ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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サイコメトラー

「飯島さん、ちょっといいかしら? わたし、中に忘れ物をしてしまったみたいなの――」

 操祈と別れた碧子は、館内に入ると図書受付カウンターにいた後輩の女子生徒に閲覧室への立ち入りの同意を取った。

 相手は碧子の姿が目に入るや掛けていた椅子から立ち上がり、恐縮した面持ちで彼女を出迎えながら言った。

「ええ、もちろんです構いません、どうぞお入り下さい、山崎かいちょ、前会長っ」

「ありがとう、すぐに済むと思うから――」

 碧子は閲覧エリアに入るとすぐに階段を上って、目指す右端の簡易キャレルに向かってまっすぐに進んでいくのだった。

 

 あの女が居たのはここ――。

 

 半開きになったアコーディオンドアをそのままに、しなやかに身を滑りこませて中へと入る。と、すぐに異臭に気がついて整った鼻梁に嫌悪のしわを作った。

 狭いキャレルの中は仄かに残るアルコールの香りに混じって、澱んだ空気の中に微かに発情した牝の臭気が潜んでいるのを感じたからだ。

 自分にも馴染みのある、そして自分とは違うニオイを。

 やっぱりあのアバズレ、こんなところで――。

 幅一メートル余り、奥行き二メートルほどの手狭な空間。正面の張り出し窓に面して横幅ぴったりのデスクが置かれ、肘掛のない座椅子があるだけの簡易なキャレル。

 美少女は椅子の背に触れて、そこに何者かの残留思念――それは操祈へと向けられた思い、すなわち操祈以外の人間が居たことを示すものだった――を感じて目を閉じた。

 さらに両手で椅子に触れ、物に残った記憶の痕跡が空間に拡散して、完全に消えてしまう前に出来る限り捉えようと意識を集中させる。

 碧子の場合、サイコメトラーとしての能力は、水系――に写し取られた思念に対しては有効に働くが、固体物に対してはあまり得意とは言えないのだった。

 今の彼女に読み取れるのは、このキャレルには操祈の他に確かに誰かがいたこと、そしてそれが男だと確信できることだった。

 というのは、感情も強ければ強いほど痕跡を残していて感じ取りやすくなるからだ。

 果たして、そこに残っていたのは、まっすぐな欲望、愛情というにはあまりにも強烈な眩いほどの情熱だった。

 つまり、

 恋――だ。

 この場に操祈に恋い焦がれた者が居たことを示していた。そして、こうした激しい感情は常に男性に特有なものなのだった。

 かわいい、大好き、大切、尊敬……。

 記憶の鋳型に残っていた思いが流れ込んでくる。その興奮と歓喜に触れ、碧子の口中にも豊かに唾液があふれてきた。そして、かすかな苦味と塩味を感じると吐きそうになって空えずきをする。ゲホゲホと咳き込みながら、ハンカチで口元を押さえて嘔吐の発作が鎮まるのを待つのだった。

 

 大した忠誠心だこと……密森黎太郎くん――。

 

 少年は、これまで碧子の手にしたあらゆる傍証から推して、操祈の恋人であることを示していた。

 彼はここに座って……。

 碧子も同じようにして椅子に座り、その時、物体にこびりついていたイメージもフラッシュバックして、ここで二人が何をしていたのかもはっきり判ったのだ。

 脳裏に描かれたのは、目の前に迫る裸の白い尻――。

 あの時、操祈はただ身を乗り出していたのではなく、やはりデスクの上に乗っていた。その状態で椅子に掛けた相手とできることは限られている。

 腰の位置が高いことからセックスをすることは不可能。だがオーラルセックスを愉しむにはほどよい加減だっただろう。それも、お尻を剥き出しにしてするような淫らな体位でのものを。

 よくもそんな恥知らずなことを――と、思う。

 食峰操祈はここで、よりにもよって、こんなカーテンのような布製のアコーディオンドアで仕切られただけの、およそ個室とも呼べない場所で教え子である男子生徒と淫らな行為に耽っていたことになる。

 その大胆さにはあらためて驚かされるのだった。

 あのセックスジャンキーのアバズレがっ――!

 碧子はデスクにも両手の掌を押し当てて、さらに思念を吸い上げようとして、 

 

 えっ!……なにっ!!!

 

 その瞬間、ここで操祈が受けていた肉体の感動の残滓が、少女の体にもどっと押し寄せてきて、火傷したかのように慌てて手を引っ込めるのだった。

 ほんの刹那のことだったが、女体の歓喜と同調してしまったようである。胸がドキドキと亢鳴っていて股間が疼き、まるで男の愛撫を待ち受けている時のようにほぐれかけている。

 

 なんなのよっ、これぇっ――!

 

 生唾をごくりと呑みくだしながら、胸の中で声を張り上げて罵る。

 よくも、よくもっ、学内でっ、アバズレ女がっ、いまいましいっ――!

 深い呼吸を何度か繰り返して、突如襲った衝動の炎をようやく抑え込むことができたのだが、それが急場凌ぎの一時的なものでしかないことも彼女には判っているのだった。

 肌着の中がじっとりとぬかるみ始めている。あえて確かめてみるまでもなく、股間がしどけなくなっていて、どうやら今夜は顕正を呼び出さないとならなくなりそうだった。

 わずかの間に女の器官が激しく揺さぶられて、そして鳴動していた。今は宥めたが、ひとたび目を覚ました欲望は、時をおくほどに嵩を増して重みを加えていき、熱を放つまではけして自由にはしてくれないものなのだ。

 そうした女体の生理を碧子は、これまでハンディキャップのように感じていて、“月のもの”を含めて、男の身体と較べると何かと負荷の多い仕様を疎ましく思う。

 だからといって性的にはマイノリティではなく、女であることの利点を抜け目なく利用もしていたが、それはあくまでも自身の肉体というものが管理しなければならないもっとも身近な資産という意味でのことであり、また他者への優越を示す上での判りやすい価値であるからなのだった。

 ゆえに、セックスを含むそれ以外の付属性質は、彼女にとってはある意味でお荷物であり、女であることの呪いでしかなかった。

 それなのに――。

 不機嫌な顔をしたままキャレルから出る。穢らわしいものから距離を置こうとするように速足になっていた。

 あの女っ……あの女はいつも、あんなことを……。

 なにより我慢できなかったのは、食峰操祈が経験したことをさらに追体験してみたい、と思っていたことだった。一瞬ではあったが、デスクに残留思念となっていた彼女のオルガスムスの鮮烈な記憶をもっと味わいたいと感じてしまっていた自分が許せなかったのだ。

 

 この私がっ、あんな女の持っているものを欲しがるなんてっ――!

 

 それは自己否定にも繋がるようなショックであり、屈辱だった。ある意味でミスコンで敗れた――順位で上回ったことが、それがただのうわべだけだったというのは、さらに彼女に屈服感を与えていた――時以上に劣等感を刺激されている。

 肩を怒らせて足速に受付前のスロープを通り過ぎようとする。

 入館した時と同じ図書委員の女子生徒から、碧子のただならぬ気配に臆したように

「会長……」

 と、声をかけられて

「ごめんなさい、見つからなかったの、他をあたってみることにするわ」

 そっけなくならないように言葉を返すのが精一杯だった。が、そのまま立ち去ろうとして、ふと足を止めた。

「館内に残っているのは私で最後?」

「はい、そうですが……」

「私がここに来てから出入りした生徒は居る?」

「会長がですか……いえ、全員のIDが退出したのを確認したのち、私以外の図書委員が館内の見回りに出たところだったので、その後は誰も出入りはしていないですが」

「間違いない? まだ、誰かトイレに居残っているとかは――?」

「いいえ、入退館はID管理をしているので、それはありえません……あの、なにか……」

「そうよね……いえ、いいの、大したことじゃないから」

 碧子は図書館の正面口を出てから、あらためて記憶を辿った。

 ここで食峰操祈と話をしている間に図書館から出てきた生徒は四名居た。いずれも女子生徒だった。中に入ってから一人、さらに受付前のスロープを上がる時にも一人の男子生徒とすれ違っている。

 だが、その男子生徒は密森黎太郎ではなかった。

 ではいったい、彼はどこに消えたのか――?

 食峰操祈が図書館から出てくる前に、既に退館していた?

 それもありえなかった。

 窓の中の操祈の姿に気づいて、あの女の不自然な容子を疑って以降、視線は常に密森黎太郎の姿を探していた筈だった。意識していようと無意識下であろうと、少年が居れば気がつかない筈はなかったのだ。

 あの場に彼が居たことは間違いない。碧子は出口を抑えて袋の鼠だった筈なのに、蓋をあけると罠の中は空っぽだった。

 なんだか狐につままれたような気分だった。

 いったい、どうやってこちらの目をかい潜ったのか……?

 

 密森くん……やっぱりあなたって、なかなか面白いわね、一度、じっくりとお話がしてみたくなったわ――。

 

 これまでは相手にこちらの動きを読まれたくなかったこともあって、密森黎太郎との接触は先送りしていたのだが、そろそろ頃合いなのかも知れなかった。

 ひとつには、先に会った操祈がなぜかこちらを恐れていて、それをおし隠そうとしていたことも気になっていた。もしも操祈が能力を取り戻しているとしたら、なぜ女子生徒の一人に過ぎない自分を意識しないとならないのか?

 

 はたして食峰操祈は、裏社会で囁かれているように本当に能力を回復しているのだろうか――?

 

 その前提こそが間違っていたとしたら……。

 ただ、正月の事例もあって軽々に判断を下すのはリスクがあった。

 安直な結論に飛びつかずに、まずは絡め手から……。

「そろそろ池に小石を投げてみるのも面白いかも知れないわね――」

 少女は独りごちると、口角を上げてほくそ笑むのだった。

 

 

 




リア充話の予定でしたが・・・
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