生の写真のコレクション」
既にいろんな写真を撮られてしまっていることは判っていた。どれもみな恥ずかしいものばかりだったと思う。
「いいけど……」
「ご自身がどんなに綺麗で可愛いか、鏡に映る自分とは違って、きっとびっくりするような発見があると思いますから」
そう言うと少年は、丼にあった蕎麦をまた美味しそうに啜り始めるのだった。
いつも閲覧、ありがとうございます
昨日は、更新するつもりでいたのですが、サボってしまいました