ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
都内某所――。
とあるビルの地下に設けられた会場に、その日は八名の男性“会員”が集い、すぐ目の前にある円形のベッドの周りを取り囲むようにして席についていた。
“観客席”とベッドの間は円筒形の特殊な偏光ガラスによって隔てられていて、ベッドの置かれた内側からは観客の姿が見えないようになっている。だが実際、客席側からすると手を伸ばせば届きそうなほど“美術品”は間近に居るのだ。もちろん“落札者”には及ばないものの、それに準じる眼福を味わうことができるように工夫されている。
ベッドの上からは煌々と照明が注がれてまぶしいほどになっていて、これからそこで演じられる“ショー”が、細大漏らさず白日のもとに晒されて、客たちの目を愉しませることができるように配慮されているのだった。逆にその夜の“ヒロイン”とされるものに対してはどこまでも無慈悲な、一切の妥協を許さない容赦のない舞台設計だった。
“艶技”の終了と同時にガラスの偏光が解かれて、哀れな“美術品”は自分の周りには観客が居て、演じた一部始終がしっかり鑑賞され消費されていたことが明かされるという残酷な仕掛けになっている。
ここはさながら、人の皮を被った
「――新年最初のオークションで、また安本のオジ貴の“糞芸”を見せられることになるとは、いささか興ざめですなぁ……」
左隣の席に居た、蠍の形をあしらった黒い眼帯を付けた男が、おもむろに桐野永二に話しかけてきた。
「“蠍座氏”、ここで実名を口にするのはご法度ですよ」
「おっとこれは失礼、“牡牛座”どの」
倶楽部の中核を担う十二名の会員たちは、それぞれが十二宮の星座を源氏名として呼び合うことが定まりとなっていて、桐野永二も牡牛をイメージさせる眼帯を付けてはいた。だが、仮面は顔を隠すというよりも会員であることを互いに確認しあう程度の意味しかなく、事実、“蠍座”が野党のさる大物議員のドラ息子であることは会員の誰もが知っていた。
たしか、もう五十近いはずだが、父親の地盤を受け継ぐほどの才覚もなく素行も不良で、中央政界入りを果たす遥か以前に地方選で連敗を続け、宙ぶらりんとなった状態のまま燻っている。表向きは父代議士の公設第一秘書を名乗っているが、じっさいは親の威光を嵩に威鳴り散らすだけの、絵に描いたようなつまらない男だった。
この倶楽部の会員に名をつらねるためには年会費が二千万円、このオークション参加フィーも一回につき百万円もかかるのだが、いったい、そんな金がどこから出ているのだろうかと思うと、自然、侮蔑を含んだ苦い笑みが浮いてくる。
「どうも最近、出品される“美術品”のレベルが落ちているようでいけません……」
「………」
「毎度、がっかりさせられることが多くて、先月は元アイドルで落ち目のグラビアモデル。落札額はたったの八百万、その前は美人女優、っていってもとうに盛りの過ぎたアラフォーで、落札価格は僅か六百万、そして今回は十代のアイドルってことでしたが、ありゃ、そもそもモノになる見込みのないお囃子止まりが見えてるようなタマで、どうみてもせいぜいが千万ってのが相場でしょうなぁ、処女ならともかく、たった一晩に千五百万なんて大金、とうてい出す気にはなれませんや。ごらんなさい、今夜は会員が三名も欠席というお寂しい状況で……」
言いながら“蠍座”は飲み物ののった盆を持って会員たちの座席の周りを泳いでいたバニーガールの一人のお尻をつかんで、きゃっ、と小さな悲鳴を上げさせた。
「どう、この会が終わったらオタノシミとシャレこまないか?」
と、スタイルのいい若い女を口説き始める。
お愉しみとシャレこまないか――だって?
いったいいつの時代のセリフだよ、とふきだしそうになりながら桐野永二は女が持ってきたグラスの一つを取って口に含んだ。軽く頷いて、満足している旨を伝える。女の方も馴れたもので“蠍座”の無作法を咎めることもなく、何事もなかったように立ち去っていった。
「なかなかいいカラダをしている、後でまた誘ってみるかな、今夜の“美術品”なんかよりよっぽど美味そうだ」
“蠍座”は女の尻をつかんだ手をいやらしく蠢かせて、背中の大きく開いたバニーガールの後ろ姿を、好色な視線で追っていたが
「“牡牛座”どのは聞き及んでおられるかどうか、ココのような秘密の会員制オークションは他に幾つもあるって噂……」
声を潜めて、また話を振ってきた。
「さあ、どうなんでしょう、私は不案内なもので……」
「いや、ナニね、安本のオジ……じゃなかった“乙女座氏”が、しょっちゅう芸を披露するのはその為じゃないかって話で」
「ほう……」
「……ここだけの話なんですがね……ウチなんかよりももっとずっといい“品”がかかる倶楽部があるそうで、そこでは現役バリバリのアイドルやらモデルやらが毎週、“出品”されているってことらしくて……たしか“土曜会”っていうらしんですが……」
“蠍座”はその秘密倶楽部の噂を披露した。過去にオークションにかけられたビッグネームの名を具体的に挙げて。ただし出品リストの質が高い分、会費も桁違いで、入会資格も一段と厳しいのだと宣う。
彼が言うには“乙女座氏”が頻繁に落札して会員たちの前で“芸”を披露するのも、運営側に自分をさらに上の倶楽部への入会を認めさせる為のアピールをしているからだろうというのだ。
殆どが事実だった――。
“乙女座氏”こと藤倉組の大幹部、安本閏貴は倶楽部側に対して再三のクラスアップを求めてきていたが“運営側”は未だその回答をしていなかった。
また俱楽部のランクには“土曜会”どころか上には上があって、もっと世界的な規模でこの類のオークションは密かに、そして日常的に行われている。
桐野永二が特別にオブザーバーとして参加を許された、準最高級ランク、“S級”のオークションで競りにかけられていたのは、なんとケイト・ハートリーだったのだ。さすがに驚きに我が目を疑ったが、もっと驚いたのは、そこで動いていた金額の大きさにだった。
著名なハリウッド女優で世界的なアイコンでもある若き美女の落札額は、桁違いどころの話ではなかった。あのサザビーズがプアメンズオークションに思えるほどだ。
世界的美人女優が、いったい、どのようないきさつで“美術品”に身を堕とすことを受け容れたのかは知る由もないが、その夜、彼女を待ち受けていたのは、思っていた以上に過酷な運命だったのに違いあるまい。会員たちの前だけで演じられる一夜限りの“舞台”が、誇り高い美女の自尊心を踏みにじる残酷なものだったであろうことは想像に難くなかった。
想像――というのは、彼が見ることを許されたのはオークションの途中経過までで、その後、彼女が実際に落札者と演じたハードコアは、残りの十一名の会員限定の“スペシャルショー”だったからだ。
おそらく程度の違いこそあれ、これまで自分が目にしてきたものと大差のないことが彼女の身にも起きたのだ。
それというのも“美術品”の落札額は、このBランクの倶楽部でも高級コールガールの数倍から数十倍にもなるからで、大枚をつぎ込んだ落札者が、元を取ろうと卑しい心根を全開に、倒錯的な行為に突っ走るのは実にありふれたことだった。
そこには出身階層や社会的地位は関係なかった。
ましてやケイト・ハートリーの場合、入札額は桐野永二が最後に見た時に、既に一億五千万ドルを超えていて、最終的にどこまで金額が跳ね上がったかは想像もつかない。
判っているのはその後、彼女は、ヒロインとして撮影も順調に進んでいた大作映画を、突然降板することになったということだ。健康上の理由と報じられているが、もちろんそれは表向きのことだろう。
心に傷を負って、果たして以前のような姿で彼女が表のショービジネスの世界に復帰できるかは大いに疑問だと、その記事を目にした時、桐野は思ったものだった。
今、目の前の円形ベッドの上では、“乙女座”を象った黒い眼帯をつけた七十近い太り肉の男が、美少女の白い体に
初めは気丈にも堪えていた少女だったが、ヘンタイ狒々ジジイの太い指に前後の穴を冒されるようになってからは見るも哀れに泣き崩れ、男の腕から逃れようと儚い抵抗を見せるようになっていった。
この後、少女にはもっと過酷なことが待ち構えているのだ。生き地獄は明け方まで、まだあと数時間も続く。そして最後には、少女の心を破壊するカーテンコールが待っている。
またひとり、アイドルを夢見る少女の運命が、無残にも打ち砕かれる場面に立ち会うことになっていた。
仕事とはいえ、馴れない――。
というより、馴れてはいけなかった。そこがここに居る“客”との違いだと彼は自分に言い聞かせている。
桐野永二はスーツの内ポケットからアップマンのコロナを一本取り出すと、ヘッドを軽く噛んで吐き出してくわえ、ジッポーで火を点けた。熱い吸気を舌の上で軽く転がしてから吐き出す。
またいつもの“乙女座氏”の得意技、“排泄強要”になって桐野永二は、小さく侮蔑のため息をつくと手にしたファイルに目を落とした。それは会場に入る際に配られ、署名を求められた宣誓書だった。会員の心得や決まり事が幾つも箇条書きにされていたが、その中で落札者が“美術品”を扱う際に守らなければならないルールは三つしかない。
1 けして傷つけないこと。但し処女を奪う行為は禁止規定に該当しない。
2 心身に看過できない影響を与える薬物の使用は認めない。
3 撮影等、一切の記録を残す試みは、これを認めない。
第一項と二項は“美術品”を守るためではなく、“美術品”が再オークションにかけられる場合に備えて価値を落とさないためのものだった。
逆に言えば、たったそれだけを守れば、後はどんなことをしても良いのだ。小道具を使おうと、大道具を利用しようと構わない。倶楽部は常に新しいアイデアに対して協力的で助力を惜しまなかった。
そして第三項について言えば、運営側までが禁止されているとは書かれていないのだ。
「やるなぁ、あの爺さん、いつもながら感心するよ――」
「まったく元気だよなぁ――」
「爺さん、ありゃまた女の子を壊しちまうつもりだぜ、ハハハっ」
居合わせた他の会員の声が聞こえてくるようになった。
桐野永二は席を立つと、何か問題が――? とでも言うように寄ろうとするバニーに、
「トイレだ」と、指でサインを送って追い返し、その場を後にした。
実際、トイレで用を足しながら
「SSSランクの最高級、“支配者”御用達のコールガールか……」
ひとりごちた。
最高ランクとされる“美術品”が、いま世界には六名ほどいて、密かに渡されたリストに載っていた。
どれもワンナイトラヴのオークションに開始価格から一億ドル以上の値がつくだろうと見込まれている、超がいくつもつくような“極上品”だった。中には王族に所縁があり、順位こそ十四位と低いものの、れっきとした王位継承権をもつ十二歳になったばかりの王女も含まれている。他、十代のアイドル歌手、うら若き天才フィギュアスケーター、美貌の海軍士官など、プロフィールに添えられた写真を見ただけでも、男であればどれもため息を禁じえないほどの美女、美少女たちだった。
そして、ここ日本にも該当者が一人居て、彼はその身辺調査を任されていたのだ。ヴァージンであれば最高ランクのまま、そうでなければ格落ちとなってリストから外される。二十二歳という年齢からすると、とっくに大人の女になっていてもいいはずだが、それでもリストに残っているのは、彼女の類稀な美貌に他ならない。
「教師か……しかし、能力者っていうのは、いったい、なんなんだろうな……」
咥えたままの葉巻に烟られて、眼帯の下の眉を苦そうに顰めて呟いた。
「まぁ力押しが無理なら、絡め手はいくらでもあるんだろうが……」
屹立して出にくくなった排尿をようやく終えると、桐野永二はスッパスッパと不機嫌そうに白い吐息を燻らせて、また醜鬼たちの居る会場へと戻って行くのだった。