結城友奈は勇者であり、彼もまたそうだった   作:ビブロス

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思い出ーきおくー

消毒液の特有の匂いが、鼻腔を突く。

天井の蛍光灯が視界に映り込み、僕は重い瞼をゆっくりと開けた。全身に走る鈍い倦怠感。思考を加速させていた2A式高速演算処理の反動で脳の奥で微かに熱を持っていたが、それはすでに気にならないレベルになっている。

何でここに寝てるんだ?と思い出す。あの戦いの後、全員ボロボロで勇者部の部室に戻ったところで全員気を失ったのだ。

ホントに疲れてたんだな、僕達。

「……起きたか、真優」

ベッドの脇、影になっていた場所から低い声が届く。うわ、と声が出た。

見上げると、左肩に重々しい包帯を巻き、疲れ切った顔をした父親──大葉継人が椅子に腰かけていた。その眼光はいつになく重く、厳しさに満ちている。

「お父さん……僕……」

「何も喋るな。総力戦は終わった。バーテックスは退けたよ」

おまえ達のおかげでな、と続ける。

父親は深く息を吐くと、立ち上がり、僕の頭にぽんと手を置いた。だがその手は微かに震えていた。

「だが……無事では済まなかった。すぐにお前たち全員の精密検査を行う。立ち上がれるか?」

僕が頷くと、父親は病室のドアを開けた。廊下には、同じように病室から出てきた勇者部の面々──結城さん、東郷さん、犬吠埼さん、樹さん、夏凜ちゃんが揃っていた。全員、痛々しい包帯や湿布を巻いていた。

「……大葉さん、大丈夫?」

結城さんが弱々しく微笑みかけてくれるが、その声にいつもほどの元気はない。

僕たちは無言のまま、父親と桑折さんに導かれ、病院の検査室へと向かった。

長時間の検査後、僕たちは小さな会議室に集められた。部屋の中心には父親と桑折さんが立ち、壁のモニターに僕たちの人体スキャンデータが表示されている。

「……全員、揃ったな」

父親が重々しい口調で切り出した。その顔に笑顔はなく、まるで罪人が断頭台に立つかのように"覚悟"が決まっていた。

「検査結果を報告する。もう、薄々感じているだろうが、友奈君以外の皆には身体機能の欠損、単刀直入に言えば……お前たちに使わせてしまった『満開』による後遺症が現れている」

静まり返る室内。父親は手元の端末を操作し、モニターにそれぞれのデータを映し出した。

「東郷美森。左耳の機能──聴力の喪失」

「……やはり」

東郷さんが息を呑み、無意識に左耳へ手を当てた。

「犬吠埼風。左目の視力喪失」

風先輩が息を詰め、眼帯で覆われた左目を押さえる。

「犬吠埼樹。声帯機能の完全な麻痺。……言葉を発することができなくなっている」

樹ちゃんが喉元を抑え、声を出そうと唇を震わせるが、口から漏れたのは掠れた空気の音だけだった。犬吠埼さんが激しく動揺し、樹さんを抱き寄せる。

「三好夏凜。左腕の神経麻痺および運動機能喪失」

夏凜ちゃんはダラリと垂れ下がった自分の左腕を右手で握り締め、悔しそうに歯を食いしばった。

「そして……真優」

父親が僕を見つめる。その瞳には、親としての血を吐くような苦痛が宿っていた。

「子宮機能の全廃。……将来、子供を産むことができない身体になっている」

「……」

不思議な感じだった。ショックなのかどうかわからないが、『やっぱりか』という思いがあった。

後遺症が現れていない結城さんは押し黙っていた。

「そんな……そんなのってないわよ……ッ!」

犬吠埼さんが叫んだ。

「身体の機能が奪われるなんて……大赦からこんなこと聞いてないわよ! なんなのよこれ、どうして樹の声が……東郷の耳がッ! 夏凜の腕が奪われなきゃいけないのよ!!」

部屋の中に悲痛な悲鳴と殺伐とした雰囲気が充満する。

その時──父親が、僕たちの前で深く、深く頭を下げた。あまりにも唐突なので全員が黙ってしまった。

「……すまない」

「継人……」

桑折さんが声を上げるが、父親は腰を直角に折り曲げたまま、床を見つめて絞り出すように言った。

「これは我々が止めきれなかった故に起こった落ち度だ。勇者システムの代償、そして大赦の理不尽からお前たちを守り切れなかった……俺たちの責任だ」

「お父さん……」

「だが、約束する」

父親は顔を上げた。その瞳には、並々ならぬ執念の炎が燃え上がっていた。

「お前たちが失った機能は、俺たちが絶対に取り戻す。何としてでも奪われた身体を全て奪い返してやる。……だから、俺たちを信じてくれ」

文句を言える流れではなかった。それを感じているのか激昂していた犬吠埼さんは複雑そうな顔で椅子に座り直していた。

父親が頭を上げると、桑折さんが前に出た。

「……これより、2A『人工魂魄』を用いた機能補完治療の説明をしよう。皆が失った器官の神経伝達を、2Aによる認識拡張機能で擬似的に再現することで補い、日常生活に支障が出ないレベルまで回復させるリハビリプログラムです。だが、機能の回復までどれだけ掛かるかわからない、なので一応の対処として、神経信号の変換で機械的に対応する方向性だ」

桑折さんの淡々とした、しかし確かな治療計画の説明が始まる。

とはいえ、僕の心はそれどころではなかった。

こうなったのは僕が…、みんなの『満開』を止められなかったからだ……。

罪悪感と果たせなかった責任が重くのし掛かる。

父親からあれほど「満開は使うな」と強く言い含められていたのに。僕がもっと早く、もっと完璧に敵を倒していれば、犬吠埼さんも、東郷さんも、樹さんも、夏凜ちゃんも……こんな事にならずに済んだのに。

罪悪感が、胸を削り取るように痛む。

そして……それ以上に、僕の心を酷く戸惑わせていたのは、自分自身の「身体」だった。

変身が完全に解け、勇者服から病院の術後着に着替えた自分の身体。

胸の膨らみ、細い腰つき、そして何より――子宮の機能を失ったという事実。

変身が解けても、僕は男性の身体に戻らなかった。

父親曰く、恐らくは満開発動による後遺症的なもので、女性として完全に定着してしまった、ということらしい。

僕……本当に、女の子になったんだ。

子宮を失ったという生々しい感覚と、戻らない自分の肉体。

暗い部屋の隅で、僕は自分の細い手を見つめながら、これからどうしよう、と考えていた。

だが、驚いてはいても何故かこの状態が"普通"なのだと心のどこかが感じていた。

母親の記憶がそうさせるのか、それとも男が女に変わった時なんてそんな物なのかもしれない。なった人居ないから話も聞けないや。

 

病院の匂いは嫌いだ。鉄と薬が混ざり合った独特の空気が、呼吸を浅くさせる。

私──三好夏凜は、動かない左腕を右腕で抱えるようにして、病棟の廊下を進んでいた。こっちに行ってやれと継人さんに言われたのだ。春信、兄のところに行ってやれ、と。

「……まったく、なんなのよ」

不貞腐れたつぶやきが漏れる。

自分の左腕は、まるで冷たい丸太のように肩からぶら下がっているだけだった。指一本動かない。大赦の誇る「完成型勇者」として訓練を積んできた私が、腕一本動かせない半端者になったなんて、冗談じゃない。

廊下の奥、個室の前にたどり着く。ネームプレートには『三好春信』の文字。

あの総力戦の時、春信は右腕を負傷し、入院していると継人さんから教えられた、ここはあいつが入院してる部屋だ。

ケガは恐らくバーテックスの浸食による現実世界への干渉で受けた物。そう、私の責任。

コンコン、とノックをして扉を開ける。

「失礼するわよ……」

「お、夏凜ちゃんか! いらっしゃい」

ベッドの上に体を起こしていた春信は、拍子抜けするほど明るい声で私を迎えた。

彼の右袖は肩の近くで固く結ばれ、中身が完全に空っぽになっている。右腕がない。それなのに、彼の顔には悲壮感など欠片もなかった。

「……なによ、その能天気な顔は」

「ん? いやぁ、ヒマでさ。テレビも退屈だし、ちょうど誰か来ないかなと思ってたんだよ。夏凜ちゃん、左腕、大変だったな」

自分の体どころか、開口一番に私の心配をしてくる春信。

その態度が、私の中でカチリと何かの琴線を弾けさせた。

「……なんでよ」

「え?」

「なんでそんな平気そうな顔してるのよッ!!」

私は思わず叫んでいた。左腕が動かない分、右拳を固く握り締め、春信のベッドに詰め寄る。

「右腕がなくなってるのよ!? あなた、大赦の職員でエリートでしょ!? なんでそんな平気なのよ! わたしの心配なんてどうでもいいでしょ! 自分がそんな身体になって……悲しいとかないの!?」

理不尽な当たり散らしだった。分かっている。春信は私がちゃんとしなかったから怪我をしたのだ。なのに、自分の不甲斐なさと恐怖を隠すために、私はこの傷ついた兄に八つ当たりをしていた。

「わたしは……わたしは『完成型勇者』なのよ!? みんなを守るのがわたしの役目なの! なのに……わたしのせいで腕を失って、わたしも腕が動かなくなって……っ! こんなの、あんまりじゃない!!なんで…!なんで私のせいにしないの!!」

激昂する私に対し、春信は嫌な顔ひとつせず、ただ静かに私の言葉を受け止めていた。

そして、ぽりぽりと左手で頭をかくと、困ったように笑った。

「……あのさ、夏凜ちゃん」

「なによッ!」

「この腕は夏凜ちゃんのせいじゃないよ、もしこれが夏凜ちゃんのせいなのだとしても、君が皆の為に頑張ったことに変わりはないだろう?」

「……え?」

私の威勢が、ピタリと止まる。

春信は残された左手で私の動かない左腕を包み、力強く言った。

「お前たち勇者部も、俺達から見たらみんな可愛い妹みたいなもんだ。この右腕はお前達が大人顔負けに頑張ってくれた結果なんだ、これが最善、全く気にする必要なんて無い、後悔することじゃない」

「でも……わたしは勇者で……ッ」

「勇者でもある、だがその前に俺の妹だろう?どうせ継人さんがお前達の為の良い試験になるとか言って俺に義手持ってくるよ、気にするな」

春信はベッドから少し身を乗り出すと、残された左腕で、私の頭を力強く引き寄せ、抱きしめた。

「ッ……!?」

「不安だよな、 左腕が動かなくて、これから勇者としてやっていけるのか、みんなの役に立てなくなるんじゃないかって……」

包み込まれるような、温かい体温。

春信の匂いと、彼の力強い鼓動が伝わってくる。

「大丈夫だ。継人さんも、桑折さんも、俺も……お前たちを"守る"大人が絶対にお前たちを元に戻す。お前たちが変に背負うべきものなんて、何ひとつないんだよ。だから……大丈夫だよ夏凜」

「……っ、わたしは……っ、最高のエリート勇者なんだから……っ気負ってなんか……」

強がりを言おうとしたが、喉の奥がヒックと鳴った。

一度溢れ出した感情は、もう止められなかった。私は春信の病院着に顔を押し付け、残された右手で彼の背中を強く掴みながら、子供のように声を上げて泣いた。

「 …腕が……腕が動かなくなっちゃったの…… 私頑張って勇者になったのに、皆を助けなきゃいけないのに、こんなんじゃ誰も守れなくなっちゃう…………」

「守れるさ、それに守ってもやる、大丈夫兄ちゃんに任せとけ……」

兄は優しく、何度も何度も私の頭を撫でてくれた。

その左腕の温もりだけが、暗闇に落ちかけていた私の心を、かろうじて繋ぎ止めてくれていた。

 

 

別日。

讃州にある歴史ある邸宅──乃木家の本邸。

重厚な和室の畳の上に、大葉継人=俺と桑折が静かに座していた。上座には乃木家の当主、そしてその傍らには、車椅子に揺られる乃木園子の姿があった。

「──以上の経緯により、今回の総力戦は我々の勝利に終わりました」

桑折が淡々と報告書を読み上げる。

「神樹からの信託を受けた大赦の巫女によれば、今回の総力戦で天の神側も莫大なエネルギーを消費した模様。次の大型バーテックス襲来まで、およそ2ヶ月弱の『空白期間』が生じます」

「2ヶ月、か」

乃木家当主が重々しく頷いた。

「ええ」

引き継いで口を開く。

「この2ヶ月で、我々は戦力を完全に再構築・拡充することになります。方針は大きく分けて3つ」

三本指を立てる。

「第1に、勇者全員のメンタルおよび身体のケア。2A『人工魂魄』を用いた機能補完治療の実施。第2に、勇者システム全体の全面的な改修・強化。第3に、四国沿岸部における新たな自動迎撃設備の設置だ」

「なるほど……」

当主が目を細める。

「天の神の次なる侵攻に備え、神樹の結界だけに頼らない絶対防衛線を構築するわけだな」

「おおむねその通りです」

深々と頭を下げる。

「そのためには、未だに我々に懐疑的であり、大赦の旧体制に固執している一部の勢力を抑え込む必要があります。乃木家の権力をもって大赦内部の反乱分子を抑え、迎撃設備設置のための政界・財界への口利きと、少なくないの資金提供をお願いしたいところです」

こちらからの要請は、現状の根幹を揺るがす大胆不敵なものだった。

しかし、乃木家当主は迷うことなく深く頷いた。

「よいでしょう。貴方の提示する勇者システムの理念、そして子供たちを道具として使い潰さない姿勢……乃木家は全面的に賛同いたします。資金も権力も、望むだけお使いなさい」

「感謝します」

「ただし――」

突如、鈴が転がるような、しかし透き通った冷たい声が室内に響いた。

車椅子に座っている園子だった。

彼女は膝の上に置いた細い手を重ね、継人を真っ直ぐに見つめていた。

「……二つほど、条件があるんよ」

「園子?」

当主が驚いたように顔を向けるが、園子は制するように目線を向けた。

「一つ目。私の勇者システムも、大葉さんの手で更新して、強化してほしい」

継人は片眉を上げた。

「お前の身体は……キツイだろ」

「戦うよ」園子は感情の失われた瞳で言い切った。「車椅子のままでも、足が動かなくても、私は戦う。少し貴方達の向かう先を見たくなっただけ。それに大葉さんの作ったシステムなら……私でもまだ戦えるでしょう?」

継人は不敵に口元を歪めた。「……いくつか設計案は考えているが、ホントに良いのか?」

「……ふふ、楽しそう」園子はかすかに微笑むと、二つ目の条件を口にした。

「そして二つ目。勇者部の皆と……面会させてほしい。特に、大葉真優さんと、わっしー……あ、今は東郷さんか……」

その名前が出た瞬間、桑折の眉がピクリと跳ねた。

だが、継人は一切の躊躇なく頷いた。

「いいだろう。次の夏休み合宿で、お前も連れて行く。勇者部(あいつら)にとっても、先代勇者であるお前の経験は大きな力になるはずだ」

「決まり、だね」

園子は静かに目を閉じた。

 

退院後、最初の登校日。

朝の澄んだ空気を吸い込みながら、私──結城友奈は、東郷さんと共に学校への坂道を歩いていた。

「東郷さん、体調は大丈夫?」

「ええ、問題ないわ、友奈ちゃん。桑折さんのくれた機械のおかげで、左耳もいつもと同じように聞こえるわ」

東郷さんは優しく微笑むが、その左耳に装着された銀色の小さなデバイスが、あの激戦の代償を物語っていた。

私には無い"代償"。

坂道の途中で、海岸沿いの景色が目に入る。

かつて美しい砂浜と堤防が広がっていた海岸線は、合体バーテックスの光線と侵食によって、痛々しく粉砕され、痛々しい工事用のシートで覆われていた。

「……街が、壊れてるね」

「そうね、友奈ちゃん」

私の胸が、チリリと痛む。

私たちが守ったはずの街。だけど、守り切れなかった傷跡がそこには確実に残っていた。

「……大丈夫よ、友奈ちゃん。私たちがまた、守ればいいんだから」

東郷さんが私の手をギュッと握り締めてくれる。その温もりに励まされながら、私たちは学校の正面玄関に到着した。

だが──玄関付近は、朝から生徒たちの異常な人だかりとざわめきに包まれていた。

「え、なになに、何が起きてるの?」

好奇心旺盛な私が人だかりを押し分けて覗き込むと、そこには固まっている風先輩と樹ちゃん、そして人だかりの中心に立つ人物の姿があった。

「あ……結城さん……東郷さん……」

そこにいたのは、讃州中学の女子制服──臙脂色のリボンとセーラー服を身に纏った、大葉さんだった。

薄紫色の髪、華奢な肩、そして可憐なセーラー服を隆起させている胸。どこからどう見ても、息を呑むほど美しく可憐な「女子生徒」そのものだった。

「「「ええええぇぇぇぇッ!??!?」」」

私と東郷さんの叫びが重なる。そういや、女の子から戻れないみたいな話をしてた気がする。

周りの生徒たちが「大葉くんって……女の子だったの!?」と騒ぎ立てる中、眼帯をした風先輩が、大声で腕を振り回しながら強引な弁明を始めていた。

「あー! えー! みなさん静かにー! 実はね! 真優ちゃんは昔から女の子だったのよーッ! 家庭の、こう……すっごく複雑な事情があって、男装して登校してたのよー! でも今回、ご家庭の事情が解決して、めでたく女の子解禁になったのよーッ!!」

「無理がありすぎるだろその説明!!」と周囲の男子生徒から突っ込みが入るが、風先輩は「いいの! 本人が女の子って言ったら女の子なのッ!」と押し切っていた。

大葉さんは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で「うぅ……おはよう、結城さん、東郷さん……」とうつむいていた。

 

放課後。勇者部部室。

「……うぅ、女の子って大変なんだね……」

部室の椅子でどんよりと落ち込んでいる真優ちゃん。

スカートの裾を気にしたり、胸のあたりをそわそわと触ったりして、完全に馴染めていないご様子だ。

「まあまあ、大葉さんすごく似合ってるよ! めっちゃ可愛い!」

私がフォローすると、大葉さんは「ありがと……でも、男子トイレに行きそうになって男子生徒に悲鳴あげられた……」と泣きそうになっていた。

その時、風先輩のスマホが鳴り響いた。

「はーい、犬吠埼でーす」風先輩が電話に出る。

『こんにちは、風君。継人だ』

スピーカーから、大葉さんのお父さんの声が漏れる。

『来週から夏休みだろ?お前たち勇者部は、大赦の専用施設で強化合宿を行う。全員参加でね、準備していてくれ』

「合宿ですか? どこに行くんですか?」

『海の近くだ。どうせそこに真優もいるだろ?そいつ"似合う"服無いから適当に見繕ってやってくれ』

ブツリと電話が切れる。

「合宿……海!?」

私が目を輝かせると、風先輩の片目がギラリと光った。

「……海ね。なるほど……水着ね」

風先輩の視線が、どんよりしている大葉さんへと向けられた。

 

「いやだぁぁぁッ! 水着なんて着たくない! フリフリ服とか着たくない!買いに行きたくないッ!」

ショッピングセンターの巨大な吹き抜けモールに、真優の情けない悲鳴が響き渡っていた。

私──犬吠埼風は、左手に持ったブラックカードを指で弄びながら、真優の首根っこを掴んでズルズルと引きずっていた。

「ダメよ真優! 合宿は海の近くなのよ!? 水着がなかったら海に入れないじゃない!あとなんか海辺で着てたらめっちゃ似合う服とか買わないと!」

「海に入らなくていいです!海辺にも出ません! 僕は部屋でお留守番してますからぁッ!」

「問答無用! ほら、継人さんから『好きに使え』ってこのカード渡されてるんだから、容赦無く使わせてもらうわよ!」

「お父さんのバカーーーッ!」

私たちが向かったのは、モールの中でも一際敷居が高そうな、高級ブランドを取り扱うのセレクトショップだった。店構えからして洗練されており、煌びやかな水着やランジェリー等が飾られている。

「いらっしゃいませー」

お上品な店員さんが出迎えてくれる。私は真優をバッと前に押し出した。

「お姉さん! この子に最高に似合う水着と服……あと下着も一式、全部見繕ってあげてちょうだい! お金はいくらでも払うわ!」

「えっ……あの、僕は……」と狼狽える真優。

店員さんは真優の可憐な容姿とプロポーションを一目見るなり、プロの目をキランと光らせた。

「お任せくださいませ! お客様、最高の原石でございますわ! ささ、試着室へどうぞ!」

「ひえぇぇぇん! 鬼! 悪魔! 僕がどうなっても良いって言うのぉぉぉッ!?!?」

どうかしてもらう為に引き渡すのよ、と店員に真優を投げ渡す。

ドナドナのように試着室の奥へと連れ去られていく真優。

「ふふん、これでよし」

私達はショップのソファに深々と腰掛け、優雅に雑誌をめくり始めた。

──それから、約一時間が経過した。

「……か、……帰りました……」

絶望の淵から這い上がってきたかのような声。

振り返ると、そこには両手に大量の高級ブランドの紙袋をぶら下げ、半泣きで立ち尽くす真優の姿があった。

服の上からでも分かるほど、どこか雰囲気が洗練されている。髪型でも店員さんに少し整えられたっぽい。

「うわぁ、大量に買ったわね!」

「うぅ……店員さんが『これも似合う!』『これも絶対着るべき!』って、ビキニとかワンピースとか、ブラジャーとかパンティとか……全部着替えさせられて……採寸までされて……」

真優は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、紙袋で顔を隠した。

「下着まで全部見繕われたんだ」

私は真優の胸元をじーっと見つめた。

女子の身体として定着した今の真優の胸は、アホみたいに主張しており、その割に実にバランスの取れたスタイルをしている。

「よく真優のサイズに合うのがあったわねぇ……。やっぱり、完全に女の子になっちゃったのね」

「じろじろ見ないでよッ! もう嫌だ……お家帰る……」

半泣きで崩れ落ちる真優の背中を叩きながら、私は「よしよし、合宿が楽しみね!」と満足げに笑うのだった。

 

夏休み初日。

青々とした海を見下ろす高台に建つ、大赦の施設、それがチラリと見えるぐらいの位置。

私──東郷美森と勇者部は、桑折さんが運転する高級ワンボックスカーのシートに揺られながら、窓の外の景色を見つめていた。

車内には、雰囲気の良い曲が流れていた。

しかし洋楽である、許せん。

施設に到着すると、私たちはすぐに案内され、大赦の用意した専用の訓練服――動きやすい紺色のジャージに着替えさせられた。そのまま通されたのは、階段状のシートが並ぶ大型講義室だった。

「みんな、揃ったな!」

講義室の教壇で、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべて待っていたのは、右腕の袖を固く結んだ三好春信さんだった。

そして──その隣には、車椅子に座った少女の姿があった。

「……あ」

私の胸が、ドクンと激しく脈打った。

包帯と補助器具を身に纏い、車椅子の上で穏やかに微笑む少女

彼女と目が合った瞬間、私の胸の奥が、まるで昔から知っている誰かと再会したかのように、チリチリと熱く痺れるような感覚に襲われた。

この人………どうしてこんなに、胸が懐かしいような、切ない気持ちになるのかしら……。

春信さんがパンパンと手を叩き、講義室に声を響かせた。

「よし! これより、勇者システム改修に伴う特別合宿を開始する!それでさっきから気になってると思うけど、横の彼女は先代の勇者である乃木園子君だ、スーパーアドバイザーとして来てもらってる」

少しニヤニヤが減ったひきつった顔で春信さんは車椅子の包帯に巻かれた少女を紹介した。

「乃木園子なんよ、よろしくねぇ~」

淑女然とした声、私の横で大葉先輩が目をまん丸くした後に今にも唸りそうな顔で睨んでいた。それに対して彼女はニコニコとした目線を送っていた。

「 今回の改修で、君たちの装備は大々的なアップデートが行われことになる。それに伴い、戦術運用も大きく変わる、 君たちには新型装備の習熟と、新しい連携パターンを覚えてもらう、これはその為の合宿だ」

「新型装備……!?」夏凜ちゃんが目を見張る。

「そうだ」春信さんはニカッと笑った。

「まあ難しく考えないでもらいたい、こちらの指示に合わせて、教えられた通りの戦闘行動を取ってもらうだけだからな、簡単だよ、簡単」

「絶対簡単じゃない顔してるわよ、あの人……」

風先輩が苦そうな顔をする。

 

翌日から、講義と実践訓練が始まった。

講義以外の実践訓練には個々人にほぼマンツーマンで指導教官がつく形式が取られた。

風先輩には、刀剣使用の専門家である御柱さん。

樹ちゃんには、トラップと支援行動を教える早崎さん。

友奈ちゃん、夏凜ちゃん、そして大葉先輩には、継人さんが直接ついた。

そして──私、東郷美森の担当は。

「東郷さんは、俺と春信の二人体制だ」

桑折さんが腕を組んで告げた。

「えっ……私だけお二人なんですか?」

桑折さんが静かにかけなれてなさそうな眼鏡を上げ、説明してくれた。

「そう。今回のシステム改修後の勇者運用において、東郷さんの担う役割は『遊撃的長距離狙撃主』および『戦闘区域設定後の敵の陽動』です」

平たく言えば『囮』ですね、と桑折さんはぶっちゃけた。

「更新される新型装備の特性上、最も高い技術と複雑な思考処理が要求されることになる。そのため、私と春信の二人がかりで指導を行う」

私に与えられた役割の重さに、背筋が伸びる思いだった。

「率先して危険を背負うお役目、戦いの"一番槍"、後方にて皆を支援する事しか出来なかった時より遣り甲斐があります、頑張らせていただきます」

役割に対して訓練の内容はシンプルだった。

私の訓練は広大な模擬戦闘エリアで、次々と繰り出される模擬ターゲットを、決められた制限時間内に撃ち抜く訓練。樹ちゃんは山の中でのフィールドワークに近い狩猟、他3名は永遠と担当教官との戦闘訓練だった。

講義は新型装備の説明から始まり、各々の役割における重要性、そして普通に学校の夏休みの宿題でした。どちらかと言えば実践訓練の方がメインとなっていた。

実践訓練の合間、休憩室にはいつも車椅子の乃木園子さんが待っていてくれた。

ニコニコと笑い、こちらに話し掛けてくる、流れで春信さんにも話し掛けているが、春信さんはいつもひきつった顔で対応していた。

「……東郷さん、訓練の感じはどう?」

「そうですね、桑折さんからは射撃に関しては及第点をいただいてはいますが、陽動に関する訓練が未だに行われていないのが不満です、まあ、陽動方法が私の装備がないと難しいのはわかりますが……」

現状の不満を口にすると、乃木さんはそうなんねー、と笑う。

こういった形で訓練休憩の合間、私は園子さん二人きりで話す機会が増えていった。

私が訓練している間は良く大葉先輩に話し掛けている、大葉先輩もひきつった顔で対応していた。

会話の内容としては他愛もない世間話、そして学校の話をしていた。

「勇者部ってどんな活動をしてるん?」

「皆の為になることをやっています、万屋としての側面がありますが、賃金は頂いてませんね、時々お礼の物品等はもらったりしますが」

へー、楽しそうだねぇ、と園子さんは微笑む。

でも寂しそうに見えた。学校の話をしているときはいつもそんな感じだった。

「不躾を承知で聞きたいのですが」

「何~?」

「学校はどうされてるんですか?」

「あー、一応勉強はしてるけど、この"身体"だから行けてないんよ、でも中学3年生までの内容はやってるよ」

「ああ、先輩でしたか」

「違う、同級生なんよ」

え、と顔を向けると乃木さんはにんまり笑っていた。

「私、年齢的には中学2年生」

「ど、同級生でしたか」

「だからもっとフレンドリーにしてもらうと嬉しいなぁ~」

「フレンドリーですか……?」

「そうそう、乃木さん、じゃなくて"そのっち"ってあだ名で呼んで欲しいなぁ~」

「……そのっち?」

ふと気付く、びっくりするくらいしっくり来た。何故か彼女と話すたびに心に湧いていた喪失感が強くなる。

「へへ~、やっぱり"そっち"が良いんよ」

「出来るだけ言うようにいたします」

みんなにも同じ感じに呼んでもらいたいねぇ、と"そのっち"はブー垂れていた。

酷く懐かしくて悲しい気持ちがした。

そして"何か"足りなかった。

 

 

訓練に使用している大赦施設、此処を勇者の合宿の為に使うのも3回目、継人=俺は夜の散歩をしていた。深夜、訓練の進捗状況をまとめて、"衛使"の建造状況を確認してたら、夜も遅くなっていた。40を過ぎても海が近いと浜辺を歩きたくなる。

「お父さん」

いきなり後ろから呼び掛けられた、あまりの気配の無さにびっくりして振り返る。

薄い紫色のブラウスと白いスカートを着た"二夜"が居た。違う、二夜じゃない、あいつは此処に居ない。

「……真優か」

「うん、どうしてこんなとこ居るの?」

そりゃこっちの台詞だよ、と返すと真優はニコニコ笑いながら、その場でグルリと一回転して服を見せた。

「明日は訓練と講義休みだから、海とカフェに行こうって話になってさ、明日着ていく服の慣らし、どう?」

似合う?と真優は照れ臭そうに笑う。"二夜"も同じような服を持ってたなぁ、と懐かしく思う。

「似合ってるよ、休みを満喫してこい」

「……うん」

「……乗り気じゃないのか?」

そんな服の慣らしをするぐらいなら、ノリノリと思っていたが、違うらしい。

「お父さんに警告されてたのに、みんなを止められなかった」

「満開の件か……、戦闘の様子は確認してる、あれは"妥当"だ」

「……妥当ですませる被害じゃない!」

「あそこでお前達が満開して止めなければもっと被害が出ていた、お前達の被害は"甚大"だ、しかし被害をあそこで止められたのは"妥当"と言える」

「……」

「俺の考えが気にくわないか……、まあ、お前の認識している被害は勇者部の面々だけだ、被害者の顔を見るとそれだけが目立つ」

「今回の被害で一般人に被害は出てないじゃないか」

「今回は、だ。……2年前の瀬戸大橋が壊れた事故があったろ」

うん、と真優は首を縦にふる。

「あれはバーテックスとの戦闘による被害だ、そして、あの事故で桑折の妻と10歳の一人娘が死亡している」

「えっ……」

「被害者の顔が"見えた"か?お前達にさせてしまっているこの戦いは正真正銘『人を守る』戦いだ、戦うことでお前達にも被害が出る、だがそれで守られる者達もいる、仲間が傷付くのが嫌なら仲間を"守れ"、その為の力は俺達が用意する」

だから、せめて休暇はしっかりと休め、と続けた。

真優の背中を押し、施設へと帰るように促した。

帰っていく真優の背中、二夜と瓜二つの背中を送り出し、スマホを開いた。

データの奥底にある少し画素数が悪い1枚の写真、あの時の勇者と俺の写真。4人がこちらに向けて各々がポーズを取っている。笑顔の4人、もう生きてるのは俺だけだ。

俺の時間はあそこから動いてない。大人のふりが上手くなっても、俺の心はあの時間に囚われてる。奪われていった命に対する責任。そして俺が奪った命に対する贖罪。

もう、引けんのだ。

 

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