結城友奈は勇者であり、彼もまたそうだった   作:ビブロス

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総力戦

 

世界から色と音が削ぎ落とされ、七色の神聖な結晶と幾何学模様の植物が空間を覆い尽くしていく。

『樹海化』が完了する。

ほんの数秒前まで学校だった場所は一瞬にして静寂の結界へと姿を変えていた。

真優がどうなったかわからないこの状況でバーテックスの襲撃。犬吠埼風=私は意識を切り替えてスマホで勇者へと変身する。

結界のただ中で大剣の柄を握りしめる。周りには既に変身した部員達がぞろぞろと集まる。

背後で、両手に双剣を構えた夏凜が、周囲の静まり返った樹海空間を警戒するように見回す。

「敵はどこに居るのよ」

「風先輩!」

友奈が拳を握り直し、隣へと駆け寄ってくる。その隣には、東郷、そして不安そうに祈るような仕草で控える樹の姿があった。

「風先輩、これを」

東郷が端末のモニターに目を落とし、蒼白な顔でこちらに画面を向ける。

「東郷?」

「出現予測の反応が……一箇所じゃありません、かなりの数です」

画面上には『牡牛座』『牡羊座』『双子座』『天秤座』『水瓶座』『魚座』『獅子座』が表示されていた。十二星座を名前の由来としているのならば、今まで倒して来たバーテックスと換算すると、残り全部となる。

「……総力戦って奴ね、向こうもケリをつけに来たってことよ」

言葉が終わるか終わらないかの、その瞬間だった。

結界の一部が、まるでガラスが粉砕されるかのような激しい亀裂の音と共に歪んだ。

「きゃあッ!?」

樹が悲鳴を上げて両耳を塞ぐ。

亀裂はじわじわと"向こう側"から押し開けられる。そして姿を表す無数の白い蛆のような魑魅魍魎。

蛆と言うが、その大きさは中型のトラック程度には大きい。それが無数。

「な……なに……あれ……!?」

「小さいのをわらわらと出して小ズルイことを」

風の口から、悪態が出る。

そして当然のようにその後ろから7体のバーテックスが一堂に会して空中に陣取りながら結界無いへと入り込んでくる。

そして、上空に並び立った大型バーテックスたちが、一切の無駄のない洗練された動きで"陣形"を組み始めたのだ。

「……陣形……?」

夏凜は訝しそうな顔になる。

本来、バーテックスは神樹を目指して本能のままに突き進むだけのはずだった。しかし今、目の前にいる奴らは違う。矢じりのような形に隊列を組み固め、防衛戦を突破しやすいような位置についている。

「人間の真似事を……!風先輩!こちらも鶴翼の陣を!!」

東郷がライフルを構えつつ大声を張り上げる、が何の陣って言った?

「えっ?何?何それ?!」

「敵を左右から挟む陣形です!」

「あーなるほど、なら私と樹は左から、友奈と夏凜は右から挟むわよ、東郷はここから援護ね、よろしく!!」

即座に四人が跳躍、東郷は狙撃体勢に入る。

バーテックスは正面に『天秤座』、その斜め後方を『水瓶座』と『牡羊座』が左右を固める。さらに後方に『牡牛座』、『魚座』、『双子座』、最後方に『獅子座』が鎮座している。

直近の天秤座へと挟撃を仕掛ける。

それを感付いたのか天秤座は進行速度を落とし、その名の通り、天秤のような身体をコマのように"回転"させた。その速度はみるみるうちに先端が確認出来ない程速くなり、猛烈な風が発生した。体勢が崩れる程の風で跳躍が邪魔されて、不安定な形で着地するはめになった。

「邪魔な事をするなぁ…!」

『風先輩、狙撃します』

東郷からの通信と同時に天秤座に弾丸が3発着弾、しかし弾は明後日の方に弾かれる。

固すぎる。焦る気持ちを持ったと同時に水瓶座が広範囲に水玉を射出し、弾けた。大量に降る水、そして暴風、さながら昔にあったという台風に似ていた。

「とっとと突撃して足元ぶったぎってやるわ!友奈いくわよ!!」

「いいよ!夏凜ちゃん!」

地を這うような短距離跳躍で天秤座へと接近する二人、それを待っていたかのように牡羊座が"放電"を開始。

肌と耳で感じる空気帯電。そして私達を濡らす水から感じる高濃度塩分。

私の制止の叫びと同時に、極大の雷が降り注いだ。

爆音。

空気の焦げた匂い、充満するイオン。そして強烈な全身を駆け巡る痛み。高電圧の放電攻撃。しかもその前に散布された水は海水のように塩分濃度が高い。その導電性の高さが遺憾なく発揮され、放電攻撃は充分に私達にダメージを負わせていた。

「あぁぁぁッ!?」

激しい衝撃波が大地を削り、自分の身体が吹き飛ばされた。精霊バリアが展開、しかし衝撃を殺しきれずに地面を何度もバウンドして転がっていく。

四人全員が同じ状況だった。痺れる身体が言うことを聞かない。その中でも友奈だけが、いち早く復帰していた。

「風先輩!!」

友奈が叫び、こちらに救出に向かおうと脚を踏み出す。

だが、その動線を完璧に読んでいたかのように、天秤座から放たれた高速回転から繰り出される巨大な左フックが友奈を足元ごと吹き飛ばした。

「がぁっ……! !」

友奈の精霊が間一髪で防ぐが、その威力を殺しきれず、友奈の身体は宙へと弾き飛ばされる。そこへすかさず、水瓶座から射出されたウォータージェットが友奈に直撃した。

『友奈ちゃん!!』

「きッ…来ちゃダメ、東郷さんッ! こいつらに近づいちゃダメ!!」

地面に叩き付けられる寸前で身を捩り、どうにか着地した友奈だったが、膝をつき、口から血を吐き捨てた。

手も足も出ない。

近づこうとすれば強烈な風に晒され、距離を取ろうとすれば雷が飛んでくる。攻めようとすれば互いが互いの死角を完璧にカバーし合い、守りに回れば一方的に削り殺される。

「何か手は……っ!」

痺れた身体を起こしながら大剣を地面に突き立て、必死に立ち上がろうとする。だが、その頭上にはすでに天秤座の巨大なフックが迫っていた。

目の前に迫る──。

直後、凄まじい速度の何かがフックに直撃。軌道がずれてフックは私の頭すれすれを通過した。

「……え!?」

その瞬間、樹海を突き破るような、甲高い音速の衝撃波が轟く。

直後、もう一度私の目前に迫っていた天秤座のフックが、何の前触れもなく激しく歪み、爆音と共に弾け飛んだ。

空中から巻き起こる凄まじい暴風。風たちが目を見開いた視線の先、崩れ去るフックを前に一人の勇者が佇んでいた。

鮮やかな紫色の装束。腰まで棚引くポニーテール、それと多分東郷と私よりデカイ尻。

「真優………!?」

そこにいたのは、つい先ほどまで消息不明で大絶賛心配中な大葉真優だった。

 

 

ほんの数分前――。

樹海化の光が周囲を包み込んだ直後、僕は崩れた瓦礫の中で倒れ伏す乃木園子をそっと抱え上げた。

全身を包帯と補助器具で縛られた、あまりにも軽くて儚い身体。先ほどまで音速の槍を操り、僕を鎮圧しようとしていた人とはとても思えなかった。

「……大葉さん」

彼女は力なく僕を見つめ、掠れた声で囁いた。

「どうして……こんなことをするの……」

「……良いだろ。大赦の本部がどうなろうと、乃木さんをここに放置するわけにはいかない」

僕は彼女を、樹海の太い大木の根元、光の影になる安全な場所へと静かに座らせた。

「そこでじっとしてろ。……僕は、僕の戦いを終わらせてくる」

「…………頑張ってね…」

予想外の園子の声援を背に受けながら、僕は腰の光輪を全開にした。

『──2A式高速演算処理:ターゲット群を確認──』

脳内に直接響く声。思考が加速し、世界がスローモーションへと変わっていく。樹海の遥か彼方、激しい破壊音が響く戦闘領域。そこには、バーテックスの猛攻に倒れかける勇者部の部員たち――犬吠埼さんや夏凜ちゃんたちの姿があった。

「……絶望なんてしないさ…!」

僕は地面を強く踏み締め、音速の領域へと跳躍した。

空気を置き去りにし、マッハの速度で樹海を疾走する。そして群がるバーテックスの最前線へと乱入し、犬吠埼さんを襲おうとしていた個体に音速の蹴りを叩き込む。

「真優……!? 無事だったのね!?」

犬吠埼さんが驚愕の声を上げる。その身体は所々が黒く焦げている。どんな攻撃を受けたらこうなる?

「犬吠埼さん! みんな! 下がっててください!」

背中の光輪が激しく回転し、周囲の空間を威圧する。最高速度で蹴り抜いてやる。

「ここからは……僕がやります!」

「待って、真優! こいつら連携して──」

犬吠埼さんの警告が途切れる前に、僕は次のバーテックスへと牙を剥いた。光輪の出力を最大にし、音速の機動で空間を舞う。

だが――。

ブワッ……と、気味の悪い音が空間に満ち始めた。

「……ッ!? なんだ……!?」

頭上を見上げた瞬間、血の気が引いた。

視界目一杯にいたるところから、白い蛆のようなものが大量に羽虫のように飛来してきていたのだ。

網膜に投影される情報。バーテックスの小型個体──『星屑』と呼ばれるモノの無数の大群だった。

数百、数千──下手をすると数万。空を覆い尽くす白い流れとなった星屑の群れが、津波のような勢いでこちらに突っ込んでくる。

「嘘……でしょ……!? こんな時に…!」

夏凜ちゃんの悲鳴が上がる。

言わば小型トラックの集団突撃。勇者のパワーなら少しは弾けるが、あっという間に"孤立"させられた。

そして星屑たちは僕や勇者部の皆に突撃するだけではなかった。彼らは狂ったように、樹海を構成する神樹の結晶や巨大な植物群へと取り付き、補食するようにその口で齧り始めたのだ。

「樹海が……削られていく……!?」

誰かの悲鳴。

星屑の群れが牙を剥き、神樹そのものを内側から食い荒らし始めた。色鮮やかだった七色の植物たちが、黒い腐食に侵され、音を立てて崩壊していく。樹海が破壊されれば、現実世界の四国がそのままバーテックスの侵攻に晒される。

「…チッ!気持ちが悪いんだよっ!!」

僕は光輪からワイヤーを射出させ、音速で回転しながら星屑の群れを薙ぎ払った。一瞬で数百の星屑が弾け飛ぶ。だが多すぎる、殺しても殺しても、次から次へとさらに津波となって押し寄せてくる。

さらに、その星屑の密雲に紛れて、大型のバーテックスたちが再び連携して攻撃を再開した。

星屑の視界遮断と、水瓶座からの精密射撃と牡羊座からの放電攻撃。

「がはっ……!?」

ほぼ背後から放たれた攻撃が僕の精霊バリアを叩き、その衝撃で地面へ叩き落とされる。立ち上がろうとした直後に、真上から数十匹の星屑が群がり、その衝撃が僕の体を打ち据える。

「真優!!」

『だめ……抑えきれない……ッ!』

勇者部全員が、星屑の圧倒的な「数」とバーテックスの「連携」によって、完全に孤立し、地面へと押し潰されていく。樹海が次々と侵食され、樹海の亀裂から現実世界が覗き始めそうなほどだった。

このままではみんなもたない。

 

 

「はぁ……はぁ……っ! くっ……!」

東郷=私は戦闘を続けていた。

周囲には、精霊『刑部狸』や『青坊主』たちが展開され、長距離ライフルと拳銃を狂ったような精度で連射し続けている。

耳に入るのは発砲音と爆発音のみ。

放たれる弾丸は正確無比に星屑の群れを穿ち、大型バーテックスの弱点を的確に狙い撃っていた。だが──追いつかないし効いていない。

どんなに彼女が精密な射撃を重ねようとも、空を覆い尽くす数万の星屑の前に、単発の射撃は砂漠に水を撒くようなものでしかなかった。

「早く……倒れてッ!!」

必死に叫びながらライフルを再装填する。だが、射撃の合間を縫って、十数匹の星屑がこちら目掛けて牙を剥いて飛びかかってきた。

『東郷さんッ!!』

どこか遠くで友奈ちゃんが叫ぶ、自分も同じ目に会ってるというのにこちらの心配をしてくれている。

精霊バリアが星屑の衝突を受け止め、身体が激しく揺さぶられる。衝撃でライフルの照準が大きくずれ、彼女の頬から朱い血が伝い落ちた。

視界の先では、音速の機動で縦横無尽に戦っていた大葉先輩が、無限の数の前に足をすくわれ、地面へと叩き落とされている。

風先輩は立ち上がれず、樹ちゃんは友奈ちゃんを庇って傷つき、夏凜さんも双剣を叩き折られそうになりながら必死に持ちこたえている。

そして──自分たちの世界を覆う樹海の結界が、白い星屑たちに喰い荒らされ、バリバリと蜘蛛の巣状に砕け散っていく音が絶え間なく響いていた。

このままじゃ……負ける……。

そう思ったと同時に伏せていた地面が震え出す。

直後、真下から地面を"潜航"していた魚座が急浮上、私の身体は上空に打ち上げられた。揺さぶられる頭、霞む視界、悲鳴をあげようにも肺から空気が無くなり唾液だけが口から飛び散る。

その魚座の背に乗っていた双子座がこちらに向けて跳躍、そして蹴りを放つ。

頭に直撃、更なる衝撃で意識が飛びかける、鼻から血が噴き出すのを感じる、口にも鉄の味が広がる。

そのまま地上へ叩きつけられる。

対応出来ない、押しきられる。

自分の胸の中で、凍りつくような絶望が広がる。

樹海が破られたら……四国が……みんなの暮らす街が、一瞬で踏み荒らされる。友奈ちゃんも、風先輩も、樹ちゃんも、夏凜さんも……そして先ほどまで酷い目に会ってたかもしれない大葉先輩も……全員、殺されてしまう

あの平和な日常。学校での笑い声。みんなで食べたうどんの味。

それらすべてが、今、目の前で踏み潰されようとしている。

そんなものは拒否しなければならない。

自分の目から、溢れ出る涙。

私が守る……! 私がみんなを守らなきゃダメなの! どんなになっても……私がこの手で世界を守るのよッ!!

胸の底から湧き上がったのは、恐怖を完全に塗りつぶすほどの、狂気的なまでの拒絶と使命感、そして"喪失感"。

もっと強い力を。この数十万の悪夢を、目の前のこの怨敵を一瞬で焼き払う絶対的な火力を――!

その激しい執念と覚悟が限界に達した。

勇者システムが勝手に何かを起動する。

動作が止まる。

端末の画面には、今まで見たこともない文字が、血のような赤で浮かび上がっていた。

魚座が真下の私に向けて突撃する。

止めをさすために。

「こっちの番ですよ……ッ!」

『満開』

突如、10mを超える長い砲身が現れ、魚座を突き刺す。余りの衝撃に地面がめくれた。

直後、自分の背後から、さらに5つの砲身が現れ、全てが魚座に突き刺さる。砲身からの放電、エネルギーの充填。圧倒的な密度の神聖なエネルギーが爆発的に吹き出した。

凄まじい光の奔流が魚座を焼き尽くす。そして御霊ごと爆発。樹海全体を揺るがすほどの圧力が、自分を中心に全方向へ広がっていく。貫通した光の余波により群がっていた星屑たちはその光に触れただけで一瞬にして蒸発し、消滅していく。

「……私は、勇者部の東郷美森」

光の渦の中心で、私は静かに、そして力強く言葉を紡ぐ。

その声には、迷いも、怯えも、一切存在しなかった。

「みんなを……この世界を、私が絶対に守ってみせる!!」

光が弾けた。

身体を包んでいた通常の勇者装束が粉々に砕け散り、神樹の威光をそのまま形にしたかのような、重厚で絢爛豪華な『満開装束』へと変貌を遂げる。

自分は巨大な砲塔をいくつも備えた浮遊砲台ユニットと一体化していた。幾重にも重なる黄金の光輪。長大な砲身を持つ浮遊砲撃ユニットが自分の意思の通りに照準をつける。

自身の全身に満ちあふれる万能感に息を呑んだ。

身体の痛みも、恐怖も、すべてが吹き飛んでいた。無限に湧き上がる神の力。これなら――これなら、すべてを破壊できる!

この力なら皆を守れる!

彼女の冷徹なまでに冴え渡った瞳が、天空を埋め尽くす数十万の星屑の群れ、そして後方に陣取る大型バーテックスたちを捉える。

意思に同調し、背後に展開された無数の巨大浮遊砲座が一斉に角度を変えた。砲口に集束していくのは、樹海の空間そのものを歪ませるほどの、莫大な、あまりにも暴力的で過剰なエネルギー。

「発射ぁ……ッ!!」

存在しない引き金が引かれた。

世界が真っ白に染まった。

全砲座から一斉に放たれたのは、音速を超えて空間を薙ぎ払う極大の広域拡散レーザーの束。

一瞬にして樹海の夜空が灯りに引き剥がされる。空を覆い尽くしていた数十万の星屑の群れが、その絶大な光束に飲み込まれ、悲鳴を上げる間もなく根こそぎ蒸発していく。

一閃。たった一閃で、樹海を内側から食い荒らしていた悪夢の群れが、影も残さず消滅したのだ。

『な……んだって……!?』

あまりの火力の桁違いさに、立ち上がろうとしていた大葉先輩は絶句していた。

「はぁ……はぁ……ッ!」

光り輝く満開装束の中心で、私は巨大な砲身を再装填し、残された大型バーテックスたちへと冷ややかな視線を向けた。

「次は……あなたたちよ」

圧倒的な力。世界を救う希望の光。

だが、その代償が「何か」の恐ろしさを、この時の私は"思い出せず"にいた。

 

 

「……すごい……ッ! これなら……いける!!」

何か凄い物に変身した東郷から放たれた極大レーザーが、天空を埋め尽くしていた星屑の八割を一瞬で焼き払った。その圧倒的な光景を目に焼き付けながら、犬吠埼風=私は大剣を強く握り直した。しかし、星屑達は結界外より補充されているのが確認出来た。猶予は少ない。

「みんな、東郷が作ってくれたこのチャンスを逃さないで! 残った大型バーテックスを叩くわよッ!」

「「「はいッ!!」」」

私の叫びに、友奈、夏凜、樹が応じる。真優は何も言わずに突っ込んでる。

痛む身体に気合を入れ、真っ先に前衛の天秤座へと地を蹴った。しかし──相手はただの相手ではなかった。星屑の群れを失ってもなお、残された大型個体たちは冷静かつ機械的な動きで陣形を崩さない。

大剣を振り下ろす軌道を予測していたかのように、さらに後方にいた牡牛座の個体が放った強烈な音波が身体全身を叩き、体勢を崩す。すかさず天秤座のフックが追撃として伸び、自分の身体を再び地面へと叩きつけた。

「くっ……!? この期におよんで…!!」

「風先輩!!」

友奈たちが加勢しようとするが、陣形が勇者部全体の動きを的確に阻害する。手も足も出ない。個々の力では突破できない「戦術」の壁。

その時、背後から可憐で、しかし悲壮な決意に満ちた声が響いた。樹の声。

「お姉ちゃん……みんな……! 私に任せて!!」

樹の身体から溢れんばかりの花の光を放つ。

『満開』

「樹ッ!?!」

樹の身体が光に包まれる。現れたのは、巨大な糸繰り機を思わせる無数の光の糸を纏った満開装束。

「はぁぁぁぁぁッ!!」

樹が両手を掲げると、幾重もの光の糸が束となって放たれ、勇者部の動きを抑え込んでいた牡牛座の巨躯、そして天秤座を絡め取った。ガチガチと音を立てて縫い付けられ、完全に行動を封じられる2体の大型バーテックス。先ほどまで暴れ散らかしていたものとは思えないほどガチガチに固められている。陣形に、決定的な「亀裂」が入った。

「今…だよ…ッ! お姉ちゃん!!」

「樹……っ! 皆!二手に分かれて速攻撃破よ!」

痛む身体を押し、命令を下す。

「友奈と夏凜は左翼の個体を! 私と真優で右翼の個体を叩く!!」

「了解ッ!」

「お任せぇ……ッ!」

二手に分かれた勇者たちが、崩れた陣形へ向けて一斉に肉迫を開始した。

「はあぁぁぁッ!!」

三好夏凜=あたしは二本の太刀を閃かせ、牡羊座の懐へと躍り出た。しかし、隣を走る結城友奈との息が微妙に合わない。

他人に合わせる訓練はしてきた、でも単純に友奈との練度が違い、そして私が基本的に下手くそなのだ。

「友奈! 出過ぎ!」

「ごめん夏凜ちゃん! でも、早く倒さないと……!」

友奈の呼吸の乱れ、そしてあたし自身の焦り。攻撃自体は届いているものの、決め手に欠ける手数が重なるだけで、戦闘が長引いていく。絶妙に牡羊座も後退しつつ小出しで電撃を放ってくるので、足が止められるのだ。

その間にも、空から降り注ぐ星屑の残党によって、樹海を構成する七色の結晶がバリバリと不気味な音を立てて侵食されていた。

樹海が侵食されてる。…… このまま時間をかけたら、町に被害が出る。

脳裏に、大赦で教え込まれてきた「完成型勇者」としての誇りと焦燥が渦巻く。

あたしは……みんなを守るためにここに来たんだ、 こんなところで躓いてたまるものか。

「退きなさい、友奈ッ!! 」

夏凜は二本の太刀を地面に突き立てる。

『満開』

「夏凜ちゃん! 」

友奈の叫びを遮り、夏凜の背後に四本もの巨大な腕型兵装が具現化する。満開の圧倒的な火力が夏凜の全身を駆け巡る。

「はあぁぁぁぁッ!!」

四本の腕と手にした太刀が音速を超えた斬撃を繰り出す。バックりと割られる牡羊座、しかし、割られた部位からさらに牡羊座の身体が増殖を始める。電撃だけではない厄介な特性。

だが、今ならそんなものは些事だ。それを可能にする力があたしにはある。

訓練で叩き込まれた連続攻撃。それを凄まじいスケールで実行し得るパワー。

「ふっ…!!!」

刹那の斬撃。わずか数秒の間に数千もの斬撃がバーテックスへと叩き込まれる。

巨躯は増殖を始めるも、その斬撃に耐えることが出来ずに微塵切りとなって御魂ごと爆砕した。

圧倒的な戦果。友奈に目を向けると訝しそうな顔で爆散する牡羊座を見つめていた。

「どうよ!見たでしょ友奈!」

「うん……、凄かった、でも何か時間稼ぎされた気がするの」

「えっ…?」

爆砕していく牡羊座。そして周囲で蠢く星屑たち。友奈の言葉が、夏凜に不気味な違和感を捉えさせていた。

だが、夏凜がその思考を深める暇は与えられなかった。

 

 

「だぁりやぁぁぁぁッ!!」

犬吠埼さんの大剣が重厚な一撃を無防備な水瓶座のへ叩きつける。装甲がほとんどないボディは大剣をまともにくらい上と下で分割される。下半分は崩壊し、上半分がノロノロと後退する。

これで厄介な陣形は崩れた、反対側では牡羊座が満開を発動した夏凜ちゃんによってバラバラに解体されていた。

それを見た犬吠埼さんは膝をつきかける、今一番ダメージを負っているの彼女だ、仕方ない。

だとしても後は残った敵を撃破していくだけだ。勝機が見えてきていた。だが、皆に満開を使わせてしまった。制止出来るほどこちらに余裕がないのはわかっているが、どうすればいい?

不安を募らせる。

次の瞬間──真優の思考加速が異変を察知した。肝が冷える、という感覚の上位互換。

「犬吠埼さん、何かおかしい!!」

両断された水瓶座が後退の速度を上げ、獅子座へと急接近していた。そして周囲ではの星屑が、不気味な黒い粘液を放ちながら一箇所へと集まり始めたのだ。

討伐された個体、生き残っていた個体が獅子座へと集約し、巨大な一つの歪な肉塊へと『合体』していく。

「な……なに……あれ……!?」

犬吠埼さんが息を呑む。

誕生したのは、これまでのどのバーテックスとも異なる、禍々しい巨山のような『合体バーテックス』。

おもむろに合体バーテックスの全身に無数の水で出来たレンズのような器官が浮かび上がり、全方位に向けて細い光線が一斉に照射された。

光が通過した部分は熱により熔断されていた。

そして、そのあまりの熱量に凄まじい爆風が巻き起こる。

「きゃあぁぁぁッ!?」

「ぐああぁぁぁッ!?」

さらに合体バーテックスはレンズの収束率を変化させ、辺り一面に熱光線を放射した。

樹海全体を焼き払う光線の嵐。吹き飛ばされる勇者部。衝撃で地表が削れ、僕もまた地面を何度もバウンドして激突した。

「くっ……あいつ、味方の能力を利用するのかよ……!」

水レンズは水瓶座の能力の応用

悪態をつきながら立ち上がろうとしたその時──頭上を絶大な質量が通過した。樹ちゃんの絶叫付きで。

「おおおぉぉぉぉッッ!!」

満開状態の樹ちゃんが、光の糸で縛り上げていた天秤座と牡牛座を、まるで巨大な投げつけるハンマーのように合体バーテックスの真正面へとダイレクトに激突させたのだ。

その速度は時速300キロは超えており、凄まじい質量同士の衝突は信じられない量の爆煙と土砂を巻き上げる。

僕達が紛れて接近出来る程度には視界を悪くしていた。

「大葉さんッ!!」

「いくよッ!!」

煙の中から飛び出したのは、結城さんと僕の2人。樹ちゃんと夏凜ちゃんはぶつけられた牡牛座と天秤座に即座に攻撃を加えていた。あっちは任せる。

音速を超える演算処理が、煙の中に佇む合体バーテックスの構造を解析する。

「結城さん! あいつは無理やり繋ぎ合わせてるだけだ! 接合部が脆弱なってる! そこを叩くよ!!」

「分かった! 大葉さん!場所を教えて」

「了ッ解!!!」

真優は腰の光輪を全開にし、音速の踏み込みで合体バーテックスの懐へ飛び込む。ワイヤーを節々に巻き付け、支点を引っ張る。メリメリと肉が剥げる音が響き、接合部が露出する。

「そこだッ、結城さん!!」

「いっけえぇぇぇぇッ!!」

結城さんの拳が、暴露された脆弱な接合部へと炸裂する。凄まじい衝撃波と共に肉塊が削り取られ、合体バーテックスが悲鳴を上げて崩れ落ちていく。

だが、こちらに収束率を上げたレンズが僕達に向けられていることに気付くのが遅れた。

圧倒的で無機質な殺意。

今までで一番威力の高い熱光線が直撃する瞬間、僕達とレンズの間に巨大な大剣が差し込まれる。

大剣に当たり拡散する熱光線。

ボロボロだった犬吠埼さんがギリギリで大剣を差し込み、僕達の壁にしてくれていた。

「ここが女子力の見せ所なのよぉーッッ!!!」

力の発現、光が彼女を変えていく。

満開の姿へと変わり、そのまま大剣を真上へと切り上げる、信じられない量の火花が舞い散りながら合体バーテックスは真っ二つになり、地面に倒れ込んだ。

近くでは牡牛座と天秤座が樹さんと夏凜ちゃんに撃破されていた。

ギリギリの攻防による撃破だった。

瞬く間に合体バーテックスは分解され、ついにはその核──『御魂』が露わになった。

「やった……御霊が出たよ!」

結城さんが叫ぶ。だが──。

露わになった御魂は、地上で撃破されることを拒むかのように、恐ろしい速度で垂直上昇を開始した。

「なっ……!? 逃げた!?」

御魂は一瞬で雲を突き抜け、樹海の天井を破り、遥か上空──大気圏外へと逃げ延びていく。

「そんな……あんな高いところ……攻撃が届かないよ……!」

結城さんが呆然と見上げる。上空に残された御魂は、大気圏外から樹海に向けて不吉な光を照射し始めていた。このまま御魂を撃破しなければ、侵食が進んでしまう。

僕は息を荒げながら、勇者部全員を見回した。

「……みんな。作戦がある」

「作戦……?あれを倒す奴?! 」

犬吠埼さんの問いに、力強く頷いた。そして東郷さんに無線を飛ばす。

「東郷さん、力を貸してくれ」

 

 

「東郷さん!」

「了解したわ……! 友奈ちゃん、大葉先輩、しっかり掴まって!」

大気圏外への強行突入作戦である。

満開状態の東郷さんの巨大な多脚・砲撃ユニットの上に、結城友奈=私と大葉さんが乗り込む。そしてその周囲を、同じく満開状態の風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃんの三人が護衛として取り囲む陣形が組まれた。

「行くわよ……ッ!!」

東郷の背後から、推進力としての莫大なエネルギーが噴射される。

まるで本物のロケットのように、東郷さんのユニットが急上昇を開始した。空気を切り裂き、雲を突き抜け、音速を遥かに超える速度で垂直に夜空へと駆け上がっていく。

「星屑が突っ込んでくるわよ!好きにさせないでッ!!」

風先輩が大剣を振り回し、上昇ラインに群がる星屑の群れを薙ぎ払う。

「お姉ちゃん、右からもッ!」

樹ちゃんの光の糸が星屑を網のように捕獲し、夏凜ちゃんがそれを完膚なきまでに撃破していく。三人の満開勇者たちが、命を削るような護衛で、私達の上昇ラインを完璧に死守する。

だが、大気圏外に到達した御魂から、凶悪な極太の光線がまっすぐ私達に目掛けて放たれた。

「直撃したら失速します……!」

「僕が防ぐ!!」

大葉さんが私達の前に躍り出る。身を挺しての防御だった。しかし、それは真横から妨害される。

私達を追随していた星屑、その"背中"を跳躍して接近していた双子座。その身は星屑の死骸を纏っていた、いや、画面上には星屑の反応だけがある、"生きた"星屑の腹に隠れていたのだ。

画面上に双子座が現れると同時に強烈な蹴りが大葉さんの腹部へと突き刺さる、そのまま成層圏へと落下する。

「ぐあッ……!!」

「大葉さん!!」

「先に行けっ!!!」

「回避します!!!」

直後、光線が私達に一発直撃、飛来した光線は3つ、東郷さんの回避により2つは外れた。しかし、一発は砲身の一つを吹き飛ばしていた。

損傷、しかし私達は御魂のへと近付けた──射程圏内へと突入。

「害をなす敵に……お仕置きですッ!!」

東郷さんの主砲が光を噴き、御魂を守っていた光線発射部を一瞬で粉砕した。

進路は確保された。後は殴るだけ。

「行きますッッ!!!」

「友奈ちゃん……いっけぇぇぇぇぇッ!!」

弾丸のように突撃する私。

視界の先に、赤く光る御魂が迫る。

その軸線上に躍り出る双子座。再び邪魔をしに来た。

その真後ろに躍り出る"大葉さん"。紫色の勇者装束は荒々しくなり、腕は長くなり、その爪が双子座を真後ろから串刺しにした。

満開していた。

大葉さんの目はオレンジ色に発光していた。

さらに双子座にワイヤーが接続した槍が突き刺さり、それはギリギリと双子座を四方八方へと広げていく。

大葉さんの咆哮、それと同時に双子座が御魂ごとひきちぎれて爆発。その爆発を突っ切って、無防備な御魂へと突撃する。

全身全霊を込めた拳が、大気圏外の静寂の中で、御魂の真っ芯へと叩き込まれた。

不快な亀裂の音。

そして――ドカンッ!!と、大気圏外で咲き誇る、あまりにも眩い爆発の光。

御魂の完全破壊。

その瞬間、四国を包み込んでいた樹海の空間が、スーッと色を失い、ゆっくりと解除されていった。

大気圏外の暗闇から、重力に惹かれるようにゆっくりと落ちていく真優、友奈、東郷の三人。樹海化が解けていく柔らかな光の中で、三人は互いの手を取り合いながら、緩やかに地上へと帰還していくのだった。

 

 

地上――樹海化が完全に解け、元の夜の山道へと戻った場所。

瓦礫と倒木が散乱する地面に、乃木園子=私は横たわっていた。

全身を包帯と器具で縛られた身体は、自力では指一つ動かすことすらできない。ただ力なく横たわり、夜空に浮かぶ星々を静かに見つめていた。

「……終わったんだね……大葉さん……」

ぽつりと漏れた呟き。

その時、ジャリ、ジャリ、と力強い靴音が倒木を踏み越えて近づいてきた。

現れたのは、黒いプレートキャリアを纏い、左肩に血の滲む手拭いを巻いた男――大葉継人。その背後には、桑折や御柱といった"懐かしい面子"たちが控えている。

継人は横たわる園子の前で足を止めると、軽々と私を担ぎ上げた。まさに枯れ木を集めるみたいな手軽な動作だった。

「……大葉……さん……」

動かない首を少しだけ傾け、掠れた声で問いかけた。

「……天の神と……正面から戦う気……?」

継人さんは不敵でどこか呆れたような笑みを浮かべて答えた。

「ハッ、当たり前だろ。あんな神様に、俺の息子や子供たちの未来を握られてたまるかよ。奪われたモンは、力づくで奪い返す。それが大人の仕事だ」

一切の迷いがない言葉。

園子は、どこか遠い目をしてその顔を見つめていた。

 

「"そのっち"、君も姉さんもあの狂ったシステムで全てを奪われた被害者だ、だから俺達は奪われた物を取り戻す為に戦う」

継人は園子の顔を覗き込み、低く、力強い声で告げた。

「また戦う気持ちがあるなら教えてくれ。天の神の喉元に、一緒に刃を突き立ててやろうぜ」

私は継人の腕の中で静かに目を閉じた。

夜風が吹く、崩壊した大赦本部と、樹海化から解き放たれた四国の夜空の下で。

私は"独り"であることが少し寂しくなった。

 

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