ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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徹マン〜オレンジ色の恋人たち〜

          LⅩⅧ

 

「ロンっ!」

 銜え煙草の北沢修一が、ニヤっと笑って手牌を倒した。

「リーチイッパツチートイドラドラ、ハネマンっ」

「あったー、たたたたっ、ゆるしてくれよぉっ」

 対面の下条直弥が悲鳴を上げて悶絶する。

「チックショー、ド痛ぇっ、一万二千かよぉ、おいおいおいっ」

 渋い顔で舌うちし、点棒を向かいに放ると、直弥はゲンなおしに卓から立上がった。フラフラと隣のキッチンに行くと部屋の主の渡辺敬太に冷蔵庫を開けていいかと訊く。

「ビールもらうぞっ」

「おうっ」

 いつもはシミッタレの主の方も、今夜ばかりは鷹揚なものだった。それというのも昨日の夕方に、なんと大枚十万円もの予期せぬ臨時収入を手にしていたからだ。そればかりか明日――正確には日付が変わっているので今日――の夕方にもまた十万円の現金が渡されることになっていた。まさにホクホク状態である。

「それにしても何なんだろうな、この機械……たった一晩、置いとくだけで二十万も貰えるなんてよぉ、ボロ儲けジャンよ、俺んちにも来ればいいのにな」

 直弥は缶ビールを片手にモジャモジャの頭をかきながら怪訝そうな顔をして、見なれない形をした巨大な黒い物体を眺めている。

 ソイツはキッチンの真ん中にデンと据え置かれていて、ただでさえ狭い1Kの安アパートをいっそう狭苦しくしているのだ。

「おい下条ちゃんっ、オマエ、“モノリス”を見つけた猿みたいだぞっ、ウッキッキーってな」

 コタツから磯田翔平が煽った。痩せっぽちの彼はひと一倍、寒さに敏感なのか、寒そうに炬燵布団を胸のあたりにまで引っぱり上げている。

 実際、部屋の中はエアコンだけで暖をとるには不十分なのだ。この学生アパートは高台にあるため、冬になると吹きっさらしで、きちんとサッシを締めてもすきま風が差し込んできて冷え込む。オマケに両隣は年末年始の帰省で住人が居らず、いつも以上にエアコンの効きが悪かった。

「オマエだって、コレがなんだかわかんねぇだろっ」

「まぁ、あまり詮索しない方がいいってことぐらいはわかるけどな、ナベの話を聞く限りじゃ、どう考えても曰くつきだろ、深入りすると火傷するかもしれねぇし」

「ワタナベェ、オマエもそう思う?」

「まぁなぁ、いきなりやってきて、十万出すから置かせてくれって普通じゃないし、ま、俺は金さえちゃんと貰えりゃ文句はねぇよ」

 その日の夕方、渡辺敬太のアパートの呼び出しブザーを押す者があり、少し早いが友人だろうかとドアを開けたところ、そこに居たのはスーツ姿の男が二人だった。不意の訪問者に警戒する彼に、男たちは“確かな筋”の身分証を提示しながら胡乱な輩ではないことを伝え、協力要請と報酬について提案してきたのだ。

 なにはともあれ、たった一晩で二十万円というのは、常に金に不自由をしている学生には魅力だった。

 敬太が同意するや、手付金として十万円の入った封筒を手渡されたのだ。キョービ、学生にとってキャッシュはありがたい。税金等で上前をハネられることのない真水の金だからだ。

 その後、男二人は部屋に入ってくるや手際よく装置を搬入して組み立て、セットを終えると、また明日の今頃来ると言って去っていった。その間、わずかに十五分ほど。手慣れたものだった。

「要するに、金をヤルから何も訊くな、詮索するなって話だろ」

 北沢修一はまた百円ライターで煙草の先に火を点けると、深く吸い、苦そうな顔で白い煙を鼻と口から吐き出しながら言った。

「やっぱそうだよな……」

 大晦日の夜、卓を囲む四人は、ともに聖徳工芸大の工部専門課程の四年生であり、卒業研究の追い込みもあって帰省しない在京組だった。

 それぞれ分野は違っても、みなそれなりに専門知識を持ち合わせている筈なのだが、その“物体”については何らかの発信器、あるいは受信装置だろうと想像するだけで、それがここに置かれた意味や目的を含めて全く見当がつかなかった。

 誰ひとりとしてそれに類するものを目にした者が居なかったからだ。

 似ているものを強いて喩えるとするなら巨大な懐中電灯だが、いかにも精巧そうな制震台の上に鎮座されたそいつは、見るからに重量感のある精密機械然としていて、凡そそんなありきたりなものではないことは素人でも分る。上面には何やら入力装置のようなパネル状のものがあり、懐中電灯の電球の付いている部分には、中央に直径が二十センチほどのすり鉢状の構造があって、その周りを大小多数の電球のようなガラス球――それらは恐らく一つ一つが異なる機能があるのだろう、みなサイズや形状が異なっていた――が二重に取り囲んでいる。“電灯”は、キッチンの粗末な電気コンロの先、窓の外へと向けられているようなのだが、窓のサッシは閉じられたままだった。

「なぁワタナベェ、コイツ、危ないものじゃないんだろ?」

「ああ、別に危険なものじゃないからって言ってたな、ただガラス球のある側にはなるべく立つなって言われてるから、止めといた方がいいんじゃね、知らんけど……さすがに放射線とかレーザーとか出ているようには見えないけどな……しかし、なんっつってもここは学園都市だからさ、俺らが知らねぇところで誰がどんな研究してるかなんて、わかったもんじゃないから」

「周りのヤツはPMT(光電子増倍管)っぽいんだけどな……なに拾ってるんだろうな……」

「さあな、ナオ、ソイツに触るなよ、弄るなって言われてるんだからな、金がちゃんともらえなくなるかもしれねぇだろ」

「ああ……わかってるって……」

 下条直弥はなおも気になるのか「ホント、なんなんだろうな、コレ……」と、呟きながらその周りをウロウロしている。

 と――。

「オイッ、ちょっとコレ、何だよコレっ!」

 “装置”の裏側――和室側からは死角になっていた――に回り込むや、驚きに目を丸くして声を上げたのだ。

「おいナオ、もういいだろ、戻ってこいよっ」

「いいからちょっと来てみろっ、コイツを見てみろって!」

 直弥は、一点を見つめる視線を外さずに、大きく手を振ってみんなを招いた。

「なんだよー、うっせぇなぁ……」

 三人は「さみーさみー」と、ぶつぶつ言いながら炬燵から立上がると、負けが込んだ友人に呼ばれるままに、彼のいる側に回り込むのだった。やってくるなり同じものを目撃して、そして一様に凝固した。

「な、なんだよ、コレ……」

「コレって……あれだよな……」

「ああ、それっきゃねぇだろ……」

 彼らが目にしていたのは“装置”のモニターと思われる部分に映し出されていた奇妙な映像なのだった。

 画面には黄色とオレンジのグラデーションによって描かれた、のっぺらぼうの人型が二つ、描かれている。

 それも、どう見ても、男女の濃厚な性愛場面を演じているとしか思えないものを。

 期を同じくして皆、ゴクリ――と、生唾を呑んだ。

 オレンジ色のものは人体模型のようで、さらに体の輪郭線も滲んでいて曖昧だったが、動きが実に人間臭くて、逆に妙にエロティックで扇情的なのだ。

「これ、どこかの透視画像じゃないのか? こいつってもしかして赤外線カメラかなんかなのか?」

「いや、違うと思うが……赤外線が抜けるのはせいぜ薄い布とかに限られるから」

「おお、さすが画像工学の渡辺先生」

「でもこれ、ライブっぽいんだけど……隅のカウンターは、現在時刻を示しているみたいですぜ」

「うん、どうも、そうみたいなんだよな……」

「じゃあこの装置って、つまりそういうことだったのか……」

「盗撮装置だろうな、おそらく最新式の……」

「けどさ、コイツが盗撮用の撮影装置だとして、どこを撮ってるんだろ?」

 一人がキッチンのサッシを開けて外を窺うが、近くにそれらしい建物は見あたらないのだ。眼下には雑木林が拡っていて、アパートの正面よりもやや左側、その遥か先に学園都市のビル群の灯りが見えているばかりである。

「あの辺って、どこ?」

 ビルのある方を指差しながら下条直弥が訊いた。

「緑区幸町あたりだろ、あの一番高いヤツがHMT(多摩ハーフマイルタワー)だから、あれを目印にすると、たぶん旧第七学区と八区の境目あたりだ」

「まさか、あんな遠くを狙ってるのかよ?」

「なわけねぇだろ、あそこまでは優に三キロ近くはあるんだぞ……」

 しかし件の装置の前面は、明らかにそちらへと向けられていた。

「信じられねぇな……いったいどうやってるんだろう?」

「わからん……」

 真面目な会話をしているすぐ横では猥談に花が咲いていて、すぐに全員がその話題にのみ込まれていった。

「やっぱ、ケツを突き出してる方が女だよな……」

「ああ、胸が垂れてるのが分るからな。逆に股にペニスっぽい出っ張りがあるのが見えるから、女のケツに顔を突っ込んでる方のこっちは男だな」

「年明け早々に後背クンニかよぉ」

「クンニじゃないかもだが――」

 磯田翔平が言って、

「え、どういうことっ?」

 と訊き返される。

「穴は一個だけじゃないだろ」

 翔平は平然と言い放ち、一同、卑猥な笑いに包まれた。

「ゲーッ、キモチわりぃー」

「それは相手に依る。いい女ならアリだが、ブサイクなのは勘弁」

「さすが俺たちの翔平サマだ、言うことが違う、“魔法使いの見習い”だけのことはあるぜ」

「ナニ言ってるんだよ、オマエらだって全員見習いだろっ」

「見習い同士で徹マンかよぉ……こっちの二人はモノホンの真っ最中だっていうのによぉ……年明け早々、しまらねぇなぁ」

「どうでもいいけど、ナオ、おまえ、何か触ったんじゃないだろうな」

 敬太が直弥を問いつめた。

「どこも触ってなんか居ないって、ただ、いま見たらこうなってたんだよ」

「ならいいけど、明日、文句言われて金が出ないなんてことになったら、責任とってもらうからな」

「だから俺はなんもしてねぇよ、俺もそいつ等が来る時までここに居て、ちゃんと見届けてやっから」

「あ、なんか動きがありそうですぜ――」

 それまで女の尻に顔を埋めていた男が、ベッドらしきものの上にごろんと仰向けになったのだ。オレンジ色の突起を股間でニョッキリさせているのが見て取れた。

「あれ、男の方、なんかちっちゃくね? 女の方は胸が大きくてスタイルも良さげだけど」

「おねショタかもしれねぇな」

「あるいはショタおねか――」

「男が横になったから、いよいよホンバンかな?」

 けれども女が跨がったのは男の腰のあたりではなく胸の上だったのだ。躊躇いがちなようすで長い脚を大きく割り開くと、両手を後ろに突いて上体を仰け反らせた。角度の所為で、密着部分がどのようになっているかは見えなかったが、女が腰をヒクヒクさせていて、再び、淫らな愛撫に身を投じたのが窺えたのだった。

「磯田センセ、これはもしかして、岩清水という体位でしょうか?」

「左様、もしかしなくてもそうじゃ、この二人、なかなかのスキモノと見えるわい」

「凄いな……」

「やらせてるのかな? それともやらされてるのかな?」

「それってどっち目線で?」

「どっちでもいいんだけど、男目線だとすると、やってる感? 女目線なら、やられてる感って……俺にはそう見えるんだが、違うか?」

 そのまま女も身を横たえて、二人の対格差がいっそうはっきりと窺えるようになっていた。女は身をもがかせて男の愛撫から逃れようとしているようにも見えるが、男の腕が両脚にしっかり巻き付いていてそれが許されないようなのだ。体を閉じることもできずに淫らな詮索に堪えている、といった感じなのだった。

「もしかしたら小柄なオッサンなのかもな、若い娘の体にしゃぶりつくエロオヤジ」

「でもこの体型はさすがにオッサンのものじゃないよなぁ……」

「なんか色々とワケありっぽいね」

「ここまで特殊な盗撮までされてるんだもんな……いったい誰が何のために……」

「そもそも誰なんだろうな? こんなことまでされてる二人って……」

「よほどの著名人とか――?」

「よほどの著名人か……」

「まさかな……」

「まさかって――?」

「以前、週刊誌にスッパ抜かれた記事を思い出してな……まさかとは思うけど……」

「ああ、あれか……でもあれって、結局、コラだって話で終わったんじゃなかったっけ?」

「ソレって食蜂操祈のハナシっ!? あのミスコン隠れ一位のっ! ウソだろっ!」

「あれがコラじゃなかったとしたら? 食蜂操祈は中学教師だぜ、もしも相手が生徒なら、体格差の説明もつく……」

「この“カメラ”が向けられてるのも、ちょうど常盤台のあるあたりだしな……」 

「………」

 睦み合うオレンジ色の人型を前に、いつしか四人とも口数が少なくなって、索漠とした空気に包まれていくのだった。

 結局、大晦日の深夜、元日の朝まで一夜を通して、途中、添い寝を挟んで何度か休みを入れながらも、モニターの中の二人は密やかな愛の探求に勤しんでいたのだ。

 盗撮をされているとも知らず、四人が“見て”いることにも気づかずに、無慈悲な盗撮装置の前で――。

 画像は午前六時丁度に突然、切れて、それっきり二度と表示されることはなかった。この特殊撮影装置の作動が終わったのだ。恐らく、二人を盗撮しようと思っていた者たちは、深夜から朝の間をカバーしておけば十分だと思っていたのだろう。しかし恋人たちは、まだ精一杯の情熱を見せつけていた。

 四人が目にした最後の場面では、女は、親鳥が大切なたまごを温めるように男の顔の上にしゃがんでいて、逸楽に身を揮わせている真っ最中だった。

 夢とも現ともつかぬようなショーが終わり、悶々とした気分で夜明かしをした四人は、すっかりやつれた顔をして点けっ放しになっていた炬燵に戻るのだった。

「スゴかったな……あんな“かわいい子”があんなことまでするなんてな……羨ましい野郎だぜ、あのクソガキめっ」

「もう、俺、別に驚かなくなってきた。どんな女でも相手次第で、ヤルことヤルんだってことをさ……」

 胸の大きなスタイルのいいお姉さんと、男の子のショタおねカップルということで、四人の意見は一致していたのだ。というのも、終始“男の子”と思われる方が女をリードしていたからだ。

 両足を使って女の腕の自由を奪ったり、足を巻き付かせてあられもない体位を取らせたりと、実に女の扱いに馴れていて巧妙なのだ。女の方は常に体を開かされて、身を守る術を失って責めさいなまれていた。それでも健気に男の求めに従う姿が愛らしく、のっぺらぼうでありながら魅力を感じてしまうのだった。

 リアルで会ったらどれほど可愛らしいかと想像が膨らんでいる。

「いちどもヤラずに口だけでってのが、もう……なんていうか……キツい……俺までヤラレタ感がある……」

「あいつ、インポでもないのにな……」

「よっぽど好きなんだろう、女のことが」

「それにしてもよー、なんかムカつくぜ……あのガキには……誰だか知らんけど……」

 名前も顔も分らない相手に敵愾心を抱くのは無理スジにもほどがあるが、四人の大人(魔法使い見習い)たちは美女の肉体をほしいままにできる自分たちとは異なる存在に、純粋に嫉妬を感じていたのだった。

「実際、スゲーいい女っぽいよな……もしかして、本当に食蜂操祈かもしれないよな……」

 そのつぶやきに、再び空気がどんよりと重たくなったアパートの中に、新しい年の始まりを告げる初日の出の光がカーテンの隙間から差し込んでくるのだった。

 




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