ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
取り乱した容子をみせるレイを、碧子は静かな拍手を贈って応えた。
「密森くんって役者にもなれそうね、なかなか真に迫る演技だわ。憧れていた先生に男が居ると判って、現実を受け容れられないかわいそうな男の子の顔、うふふっ」
「こんなこと……ありえない……だってあれはコラだったし……だからこれだってそうに決まってる……」
写真の中で、操祈は大きく膨らんだスカートの前を抑えて切なげに視線を泳がせていた。修学旅行先の奈良の旅館での早朝デートを写されたものに違いなかった。
以前に週刊誌に掲載されたものと似ていたが、画面の大半を覆っていた虫のマクロ画像が無く、操祈のほぼ全身と彼女のスカートの中に潜り込んでいる自分――スカートに隠れて灰色のズボンとスニーカーしか見えていない――が捉えられている。
「あら、先生のスカートの中でとってもイケナイことをしているのは貴男なのよ、密森くん。わたし、そのことを知っているの――」
「……そんな……ありえない……先生が、こんなことするはずがない……」
「あなたって顔に似合わず大した変態さんだったのね、ああ可笑しいっ、それがあの人の恋人だったなんて、まったくお似合いのカップルよ、うふふっ」
「……これは……きっとキミがまた何かしたんでしょ……ボクたちをからかうために……」
「あらわたし、なにもしてないわよ、だって、これはただの事実をとらえた写真だから――」
少年が知りたかったのは、他にも画像データがあるかどうかだった。動画のようなもっと決定的なものがあれば、それこそ一巻の終わりだからだ。
だが、訊くわけにはいかない。
「それ、どこかの低俗雑誌が扱っていたものなんかじゃないのよ――」
「……キミがどうしてこんなイタズラをするのか……ボクにはワケがわからないよ……」
「あれ以外にもマスコミの知らない写真があったというわけ」
「だから、もうあの話はとっくにカタがついているから、いまさら蒸し返しても……」
動揺するフリをしてかみ合わない会話で応じながら、突きつけられた事実をいかに糊塗するか、少年はこの窮状を脱する道を探して知略を巡らせている。
「それは私が回収させたものなの、修学旅行で泊まったあの奈良の旅館の敷地内に落ちていた、超小型カメラに残っていたデータから吸い上げたのよ……わかるでしょ、その写真にある灰色のズボンがうちの男子の制服だってことが……写真に記録されていたログによると、去年の十月十一日、時刻は午前六時ごろのことよ……竹林の中にある朽木の残り株の前で……」
やっぱりそうだったか――と、少年は自身の手ぬかりについて密かにほぞを噛んでいた。
よもやとは案じてはいたものの、それこそが
時を経て警戒感は薄れかけていたが、もしも一組の勝俣たちの放った盗撮用カメラ――雑誌に掲載された件の写真はそれ由来に違いなかった――に“物証”が残っていて、それが誰かの手に渡って公にされれば、操祈の関わる大スキャンダルになりかねないことは以前から危惧されていたのだ。
だからといって手を打つわけでもなく、誰も旅館周辺の徹底した捜索などやらないし、できないだろうという勝手な甘い見通しをたてて蓋をしていたのだった。
そんな致命的とも言える証拠が、もっとも不味い相手の手に握られていた。自分たちが年末年始に浮かれている最中も、碧子は追及の手を緩めてはいなかったのだ。
万事休すか――。
美少女が言うように写真のログから場所と日時が判明しているのだから、それだけでも操祈に弁明の余地は殆ど残されてはいないだろう。その日の朝、彼女が男子生徒の一人と淫行に耽っていたという事実を覆すのは難しい。状況から言えば限りなくチェックメイトに近い。
また相手をしていた男子生徒の特定も事実上なされているも同然だった。自分が早朝に部屋を抜け出したことはコースケたちを含めて既に多くの者が知っているし、そもそもわずか二十名あまりの男子の中で、毎夜のどんちゃん騒ぎの後、ようやく眠りに落ちた明け方に、わざわざ散歩に出かけようなどという奇特な振る舞いに及ぶものなど限られている。実際には恐らく自分一人だけだった。
碧子が、“知っている”と宣告するのも当然なのだ。
形勢はどこまでも非――。
ただ、わからないのは、これを公にする前にわざわざ自分に示した理由だった。
男子生徒と淫らな関係を結んでいた――という事実だけで操祈を糾弾するには十分な筈なのに、その上どうして自分などを呼びつける必要があるのか?
無駄に手数をかけるのは碧子らしくないように思う。
さっさと公表に踏み切らないのは何故か――?
当然、脅迫するためだ。カードはいつでも切れるのだから、その前に得られるものは得ておこうという算段からに違いない。
だが、それこそがこちらにとっては好都合、事態打開の付け目になるものと冷静になった。
つまりはまだ交渉の余地があるということだ。あるいは碧子の方にもカードを切りたくても切れない何らかの事情があるのかもしれない。
脅迫する側がそぐわない行動をとる場合にはだいたい、欲と、そして畏れ――と、その両方が絡み合っているものだからだ。
いずれにしても取引となれば、まだ付け入る隙はあると状況を値踏みしていた。
危機管理の際に必要なのは、常に場面に応じて温存する手と損切りの適切な見極めをすること。相手の持ち札と自分の手持ちのカードを較べて、こちらがいちばん不利な展開にならないための手立てを探る。
時間を稼ぐことで当初のダメージから立て直した少年は、手強い相手を目の前にして、落ち着いて戦略を練られるところまで態勢を整えていた。
「きっとそうだ……そうに違いないよ……こんなのディープフェイクを使えば簡単にでっちあげられるし……」
「そう言うのなら、そこに手を入れて――」
不毛な会話が何度か繰り返されて、痺れを切らせたのか碧子は洗面器をレイの前へと押しやった。
「写っているのがあくまでも自分じゃないって言い張るのなら、水の中に手を入れなさい」
裏返すと碧子がまだ確証を掴むまでには至っていないということでもあった。昨日、廊下ですれ違った際にカマをかけられたこととも合わせると、画像はこれしかないという線の方が濃くなる。
しかし、この碧子がそんなに簡単に手の内を晒すようなことを言うだろうか……?
彼女がまだ切札を残している可能性も捨てられずにいる。
「私の能力は知っているでしょ? そしてあなたには拒めない」
「どうして……?」
「だってあなたが拒めば、私はこの写真を公表することになるからよ」
それは嘘だ――と、即座に判断する。碧子はこの写真というカードを使って取引をしたいのだ。彼女が欲しい何かを手に入れるために。
いったい何を――?
「その写真がボクとなんの関係があるかわからないけど、公表したければすればいいじゃない、どうせまたフェイクだってオチがつくだけだと思うし……」
「あら、そこで争うの、案外たいしたこと無いのね。わたし、密森くんのことちょっと買いかぶりすぎていたのかしら?」
大人の女のゆとりの笑みを向けながら、少年の目の前で長い脚を組んで、スカートの中から見事な脚線美をあらわにしてみせた。
「考えてもごらんなさい、この写真がマスコミの手に渡ったときのことを……教え子を自身の欲望のために凌辱し、搾取しているとんだ破廉恥女だってことが世間に知れわたることになるのよ、そうなったらあの人はどうなると思う?」
もちろんタダではすまないだろう。卑しい好奇をあらわに殺到するマスコミと、そのあげくには刑事罰が待っているのかもしれない。
学園都市の女神は一夜にして、淫行に溺れる色情教師へと堕落させられる。
「きっとあの人は教師どころか人としても終わっちゃうわ、あなたはだいじな恋人が、そんなひどい目にあってもいいわけ? 女にとってセックススキャンダルほど恐ろしいものはないのよ。だって他のネタと違って、たった一発で人生が終わってしまうんだから……でしょ?」
しかし相手が話の中でさりげなく言葉のトラップをいくつも混ぜ込んできていることで、逆に少年は確信していた。
「でもわたしなら、あなたたちを守ってあげられるのよ。好きあう同士、仲を引き裂くなんて野暮なことをしたいわけじゃないし……ねぇ密森くん、あなたは先生のことが心配じゃないの? それにこれはあなたの為でもあるのよ……この写真の男があなただとバレたら、あなただってこれまで通りの生活ができるとは思わないでしょ? なんといっても相手は学園都市の女神とまで言われている人なんだから、男の嫉妬って、女のソレなんかよりもずっと意地汚いものだし、もしかしたら身の危険だってあるかもしれない……でもわたしなら、そういうことからも一切、あなたたちを守ることができるわ」
ここを先途とみたのか碧子は飴と鞭の両方をチラつかせてたたみかけてくる。少年は誘いに自分の心が傾くのが判ったが、それを振り払って言った。
「……本当に……先生の恋人はうちの男子で間違いないの? こんな写真ひとつでどうしてそう言い切れるのかわからないよ……そんなの信じられないから……ぜったいにありえない……」
ここに至ってもなお抵抗するレイの反応は、美少女には思いがけないものに映ったようだった。
「あの朝、たしかにボクは先生とは旅館の庭の遊歩道ですれ違ったけど……だから余計にその写真がフェイクだって思うよ。先生はただ朝の散歩を楽しまれていただけだったから……」
碧子の瞳が鋭さを増して少年を見据えていた。
「そう……あくまでも自分じゃないって言い張るわけね――」
ゼロ回答をすることには、報復として碧子が写真の公表に踏み切るリスクもあったが、それをしない方に賭けてみる。どのみち証拠写真という弱みを握られている以上、通り一遍の対応をしていては無傷では済まされないことは覚悟の上だった。一方、取引を始めるにあたって指値をつり上げておくのは当然のことでもある。
「話はそれだけ――?」
と、席から立ちあがる。あるとすれば、ここからが本当の交渉の始まりだった。
「密森くんは、それでいいの?」
目論見が外れたのか碧子の顔にはあきらかに当惑が窺えて、少年はまずは前哨戦、賭けには勝ったようで安堵していた。
「ボクは別に隠し事なんてしてないからキミに心を読まれても平気だよ、でもやり方が気に入らないんだ。脅迫されているみたいで……そういうのって一度、屈すると際限がなくなるものだから」
「そう、わかったわ……出て行くのは勝手だけど……」
碧子も肘掛け椅子から立ち上がると、再びパソコンのあるデスクへと足を向けながら言った。
「……でも……その前にこれを見てからにした方がいいと思うわ……」
「まだ何か……?」
読み通り、相手が伏せていたカードの一枚を開こうとしていた。やはり切札は今の写真だけではなかった。はたして何が出てくるかと、レイの心中は不安と興味とが綯い交ぜになっている。
「こっちへ来て、密森くん……」
少年は招かれるままに美少女の後に従った。
「ここに掛けて」
椅子を回してレイに勧め、少年は「いいの?」と目で尋ねていた。碧子は肩を軽く竦めて配慮に応えた。
白く美しい手が少年の目の前で優雅に動いてキーボードを叩く。動きに合わせるように纏っている体臭が匂って、少年は少しばかり罪障感を覚えながらも鼻腔を膨らませていた。上質なコロンの香りが爽やかに甘い。
「今からお見せするものは絶対に口外無用よ、と言ってもあなたが吹聴するとも思わないけど……もちろん、なつきにも見せていないわ。それどころかこんな物があることさえ、あの子には教えていないから……この
指先がリターンキーを押す。
と――。
モニターにいきなり衝撃的なシーンが映し出されて息を呑んだ。
開かれた長い脚を大事そうに両肩に抱いて、女の股間に顔を埋めている男の子の顔がアップになっていたのだ。曇りガラス越しの映像のように画面の全てがボヤけていたが、少年にはひとめ見てそれが自分だと判るのだった。
女のふんわりとした飴色の草むら、わななく白い下腹部の肉。どんな深刻な事になっているのか、惨い仕置きに堪えかねた女が腕を伸ばして、少年の顔をそこから追い出そうとすると、男の手はそれを払いのけて無慈悲にも両手の自由を奪う。指と指とを交互に絡めてしっかりと握りあい、女の体を淫らな性戯から逃れられないようにしていた。
両脚を閉じ合わせようとして果たせずに、せつなげに開かれた長い脚が描いた扇の要に、陵辱者の顔がぴったりと密着して白い肉と一体となっている。
ここで碧子の指が画面に触れて映像を拡げた。そうすると女の全身も見えるようになるのだった。
寝乱れたままの長い金髪、淡い桜色の乳暈のひろがりも官能的な、みごとなまでに豊かな乳房が、体が反応して波打つたびに表情を変えて、官能の淵に呑み込まれていく女の身のはかなさと哀しみとをうったえているようだった。悲嘆の声を発するように大きく開かれる口もと。
セックスの場面で泣かされるのは、いつも弱い性である女の方なのだ。
男の手を握る女の手にしっかりと力が込められているのが窺える。身に受ける辱めを恨み続けながら、流されまいとするように必死にしがみついている。
愛しながらも憎み、畏れながらものめりこんで行くしかない女の運命がそこに凝縮されていた。
食峰操祈という類い稀な女性であるからこそ、彼女の示す性愛の姿は、その一瞬一瞬が心を奪われるほどに美しかった。
曖昧な映像には違いなかったが、他ならぬ自分たちが演じる交歓場面を初めて目の当たりにして、少年の股間は勃起している。
「なかなか感動的なシーンよね……二人がとても愛し合っているのがよくわかるわ……」
耳元に乾いた声が囁いて、レイはごくり、と喉を鳴らしていた。
「こんなことが、まだあと何時間も続くのよ……もちろん休み休みだけど……でも彼女はどんどん凄いことをするようになるの。わたしも初めて見たときにはびっくりしたわ。だって、あのお美しくておやさしい食峰操祈先生が、あんなに恥ずかしいことをしているなんて、普段の容子からは想像もできなかったから……でも密森くん、あなたはよく知ってるわよね、だって当事者なんだから」
誤字等、いくつかの誤りの修正をしました
申し訳ありませんでした