大赦施設の最上層、満天の星空が広がる空のもと、鈍く低い音が鳴り響く。屋上に設置された緊急出撃ハッチが音を立てて開いていく。
競り上がるリフト。その中心のベッドに寝かされた私=乃木園子は居た。
『園子様、共有情報は端末に送付いたしました。裏切り者達は現在ミニバンにて逃走中です。位置は端末にリアルタイムで表示するように設定しています』
先ほど渡されたインカムから職員の声が聞こえる。いつも私の身の回りの世話をしてくれる女性職員。身の上話はついぞ聞くことはなかったが、一人息子がいるらしいということだけ聞けた。
リフトが最上層へと到着。固定ボルトが音を立ててリフトに食い込んでいき、表面の警告灯が赤から青へと変わる。出撃可能の表示。
勇者端末のアプリを精霊が起動させる。どこからともなく蓮に似た花弁が舞い、一瞬で私の服は勇者のものへと変化する。全身のほとんどを包帯のような補助器具に包まれた身体。自分の力で動かせるのは声と目だけ。私の"足"は背中にある。
突如としてベッドを破砕する勢いで、6本の船の帆に似た槍が背中から突き出す。案の定ベッドは吹き飛び、私の身体はその槍によって空中に支えられている。
「もう出るよ、貴女も早く避難してね」
一瞬の静寂の後、職員は珍しく小声で笑った。私から避難を促されるとは思っていなかったのだろうか。
『気にしないでください、私はもうダメです。彼等を止めようとして運悪く足を撃たれました。……いえ、運良くですね。死ぬ前に、最後に園子様のお世話が出来ましたから』
痛みを感じさせない声。
「……そう、じゃあ、さよならだね」
『はい、御身体にお気をつけて行かれてください。健闘をお祈りいたします』
ブツリ、と通信が切れると同時に低い爆発音が下から聞こえてきた。そして静寂の後に、低い音を立てながら大赦の本部が崩れていく。
自分の身体が平行ではないことを視界で感じる。それと同時に背中の槍が振動を開始する。
瓦解を始める足場。そこから足が離れ、私は空中に浮かび上がる。槍による"浮遊"である。原理は知らないが、これを使えば私の意のままに動ける。
これが代償による"力"なのだ。
「わっしーにこの力は"使わせない"……」
そして私は、時速300kmで空へと飛んだ。
◆
黒いバンが山道を駆けていく。ズズンと大きな音が響いてきた。それを座席の真ん中に座りながら、僕=大葉真優は暖かいコーヒーを飲みつつ感じていた。
3人席のシートの真ん中が僕。それを挟むように父親と桑折さんが座っている。二人ともわりかし身体が大きい方だから少し狭く感じる。
「はは、潰れた潰れた、ぺしゃんこだぜ」
「もう後には引けん。バックアップは丸亀の方に移設を開始する。継人、乃木家に着いた後からお前が大赦の最高神官となる、腹は括れたか?」
潰れる大赦本部を見ながらゲラゲラと笑う早崎さんの横で、神妙な顔つきで御柱さんは父親を見つめていた。
父親は真顔のまま「当たり前だ」とだけ答えた。覚悟を決めた顔だった。
「真優」
「うぇ、な、何?」
突然父親に呼びかけられてビクリと跳ね上がる。先ほどの真顔よりもさらに真剣な表情で、父親は僕の目を見ていた。
「あの生け好かない最高神官から聞いた話は本当だ。ちゃんとした話は後でキチンとしてやる。それまで待てるか?」
「え、あ……、うん、待てるよ、大丈夫」
「それと……やっと言えるが、勇者部全員に"満開"は使うなと伝えろ」
「満開? 夏凜ちゃんが言っていたやつ?」
「そうだ。あれは掛け値なしで強力な装備だが、代償が大きすぎる。お前の端末にも代償を軽減するための研究用に入れてある。だからお前も気をつけるんだ。いいな?」
いいな?と父親は僕の肩を掴んで強く言い含めてきた。それに気圧されて、僕は首を縦に振る事しか出来なかった。
「よし、ならこれはお前が持っていろ」
父親は僕の手に勇者端末を握らせた。ぎゅっと握る。強く僕を諭すような感じだった。
「あのさ、お父さん……」
「どうした? あいつらに何かされたか?」
「いや、お母さんがどんな立場の人かはわかったけど、どんな人かは聞いてないからさ。良かったら教えて欲しいんだけど……ダメ?」
キョトン、と父親は虚を突かれた顔をした。その後すぐに嬉しそうに笑う。
「ああ、いくらでも教えてやる。いくらでもだ」
『それは無理なんだよね』
ザリザリと車のラジオから急に声が飛び出した。大赦で聞いた"彼女"と同じ声。
直後、運転していた春信さんの「うわぁっ」という声と共に車が急停止した。体勢を崩す僕を父が受け止める。結局、硬い胸板に鼻をぶつけた。
「いったぁ……、なんだよもぉ」
「春信!」
「道が"無くなってます!"」
あぁ?!と男性陣がこぞって前を覗く。その隙間から前を覗き込むと、綺麗に道路が"切断"されていた。切断面はわずかに車のライトを反射している。物凄く鋭い何かで切断された証拠だった。
そして乗っている車のボンネットの上に、ストンと"彼女"が降り立つ。"乃木園子"が冷たい目線をこちらに向けている。
先ほどとは違う、勇者のような服を纏っていた。
「さっきぶりだね、大葉さん。とっても悪いと思ってるんだけど、今から捕まえるから、"我慢してね"」
「我慢だって? 何を言ってるんだ、君は……」
疑問を口にすると同時に、肩を父親に掴まれた。真剣な眼差しの父親はそのまま僕を外に連れ出す。
「久しぶり"そのっち"君! 珍しく"元気"に外に出てるな!」
まるで久しぶりの友人に会ったかのように、父親は乃木園子に対して挨拶した。対して彼女は冷たい眼差しのまま、こちらを見据えていた。
「おや、だんまりはいけ好かないじゃないか。まあ動けて何よりだ。それで……うちの子を生け贄にして30年ほど"あいつら"に赦してもらうっぽいけど、君にしては諦めた考えじゃないか、えぇ?」
「仕方ない……、とは言いたくないけど、わっしーが勇者に再び選ばれ、真優さんが勇者になった。30年の期間があれば、わっしーは勇者のお役目から解放される」
「引き延ばし作戦か? それは諦めだ。その後はどうなる? 奴等に殺されるだけだぞ?」
「ミノさんと椿さんとの"約束"だから。私は揺るがない。今度は"守る"、何があっても、何をしても」
そして乃木園子はいきなり現れた槍で僕を突いた。切っ先は僕には届かず、犀竜が防いでいたが、その勢いは防げずに凄まじい速度でアスファルトにめり込んだ。
肺から空気が抜ける。口から悲鳴が出そうになるが、攻撃の圧力がそれを許さない。一拍遅れて父親が躊躇なく乃木園子へと発砲した。
しかし、銃弾は乃木園子の精霊によって阻まれ、弾かれていく。
続けて全員が銃口を向けるが、発砲できないでいた。
「継人!! 相手は"子供"だぞ!!!?」
「敵だ! 真優から引き剥がせ! 変身の隙を作れ!!! 真優!!! やれッッ!!!」
「え、でも……相手は人間…」
「殴り倒すだけで良い! 勇者はその程度では死なん!!!!」
父親の怒号が、夜の山道に戸惑う僕の鼓膜を破らんばかりに響き渡る。
その言葉に背中を押されるように、僕は手の中の端末を握りしめた。即座にアプリケーションが起動する。
瞬時に弾ける花弁の光。冷たい夜気を押し返すほどのエネルギーが僕の体を包み込み、一瞬にして紫色の勇者装束へと変貌させる。胸元で小さく揺れる意匠、腰のスラスターが全開になり、僕を前に押し出す。
「うおぉぉぉッッ!!!」
気合いを叫びに変え、僕は変身の勢いそのままに突撃。目指すは車のボンネットの上に佇む乃木園子。この手で、彼女を捕まえ、引き剥がす!
だが――甘かった。彼女の方が何枚も上手だ。
「……遅いよ」
乃木園子の声には、感情の起伏すら感じられなかった。
彼女の背中に浮かぶ6本の巨大な帆のような槍――その先端がほんのわずかに揺れたかと思った瞬間、空気を引き裂く甲高い衝撃波が遅れて僕の耳を刺した。
ドグゥッッッ!!!
「がはっ……!?!?」
何が起きたのか、脳が理解するよりも早く、僕の体は強烈な衝撃と共に後方へと吹き飛ばされていた。
視界が激しく回転する。アスファルトの地面を激しく叩きつけられ、何度もバウンドしながら数百メートル後方へ転がっていく。変身しているはずなのに、衝撃で全身の骨が軋み、肺からすべての空気が強制的に吐き出された。
「真優!!」
父親の叫び声が遠く聞こえる。
必死の思いで両手を地面につき、激しく咳き込みながら顔を上げた。吐き捨てた唾液に鮮血が混じる。
そこには、悠然と空中に浮かび上がる乃木園子の姿があった。
背中の6本の巨大な槍から、まるで細胞分裂でも起こすかのように無数の小さな槍が分離し、彼女の周囲を環状に旋回している。その数、数十――いや、百を超えている。それらすべてが音速を超えた速度で遠隔駆動し、夜空に月のような残像を描いていた。
「な……んだよ……それ……ッ!?」
立ち上がろうとする僕の頭上に、影が落ちる。
次の瞬間、肝が冷える感覚が僕を襲う。
「くっ……!」
僕の叫びに反応し、精霊・犀竜が頭上に現れる、不可視の精霊バリアが展開されている。
直後、衝撃が来る。
音速を超える無数の槍が、多角的に、絶え間なく、狂ったような密度で不可視のバリアを叩き続ける。
信じられないような火花が大量に巻き散る。
「うあああああッッ!?」
バリアは破られない。だが、衝撃を殺しきれない、 一発一発が凄まじい運動エネルギーを持っている。バリア越しに伝わる圧力が僕の肉体を押し潰そうとして、足元のアスファルトがバリバリと蜘蛛の巣状に割れて沈み込んでいく。
圧倒的だ。これが先代勇者……『乃木園子』という勇者の本質。
勇者に変身した僕ですら、防戦一方。近づくことすら、拳を届かせることすら出来ずに、ただ地面に縫い付けられている!
「 射撃で真優くんを援護しろ!!」
桑折さんの鋭い指示が飛ぶ。
「真優から意識を逸らせ!! 」
桑折さん、早崎さん、御柱さんが一斉にライフルを構え、乃木園子に向けて集中的な射撃を開始する。サプレッサー越しに響く無数の重低音。その中で父親はどこから出して来たのか明らかに人が持って発砲出来る類いの物ではない機関銃を腰だめで撃ちだした。
だが、彼女の周囲を旋回する無数の槍の一部が超高速で流体のように動き、すべての弾丸を完璧に防いでいく。金属片と火花が夜空に散るだけだ。
「効かねぇ……! 精霊バリア以前に、あの槍自体が完璧な自動迎撃システムになってやがる!」
早崎さんが毒づく。
「なら、これでどうだッ!!」
御柱さんが車からペットボトルみたいな榴弾が8つも入りそうな大きいグレネードランチャーを取り出し、全弾叩き込む。だがそれすらも、音速で迫る槍の閃光によって一瞬で微塵切りに刻まれ、乃木園子の直前で全て炸裂してしまった。
「……邪魔をしないで」
乃木園子の冷ややかな声が落ちた。
彼女の指先が、ほんのわずかに車の方へと向けられる。その瞬間、僕を抑え込んでいた槍の群れの中から数本が、狂ったような速度で反転し、父親たちへと襲いかかった。
「しまっ――! 避けろッ!!」
桑折さんの悲鳴に近い叫び。全員が回避行動を取る。
ドッ、と不快な肉体破壊音が夜の静寂を切り裂いた。
「ガァぁぁぁッッッ!!!?」
絶叫。
僕の目の前で、運転席のドア横に立っていた春信さんの体が大きく跳ね上がった。
音速で旋回した一本の槍が、春信さんの右腕を、肘から先ごと削り去っていた。血飛沫が盛大に舞い、バンパーと地面を真っ赤に染め上げる。
「春信ッッ!!」
御柱さんが飛びつき、激しく転倒する春信さんを受け止める。断面から溢れ出る大量の鮮血。春信さんは激痛とショックで目を剥き、かろうじて呼吸を保っている状態だった。
「春信! しっかりしろ!!」
桑折さんが即座にベルトを外し、春信さんの止血に入る。だが、乃木園子の攻撃は止まらない。残る二本の槍が、今度は手薄になった桑折さんと春信さんを殺しにかかる。
「させるかッ!!」
父親が跳び出し、二人を庇うようにして前に立ち塞がった。その手には黒い斧。
斧によって襲い来る槍の軌道を力任せに叩き反らす。キンッ、と甲高い金属音が響き、衝撃で斧が粉々に砕け散った。
「ぐっ……!!」
弾き返したものの、完全に衝撃を殺しきれず、残骸となった槍の刃先が父親の左肩を深く切り裂いた。プレートキャリアの端が吹き飛び、鮮血が夜風に散る。
「お父さんッ!!」
僕は叫んだ。
「だ……大丈夫だ……真優……ッ! ただの掠り傷だ、ヘボい攻撃しやがって……ッ!」
左肩から血を流しながら、父親は不敵に笑ってみせた。骨や内臓には達していない。土壇場の体捌きで致命傷だけは回避した、文字通りの軽傷。
だが――血が出ている。
僕を守るために。春信さんを庇うために。父親が、大切な仲間たちが、目の前で血を流し、肉を削られている。
『――勇者はその程度では死なん!!!!――』
父親の言葉が脳裏に蘇る。
そうだ。勇者は死なないのかもしれない。でも、人は死ぬ。どんなに強い父親でもそれは変わらない。
僕が動かなければ、死ぬ。"あの時と同じように大切な人が死ぬ"。
「よ……くもッ……」
自分の奥底、子宮のあたりから、ドロドロとした熱い塊が湧き上がってくる。
視界が真っ赤に染まる。全身の血が、狂ったような勢いで逆流し始める。
「"わたし"のモノだぞッ……!」
吐き捨てる声が、"自分"のものではないように低く響いた。
「私のつぐつぐを傷物にしやがったなぁッ……!!!!」
咆哮。
その瞬間、勇者端末が、壊れたかのような狂おしい高音を奏でた。
端末から溢れ出た眩い光の束が、僕の全身を包み込む。端末の画面には、今まで見たこともないログと、それを塗りつぶすような文字が超高速でスクロールしていた。
『──思考適合完了:勇者"相良二夜"との完全同期』
『――戦意の増大と戦闘方針の変化を確認──兵装再設定』
『──出力制限の上限値を再設定──2A式高速演算処理開始』
脳内に、直接機械的な電子音が響き渡る。
身体を覆う力の質が変わる。重苦しかった身体が羽のように軽く感じられていく、全身の細胞一つ一つが、超高圧の電流を流されたかのように活性化していく。
世界が変わった、いや世界の見方が変わったのだ。
空気を切り裂く音速の槍の軌道が、夜空に描かれる飛行機雲が、乃木園子の表情の微細な変化すらも──すべてが、まるで止まっているかのように遅く見えた──2Aによる思考加速、体感時間の倍加。
「……ッ」
乃木園子が、初めてその無機質な表情を崩した。
僕が、"消えた"からだ、。
次の瞬間、乃木園子の背後に、音速の壁を突き破った僕が存在していた。
腰の光輪が僕の真っ芯を捉え、最低限のエネルギーで最高速度まで最短時間でぶち上げる。
故に僕は音速の領域で舞い踊る。
単純な音速を超えた回し蹴りが乃木園子へと直撃する。
衝撃波が遅れて炸裂、周囲の空間を激しく揺らす。
「速――」
乃木園子が操る槍よりも早く、彼女は山へと衝突する。乃木園子の精霊バリアが作動している。
彼女へ致命的と判断される攻撃が直撃したのだ。大躍進である
「真優くんが………!?何だあれは?!」
春信さんの止血をしていた桑折さんが、信じられないものを見る目で父親を見た。
「やっとこさ俺の勇者システムが真優に同期した、これが本来の力、俺が思い描いた勇者の力だ」
左肩の血を拭いながら、父親が笑った。狂気に満ちた、誇らしげな親バカの顔で。
「見せつけてやれ真優……!」
父親の叫びを背に受け、僕は空中を滑るように加速した。
ここからは、人類の領域を超えた超高速の死闘である。
「速度が速くても……!」
乃木園子が背中の槍を総動員し、音速の弾幕を展開する。数百の槍が空中を跳ね回り、多角的な交差点を作って僕を穿とうとする。
だが、今の僕にはすべてが見えていた。思考加速が体感時間を倍加、網膜へと投射される槍の機動の予測経路。
音速で迫る槍の刃先を、僕はわずか数ミリの紙一重でかわし、あるいは腕で正確に弾き飛ばす。
夜空に散る花火のような火花。
空中での激突音が、まるで連続する爆雷のように山空に響き渡る。音速を超えた移動と打撃が交錯するたび、周囲の衝撃波が山肌を削り、土が次々と宙を舞った。
拮抗である。
乃木園子の精霊バリアが常時展開、槍の防御が間に合っていない。
「これが継人さんが作った勇者の力……!!」
乃木園子の瞳に、初めて狼狽の色が浮かぶ。
「とっとと沈めぇッッ……!!」
だが、長時間の音速移動は僕の肉体にも限界を超えた負担を強めていた。頭がカッカする、毛細血管が張っていく感覚がある。
これ以上引き延ばせば、春信さんの命が危ない。父親たちの治療も急がなきゃいけない。
千日手。
次の一撃で──すべて終わらせろ。
だが、向こうの目が良すぎる。普通の勇者の反射神経の癖に音速機動に対応してくる。隙を作る。
高速戦闘中に掠め取っていたグレネード弾。
弾体加速により乃木園子に普通のライフル弾並みの速度で撃ち出す。
直撃。展開する精霊バリア、視界を埋め尽くす"爆炎"。
僕は腰のベルトから、光輪からワイヤーを射出。
爆炎を貫通して乃木園子のに直撃。
僕はそのワイヤーを最大出力で巻き上げると同時に、自身の光輪のエネルギーを全開。
加速しながらのパチンコと同じ原理、それを信じられないスケールで行うだけ。
音速を超え、マッハ2、マッハ3の領域へ──空間が歪み、僕の周囲に円錐形の衝撃波の白い雲が発生。
全身の質量、運動エネルギー、そして抑えきれない怒りのすべてを、右足の一撃へと集中させる。
絶叫。
彼女は残るすべての槍を交差させ、防壁を作った。
しかし無駄。
世界が崩壊したかのような、桁外れの爆音。
僕の右足が乃木園子の防壁に激突した瞬間、発生した圧力が全方向に炸裂した。山道の舗装が一瞬で捲り上がり、周囲の樹木が粉砕されて木っ端微塵に吹き飛ぶ。
二重三重の槍が、まるでガラス細工のように木っ端微塵に粉砕された。
「あ……がっ……!?」
衝撃は乃木園子の胴体へダイレクトに突き抜けた。
彼女の身体は、まるで主砲から放たれた砲弾のような速度で弾き飛ばされ、背後の巨大な山へと激突した。
天地を揺るがす地鳴り。
乃木園子の身体がめり込んだ山肌が、激しい衝撃に耐えきれず、山頂から山麓にかけて大規模な崩落を起こしていく。土砂と巨石が雪崩となって崩れ落ち、山一つがその形を変えていくほどの、破壊の爪痕。
着地した僕の足元から、もうもうと煙が立ち上る。
だが、僕は止まらない。
勇者はこの程度では死なない。父親が言っていた言葉がリフレインする。乃木園子はまだ生きている。決着をつけるために、僕は崩れ去る山裾の土砂へ向けて、再び超高速で突撃した。
土煙を切り裂き、岩盤に深くめり込んでいる彼女の元へ。
その首根っこを掴み、二度と立ち上がれないように叩き伏せるために――!
衝突まで、あと数センチ。
僕の交差させた拳が、彼女の顔面に届く直前――。
「……ッ!?」
乃木園子の身体を包んでいた勇者服が、まるで役割を終えたかのように、光の粒子となってハラハラと消え去った。
変身解除。
そこにいたのは、全身を痛々しい包帯と補助器具で縛られた、華奢で、無防備な、ただの「女の子」だった。
「な……っ!?」
僕の思考が凍りつく。
この速度、この運動エネルギーのまま衝突すれば、生の人間なんて一瞬で砕けて肉塊になる。
緊急停止。
両足と光輪で反対方向に制動をかける。凄まじい摩擦熱。土が焼け焦げる臭いが鼻をつく。
僕の拳は、乃木園子の鼻先わずか数ミリのところで、奇跡的に停止していた。
荒い息を吐きながら、血走った目で彼女を見下ろす。乃木園子は、崩れた岩盤に埋もれたまま、力なく僕を見つめ返していた。
その瞬間──。
ス……と、世界から「音」が消えた。
夜空の星々が、まるで時間が停止したかのように動きを止める。空中から溢れ出す、圧倒的な密度の神聖で、冷酷な光。
空間が歪み、世界が静かに、そして抗いようのない力で変容を始めていく。
周囲の破壊された樹木や削れたアスファルトが、色鮮やかな、美しい結晶状の植物へと姿を変えていく。
「樹海化……!?」
遠く後方で、倒れたままの桑折さんの呆然とした呟きが聞こえた。
そう、この極限の局面で、『樹海化』が発生したのだ。世界が静止し、七色の光と植物の結界が、僕たちを優しく、そして逃がさないように包み込んでいく。
光の粒子が神秘的に舞い散る樹海の中で。
崩れた瓦礫に埋もれた乃木園子が、ゆっくりと、力なく顔を上げた。
先ほどまでの鬼気迫る表情は消えていた。その瞳には、光も、感情も、憎しみすらも宿っていない。ただ、深い深い絶望の淵のような暗闇だけが広がっていた。
「……すごいね、大葉さん」
抑揚のない、透き通った、機械のような声が僕の鼓膜に届く。
「でもね……残念だよ」
彼女はゆっくりと、光に満ちた樹海の天井を仰ぎ見た。まるで自分の運命ではなく、僕の未来を悲しむように、静かに言葉を紡ぐ。
「これからも戦いは続くことを貴方は理解していない」
「いつか……終わるさ」
「終わるまで皆もたないよ、これはそういう地獄なんよ」
息を荒げながら問い詰める僕に、彼女は感情の籠もらない瞳を向けた。
「もし、皆を地獄から救いたくなったら教えてね真優さん、"方法"を教えてあげる」
「君は戦わないのか」
「戦ってるよ、貴方や勇者部とは違う戦い方をしてるだけ、それにもう私は誰かの横に立って戦える足も無ければ、立場も無いんよ、貴方もいつかその場所に立つ日が来る」
乃木園子の唇が、力なく動く。そしてその目は僕を同類として見なしている。
「ようこそ、大葉さん」
乃木園子は、ほんのわずかに、悲しそうに目を細めた。
「ここは……絶望しか残っていない、勇者の世界だよ」
溢れ出した樹海化の光が最高潮に達し、僕たちの視界を、すべてを飲み込むように真っ白に染め上げていった。