ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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放課後の鳩

          Ⅶ

 

「ねぇ黎太郎くん、そこをなんとかしてもらえないかな、だって私の代で予算を削られるなんて上にも下にも示しがつかないのよ」

 テニス部長の加瀬美利香はウェアのままで少年の座る机の前に立ち、おもねるように言った。

 レイの目の前には白いミニスコートから伸びる長い両脚が並んでいて、揃えた膝の間に魅惑的な太腿の隙間が覗いている。

「ですから、それについては直接、山崎会長に言って下さい。加瀬さんは同じクラスじゃないですか」

「そうなんだけどねぇ、どうもワタシ、あの人ニガテなの、こっちが何か言っても結局、言いくるめられちゃって……」

 そりゃそうだろう、とレイも納得する。美貌という点では美利香も見劣りしない――見た目は会長以上と評価する向きもあるほど――が、精神年齢からすると十歳ぐらいは違いそうなのだった。美利香は普通に十五歳のメンタリティをもった美少女だった。

「だからってボクに言われても、ボクはただ会長の指示に従ってるだけで……」

「それはわかるけど、でも九パーセントってほぼ一割でしょ、そんな大幅な予算カットって酷すぎない?」

「予算は一律で見直しをおこなっていて、テニス部だけが被るわけじゃないのでそこはご理解していただくしか……」

「でもウチはなにかとお金がかかるのよ、ホラ、大会参加費とか対外試合の部員の交通費とか、消耗品だってやりくりが大変なの。今までだってギリギリだったのに一割もカットされたら立ち行かなくなるのは目に見えているの、だからナントカ……」

 波うつ長い栗毛をかきあげてノースリーブの白い二の腕の内側と汗ばんだ腋をチラリと晒した。少女からすると自然な仕草だったのかもしれないが、少年の目には蠱惑的に映る。白いシャツの胸につくられたやわらかい陰影は膨らみの豊かさを印象づけていて、白の下着のラインもくっきりと透けて見えていた。

 いつもながら思うのは、女子用のテニスウェアというものが、どうしてこんなにもセックスアピールを振りまくような仕立てになっているのだろうかということだった。

「テニス部だけを特別扱いをするわけにはいかないんです……たとえばココですけど……」

 言いながら書類を廻して美利香が読めるようにする。

 少女は身を屈めると二重まぶたの大きな瞳が少年の顔をチラッと盗み見て、書類に目を移した。

 練習の合間だったのか美利香からはコロンのフローラルな香りの中にも健康的な汗の匂いが混じっているのが感じられて、つい操祈の汗の豊潤なにおいと比較して少年の体も生理的な反応を示してしまうのだった。

 そんな男の子の心の動きなど知る筈もなく、少女はレイが赤字で修正額を記載した部分をひとつひとつ確かめている。

「これネットの交換費用よ、だいぶ傷んできたからなんだけど、それでもダメなのぉ?」

「実はソフトテニス部も同じように予算に付けてきているんです。だから供用するということにして双方、半額ずつで十分ではないかと思うのですが?」

「だってネットの管理はそれぞれでやってきたから……」

「でも備品置き場は一緒ですよね? 同じものを二つも用意する必要はないのでは?」

「……傷み方もソフトとウチとじゃちがうし……」

「では、問題が生じた時にまた考えるというのでどうでしょう? いずれ今は予備審査で、実際に予算がつくのは年が明けてからのことですから。ただここからの増額は絶対にないのでそこはご諒解下さい。もし、予算の減額作業を自主的に行いたいということでしたら書類を持ち帰られてもかまいません」

 少年がそう言うと少女は不満そうに唇を結んだ。

「今の常盤台は有り余るほどの潤沢な寄付金や政府予算でやりたい放題ができた頃とは違うんです。学校自体が部分的に身売りをしながら経営を続けているのが実態で、テニス部の皆さんには現状の施設を使えるだけでもありがたいと思っていただかないと……専用のグラウンドが無くなったソフトボール部はいま公共の施設をつかって練習をしているんですよ。みんな頑張ってるんです、協力してのりきっていきましょうよ」

「でも……」

 少女はまだ何か言いたそうにしていた。

 目の前でミニのフレアーがひらひらしている、というのはどうにも男の心を落ちつかなくさせるもので、レイは教室の引き戸をノックする音がすると救いの神が現れたとばかりに「どうぞ」と、普段よりも大きな声をだして応えるのだった。目を遣ると、ドアのところで紅音がこちらを見ていた。

「入っていい?」

 美利香に気がつくと紅音は軽く会釈を送った。

 二人の少女は互いに黙礼をするだけで特に言葉を交わすでもなく、美利香は最後に「おねがい」と、もう一度、少年に頭を下げると逃げるようにして教室を出ていった。美少女の後ろ姿を送りながら、代わりに入ってきた紅音に

「今週だけで八人目なんですけど……」

 レイはこぼした。

「いいじゃない、綺麗な女の子たちから『おねがいっ』ってやってもらえるんだから」

 紅音は、わざと(しな)を作った声を真似てみせる。

「ボクをからかいに来たんですか? まだ未処理の書類がこんなに残ってるってのに」

 机の上に(うずたか)く積み上げられた書類の山を示した。

「あなたをからかいに来るほど私もそんなにヒマじゃないのよ」

「バレー部、水泳部、卓球部、吹奏楽部……今日中に見直しておかないと、来週の合同説明会に間に合わなくなって会長から叱られるのはボクなんですからね」

 レイは書類の山の上の方を片手でパラパラとやって読み上げながら言った。

「いよいよとなったら私も手伝ってあげるから心配しないで」

「そもそもボクは栃織さんの手伝いをする為に臨時に配置された非正規労働者みたいなものの筈なんですが、なんで渉外までさせられてるかサッパリわかりません。ドアのところに『生徒会関係者以外立ち入り禁止』の張り紙して良いですか?」

「どうぞ、効果があると思うのなら」

 ある筈がなかった。中に居るのがレイだと判っていて二の足を踏むような生徒はここ常盤台には一人も居ない。

「それといま先生に話してきたわよ、密森くんの都合が合うのなら今週の土曜日にということになったんだけど、どうする?」

 紅音は他愛もない会話の中にいきなり重要なことを混ぜ込んできて、レイは表情を一変させてシリアスな顔になった。

「本当に?」

「でもその前の日に、部屋の紹介を兼ねて先生をご案内することにしたの、もし時間が合えば密森くんも来られるかなと思って?」

「前の日って明日?」

「ええそうよ、明日の夕方」

「もちろん行くにきまってるじゃないですか」

「わかったわ、あなたはもう一人で来られるわよね。時間をずらした方がいいから4時ぐらいまでには部屋に入っていてもらえるかしら? エレベーターのパスコードは当日、教えるから」

 紅音によれば、自分がメッセンジャー役として操祈と少年の間を往復しても目立たないように、レイを庶務委員に“した”のだという。

「でもボクには栃織さんの希望を叶えるつもりはないんだけど、それでもいいのかな?」

 紅音の希望というのは、操祈とのデートのオブザーバーになることだったが、その決定権は操祈ではなくて少年がにぎる形になっているというのだ。紅音の理屈ではすでに操祈からの言質はとってあるという。

「別にかまわないって言った筈よ、あそこを使う条件にはしないって」

「ならいいんだけど……」

「でも、折にふれてお願いはすると思うわ」

「その都度、断るだけだけどね」

 誰かに見られながら操祈と愛しあうことなんてできるわけがない――。

 と、少年はこのときはまだ思っていられたのだったが……。

 

 

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