合宿中の唯一の完全休暇日。
今日ばかりは訓練も講義も一切なし。……ということで、私たち勇者部+乃木園子は、大葉継人さんたちから渡された「自由に使ってよし」という謎の無制限ブラックカードを手に、讃州の夏を一日遊び倒す超過密計画を決行していた。
「いい、みんな! 今日の標語は『全力で羽を伸ばす』! 訓練の辛さも全部波に洗い流すわよーッ!」
「「「おーッ!!」」」
夏の太陽がサンサンと照りつける砂浜で、私たちは真っ先に海へ飛び込んだ。
青い海、白い雲、そして全員の水着姿。
友奈は元気いっぱいのスポーティーなピンクのセパレート、樹は可憐なフリルつきのワンピース、東郷は品のある濃紺の落ち着いたデザイン、夏凜は機能性重視のスタイリッシュなビキニ。車椅子の乃木も、涼しげな羽織りを羽織ってパラソルの下でパフェを精霊につつかせながら楽しそうに微笑んでいる。
そして──真優である。
「うぅ……やっぱり……恥ずかしいな……」
先日のショッピングモールで店員さんに手配された、薄紫色の可憐なビキニ水着にシアーなパーカーを羽織った真優は、砂浜の端っこでモジモジと身体を縮めていた。男子だった頃の面影はどこへやら、腰が細い癖に出てるとこは出てるスタイル抜群な「超絶美少女」と化した真優の姿は、普通に目立っていた。
「何言ってるの真優! 似合ってるわよ! ほら、堂々としなさい!」
私が真優の背中をポンポン叩いていると、不意に不躾な足音が近づいてきた。
「ねぇねぇ君、 超かわいいね、 俺たちと向こうのビーチハウスで冷たいものでも飲まないー?」
チャラチャラした金髪の男二人組(典型的なナンパ男)が、真優の前に立ちはだかった。まだいたのかこんな奴。
「あ……えっと、あの、友達と来ているので……」
「いいじゃんいいじゃん! 友達も呼んでさー!」
真優が困惑して固まる。こんな絡まれ方するのは初めてなのだろう。当たり前である。
いや、まあチャラ男の気持ちはわかる、真優は可愛い。この前まで男だったというのに可愛らしい服を着てくれる。だが、まだ男の感覚が残っている感じがする。有り体に言えば、スケベな身体の癖に初心な感じがめちゃくちゃするのだ、これは男がほっとかない。正直いたずらしたい。
ふはは、私に比べればまだまだだが。
私が間に入ろうとした、その瞬間だった。
ずしん、ずしん、ずしん。
砂浜を揺らす重厚な足音。
突如として私たちに近づいて来たのは──全高2メートルを超える、妙にリアルで大きくて変な"ピンクのウサギ風の着ぐるみ"だった。頭部がアンバランスに大きく、目が死んでいる。
着ぐるみはぬうっとナンパ男たちの背後に立つと、言葉もなく、機械的な動きで二人の首根っこをガシッと掴んだ。
「え? なにこれ急に!? 痛い痛い痛い! 離せよッ!」
「うわ何だこの着ぐるみ!? 力強っ! どこ連れてくんだよーーーッ!?」
ジタバタ暴れるチャラ男二人を両脇に抱え、着ぐるみは無表情のまま、ズシン……ズシン……と遠くの松林の奥へと消えて行った。
何だあれ。え、ホントに何だあれ。
「……え?」
友奈が呆然と口を開ける。夏凜も固まっている。
「……なに、あれ?」
真優がパチクリと目を瞬かせた。
「な、なんなのよ今の着ぐるみは……!? いや、着ぐるみよね!?」
全員で首を傾げたが、答えは出なかった。とりあえずチャラ男は排除されたので、私たちは気を取り直して海の家で焼きそばを食べに向かうのだった。
◆
海で思いっきり泳いだ後は、第2の目的地である海沿いのお洒落なリゾートカフェへと移動した。
テラス席からは広大な瀬戸内海が一望でき、テーブルには華やかなパンケーキやトロピカルドリンクが所狭しと並べられている。
「わぁぁ! すごいよ東郷さん、パンケーキがふわふわだよ!」
「ええ、友奈ちゃん。果物もたくさん載っていて、とても美味しそうね」
そのっちも、「わー、女子会っぽいんよー」と嬉しそうに生クリームを精霊に頬張らせていた。さっきも同じような事をしていたけれど、一般人の人から見たらフォークだけ浮いてるように見えるはずなのでだいぶマズいはず。
まあ、良いでしょう、ほぼ私達だけの半個室なので見られませんでしょうし。
失われた私=東郷美森の左耳には、桑折さんが調整してくれた補聴装置が収まっており、みんなの楽しそうな笑い声がクリアに届いていた。この穏やかな日常を守るためなら、どんな訓練にも耐えられる──そう強く実感していた。
だが、そんな幸福な時間を破るように、またしても不調和な音が響く。
「おいおい、こんな田舎のカフェに、随分と上器量な小娘がいるじゃないか」
葉巻の匂いを漂わせた、ギラギラした高級時計を着けた中年男性──いかにもな成金社長風の男が、取り巻きのスーツ男を二人連れて、真優のテーブルへ寄ってきたのだ。田舎のカフェに来てるのは貴方の方じゃないか、と言い返したくなる。
「君、かなり良い顔とスタイルだね。どうだい、私の会社でタレントとしてデビューしないか? 高級車で美味しい店に連れて行ってあげるよ」
「……結構です、お断りします」
大葉先輩が嫌そうに顔を背けるが、社長はしつこく真優の肩に手を伸ばそうとする。
「まあそう言わずにさ――」
ズシン、と大きい足音がする。
振り向くと、カフェのウェイター服(巨大な蝶ネクタイ付き)を無理やり身に纏った――先ほど砂浜に現れた物とは違うが巨大で変な緑のトカゲの着ぐるみだった。
着ぐるみはぬうっと社長の横に立つと、社長の手首をガシッと掴んだ。
「なんだお前は!? 邪魔をするな──痛ッ! 痛痛痛ッ! 折れる、腕が折れるッ!私は企業だぞ!!!」
「社長!? こ、この着ぐるみ、力が重機並みですッ!」
取り巻きが焦る中、着ぐるみウェイターは社長をそのまま米俵のように担ぎ上げると、カフェの裏手にあるゴミステーションの方角へと黙々と歩き出した。
「な、何なんだお前はーーー! 助けてくれーーーッ!」
社長の悲鳴が遠ざかっていく。
「……さっきから何なの…?」
夏凜ちゃんがフォークを握りしめたまま呆然と呟く。
風先輩も「……え? いや、最近は着ぐるみがガードマンやってるの……?」と頭を抱えている。
「ふふ、なんだか面白い着ぐるみさんだねぇ」
そのっちだけが、のんびりとパンケーキを食べながら楽しそうに微笑んでいた。
◆
第3の目的地は、市街地にある大型ショッピングモール内のゲームセンターだった。
クーラーの効いた室内で、私たちは最新の格闘ゲームやシューティングゲーム、そしてプリクラを全員で楽しんだ。
「よしッ! コンボ決まった! 夏凜ちゃん、よわーい!」
「く~ッ!友奈!! もう一回!」
左腕につけられた補助装置のおかげで指先だけは動くようになった私=三好夏凜は、友奈相手に格闘ゲームでぼこぼこにされていた。樹も音ゲーで奇跡的なハイスコアを叩き出し、東郷と園子はプリクラ機の中で「決めポーズんよー」と楽しそうに撮影している。
そんな中、クレーンゲームのコーナーでぬいぐるみを眺めていた真優の元へ、またしても嫌な影が近づいた。
「ねえちゃん、可愛いじゃん、俺たちとゲーセンじゃなくて違うとこ行かね?」
今度はガラの悪いヤンキー風の若者三人組だった。真優の腕を強引に引っ張ろうとする。
「あの、……ちょっとやめてください! !」
真優が抵抗したその時、ズシン!と地鳴りが響いた。着ぐるみ、ではなく風である。
「ちょっと待ちなさいよーーーッ!!」
怒り狂った風が、鬼の形相で飛んでいった。信じられないくらいキレてる。
「何でよ!? 何で真優ばっかりナンパされるのよッ!? 私だって水着着たし、今日も可愛い服着てるでしょうがッ! 何で私には一人もナンパが来ないのよーーーッ! そこが納得いかないのよーーーッ!」
「えええええっ!? 何ッ何!?」
ヤンキーたちが風の迫力にドン引きして後ずさる。今にも殴りかかりそうな風を真優が引き留める。
大事になりかけたその時、ゲームコーナーの筐体の影から、ズシン……ズシン……と例の巨大着ぐるみが現れた。今度は「警備」と書かれた腕章を着けた茶色の犬だった。
「ひっ……な、なんだこの着ぐるみ!?」
着ぐるみは迷いなくヤンキー三人組の首根っこをまとめて掴むと、まるで落ち葉でも拾うかのように持ち上げた。
「うわあああッ!? 浮いた!? 離せッ、離せよこの怪物ッ!」
「離せぇ!この野良犬ゥ!!助けてくれぇぇぇッ!」
ヤンキーたちの叫び声を無視して、着ぐるみは裏口の自動ドアから静かに去って行った。
「……」
静まり返るゲームセンター。
「……ねえ」私が引きつった声で呟く。
「あれ、ホントに何? 完全に私たち……というか、真優を尾行して守ってるわよね?」
「うん……」
友奈がゴクリと唾を呑み込む。
「一体、中に誰がいるんだろう……?」
私たちは深まる謎に首を傾げながら、最後の目的地である夕食の場所へと向かった。
◆
第4の目的地――それは海が見えるキャンプ場での特大BBQだった。
施設側があらかじめ用意してくれた特設エリアには、最高級の讃岐牛、新鮮な魚介類、彩り豊かな野菜がドカンと並べられていた。私=結城友奈は涎を止められない。
「うわぁぁぁッ! お肉だーーーッ! 高級なお肉がいっぱいだよ、風先輩!」
「ふふふ、今日は無制限カードがあるからね! 追加でお肉も海鮮も食べ放題よーッ!」
全員がテンション最高潮でコンロの周りを囲んでいた、その時。
ぬるりと着ぐるみが現れた。しかも3体。
「うわぁッ!? また出たーーーーッ!」
「うわ!夏凜!塩撒きなさい!塩!」
「味塩こしょうしかないわよ!風!!」
「おいしくなっちゃうわねぇ!!」
「友奈ちゃん!今よ!出すのよ!アルファ波ぁッー!」
「波ぁッッー!!」
思わず全員が身構える。
夕闇が迫るキャンプ場に現れたのは、本日四度目の登場となる、あの巨大な3体の着ぐるみだった。全種類揃い踏みである。着ぐるみは恭しく巨大な肉の盛り合わせ大皿を両手で掲げ、テーブルの上にトン、と置いた。
「っ! こいつ、一体何者なのよ!?」
夏凜ちゃんが構え、風先輩が前に出る。
その時、風先輩のスマートフォンがけたたましく鳴り響いた。画面には『大葉継人』の表示。
「もしもし、継人さん!? 今、変な着ぐるみが──」
『あー、風君か、今3体そっちに着いたか?』
電話の向こうで、継人さんが淡々と言った。
『そいつは今日からお前たちに同行させているテスト機だ。次の戦闘から、お前たち勇者部に付き従う仲間だと思ってくれ、一人に3機つける』
「は……? 仲間……? この着ぐるみがですか!?」
『そ、偽装解除しろ』
継人さんが電話越しに指示を出すと、着ぐるみがおもむろに自分の頭、着ぐるみの首をパカッと外した。
スポンッ!
「……え!?」
着ぐるみの胴体の中から現れたのは――人間ではなく、鈍い銀色に光る、機械の頭。
ウサギからはドラム缶に2つの大きなアンテナ、頑丈な機械の腕と脚が生えたような、無骨な足回りのロボット。
トカゲからは三角の頭に細い胴体と細長い腕を持った、細いロボット。
犬からは細長い頭に、四足歩行出来そうな獣足を持つロボット。
『そいつは衛使(えいし)と呼ばれる自律型支援ドローンでな、勇者のバックアップを主目的として作った』
継人さんの声がスピーカーから響く。
『勇者の戦闘支援、および日常での護衛を担当させる。そして、その衛使の中に入っているのが本体だ。おい、見せてやれ』
3体のロボット(衛使)が、頭部の蓋をと開けた。
次の瞬間――。
ブワァァァァッ……っと羽虫のように何かが飛び出す。純白色の光を放つ何か、ヒラヒラフワフワしながら勇者部全員に三匹ずつ纏わりつく。
「きゃっ!? なにこれ!?」
それは、手のひらサイズの、薄いポリエチレン膜のような、半透明でふわふわとした質感だった。ポリエチレンの表面には、マジックで描いたようなつぶらな「目」がちょん、ちょんと雑に書かれている。
フワフワ、フワフワと、何十匹ものポリエチレン精霊たちが、私たちの周りを無邪気に飛び回る。
「可愛い……っ!?」
樹ちゃんが手を伸ばすと、一匹のポリエチレン精霊が樹ちゃんの手のひらにちょこんと乗って、嬉しそうにパタパタと身体を揺らした。
『それは精霊の開発過程で生成された【人工簡易精霊】だ』と継人さん。
『大赦の精霊と違って能力はないが、衛使の操作及び衛使自身を樹海内に存在させる為に使える。……名前はまあ、総称としてポリエチレン君だ、お前達の下につけるから自由に名前をつけてやってくれ』
「名前つけて良いんだ……!どうしよ!」
真優ちゃんがそっと手を出すと、総称ポリエチレン君たちが群がって真優ちゃんの頬にすりすりと擦り寄った。
「ふふ……なんだか、柔らかいねぇ、名前はどうしようか、……」
「へぇー、 夏凜より愛嬌あるわねぇ」
「私に頬すりすりされたいの?」
「はっはっは、出来んことを仰るなよ夏凜さん!」
「やってやろうじゃないの!!」
風先輩に夏凜さんが組かかる。
「……ふむ、自律型支援機と勇者の混成運用か。大葉さんの技術は相変わらず常識外れね」
東郷さんも感心したように頷いている。
「これすごいんよー!どこでも運んでくれるー!」
さっそく衛使に自分を担がせ、園ちゃんは縦横無尽に特設エリア内を動き回る。
『そういうわけだ。そいつらも交えて、BBQを楽しんでくれ』
電話が切れる。
「よしっ! ポリエチレン君も仲間になったことだし、焼くわよーーーッ!」
「「「おーッ!!」」」
ジュージューと肉が焼けるいい匂いの中、私たちはポリエチレン君たちをフワフワと周りに飛ばしながら、賑やかで最高に美味しいBBQの夜を過ごしたのだった。
ちなみに2匹程度BBQコンロに近寄り過ぎてくしゃくしゃになってた。
◆
合宿が終わり、二学期の学校生活が始まった。
女子制服を着るのも慣れ、夏休みから二週間が経ち、クラスの生徒たちも「僕=大葉真優=元・男装の美少女」という事実にようやく慣れてきた頃だった。もっとも、男子生徒からの視線は相変わらず熱く、廊下を歩くだけでザワつくのは相変わらずだったけれど。
放課後、夕焼けが教室を赤く染める頃。
「大葉真優。少し面を貸せ」
低く、硬い声。
振り返ると、そこに立っていたのは同じクラスの赤嶺くんだった。鋭い眼光、どこか影のある雰囲気を纏った彼は、クラスでも寡黙なことが多い男子生徒だ。
でも、この前野球の試合の時に僕に変なことさせた奴でもある。
「……赤嶺くん?」
僕は首を傾げながら、彼に促されて校舎の裏手、渡り廊下の影になっている場所へと移動した。
夕風が吹き抜ける校舎裏。赤嶺は壁に背を預け、腕を組んだまま、どこか気まずそうに視線を逸らして切り出した。
「……大赦の組織が再編されたのは知っているな」
「うん、お父さんたちが、大赦の内部を組み替えてるって聞いてる」
「そうだ」
赤嶺は苦々しそうに吐き捨てた。
「俺たちのような大赦の諜報員も、新しい組織に統合された。そして……俺に下された新しい任務が、お前の護衛だ」
「ぼ、僕の……護衛?」
「ああ」
赤嶺君は冷たい瞳でわたしを見つめた。
「だが……先日の件もある。お前にとって、俺は大赦の刺客であり、敵だった男だ。不快だろう。……だから、安心しろ。護衛とは言っても、遠くから見張るだけだ。学校でも俺とは話さなくていい。存在を無視してくれて構わない」
赤嶺くんの言葉には、彼なりの不器用な矜持と、僕に対する罪悪感が滲んでいた。
僕は……静かに息を吸うと、一歩前へ踏み出した。
「やだ」
「……あ?」
赤嶺くんが眉をひそめる。
「そんなの、絶対に嫌。同じクラスなのに無視するなんて、すごく寂しいじゃん」
「お前……自分が何を言っているのか分かっているのか? 俺はお前たちの命を狙った側なんだぞ!」
「でも、今は味方なんでしょ?それにあれは命は狙ってなかったじゃん、命令で僕を捕まえただけでしょ?それに君は捕まえられてなかったし」
気絶してたしね、と続けると赤嶺君はプイっとそっぽを向いた。
僕はまっすぐに赤嶺の目を見つめ、にこりと微笑んだ。そして、右手をすっと差し出した。
「これからよろしくね、赤嶺くん。護衛、頼りにしてるよ」
「っ……ふざけるな。お前……そんな簡単に許せるわけが──」
赤嶺が拒絶しようと後ずさるのを、わたしは逃さなかった。速攻で一歩踏み込み、彼の右手を強引にガシッと握りしめた。
「はい! 握手! これで全部、水に流したってことで!」
「お、おいッ! 離せッ!」
赤嶺は顔を真っ赤にして手を引き抜こうとするが、勇者として鍛えられた僕の握力から逃れられるはずもない。
「仲良くしようね、赤嶺くん!」
わたしが笑いかけると、赤嶺は毒気を抜かれたようにハァと大きなため息をついた。
「……お前、本当に変な奴だな」
彼が諦めたように力を抜き、何かを言いかけようとした――その瞬間だった。
キィィィィィィン――――……ッ!
世界から、音が消えた。
夕焼けの空が、一瞬で重厚な七色の結晶体に覆われていく。校庭の木々の揺れが止まり、遠くを飛んでいた鳥が空中で完全に静止する。
「……樹海化……!?」
赤嶺君は時間停止で止まっている。
わたしは差し出していた手を引き、端末を強く握りしめた。
「じゃ、赤嶺くん、行ってくるね」
赤嶺君と自分が光に包まれていくのを見つめながら、わたしは光の中へと躍り出た。
◆
教室で樹海化に巻き込まれた。
すぐに変身。光の粒子が私の全身を包み込む。
網膜に直接情報が投影、鮮やかな戦闘用HUDを展開した。
声は……出ないけれど。システムを通して、私の意志はみんなに届く。
指定された戦闘ポイントへ跳躍した頃には、すでに戦闘は始まっていた。
空中を、轟音と共に高速で疾走するシルエット。
「──全隊、配置につきましたね。これより敵個体の陽動を開始します」
東郷先輩だ。
今回の改修で、東郷先輩の勇者装備は腰後ろに大きな2基のプラズマジェット推進器と可変翼が取り付けられている。光輪により大電力が確保され、高効率で大推力を得られる、よって「完全な空中飛行能力」を獲得していた。彼女は空を縦横無尽に飛び回りながら、ライフルで敵の注意を惹きつけている。
私の網膜投影に、立体的な作戦エリアが表示された。
『六番隊、ポイントへの移動確認。予定通り敵を誘導する』
春信さんの声が、頭の中に直接響く。
春信さんは今樹海の中にいる。生身で居るのではなく、ワンボックス程度の箱の中に入っている。特殊な装置『認識誤認装置』というものが装備されている、らしい。詳しい事は教えてもらったが、全くわからなかった。とりあえず、夏凜さんがうへぇって顔はしていた。
現れた大型バーテックスは二体──乙女座と蠍座。そして、それを囲む数千の星屑の群れ。
向こうは東郷先輩の行動に対してすぐに攻撃を開始した。
乙女座は背部の器官から星屑を吸い込むと、体内を経由した後、空へ向けて次々と射出。星屑は自らで軌道を変えながら東郷先輩へと突撃。身と推進器を捻り、回避行動。それを攻撃はさらに追随。可変翼を前向きに、前進翼と呼ばれる状態になり、機動性が上がり攻撃を振り切った
。限界が来たのか、攻撃は空中で爆散した。
東郷先輩に攻撃を当てるには近付くしかないと乙女座は判断したのか、ぐいぐいと東郷先輩方面へと動く。そこら中に星屑誘導爆弾を射出しながら。
地上を焼き払う爆煙。だが、私たちは動じない。
その爆煙を縫うようにもう一体がこちらに接近してくる。蠍座である。
「蠍座が低空を這って接近してくるわ! 樹、任せたわよ!」
お姉ちゃんの叫び。
地表を高速で滑るように迫ってくる蠍座。巨大な毒針を持ち、驚異的な突進力でこちらを押し潰そうとしてくる。
だが──私は既に糸を操作し、地表へ張り巡らせていた。かすみ網と呼ばれる視認性の低い糸で編まれた罠。蠍座はそれに絡まり、暴れ、さらに絡まっていく。関節を完全に絡め取り、身動きを封じた時、上空から推進器の音が"四つ"。
『今です、東郷先輩!』
補助器具により声帯から声を出さずに任意の対象のスピーカーから声を出す。緊張してドもる事など発生しなくなった。
上空から、東郷先輩とトカゲ顔の飛行型"衛使"3機が垂直降下。
四つの機関砲が蠍座のハサミと毒針を正確に打ち抜き、その攻撃手段を瞬時に無力化した。
「とどめは、わたしが決めるわッ!」
夏凜さんが地を蹴った。
彼女の腰に懸架された新型兵装を抜き放つ──荷電粒子式切断兵装が青白いプラズマの光を発する。
一閃。
音速を超えたプラズマの刃が、身動きの取れない蠍座を縦真っ二つに切り裂いた。内部の御魂ごと粉砕され、蠍座は大爆発を起こして消滅した。
残りは乙女座。
一方、空中で爆撃を続けていた乙女座。
大量の爆弾化星屑を降らせているが──。
「僕が落とす!!」
真優さんの合図と共に、追随するドラム缶顔の衛使3機が大型の弾体加速器を構える。
真優さんは肩の装甲が展開、光輪による粒子加速で光が加速する。
網膜に弾着地点が表示、星屑と爆弾の両方"全て"。
「落ちろぉ!!」
衛使の弾体加速器による射撃、一直線上の星屑を消滅させる。その後、真優さんの"照射"。
肩の展開した装甲から何本もの光が照射される、光輪による空間屈折によって光は曲がりつつ残りの星屑を吹き飛ばし、余波の光が乙女座の頭部の半分を焼いた。
空が爆発と光で埋まった。頭部を焼かれた乙女座はグラリと体勢を崩した。
「打ち上げるよッ!」
真優さんの攻撃と同時に、友奈さんが乙女座の真下へ躍り出た。
「はあぁぁぁぁッ!!」
友奈さんのアッパーカットが、乙女座の下部へと直撃する。
新型になった友奈さんには光輪による空間圧縮から局所的に圧力を解放する装備が籠手に装備されている。それは籠手の先端と最後部の肘から解放される。反動制御の理由として搭載されており、両端から同じ威力の衝撃が発生する。だから、私達の中で戦うと戦闘被害が一番大きくなるのが友奈さんだ。
爆音。
それと同時に地表と上空に向かって衝撃波が発生した。
凄まじい衝撃波と共に、数トンの巨躯を持つ乙女座が上空へと打ち上げられる。
そこへ──上空で待機していたお姉ちゃんが、漆黒の巨大大剣を構えて急降下する。
「これで……終わりよぉぉぉぉッッ!!」
過重領域式大型切断兵装、あれは黒い大剣などではなく、刃先が目に見えない速度で回転している、ミクロン単位の刃は過重領域により、その小さい刃に数トンもの圧力をかけ、相手を削り切る。
それはチェーンソーと言って良い代物だ。
一閃。
乙女座の巨躯は、真っ二つとなって空中で木端微塵に爆砕した。
残された少数の星屑たちも、東郷先輩と真優さんの掃射によって一瞬で爆散され、生き残ったわずかな個体は恐れをなして撤退していった。
作戦開始から、わずか──9分45秒の出来事だった。
「……嘘でしょ。10分かかってないじゃない……!」
夏凜さんが自身の武器を見つめながら、信じられないというように呟いた。
「すごい……! 私たち、こんなに強くなったんだ……!」
友奈さんが拳を握りしめて喜ぶ。
お姉ちゃんも、東郷先輩も、真優さんも、互いに顔を見合わせて笑みを浮かべていた。
継人さんたちが与えてくれた新しい力、新しい装備、そして新しい戦い方。
私たちは、確実に強くなっていた。
◆
戦闘が終了し、樹海空間が、柔らかな光となって静かに消え去ろうとしていた。
変身を解除した勇者部の みんなが、「すごかったね!」
「これなら次の大型戦も絶対に勝てるわね!」と抱き合って喜び合っている。
僕もホッと胸を撫で下ろし、システム端末をポケットに仕舞おうとした──その時だった。
視界の端。
樹海空間と、現実世界が交差する「結界の境界線」──遥か数十キロメートル先の丘の上の空間に、誰かが立っているのが見えた。
誰か……いる……?
僕は即座に、自身のスマホで拡大した。
急速にズームし、その人影の姿を鮮明に映し出していく。
そこに立っていたのは――。
身に纏っているのは、大赦の巫女の装束とも、勇者の装束とも異なる、純白の……どこか古風で美しい「白い服」を着た一人の女性だった。
風になびく長い髪。
顔には霞のような光がかかっており、目元や鼻立ちといった詳細な容姿は全く判別できない。
ただ──。
その女性は、まっすぐにこちら……僕の方を見つめていた。
「……え?」
息が止まる。
女性の口元が、ゆっくりと動いた。
形作られたのは──明らかな【笑み】。
悲しみでも、怒りでもない。
どこか嘲笑うような、あるいは愛おしむような、狂気を含んだ滑らかな微笑み。
彼女が薄い唇を動かし、何か言葉を発したように見えた。
『―――』
音が届くことはなかった。
次の瞬間、樹海の光がパッと弾け、現実の世界──夕焼けの風景が戻ってきた。
画面には誰もいなかった。
ただ境界だけがあるだけだった。
「大葉さん? どうしたの、固まって?」
結城さんが、不思議そうにわたしの顔を覗き込んできた。
「あ……ううん、なんでもないよ、結城さん」
僕は慌てて首を振り、笑顔を作ってみせた。
気のせい……だよね? でも……あの女の人……最後に、なんて言ったんだろう……。
夕焼けの空を見上げながら、僕は背筋に走った冷たい悪寒を、消し去ることができずにいた。