ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
LⅩⅨ
「レイくん……」
と、呼ぶと、ベッドの下で寝ていた恋人が身を起こして操祈のベッドの縁に顎をのせた。
「お呼びですか……先生……?」
「うん……来て……」
掛け布団を捲って裸身を見せて恋人を誘った。少年はやわらかに笑むと、操祈の布団の中にもぐり込んできて彼女の体に身を寄せるのだった。互いに肌と肌とを接して温もりを確かめ合った。
あと数時間もすると彼は自分の
それを思うと操祈は寂しさに胸がキュンとしてくる。こんなにも愛しあっているのに一緒に居られないことの不条理を怨めしく思うのだった。
「もうあなたとお別れしないといけないなんて……やだな……」
「明日もまた、学校で会えるじゃないですか」
「そうね……でも……」
男と女としてではなく、教師と一生徒としてだ。愛していても思いを伝えることは許されない。
少年も気持ちは同じなのか、今朝は体を求めてきた。時を惜しむように深く睦んで愛しあった後に迎えた朝だったのにもかかわらず、女の体の隅々に唇を圧し当てて、二人だけで描いた夜の名残をひとつひとつ辿っている。
また男と女の間で交わされる最も親密で愛情深い口づけになると、操祈は自分から体を大きくひらいて甘い息を吐くのだった。
たった四日間の、この上なく甘美な“新婚生活――”を振り返りながら。
異性としての少年に巡り合ってから一年あまり。心の中にあったもどかしい気持ち、好き――が、やがて愛になっていた。性愛が情愛へと育まれていき、強くたくましい根を張って互いを結びつけていく。その美しい経験を刻々、追体験しているような毎日だった。
以前から気がついてはいたものの、レイの自分へ向ける配慮、思いやりには胸を熱くさせられっぱなしだったのだ。
セックスの時には奔放になって大胆に振る舞う少年が、普段はけして節度を失わないこと、プライバシーへの察しと気配りを忘れない。それがとてもありがたくて嬉しかった。
常に彼女のことを思い、第一にしようという意思は、信念といってもいいほど強靭で、なにもそこまでしなくても、と思うことさえ彼にとっては欠かせないことらしいのだ。
例えば、ベッドで休む時――。
愛しあった後、操祈は男の胸に顔を寄せて、腕の中に包まれて、大切な人の鼓動を数えながら眠るのが好きだったが、朝、目が覚めてみるとレイはベッドには居ないのだ。驚いて身を起こすと、彼はすぐ隣の床で赤子のように丸まって眠っていたりする。訝しんで理由を質すと、操祈の安息の妨げになることを案じたからだと言う。きっとこちらが眠りに落ちたのを見届けると、サッと身を引いて絶妙な距離を取ろうとするのだろう、体を求めてくるときと同じように、一途な忠誠心には強く胸を打たれるのだった。
そうしたことは寝室だけに限らなかった。
一緒に暮らしていて改めて分るのは、恋人のけじめのある所作の鮮やかさ。それが良質な大人の男を感じさせて、精神的にも対等なパートナーであることを思い知らされている。
どんなに親しくても、女性には一人になる時間は必要だから――。
確かにその通りで、操祈も体の手入れをしている姿は見られたくなかったし、彼の前でいつも綺麗で居るためには、女にも心のドレッシングルームが必要なのだった。
そんなあたりまえのことを、少年は言葉だけではなく態度でも教えてくれたのだ。
「ここに居ますので、何かご用があればお呼びつけ下さい――」
まるで下男のような言葉遣いをして
「じゃあ……かわいがって……」と、おねだりすると
「先生からそう言われることが男にとってどんなに嬉しくて誇らしいことか……」
やさしくも情熱的な恋人になって、操祈の魂に女であることの歓びを、それも、けして忘れることのできない刻印を押しつけて行くのだった。
「やっぱり気になりますか――?」
「え、なんのこと?」
「先生がいま握っているボクの指のこと」
「あら、いえ別に……どうして……?」
何を訊かれているのか計りかねて怪訝そうにする。
操祈は無意識のうちにレイの右手に指を絡めていて、中指を握っていたのだ。
「その指なんですよ、先生の後ろのお口を犯していたのは」
意味が分かって、たちまち操祈の顔がバラ色に染まっていった。
「やだっ――あたしっ……」
熱物に触れていたかのように、手を引っ込めてから……またおずおずと繋がりを求めると、今度は男の手の強さをみせて操祈の手をしっかりと握り返してくれるのだ。
「でもいつかはきっと他の指も全部、お尻でも見分けられるくらいに仲良しになれるといいですね」
「もう、レイくんったら、イケナイんだからぁっ」
淫らな提案をされ、恥ずかしさに身を揉んで男の胸に甘える。
「……いいわよ……レイくんがそうしたいのなら……」
「ええ、ゼッタイにしたいですっ――」
少年は語気を強めて言い、是非もなかった。
事後――の睦み言とはいえ、操祈は自分の体にまた目には見えない“ご契約済み”の看板が立てられてしまったように思うのだった。
“あーあ、私の体に、私だけの場所ってあるのかしら……うふふっ……”
どんなに恥ずかしい愛撫にも、すすんで身を任せるようになった今の自分にそんなものはもう無いのかもしれないと思う。けれどもそれが悔しいと思う半面、嬉しくもあったのは、日常の
最愛の恋人の前では、なにも隠すこと無く素の自分をさらけ出せるというのは、女であることの醍醐味のひとつのように思う。
それが許される相手に巡り合えたという奇蹟――。
「でも、いまボクがいちばん欲しいのは、先生の肌着です……」
「どうしてあんなものが欲しいのぉ……?」
この提案には、いつも声に哀調がのってしまう。
「お与りさせていただけませんか?」
「……いいけどぉ……」
「ボク、先生のにおいに包まれていないと、おかしくなってしまうから……」
「もー、変な子ねぇ……」
「先生にとってはただの汚れ物なのかもしれないけど、ボクにとっては、この世でいちばん美しい女のひとの美しいにおいだから……とってもやさしいにおいがして……闇の中から救いだしてくれる……」
「……そんなこと言ってぇ、お姉さんを困らせるんだからぁ……」
最初、レイから肌着を求められた時には、じっくり検分されるかと思うと泣きたくなるほど恥ずかしかった。口づけされる以上に抵抗感があったのは、自分にとってそれが明らかに“穢れ”という意識があったからなのだろう。けれども今は、たとえ恥ずかしくても嫌だとまでは思わなかったのだった。うとましいばかりの恥臭を嬉々として纏おうとする少年が愛おしくてたまらなくなってしまっている。それは、もしかすると母性のひとつの現れなのかもしれないとも思えるようになっていた。
とても恥ずかしいが、その恥ずかしさを分かち合えるほどの親密さとは、断ち切れない強い絆に他ならない。まるで母子間の切っても切れない紐帯のように。
「じゃあ、わたしもレイくんにお願いしてもいいかしら?」
「お願い……? なんですか?」
「わたしにも、あなたのにおいのするものを残していってちょうだい」
「うーん……!?」
「男の子の証を――」
「それって……!」
レイは明らかに当惑していた。よもや操祈がそんな注文をするとは思っても居なかったらしい。
「ええそうよ、男の子の蜜よ」
少年が困った顔をするのを間近にして、操祈は胸の中で快哉を叫んでいた。ずっと負け続けていた相手から初めて一本取り返したような気分。
「蜜って言われても……男に蜜なんかありませんよ。どこをどう絞ったって、そんなもの……」
「あら、それを言うのなら女の体からだって蜜なんか出ないわよぉ」
「それは……比喩的に言っているだけで……凄く綺麗な女の人を花に喩えるように……でも男は、そういうものじゃないから……」
「それは立場の違いね――」
ピシャリと言って、相手の逃げ口上を封じる。
「わー、なんか先生、人が変ったみたいだ……」
「だってレイくん、私には何もさせてくれないんだもん、それってズルイでしょっ」
少年は再び絶句した。相手が困り果てるのをしっかり見届けてから漸く助け舟を出すことにした。
「ねぇ、どんな気持ち?」
「え――?」
「レイくんがいつも私にしてくれることを、ちょっと真似をしてみたんだけど……」
「だって、先生とボクじゃ全然ちがうから……」
「ええ、違うわね……私は女で、あなたは男……でもね、セックスに興味があるのは男だけじゃないのよ……好きな人のことをもっと良く知りたいっていう気持ちは女にもあるんだから……」
「………」
「わたしだって、レイくんの匂い、大好きなんだゾ……」
操祈は少年の胸から首にかけてキスのお返しをする。
「先生――」
「操祈って呼んで……ベッドの中に居る時だけでも……わたしたち、もう特別な関係なんだから」
「でも先生を呼び捨てにするなんて……」
「甘えないで、いつまで私一人に責任を押しつけるつもりなの……パートナーなんでしょ? 対等の」
「そうだけど……じゃあ……操祈お姉ちゃん……」
「ダメよ、それじゃイコールパートナーにならないじゃない」
「うーん、今日の先生、じゃなかった、操祈さんはキツいなぁ……」
「いいわ、それで……」
「こんなふうに先生から叱られるのも悪くないけど」
「コラコラっ、舌の根も乾かないうちにっ」
「じゃあ、湿らせてください……女神さまの蜜で……」
少年は舌をぺろっと伸ばして操祈を嘲弄する。
「えーっ、またなのぉ」
「うん、股にっ」
少年は響きを変えて語感の違いをわざと意識させるように言って操祈は呆れた。
「もう、おバカさんなんだからぁっ」
「乾いた喉を潤している間に、ボクは自家発電してますから」
「自家発電? なんのこと?」
「ひどいニオイのするものだってわかれば、先生、じゃなかった、操祈さんにも無茶なことを言ってたって気づいてもらえると思うし……でも男の場合はニオイに個人差ってあんまりないと思うんだけどな……女の人と違って構造が単純だし、そもそも無菌だから……」
「ちょ、ちょっとレイくんっ――!」
慌てる操祈をよそに少年はサイドテーブルからティッシュを何枚もつかみ取ると、また布団の下の方へと潜って行ってしまうのだった。