「本当に"あいつら"は性急なことだ、どうせ真優を奉火祭の贄にでもするつもりだろう、あれにはそれだけの素質がある、勇者になった時点でその力の発現は観測している、母親と同じことをさせるつもりらしい」
俺=大葉継人はスマホのスピーカーフォンに喋りながら車を走らせていた。相手は桑折である。こちらが喋りかけているにも関わらず、おう、とか、そうだな等の返答すらない。
桑折がトサカに来たときはいつもこうだ、フツフツと怒りを貯め続ける。どうせ、俺のやることをわかってるから黙々と準備をしているのだろう。
『こっちの準備はもうすぐ出来る』
やっと返答した。
「上々、さっきメールで早崎達も準備が出来たらしい、俺が"話"をつけたらすぐに動くぞ、先に潜入した春信もすぐに動ける手筈を取っているはずだ」
『潜入?拉致の間違いだろう?』
「潜入だよ、俺の教えをキッチリ叩き込んで全部物にしたのはアイツだけだ、敵の懐に入ったら絶対に出てくるさ」
フフフ、と笑い声がスピーカーから聞こえてくる。低く、唸るような、笑い方だ。桑折はこういう時が恐ろしい、まるで獣の笑い声だ。
夕焼けが車内に射し込む、眩しくてミラーを調整すると自分の眼が写り込んだ。昔の目付きに変わっていた。自分が感じている以上に俺は怒っているようだ。
それはそうだろう、自分の子供を連れていかれたのだ、そりゃあ怒る。俺が同じ事を"殺してきた"連中にやったとき、連中は相当にキレていた
そういう時は思うように相手をドツボにはめる事が出来た。取り返す事しか頭にないからだ。今度は俺が取り返す番、ドツボに"はめられる"側。
だから、いくらでも"やり用"はある。罠にはめようと口元を開けている連中は、自分の喉元を見せている自覚がない。
「桑折、目的地に着いた、お前は準備出来次第勇者部の子達を落ち着かせておいてくれ、どうせかなり息巻いてるはずだ」
『わかった、これからは大人の仕事だからな、言い聞かせておくよ』
「あぁ、よろしく」
そこで通話を切り、目的地前に車を止めた。目的地の大きな門の隅に設置されているインターホンを押して暫し待つことにする。すると明々とインターホンのカメラのライトが光った。
「あー、こんばんは大葉継人でーす、"乃木"さん居る?」
野球場での事件。私=犬吠埼風と夏凜が友奈に起こしてもらった時には真優と春信さんは消えていた。すぐに探したがどこにも居なかった。
桐生君が何で拳銃なんて持っていたのか、わけがわからなかった。頭が混乱して何もわからずに狼狽する私を野球を見に来ていた桑折さんが落ち着けてくれた。
そして、後は私に任せて欲しいと桑折さんに言われ、勇者部の部室で待機するように指示を受けた。
私達も探す、と食い下がったが桑折さんは鋭い目付きでダメだ、と断られた。いつもならもっと食い下がるのだが、目付きに気圧されてしまった。
そして渋々と部室に戻って来たのである。部室で待機してからもうすぐで3時間になる、桑折さんからの連絡もなく、私達はずっと待っていた。
「風、連絡は来たの?」
「来てないわ」
もう!と夏凜がイラついた表情でせかせかと部室内を歩き回る。友奈と東郷、樹はどんよりとした顔で座って待っていた。
「大丈夫です……よね?大葉さんと春信さん」
「きっと大丈夫よ友奈ちゃん、ですよね風先輩?」
「お姉ちゃん!」
「桑折さんは大丈夫って言ってたわ、でもそんなの私にはわからないわ」
吐き捨てるように言ってしまう。そんな自分に嫌気がさす。歳上なんだから、それらしい対応しなきゃならないのに。
「……風、やっぱり私達で探しましょう、心配じゃないの?!」
「心配よ!だからってどう探すってのよ?!真優のスマホの位置情報が途絶えてるのよ?どこを探すのよ?!」
「勇者の力を使うのよ!精霊の力も使って!」
「……それは」
「それは止めてくれると助かるかな」
ガラリ、と部室の扉を開いて桑折さんが来ていた。今まではフランクそうな格好しか見たことがなかったが、今の桑折さんの格好は黒一色のスーツ姿だった。
背丈と足の長さも合間あってモデルのように見える。ただ、それは最初だけ、その雰囲気がいつもと全然違い、一般人のそれとは確実に違っていた。
その手に惣菜が入った袋を持っていなかったらなかなかにそれらしい感じだったろう。
「ちょうど夏凜がそわそわして言い出す所だと思ったよ、とりあえず君達は私達が真優君を何とかするまで此処に居てもらいたい、その為にご飯買って来たから食べててくれよ、いいね?」
これパスタねー、とポンポンとテーブルに惣菜を置いていく。その横でわなわなと震える夏凜。
「なんで!?私達が行ってはいけないんです?!と、友達が誘拐されたんですよ!?」
「誘拐されたからだ、だから此処にいなさい、此処からは少々荒事になる、私達の仕事だ」
「だから協力するなって……?!!そんなのは理由になってない!!」
「理由か……、確かに君達には理由がない、しかし私達には理由がある、不平等極まりないな、ちゃんと説明責任を果たすべきだったね」
元々私が負うべき仕事だ、と桑折さんはテーブルの上に惣菜を置き終え、最後に"拳銃"を置いた。
それは桐生君が使っていた物よりも大きく、少し古そうに見えた。
「……これは?」
「11.4mm拳銃、大赦で採用されてる奴の前のモデルだ、大口径で日本人には少々大きくて使い勝手が悪い、でも私にはちょうど良くてね、愛用している、それに作動性が抜群に良い」
「これで何をするんですか……?」
「人を撃つんだ、当てるのは胴体に2発から3発、それで大体の人間は止まる」
「人を殺すんですか……?」
「そうだ、それが君達に出来るかい?今から私達がするのはそういうことだ、だからさせられない」
「話し……合いは出来ないんですか?」
「君達が思う以上に私達は話し合いの場を設けている、それもだいぶ前からね、心底狂信的な神職という存在は聞く耳を持たないモノなのだと思い知ったよ、そして彼等は私達の引いた一線を一番最悪な形で踏み越えた、もう"ダメ"なんだよ」
そう、桑折さんは冷たい顔で言い放った。その眼に優しさは皆無だった。まるで、2度目は絶対に許さない、といった雰囲気である。
そんな彼の顔を少し恐く感じてしまっていると、すぐにいつもの優しそうな顔に変わり、銃を懐に収めた。
「君達は人を守り、守られるような大人になって欲しい、どうかそのまま正しく大人になってくれ、絶対に私達のようにならないでほしい、その為ならいくらでも我々は手を汚すことになっても構わない」
だから大人しくしててくれ、それだけ言うと桑折さんは部室から出て行った。
勇者部として活動し、そして勇者に選ばれて私達は大人の仲間入りしていた気分になっていた。しかしそれは気分だけ、大人からしてみれば私達はどうしようもなく子供なのだ。私達はいつから、何が出来たら大人になれるんだろうか。
それは、人に向かって引き金を引く事が出来るわけではないことだけは理解していた。
目が覚める。冷たい床ではなく、ふわふわとしたベッドの上に私は寝ていた。着ていたチア服は何処かに行き、着物用の白い肌着を着ていた。裸の上にそれだけだった。パンツとブラジャーが何処かに消えていた。
恥ずかしくて両手で体を隠す。辺りを見回しても誰も居ない。和風な建築様式、渋い木の柱に漆喰の壁、採光の為の隙間が少なくて異様に暗い。
起き上がり、ベッドから降りる。冷たい木の床、軋むかと思ったが木が厚くてびくともしない。
薄暗い部屋を出ると廊下にはポツポツと火が灯った蝋燭が設置されている。奥へと行く必要もないが、そちらへと行かない理由もない。
こちらへどうぞと言わんばかりの采配に見える。
そろそろと廊下を歩いていくと、大きな扉の前に出た。此処に着くまでに別れ道等無く、完全に一直線だった。この部屋の為だけの廊下。
重要"人物"の為の廊下。
その扉に手を触れるか触れないかの直前で勝手に"開いた"。危険よりも薄気味悪さを感じて一歩引いてしまう。なんで僕が扉を開けようとするのがわかった?
開いた扉の向こう側に仮面を着けた大赦の神官が2人立っており、その真ん中に大きなベッドが置かれている。その上に包帯でグルグル巻きにされた"人"が大事そうに寝かされていた。
「貴方が大葉真優さん、だよね?」
か細い女の子の声だった。それが今さらわかる程度には包帯は彼女に執拗に巻かれていた。
「……そうだ、僕が大葉真優だ」
「ふふ、そんなに緊張しないでくださいよ、少し貴方と話がしたかっただけなんですから」
ふふふ、と細く笑う。包帯が全身に巻かれる程に怪我をしているのだろうか?全身で笑う事が出来ない程に体を動かせないのだろう、そんな感じがした。
「でも、本当に元男の子とは思えないですね、動き方も何もかも女の子じゃないですか、どうです?女の子になって」
「……男の時に比べて不便だよ、服も窮屈だし、髪も長くて鬱陶しい時がある」
「でも、違和感を感じていないんでしょう?」
黙る僕を見て女の子はやっぱりと呟く。まさに予定調和である、そう言っているようだった。
「貴方のお母さんである相良二夜さんは勇者の適性が歴代で最も高かった」
現状の最高値は結城友奈さんだけどね、と彼女は笑う。彼女が結城さんを知っているということは、勇者の情報は全部知っているのだろう。
勇者の情報は秘匿事項だと言われていた、それだけ上の身分の人間なのか?彼女は。
「まあ、それは別として相良さんは勇者適性以外に"巫女"の適性もあった、それも300年前の初代の巫女を遥かに凌駕する数値でね」
「それが……どうなるんだよ」
「それが、貴方に受け継がれている、今の大赦に実運用可能な巫女は少ない、それだけ貴方は貴重な存在、だから……」
「大赦は僕を手元に置いておきたい?」
御名答、と彼女は笑った。大赦は僕を手元に置いておきたい、なら、そのことをなぜ父親を通して言わなかった?
父親に知られたくなかったのか?
「さ、これで私の仕事は"とりあえず"終了なんよー、ねぇ、勇者部のこと教えて欲しいんよ、お願いできる?」
先ほどとは違うニュアンスの笑い方。胡散臭くてしょうがないが、それほど信じられないわけではなかった。本人の雰囲気がそうさせるのだろうか。
「……別にいいよ、でもその前に名前を教えて欲しいな、君の」
ふふふ、と楽しそうに彼女は笑う。実に楽しそうだった。
「乃木園子、同じ勇者仲間だよ、大葉さん」
俺=三好春信が目を覚ました時、見知った部屋に居た。
木造で白の漆喰の壁、少し古い畳、蝋燭だけの薄暗い照明、たった一つある木製の格子扉、そして扉の真ん中につけられた木製のからくり錠。
大赦の鏑矢が使う座敷牢。漆喰の壁は表面だけでその裏側には鋼鉄製の鋼板が張り巡らされ、格子扉は見た目が木製なだけの硬い鋼板製、からくり錠にいたっては錠の形を成しているだけでその機能は呪物だ。
錠に対して過分な外力がかかると中の呪式が発動して室内だけが"燃える"ようになっている。
これで燃えた奴を何度か昔の資料でお目にかかった事があるが、どれも例外なく黒焦げで床を引っ掻き回していた。
黒焦げの死体の爪がいつもトイレの蓋のようにパカパカになっていたのを思い出す。
無理に開けようとする奴は死んでもかまわない奴である、そういう設計思想なのだ。非常に鏑矢らしい考え方だ。
大葉さん達に聞いていたとおり、"昔"のやり方のまま、全然変わっていない。
硬い畳に直に寝かされて傷んだ尻を擦りながら立ち上がり、からくり錠を触る。呪物は基本的に条件により発動する。
触る、壊す、移動させる、一定の範囲内に入る、もしくは出る、等々の条件で発動する。人為的に作成された呪物はそういう傾向になる。
初代勇者達が患ってしまった"穢れ"と呼ばれる現象を解析して呪物は作られ、大赦が独占する技術となった。
と、大層で物騒な代物のように聞こえるが、機械に近い、人間が悪さしなければ呪物も悪さはしないのだ。
だから……
「ここかなぁ……っと」
ガシャリとからくり錠の裏側に隠されていた一部のパーツを取り外し、ひっくり返して付け直す。そのままガツンと錠を蹴飛ばす。
バチリ、と紫の火花が散ったと同時に扉の向こう側から悲鳴が鳴り響いた。そして錠がゴトリと外れ落ち、扉が開く。
甲高い悲鳴が廊下に鳴り響いていた。大赦の職員が火だるまになって、廊下をのたうち回っている。呪物由来の火なので回りの壁や床は一切焼けていない、燃えるのは対象内の人間だけ。
焼けている大赦職員の怨めしそうな目線が俺に向けられる、しかしすぐに向けられた眼球も焼けて崩れた、後もう少しで死にそうである。
こんがり焼け終わるのを待ち、ほんの3分程で燻り始めたので室内に死体を蹴り入れる。
「あっつ……、流石に焼きたては熱いな」
さて、と廊下を眺めながら腰を伸ばす。鏑矢所有のこの施設は本部から少し離れている、車を使えば足がつく、徒歩で向かうとすれば山一つを経由するから一時間程度かかる可能性がある。
野球場で俺と一緒に真優ちゃんも拉致した。最も大葉さんが有り得ないと思っていた可能性が的中した。この選択が最も"愚か"だからだ、理性的な組織であるならそれは選択しないはずなのだ。
だが、選択してしまった。もう、大葉さんは動き出している。
真優ちゃんは大赦本部に勾留されているはずだ、あそこが神樹に最も近く、最も巫女の能力を呼び覚ますのに効率が良い。
真優ちゃんは妹の大事な仲間で先輩なのだ、だったら助けに行く、それがお兄ちゃんの仕事と言う奴だ。
「はは、そしたら夏凜も昔みたいに飛び付いてくれるかな」
僕=大葉真優は2時間ほど乃木園子と名乗った女の子と話していた。
話した内容は雑多ではあったが、全部勇者部に関することだった。特に"東郷さん"に関係するものが多かった。
「ははは、それで"わっしー"、あ、東郷さんはどうしたのかな?」
「あー、何だったかな、国防の重要さを園児達に連呼してたかな、途中で犬吠埼さんが止めに入ったけどね」
「変わんないなぁ、本当に」
ははは、と心から彼女は笑っていた。懐かしくて、でも、もう元には戻らない物を思い出して笑っている、そんな感じだった。
「……東郷さんとは昔からの知り合いなの?」
「彼女はもう忘れてしまったけど、私とわっしーは友達だったよ、あともう一人居たんだよ、とても明るくてとても優しい友達が」
「その子は?」
「勇者だった、でもわっしーと私を守って居なくなった、その前に先輩の勇者も私達を守ってくれた、そして失ってしまった」
聞くべきではなかった、と率直に思ってしまった。
「だから」
「……だから?」
「次は私が守る番、これ以上大切な人を失わない為に奪われない為に、"どんなこと"しても、絶対に……」
絶対に、と彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。冷たい目で呟いた。
直後、後ろの扉が開いて神官の服を着た仮面の大赦職員がぞろりと入ってきた、その中央に少し豪華な服を着た仮面の神官が一人。
僕を迎えに来たかのように頭を下げる。それがとても無機質で無性に"腹が立った"。何故そんな気分になったのかさっぱりわからなかった。
「大葉さん、お迎えだよ、これからの事はその人達が教えてくれるからね」
「君は」
「なぁに?」
「君はこれからどうするんだ?」
「変わらず……だよ、わっしーを守る為に私は此処に居る、居なくなった二人との約束だもん」
じゃあね、と彼女は笑って送り出す。言うことを聞く気になれないが、彼女の醸し出す雰囲気が僕を此処から出そうとしていた。
だから、僕は彼女に頭だけ下げて部屋を後にした。
歩く僕に合わせて神官達は周りを囲みつつ、そして向かうべき場所へと先導する。僕に何かを説明するために必要な場所へ。
近づくに連れて赤い柱が目立つようになっている。赤色は日を表し、日は神を表現しているとどこかで聞いたことがある、赤い柱は日の領域であるのだと、踏み入れている僕に教えているようだった。
そして赤い柱だけの部屋へと踏み入る、大きい柱が2列に並び、奥には神樹を模した木製の像が鎮座していた。僕は中央に立たされ、職員は柱と平行に立った、少し豪華な服を着た神官は像の前に立ち、僕に視線を向けた。
仮面で視線が見えたわけではない、しかし僕にはそう感じた。憎くて仕方ない物を見る、そういった視線が僕に向けられている、肌でわかった。
突き刺すような視線だ。
「大葉真優、男でありながら勇者となり、人の在り方を変貌させた唯一の存在、君は神樹と我等生き残りの人類の為に途方もない価値があるのだと知っているか?」
厳かな声。しかしそれ以上に何かに怒っているかのようだった。怒りを僕にぶつけている。
「それは……巫女の力ですか?」
「巫女と勇者の子供、それもある、だがそれ以上に君の産まれが特殊なのだ、人類を滅ぼそうとする"天の神"から唯一帰還し、壁の向こう側の煉獄で生存出来た人類なのだ」
「帰還?煉獄?天の神……?何の話だ?バーテックスじゃないのか?」
僕が犬吠埼さんから教えられた事実ではそんな言葉は出てこなかった。彼女が嘘をつくはずはない、つける人間ではないからだ。
だとすると彼女も嘘を教えられていた?
「既に人の生存権も何もかも、地球という存在自体天の神の領域によって"全て消え去った"、ウイルス等という矮小な物のせいではない、残ったのは四国を含めた壁までの海域だけ、人はその領域でのみ神樹によって生きる事を許された」
「な……」
「神世紀と呼ばれる時代になった300年前からずっとだ、大社が大赦として神に赦しを望んだ結果だ、勇者はその"補助"でしかない」
「バーテックスはあと少しで全部倒せるはずだろ!?!」
「天の神が遣わしたバーテックスは12体では終わらない、あれは"無数"に存在している、いつまでも続く、それを止める為に君が必要なのだ」
「何が必要なんだよ!!」
「"命"だよ、君の"母親"と同じように天の神への赦しを得る為に君の命を捧げる、それこそが奉火祭だ」
「僕の…母親……?何をしたんだお前は…?」
「30年前に起こったバーテックスによる侵攻、それは長く続き、当時の勇者の力ではどうしようもなく、その為に多くの勇者が死んだ、そしてバーテックスを止める事が出来なくなり、我々は君を身籠っていた相良二夜を奉火祭によって天の神の供物とした」
だから父親は言い淀んだ。僕にこの真実を伝えることをしなかった。あまりにもそれは酷い真実だから。
「お前はぁッ……!!」
「そのおかげで我々は26年もの長い間平穏に過ごす事が出来た、しかし何故か死んだはずの君は13年後に戻って来た、相良二夜が天の神に望んだのかどうか我々は知り得ない、だが、帰ってきた事実は変わらない、君は神に存在を赦された"特別な巫女"なのだ、その生け贄の報酬は母親のそれとは段違いであろう、人が神樹と共に生きる為の"時間"は稼げる、その為の段階は"準備出来ている"」
「お前何かに僕の命を使わせるかっ!!」
「私の為ではない、人類の為だ、それに君の仲間達がこれからずっと戦う事になったとしても良いのか?先ほど園子様と会ったのだろう?あれが勇者の行き着く先だ、勇者システムは元来"そういう物"が仕込まれている、人が神と戦う為の代償、それを君は勇者部の仲間に払わせるつもりかね?」
「いけしゃあしゃあと……ッ!!僕がその分戦えば良い話だ!!貴様に勧められて命なんか捨てるかっ!!この仮面野郎!!!」
「そうそう、言ってやれ真優、下着も着せないでうちの可愛い息子にエッチな格好させやがって、この変態仮面野郎が」
はっはっは!!と後ろから声が響く、振り替えると蝋燭の薄暗い明かりに照らされ、不遜な感じで僕の父親が立っていた。
ワイシャツにスーツのズボン、そして"濃紺のプレートキャリア"を着込んでいる。その手にはマガジンが差し込まれたライフルが握られている。
「大葉……継人、その格好はなんだ?それが神前に立つ者への礼儀ある姿か」
表立ってイラついた声が仮面から漏れる。私に向けた視線よりも激しい怒り、それを父親は飄々とした顔で受け止める。
「神前んんん?こんなとこに神樹様はいねぇし、あんたはただの最高神官なだけだろ?ただの人間じゃねぇか、しかもうちの子を誘拐しやがって、もうただのクズでいいだろ」
「黙れ、ただの"元殺し屋"風情が、我々に楯突いて生きていけると思っているのか?」
「あぁ?昔の話してんじゃねぇよ、年寄りになって昔話が好きになったか?それにな、今の俺は超凄い天才で超子煩悩な父親なんだよ、わかるかぁ?ほら!その証拠の真優を見ろ!」
んばぁ!と父親は僕の腰を掴んで前に押し出す。着物から胸が溢れそうになったので腕でガード、何すんだよお前という視線を父親に送ると、非常に"悪い顔"をしていた。
「"俺"に似て才能豊か!ちょっと暗いところもあるけど、友達に見せる笑顔は最強に可愛いんだぞ、男だけど!それに俺の代わりに料理も出来る!しかもうまい!俺が作ったスマホ持たせた時なんて『市販品が良いのに……』とかぶつくさ文句言いながら細やかに綺麗にするぐらい物持ちも良くて優しい!最近になって女の子みたいになっちゃったもんだからさぁ、もう可愛さ倍増だよ、しかも二夜にそっくり!いやぁ、一人親で女の子だと可愛さがヤバいって聞いてたけど、ホントにヤバいな!いやぁ、可愛いはホント!!」
悪そうな顔で父親は高らかに笑う。ヒャッヒャッヒャッ、と聞いたことないくらい下品な笑い方だった。
笑い声が暗い部屋に響く、他の職員は一歩たりとも動かず微動だにしない。目の前に立つ最高神官だけは違っていた。
肩がわなわなと震え、今にも飛び掛かりそうなほど歯を噛み締める音が聞こえてきた。
「貴様が……、貴様が"それ"を……!!貴様がそれを私に見せつけるのか!!私の"娘"を殺した貴様がぁッッッ!!!」
最高神官は激昂しながら父親を指差す、絶対にお前だけは許さないという気迫が伝わるほどだった。しかし、父親は全く動じないどころか、指差したと同時に"発砲"した。
最高神官の指が飛び散る。最高神官のうめき声と父親の笑い声が混じって部屋に響き渡る。
「お前の娘が死んだのはただの力不足なんだよ、"お前"も含めてな、だから俺は俺の"力"で真優を死なせない、だからお前はそこで一生嘆いて死ね」
父親の"怒り"に満ちた声が響いたと同時に部屋の蝋燭が一斉に消えた。待ってましたと言わんばかりのタイミングだった。
「さぁ、"元"鏑矢隠密実行"部隊"の力を見せてやる、かかってこいよ、"クソ大赦"」