ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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午後のホームルームで・・・

「ねぇ、どうしてそうなっちゃうのよぉ」

 窓際で成り行きを見守っていた操祈は、また事態が自分の意思を離れてひとり歩きをしている状況に不満を漏らすのだった。

 午後のホームルーム、その日の議題は昨日に引き続き卒業式の後に行われる送別会の出し物について。

 昨日は生徒会起案の企画の幾つかについての質疑と賛否が問われ、生徒たちからは“プロム案”に賛意が集まっていたものの、その付帯事項に

『ただしミスコン参加者はペアとなる相手をあらかじめ抽選により選出しておくこと』

 との一文が添えられていることに目敏く気がついた操祈が意味を尋ねたところ、

「もちろん先生もミスコンに参加されていたので該当します。少なくとも事前に選ばれた生徒……これは男子に限らず女子になる可能性もありますが、その方と当日、ダンスをしていただくことになります」

 との回答を紅音から得て、これにひとり強く異議を唱えたのだった。

 教師である自分が生徒に混じってダンスを披露するのは如何なものか?

 という、当然の懸念を伝えたつもりだったのだが、生徒たちからの反応は実に冷ややかなものだった。

「えー、なんで先生だけ特別扱いされるんスか?」

「教え子と踊るのがそんなに嫌だったなんて……あたしショックですぅっ」

 ざわざわざわざわ――。

 たじたじとなる操祈に、クラスを代表して委員の紅音が

「では生徒会に持ち帰って操祈先生のご意見も踏まえて検討しなおした上、あらためて明日午後のホームルームで決をとり、二組の総意としたいと思います」

 と、とりなして一旦は棚上げということになったのだ。

 そして今、生徒会から再提案されたのは、生徒たちから二番目に支持を集めていた全員参加のバンド演奏によるクラス対抗戦で、こちらは紅音が諮ったとたんに賛意を得、つづく採決によって全会一致で可決されて、これには操祈も異を唱えることはなかったのだった。

 企画案にもこれといって特に問題となるような付記もなく、これなら――と、いうわけで……。

 その筈だった――。

 内容は、クラスごとに五名程度のバンドを五組編成し、演奏後の喝采の大きさから支持の多寡(たか)を定量化して判定、最も評価の集めたクラスから一組のバンドチームを選び、最後に勝者としてオーラスの演奏を行うというものである。

 楽器の扱いが苦手な人に対しては、制限つきながらもデジタル機器の使用も認められていて誰もが参加できるように工夫されていた。

 そつがない――。

 つまりクラス単位の総力戦であると同時に、クラス内でもコンペティションがあるという仕掛けで、生徒たちに共闘心と競争心を喚起していた。

 目標を達成するために個々の能力をひきだし、いかに組織としての出力を最大化させるかが問われる一方で、チーム戦、個人戦も並走させていて、そのバランス配分に知恵が問われるという、なかなか“味のある課題”なのだ。

 統率力のあるリーダーがグランドデザインを描き、そのプランに従って効率的にゴールを目指すか、それとも個々人の自由な能力の発露に重きを置くか、クラスごとの特色も現れそうだった。また一人一人にとっては、いわば社会の中で各自の個性に合わせて実力を発揮し、生き抜いていくための所作をシミュレートするという面もあり、賢明な常盤台の生徒たちが好みそうな企画である。

 実利を排し純粋に名誉をめぐって競うというのも気が利いていて、いかにも彼女たちらしい、と操祈も感心していたのだ。

 ところが――。

「あの……楽器の扱いについてはチームを編成する際に上手く分担させる必要があると思うのですが、リードヴォーカルはどうしたらいいのでしょう?」

 女子の一人が挙手して紅音に訊いた。上田由香奈だった。大人しくて普段はあまり目立たない少女で、質問に立つだけでも心許なげな容子でいる。

「どうしたらというのは――?」

「リードヴォーカルというのはバンドの華なので……歌唱力だけでなくルックスとかもコンペティションで勝敗を分けるカギとなるものだと思うのですが……そこでいきなり差がついてしまうと、たとえばそうじゃない人がやったら、出落ち感というか……バンド以前に入り口のところで公平性に欠けてしまうのではないかという……」

 たどたどしい物言いだったが少女の懸念は、バンドの出来がヴォーカリストの見栄えで決まってしまうのだとしたら、コンペの趣旨に反して不公平になるのでは――?

 ということだった。

「はあ、確かにそうなるかもしれません……」

「その不公平感を解消するために、あらかじめヴォーカリストを統一して決めてしまうというのはどうでしょうか?……例えば誰か一人に全部のヴォーカルを任せるというのはいけないのですか?」

「ああ、そういうことですか……ルール上それは問題ないと思いますが――」

「じゃあ、一人が五つのバンドのリードヴォーカルを掛け持ちしてもいいんですね?」

 念押しする。

「全員参加なのでバンド構成員の入れ替えは認められませんが、ヴォーカリストについては特に規定はなかったと思います」

 普通に考えればクラスでいちばん歌唱力のある生徒を前面に押し立て、そつなくポイントを稼ぐのが良さそうに思える。しかし評価はあくまでも喝采の量である。

 観客は必ずしも歌の巧拙だけで支持するわけではないだろう、いかに心を掴むかにかかっていた。手持ちのエンターテイナーを上手く使いこなして聴衆にアピールするという、まさにプロデュース力が問われているとも言えるのだ。

 このクラスで一番、歌の上手な子は……。

 操祈は生徒達ひとりひとりの顔を見回していたが特には思い当たらず、二年以上も近くに接していながら自分が教え子たちのことをよく知らないでいることに、うっすら忸怩(じくじ)を覚えていた。

「いま、ここでリードヴォーカルを選んでしまうというのはどうでしょうか?」

 由香奈がおずおずと切り出し

「どなたか立候補される方はいますか――?」

 紅音が一同に問う。

 しーん。

「他薦でもかまいませんが」

 操祈も興味を覚えながら生徒達の容子を窺っていた。しかし、話は彼女にとって予想外の方へ転がる。

「じゃあわたし、ヴォーカルは操祈先生にお願いしたいと思います」

 誰かがそう提案したのだ。

 へ――?!

 操祈が当惑する間もなく、生徒たちは、

 あ、その手があったか――!

 と、ばかりに一斉に賛意が示され盛大な拍手となって、一同、期待の眼差しで操祈に注目していた。

 それを受けた反応が、先の抗議の言葉である。

「どうしてあたしが歌うことになるのよぉ、あなたたちの送別会なのにぃ、私はただ見送る方でしょっ」

「え、なんで先生はそんな余所事目線で居られるんですか? 可愛い教え子が巣立っていこうっていうのにっ」

 コースケが痛いところを突いてきて操祈は、ぐっと言葉に詰まる。

 それでも――。

「だって、わたしは教師でぇ、あなたたちの企画に立ち入るなんてできないわよぉ、そうでしょ? 紅音さん」

 救いを求めた。

「教職員がバンドに参加するのは、生徒たちによる――と、記載されているので推奨されませんが、ヴォーカル参加の可否については特に規定はありません」

「推奨されないって……」

 紅音は例によって、争点をずらしてそっけないのだ。

「だってヴォーカルだってバンドの構成員になるでしょ」

「ここでいうバンド、とはあくまでも楽器を演奏する奏者、と規定されています。企画書の第四項にそのような記載がありますので、そちらをごらんになって下さい」

 操祈が手にしている書面を見ると確かにそう記されていた。

「そんな――」

 操祈が渋ると

「先生! お願いしますっ!」

 の懇請の声が上がった。

 それをきっかけに、

 お願いですっ――!

 お願いですっ――!

 の、声が教室内に一斉に飛び交うようになるのだった。

 操祈にとっては、一瞬でまさに四面楚歌の展開になっている。

 騒然とする中、小柄な女子の一人が立ち上がって意見を述べた。田野倉美麗だった。

「だって操祈先生だったら、どんな拙い伴奏でも、何を歌っても絶対に拍手喝采を得られるし――」

 当初はメインであったはずのバンド演奏が、伴奏――になってしまっている。

「先生は私たちにとっての切り札なんですっ、それを使わないなんてこと、絶対にありえないです」

 美麗はきっぱりと言い切ってやんやの喝采を浴び、みんなの支持を得てまんざらでもない顔をしていた。さすがに新体操部、周りの目を惹きつける術は心得ていた。

「先生を使わないってのは、まぁ将棋で言えば車角落ちでやるようなもんだから、そんなハンデ戦をやれるほどウチらに余裕はねぇよなあ」

 純平も将棋部らしい言い回しで美麗の後押しをする。

「一組にはあの山崎さんが居るし、実行委員の河内くんが居る三組もあなどれません。正面からだとウチらにはまず勝ち目はないでしょう、先生が自分の受け持ったクラスが、最後の最後でまた負けてもいいって言われるなら仕方ないので諦めますけど……でも、あたし、やっぱり悔しい……」

 篠原華琳が女子一同の声を代弁するように言って、また拍手が澎湃(ほうはい)としてまき起こり、大きな賛同を得るのだった。

「そんなことないわよぉ、あなたたちはみんな賢いし、とても素敵よぉ、私の自慢の教え子たちだわ」

「先生の身びいきバイアスのかかった主観評価はこの際、横に置くとしても、大切なのは操祈先生を含めて私たちクラス全員の力の集中です。それとやはり難しいのは役割分担でしょうか? 客観性を伴った適切な自己評価は先生を含めて誰もが苦手とするものなので」

 こういう時には舘野唯香も、あっさりと生徒側に行ってしまって“ちっとも――”アテにならないのだ。

「役割分担というなら、具体的には能力の劣ったグループに被害担当艦を任せるとかは必要かもしれませんね、また今後は情報管制も徹底しておかないと」

 二組男子筆頭、市ノ関克己がメガネを煌めかせて言うと、

「おいっ市ノ関っ、能力の劣ったグループっていうのは俺らのことかよっ」

 さっそくコースケがかみついた。

「自覚があるんだったら助かります」

「てめぇっ、喧嘩売ってんのかっ」

 男子の言い合いになりかけたところで、

「では、あらためて決を取ります――」

 栃織紅音が宣言した。

「二組の出し物は、先生をリードヴォーカルに統一した、食峰操祈先生リサイタル、ということで宜しいでしょうか?」

 リサイタル――っ!?

 いつのまにか操祈の意向をよそに既成事実化していた。

 まるであらかじめシナリオでも用意されていたかのように、トントンと話が前に進んでいる。

「えっ! ちょっと待ってよ、あなたたちっ、また勝手にっ!」

 と、抗議を口にしてから、やられた――と、思う。

 実際、操祈のあずかり知らぬところで、生徒会が送別会の企画を検討した段階から二組では栃織紅音、舘野唯香などのクラス女子の顔役を中心に、いかに操祈を引っ張り込むかを巡って密かに謀議が重ねられていたのだった。

 いまや実質的な生徒会のドンとなった紅音によって企画書の文言は見かけ上穏便なものに整えられ、これに首尾よく操祈が同意した段階で外堀は埋まっていた。

 後は大阪夏の陣――。

 上田由香奈がまずは口火を切り、それに田野倉美麗、篠原華琳など、唯香の仲良したちを矢継ぎ早に押し出してクラスの空気を盛り上げれば、さしもの美教師といえども抗えまい、という算段だった。

「あたし歌なんて歌わないわよっ!」

 の、はかない抵抗は、唱和する

 異議無し――!

 の、声とともに大きな拍手によってかき消されていた。

「わたし、最後に先生とバンドがしたいです……」 

 いちばん前の席、操祈のすぐ側に座っていた女子がそう言って瞳を潤ませながら、彼女を見上げていた。

「芳迺さん……」

 操祈は諦めてため息を吐くことしかできなかった。

 かくして、『操祈リサイタル案』は採決されて無事通過――。

 それでも、まだ納得できなくて不平をこぼす。

「だって、だっておかしいじゃないっ、どうして私がみんなの前で歌わなきゃならないのよぉっ」

「そもそもカラオケパーティをするって言い出されたのは先生じゃないですか」

「でもそれと講堂でみんなの前で歌うのって、全然、違うじゃないっ」

「質的には違いませんよ」

「違うわよぉっ!」

 訴えながらもカラオケの件は認めるしかなかった。

 小テストの結果は一組と二組は全員満点で、また条件が悪かった三組も追試で満点となって、結局、操祈主催の全組合同のカラオケパーティということになったのだが、学園都市内に八十名もの大人数を受け容れ可能な会場が見つからずにペンディングとなっていた。

 その負い目を突かれ、生徒たちから逆手に取られた形になっている。

「民主主義って、少数派の意見にも耳を傾けて、それを汲み上げようとしないと弾圧になるでしょっ」

「ですから先生にも、今こうして貴重なご意見をお伺いして反映させようとしていたわけで」

 紅音がとりなす。

「だから私はイヤだって言ってるのに――」

「なんでもかんでも嫌だって、子供みたいにダダをこねられても困るんです。いやしくも生徒たちを教導すべき聖職者たる操祈先生には、常に私たちの範となるという気概をお持ちになって、決まった以上は小異には目をつぶり大同に従っていただかないことには世の中は上手く立ち行きません。誰もが多少の忍耐を分かち合うことでこの民主社会は成り立っているのですから」

 こういう時には唯香は容赦がなかった。

 理論武装に長けた生徒たち――。

「それとこれとどういう関係があるのよぉ」

「昨日、ダンスパーティはどうしてもお嫌だって言われたので、仕方なくこうしたことになっているんです」

 唯香からきっぱり引導を渡されてしまった。

 共謀していた少女達の間では、プロム案も実は釣り餌で、操祈が異議を唱えるところまでは予定通り、本丸はこちらの『操祈リサイタル案』の方なのだった。

 全てはクラスのワル――たちの描いたとおりの展開になっていた。

「あーあ、本当はプロム、したかったんだよなぁ、オレ」

「女子とダンスするなんて、これを逃したら一生、無いかもしれないしなぁ……」

「先生の所為ですから、責任、取ってください」

 あげく男子の悪ガキどもからも嵩にかかって責められる始末。

「罰としてオレとデートしてくださいよっ」

「どさくさに、ずるいんだゾ、それってぇ――」

 コースケがおどけて頭を掻いて、二人の毎度のやり取りを見ていた生徒たちの間に笑顔の輪が拡がっていった。

 かくして操祈は三月末、卒業式後の送別会で、リサイタル――を開くことになったのだった。

 

 

 金曜日の放課後――。

 まんまと生徒達の計略にはめられて、また要らぬことを押し付けられたかたちの操祈はがっくり肩を落として教員室に戻ってきた。

 ひと前で歌を歌うなんてことは子供時分を除けは、ついぞ記憶になかった。それがいきなり講堂で聴衆を前に歌わせられるなんて、いったいなんの罰ゲームなんだろうと思う。

「どうかされたんですか?」

 隣の野々村凛子は怪訝そうな顔をしていて、いきさつを話すと

「やっぱり食峰先生は生徒さんたちから愛されているんですね」

 と、感心される。

「ただあたしをオモチャにしたいだけなんです、ホントにあの子たちったら……」

「そうでしょうか……きっとみんな、先生との別れが近づいていることが寂しいんだと思いますよ。だから思い出作りのために一緒に何かしたいんじゃないかと……」

 たしかに操祈もそれを感じてはいる。

 ただ、大勢の人の前で歌う、というのは自信がないのだ。

「きっと先生だったら大丈夫ですよ」

「凛子先生は他人事だから、そんなふうにおっしゃれるんです、わたし歌なんて……」

「だって先生、時折、ひとりで歌を歌われていること、あるじゃないですか」

「そんなことあったかしら……?」

「外国語の歌詞だったのでよく聴き取れなかったですけど……とっても優しげなきれいな旋律だったので、いつか機会があったら曲名とかを伺おうかなって思っていたんです」

 言われてから思い出した。

 自分がリラックスしている時などに、つい自然に口をついて出てくるメロディーを。

「聴かれてたんですか……あれは……タイトルもわからないような変な歌ですから……恥ずかしいです……」

「そうなんですか?」

「ええ……」

「歌詞は英語ではないですよね……ドイツ語……?……でもちょっと違っていたような……わたし、語学は英語がなんとか使える程度で、二外以降は全然ですので……」

 凛子は謙遜するが英語はほぼネイティブ、その他、独語と仏語もこなし、ラテン語の文献まで読みこなせることを操祈は知っていた。

「どんな意味の歌なんですか?」

 と、問われ、どう答えたものか迷ってしまう。

「あの、伺ってはいけなかったのでしょうか……?」

「いえ、そうじゃないんです……実は私も……意味を全然知らなくて……幼い頃に大祖父(ひいおじい)さまから教わった歌なんですけれど……でもその曽祖父にも意味はもう誰にもわからないと……」

「そうだったんですか……」

 凛子は目を丸くして頷いた。興味深げに操祈の顔を見つめている。

「ずっと昔に滅びてしまった言葉だそうで、口伝えにして一族の間では受け継がれていたらしいのですが……もう誰も使わなくなって、意味さえも分からなくなって……ただ子供が生まれると一族の長がその子に教えてきたとか……誕生を祝福する歌だとか、健やかな成長を願う歌だとかみたいですけど、よくわかりません……」

「なんだかとても神秘的なお話ですね……」

「……そんな大した意味があるわけじゃないと思うんですけれど……」

「でもとても素敵な歌だと思いますよ……もしよろしければ、今度、私にも教えていただけませんか……?」

 躊躇いがちに言う。

 操祈が「いいですよ」と軽く請け合うと、逆に凛子はちょっと驚いたような顔をする。

「本当にいいんですか?」

「どうしてですか?」

「だって、一族の皆さまだけの特別な祝詞(のりと)のようなもので、大切にされているものかと思ったので、断られるかもしれないなと……」

「……むしろ誰にも歌われることがなくなって、消えてしまう方が寂しいです……きっと私の代で途切れてしまいますから……」

「そんなことありませんよ、先生も赤ちゃんを産んでお母さんになったら、子守唄にして伝えられるじゃないですか……」

「そうですね……」

 操祈はレイのことを想って、ほんのりと頬を赤くする。

 だが、彼の子供を作るということにはリアリティーを感じなかった。

「さすがにまだお早いですか?」

「え――!?」

 恋人の若さを指摘されたように感じてびっくりしたが、そうではないようだった。

「二十代初めに第一子を産むというのは、母子ともにいちばん良いとか言われているらしくて……」

「そうですね……でも私はその前に相手を見つけないと……」

「え!? お交際(つき)あいされてる方、いらっしゃらないんですか?」

「ええ……」

 嘘を吐くのは後ろめたいが、相手が相手だけに仕方がない。

「そうですか……」

 凛子はそれ以上、立ち入ろうとはしなかった。

「わたしもです……だから両親は心配していて……」

 その言葉に操祈は驚いたが、彼女が嘘を吐いているのは窺えた。それで、互いに人には言えない恋愛事情を抱えていることを感じ合ったのだと判ったのだった。

 コンコン――。

 教員室のドアが控えめに叩かれた。

 凛子が衝立から半身を覗かせて「はい――」と応じる。

 空気が重くなりかけていたところに折良く水を差された形になって、凛子との話はそれまでになった。

「なにかしら?」

「あの、操祈先生は……」

 声は舘野唯香のものらしい。

「いらっしゃるわよ」

 操祈も椅子を動かして、衝立の陰から顔を出す。細く開いた扉の隙間に教員室内を恐る恐る窺う少女たちの顔が見えていた。唯香と上田由香奈、それに篠原華琳の三名である。

「なぁに? 入ってらっしゃい」

「いえ、ちょっと……」

 どうやら教員室内では話しにくいことらしく、操祈は自分から席を立つと廊下に出ることにした。外には三名のほかに田野倉美麗、小田切芳迺、安西遥果の姿もあって

 彼女が現れると、六人の少女たちは深々と頭を下げるのだった。

「先生、ごめんなさい」

 と、声を揃える。

「あら、どうしたの?」

 操祈は訊いたが、少女たちが何を謝っているのかはすぐに察しがついた。

「やっぱり、あなたたちだったのね……」

 先のホームルームで操祈をヴォーカリストに嵌め込むという画策をしたのは、他ならぬこの少女たちなのだった。

 それに……。

「紅音さんも、そうよね? 一枚かんでるんじゃなくて彼女が黒幕?」

「やっぱり判っちゃいますか……」

 唯香がすまなそうな顔をしている。

「だって生徒会がらみとなれば、まずクラス委員を疑うでしょ? 企画書に罠をしかけるなんて悪知恵を働かせるのは……」

 操祈は苦笑した。

「それで私たち、どうしても先生がお嫌なら、ヴォーカルの件は辞退されても構わないってお伝えしようと思って……」

「もういいのよ、そのことは……わたしも覚悟を決めたから……」

 操祈がそう言うと、六人の少女たちは喜びを素直に表して、小躍りをして手を叩いていた。

 自分が最初に送り出すことになる生徒たちとの思い出作りとなれば、やむをえないとも思うのだ。少女たちが破顔するのを間近にすると、ますますその決心を強くせざるをえなくなる。

「それで先生っ、お詫びついでに、もうひとつお願いがあるんですけど……」

 いちばん小柄な美麗が言った。

 言葉の選択が微妙にあやしかったが、それも含めて少女らしい愛嬌がある。

「あら、なぁに?」

「リードヴォーカルをするとなると選曲も大事ですよね、歌いやすい曲とか、好きな曲とか……」

「そうねぇ……」

「それで私たちこの後、カラオケに行って下調べしようと思っているんですけど、もし宜しければ先生にもご参加いただけないかなと思って……」

 何かと思えばカラオケのお誘いだった。

「うーん……」

「お忙しければけっこうなんですが……」

 そう言いつつも、少女たちの眼差しには期待の色がありありと窺えるのだ。

「今日は金曜日だしぃ、明日はお休みよねぇ……」

 レイとのデートは明日の夜だった。部屋のお片付けとか、お洗濯とかをしたいところだったが明日一日の猶予はあった。

 操祈は、ちょっと間をおいてからため息をひとつ。それを見た少女たちは顔を綻ばせる。

「いいわよ」

「やったぁ!」

 少女たちがまた小躍りするのを見届けると

「どうすればいいの?」

 と、訊く。

「みんなにバレるとひと悶着になるので、こっそりということで……」

「特に男子にバレたら、ぜぇったいに混ざろうとしてくるはずなので、絶対ナイショですっ」

「他の女子たちにも、私たちだけ抜け駆けするようでワルいんですけど……」

 六人の中ではリーダー格らしい唯香が気働きを見せていた。

「あなたたちとは約束もあるから、送別会とは別に、いつか埋め合わせはしないといけないとは思っているんだけど……だんだん時間が迫ってくると、なんとなく切なくなってくるわよねぇ……でも卒業したからって、それで一生会えなくなるってワケじゃないから」

 操祈の言葉は少女たちを感動させたようである。

「先生……」

「わたし、先生のこと、本当に大好きなんですっ」

 美麗が真っ先に抱きついてきて、それをきっかけに残りの少女たちからも迫られてしまった。

 小柄な田野倉美麗を除くと、みな体つきはすっかり大人びていて、とても“二十四の瞳”というような絵にはならずに人垣に埋もれそうな感じになっている。

「ありがとう……わたしもあなたたちのことが大好きよ……」

 抱擁がしばし、

「じゃあ、六時に先生のアパートまでお迎えにあがりますので」

 唯香がそう言うと、少女たちは跳ねるような足取りで廊下を去っていくのだった。

 




回り道をしましたが次回から
リア充たちの夜――
になります
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