死の静寂と、焼け焦げた鉄の臭いを経験した者達が放つ気配が大赦の本部会議室を満たしていた。私=犬吠埼風はそんな部屋を死んだ目で見つめていた。
あの悲惨な戦いから、三日が経過していた。
窓の外には、かつて私たちが守り抜いてきたはずの讃州の街が広がっている──いや、広がっていた、と言うべきだろう。視界に入る沿岸部の景色は、まるで巨大な怪獣に踏みにじられたかのように平然と崩れ去り、無惨な瓦礫の山へと変わり果てていた。
「──以上が、現時点での最新の被害状況だ」
大赦の巨大なモニターの前に立つ大葉継人は、一切の感情を削ぎ落とした冷徹な声で状況を読み上げた。
「特に被害が甚大だったのは海岸沿いの商業地区および住宅街。建物全体の約八割が倒壊、または半壊。現在確認されているだけでも……死傷者は"千人"を超えている。まだ瓦礫の下に取り残されている者も多く、救助活動は難航を極めている状態だ」
千人。
その数字が吐き出された瞬間、会議室の空気が氷点下まで凍りついた。友奈は両手で口を覆い、樹は車椅子の肘掛けを指が白くなるほど強く握りしめている。夏凜は唇を噛み締め、悔しさに顔を歪めていた。
今まで私たちが樹海の中で戦ってきたバーテックスは、倒せば街の破壊もただの事故という現象で現れ、住人も時間停止を何も知らないままでいたが、今回の戦いは現実で起きた。物はそのまま壊され。奪われた命は、二度と還ってこない。
「……それとな、もう一つ重大な問題がある」
継人はホログラムの画面を切り替えた。そこに映し出されたのは、スマホのカメラで撮影されたと思われる、荒い画質の動画だった。
煙が上がる路上で、ピンク色の衣装を纏った友奈が、そして変身した私たちが、生身の人間たちの目の前でバーテックスと交戦し、空へと跳躍する姿が鮮明に記録されていた。
「お前たちがその姿のまま市民の眼前に現れ、救助および戦闘を行ったことで、顔写真や動画がネット上に拡散している。これほど決定的な証拠が出回ってしまっては、従来の隠蔽工作は不可能だ。……まあ、これに関しては広報も含めて大赦の全力を挙げて情報操作を行い、CGのデマ動画として処理させる。お前たちが気にする必要はない」
「そんなこと……どうでもいいわよ!」
私はたまらず立ち上がり、長机を両手で叩いた。激しい音が会議室に響き渡る。
「いや……街の被害も、隠蔽工作もどうでもいいとは言わない、でも……今は真優のことでしょう!? 継人さん! なんであの子を変身させたのよ!? 満開したら死ぬって……変身するだけで寿命が縮むって言ったのはあなたじゃない!! 何であの子を戦場に出したのよッ!?」
感情のままに叫ぶ私に対し、継人は一切動じることなく、こちらを見つめていた、言葉を選んでいる事はわかっている。その沈黙に耐えかねたように、私と継人さんの間に割って入った影があった。
赤嶺と桐生だった。
二人は大赦の警備服を身に纏い、壁際で直立不動のまま固まっていた。いつもなら軽口を叩く赤嶺が、今は激しい悲痛の色を浮かべ、床を見つめている。
「……すまない」
ぽつりと、掠れた声で赤嶺が呟いた。
「赤嶺……?」
「俺たちが……不甲斐ないばかりに、大葉を止められなかった」
桐生が代わりに言葉を継ぐ。
「あの時、病院のロビーに黒い星屑が雪崩れ込んできたんだ。俺たちの銃も、衛使の電磁砲も奴らに対応出来なかった。避難していた何百人もの市民が、目と鼻の先で喰われそうになっていた……。大葉真優は、その子どもや市民たちを守るために、自らの意思で変身したんだ」
「継人さんは……真優に変身を強制したわけじゃない」
赤嶺が顔を上げ、血を吐くような思いで吐露する。「大葉が変身していなければ……あそこにいた全員が死んでいた。大葉は……俺たちを、見ず知らずの人たちを助けるために……自分の命を投げ出したんだッ!」
「──っ……!」
私は言葉を失い、力なく椅子へ崩れ落ちた。
クソッ……! クソッ!!
真優なら、そうするに決まっている。あいつは不器用で、自分の命の価値を軽視していて、だけど誰よりも優しい奴だから。目の前で子どもが襲われていたら、自分がどうなろうと変身して助けに飛んでいくに決まっているのだ。そんなあいつの性格を知っていながら、私は……。
不甲斐なさと悔しさに激しい悪態を胸の中で吐き捨てていると、静かに手が上がった。
東郷だった。
「……継人さん。私から一つ、質問があります」
東郷の瞳は、どこまでも冷静で、それでいてじっとりとしていた。
「あの戦いの最後……敵の結界を破った直後、私たちが目撃した白い大葉先輩……あれは一体何だったのですか? そして、彼女は一体どこへ消えたのですか?」
継人はホログラム端末を操作し、青い解析データを画面に出した。
「あの直後、ほんの数秒間だけ……大葉真優が落ちていく空間のピンポイントに、友奈君でしか検知できない特殊なバーテックス反応が観測された。そして次の瞬間、真優の生体反応は四国全域の結界内から完全に消失した」
「消失……!?」
夏凜が目を見開く。
「そうだ。現在、真優の生体反応およびあの未知の波長は、四国を囲む『結界の外』――天の神の領域に存在すると考えている。あれは現時点において、完全に大赦の管理下を離れた。」
「今後は……どうするつもりなんですか!?」
夏凜が身を乗り出す。
「真優を探して連れ戻すんでしょ!? まさか、そのまま見捨てるつもりではないですよね!?」
継人は冷たい目で勇者部全員を見回した。
「神樹が認識できない『黒いバーテックス』に関しては、既存の機械的監視装置に、友奈君の波長データから逆算して作成した専用フィルターを組み込み、自動検知システムを構築した。今後こちらに現れ次第、即座に排除を開始する」
継人は一度言葉を区切り、恐ろしいほど淡々と、最後の命令を口にした。
「そして──大葉真優に関してだが。今後あいつが現世、あるいは結界内に姿を現した場合……大赦はあいつをバーテックスと同等の敵対存在として認定する。見つけ次第、即座に排除にする」
「なっ……!?」
友奈が弾かれたように立ち上がった。
「な、何を言ってるんですか、継人さん!? 大葉さんは仲間です! 私たちの仲間を見つけ次第『排除』だなんて……そんなの、おかしいですよ!!」
「おかしくはない」
継人は友奈の叫びを、冷酷な一言で切り捨てた。「あの白に変貌した真優から発せられていたのはバーテックスの反応だ。バーテックスの相手をしてきた君ならわかるだろう、あれが暴れれば、たくさんの人間が死ぬ。勇者一人を救うために、四国の残された人類を危険に晒すわけにはいかない。」
「そんな……ッ」
友奈の瞳から涙が溢れ出す。だが、継人はそれ以上何も言わず、冷たく背を向けて会議室を去っていった。
◆
「ふざけないでよッ! 見つけ次第排除ですって!? あいつは真優の父親でしょ!? なんでそんな冷血なことが言えるのよッ!!」
大赦の施設を出た廊下で、風先輩は激しい怒りを爆発させていた。壁を思い切り殴りつけ、肩を激しく上下させている。樹ちゃんが心配そうにその背中を擦り、夏凜さんも苦虫を噛みつぶしたような顔で下を向いていた。
私=東郷美森は、そんな風先輩の前に静かに車椅子を進めた。
「……風先輩」
「東郷……あなたも怒りなさいよ! 真優が敵扱いされたのよ!? 私たちの仲間が……ッ!」
「怒っています。ですが……現実を見なければなりません」
私は至近距離で目撃した、あの「白い大葉先輩」の姿を思い出していた。
「あの時……大葉先輩の身体から解き放たれていた力場、そしてあの氷のように冷たい瞳……あれは間違いなく、私たちに対する明確な『殺意』でした。あれが次に私たちの前に現れる時、それは間違いなく四国を滅ぼすための攻撃として訪れます。被害が出る可能性は極めて高いでしょう」
「じゃあ……東郷は真優を殺すことに賛成だって言うの!?」
「いいえ」
私は即座に否定した。
「殺すことには断固として同意しかねます。大葉真優は私たちの勇者部員であり、救い出すべき対象です。……ですが、野放しにはできません。勇者部として、私たちはどう対処すべきですか、部長?」
私の問いかけに、風先輩は拳を強く握り締め、涙を拭った。
「……決まってるでしょ」
風先輩の答えは、驚くほどシンプルで、揺るぎないものだった。
「あいつが暴れるなら、私がぶん殴ってでも止める。それだけよ」
「……ええ。当面それが私たちの方針ですね」
私は小さく微笑んだ。
◆
その後、大赦からの指示により、状況が整うまで全員自宅待機ということになった。
私は自宅へ戻り、自室のドアを開けた。
……静かすぎる。
いつもなら、窓から差し込む夕日が部屋を橙色に染めているはずだった。だが、部屋の中は嫌なほど冷え切っていた。
そして──私のベッドの上に、彼女が座っていた。
純白の服、白銀の髪、そして冷たく輝く深紅の瞳。
先の戦いの最後に消え去った白い大葉先輩だった。
「──っ!?」
私は咄嗟にポケットの中の勇者端末へ手を伸ばそうとした。
だが、瞬間。
風を切る音すらなく、彼女は私の目の前に移動していた。素手で私の手首を掴み、端末を軽々と奪い取ると、私の耳元で鈴の鳴るような透き通った、だが底意地の悪い声で囁いた。
「……無駄だよ、東郷美森。わたしは貴女と『お話し』に来ただけなんだから」
彼女は奪った端末をポイと勉強机の上に放り投げると、私の対面にある椅子へと優雅に腰掛けた。
私は深呼吸をし、車椅子を調整してテーブルを挟む形で彼女と向き合った。
聞きたいことは山ほどある。だが、まずは目の前の存在の正体を確かめなければならない。
「……質問に答えてもらいます。貴女は……大葉先輩なのですか? 一体何の話をするために、わざわざここへ来たのです?」
私の問いに、白い少女は可憐な唇を歪め、くすくすと笑った。
「真優? あれと一緒にしないでほしいわ。わたしは──奉火祭にて天の神の贄とされた女、相良二夜よ」
相良二夜。
大葉先輩のお母さん。
「……二夜。大葉先輩の母である貴女が、何故先輩の身体を奪っているのですか?」
「知らないか、説明してあげるわ。貴女たちが愚かに何も知らずにこの大地に生きているか、ね」
二夜は脚を組み、優雅に語り始めた。
「かつて、わたしはお腹に子を宿したまま奉火祭の贄となった、でもお腹の子は継人の子供ではない、私の遺伝子を改造して作り上げた胚を私のお腹に仕込んだもの。それも継人が提唱していた理論を利用して調整した、人間を超越した種子をね。継人もその存在を知っていた、それでも自分の子として扱うと言っていたわ。でもその子は"真優"じゃない。」
「……先輩じゃない…?」
「あの子はわたしより先に死んだわ、頑張ったけどお腹から焼けちゃったのよ、先に消えていったのを覚えてるわ」
二夜はお腹を擦る、もう居ない何かを思い出すかのように。
「真優は私が天の神を構成する神の1柱と契約して作った私の分身」
「契約……?神と人がですか……?」
「わたしも貴女も巫女としての力がある、巫女はあちらからの声を聞き、こちらからの声を伝える、だけど、わたしの巫女の力は強すぎた、ただ人を滅ぼす事しか考えていなかった神に『憎しみ』という人の感情を理解、いや"植え付け"てしまった」
「神とは感情が無い物なのですか?」
「接触すればわかるはずよ、あれは人のような複雑な思考を持たない、そういう必要が無い存在なの、そいつに死ぬ寸前のわたしの憎しみという感情が伝播した、故に神はわたしの意思と魂を生かした、人類への敵意が"目的"の役に立つと思ってね」
目的とは人類を滅ぼすこと。
「だから、わたしは提案した人類を滅ぼすのなら人類を知らなければならない、とね、その為の分身体、魂すらわたしから切り分けられた不完全な存在」
二夜の口から飛び出すあまりにも不条理な事実に、私は言葉を失い、息を飲んだ。
「女のままではわたし自身であることが大赦に疑われるから、わざわざ男の姿にしてね。わたしと全く同じ適性を持つように作られたクローンなら、遅かれ早かれ勇者になり、バーテックスと戦うことになる」
「勇者は男性にはなれません」
「この子が勇者になった時のこと聞いたでしょう?家にあった端末を見つけたって、天の神は観測した人間の運命を誘導出来る」
ならば、大葉先輩の勇者になる運命は最初から決められていた。
「そして勇者全員の情報、戦術データ、神樹の状態がリアルタイムで天の神へと送信される。そのデータを元に貴女たちを全滅させて神樹を滅ぼす──それがわたしの計画」
二夜はそこで溜息をつき、つまらなさそうに髪を弄った。
「でも計算外だったのは、満開なんて機能を搭載した勇者システムが完成したこと。そして、その基礎理論を構築した継人が作り上げた新型システムが、思いの外天の神にとって興味の対象になったことね。だから、満開システムの応用で真優の巫女の力を使い、莫大な量の情報をこちらに流させた。その結果……真優の魂は代償として身体から乖離した。おカゲで真優だった『器』が空っぽになり、わたしがすんなりこの身体に入り込むことができたというわけ」
二夜は身を乗り出し、私を覗き込むように歪んだ笑みを浮かべた。
「どう? わかってくれたかしら? ……ねえ、東郷美森。貴女に提案があって来たの、わたしと一緒に、神樹を滅ぼさない?」
「……何……ですって?」
「この戦いは永遠に続くよ。神樹の命が尽きるまで、貴女たちはバーテックスと戦わされ続ける。いつか、貴女たちは満開を繰り返し……あの乃木園子よりも酷い、ただの動く肉塊へと成り果てる」
二夜は私の顔を指差した。
「どうせ気付いてるでしょう?貴女のその『記憶喪失』……それだって、過去に満開を行った代償だってこと。 貴女は大切な記憶を奪われ、いずれは仲間たちのことも忘れ、仲間からも忘れられ、何もできない供物として神樹に捧げられるの。……ねえ、そんな理不尽な世界を守るために、自分自身を犠牲にし続ける意味なんてある? なら──いっそのこと、全て壊してしまいましょう?」
悪魔の囁き。
失われた記憶、奪われていく身体、終わらない戦い。以前の旧体制の大赦のままなら、その誘いに乗っていたかもしれない。
しかし。それは悪魔が"囁いている"だけだ。
「……以前の、大赦になら私は絶望して、そうしていたかもしれませんね」
「……なに?」
二夜が怪訝そうに眉をひそめた。
私は静かに、胸の上に手を当てた。
「奪われていくだけなら、世界を恨んで全てを壊していたでしょう。……ですが、今の私には違います。奪われたものを、必死になって取り戻そうとしてくれる大切な人たちがいる。そして私自身……奪われたものを、少しずつ取り戻しつつある」
私は車椅子のブレーキをかけ、足を地面につけた。
そして──補助器具も使わず、自らの足でしっかりと立ち上がった。
「なっ……!?」
二夜が目を見開く。
私はゆっくりと一歩、また一歩と二夜へ歩み寄り、彼女の顔の目と鼻の先まで顔を近づけた。逃げ場のない至近距離で、彼女の深紅の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「私は覚えているぞ、相良二夜。貴女が……私の大切な親友だった『銀』と大好きな先生だった『椿さん』を殺したことを、私はお前をあの時に見たことを"覚えているぞ"」
一瞬、部屋の空気が変わる気がした。
「そんな貴女と手を組むことなど、万に一つもありません。それに──その大葉先輩の身体は、私たちが絶対に奪い返します。奪われたものは、キッチリと返してもらいます、"調子に乗るな売国奴"」
「……調子に乗るなよ、出来損ないがぁッ!!」
二夜の顔が激昂に歪む。 彼女は手に持っていた私の勇者端末を見せびらかしながら、白銀の刀を抜き放ち、私の首元へ突き付ける。
「変身もできない足萎えのお前に、何ができるッ!? 天の神の力を使えばここでお前を殺す事だって……!」
バキン、と二夜が言い終わるより早く、窓ガラスを突き破って飛来した槍が、寸分の狂いもなく二夜の刀を弾き飛ばす。
「なっ……!?」
衝撃で二夜の手からこぼれ落ちた私の勇者端末を、私は空中でキャッチし、即座に画面をタップした。
光が部屋を包み込み、私は一瞬で勇者装束を纏うと、そのまま破られた窓から外へと飛び出した。
「逃がすかッ!」
二夜も白銀の光を纏い、勇者装束となって部屋から飛び出してきた。だが──庭に着地した瞬間、二夜の足がピタリと止まった。
屋外にはライフルを構えた私だけではなく──変身した『乃木園子』、そして……『大葉継人』が立ちふさがっていたからだ。
「そのっち……! 継人さん……!」
私は安堵の息を漏らした。
実は、二夜と対峙している間、私は2Aの遠隔操作を応用し、ポケットの中の端末から密かに継人さんへ通信を繋ぎ続けていたのだ。私の位置情報を特定した園子と継人さんが、間一髪で駆けつけてくれたのだった。
園子は、普段の朗らかな表情を完全に消し去り、二夜に向かって恐ろしいほどの猛烈な殺意を放っていた。その身の周りには先ほど二夜の刀を弾き飛ばした槍が浮いている。
一方、継人は──冷たい眼差しの中に、どこか悲しげで、憐れむような色を浮かべて二夜を見つめていた。
「……チッ。嵌めたな、東郷美森……!」
二夜は吐き捨てるように言うと、後ろへ退く。
「交渉は決裂だ。……せいぜい束の間の平和を楽しむといい。次の戦いで、お前たちも、神樹も、この四国も……すべてわたしが滅ぼしてやるッ!」
二夜が宣戦布告を放ち、撤退のための空間跳躍を行おうとした──その瞬間。
づかづかづかと継人さんが二夜へと自然に近付く。
「……え?」
何のためらいもなく、無防備な二夜の頭の上から――拳でゴツンッと、容赦ない頑固骨を叩き落とした。
すごく、良い音がした。
「──痛ぁぁぁぁっ!?」
二夜は頭を押さえてその場にうずくまり、信じられないものを見る目で継人を見上げた。
「な……何をするんだ貴様ぁぁぁっ! わたしは天の神の使徒だぞ!? 天罰を下されて――」
「うるさい。生きてるならさっさと連絡しろ、このバカ野郎が」
継人は呆れたように言い放った。
「……つーか、相変わらず頭の良いフリしてコソコソ嫌がらせか。昔からお前のその陰湿な性格は変わらんな、普通ならお前は俺よりも1個上だから40入ってるんだぞ、情けの無い大人みたいなことするな」
「っ……~~~っ!! 殺す! 絶対に殺してやるからな大葉継人ぁぁぁぁッ!!」
二夜は顔を真っ赤にして激怒し、屈辱に震えながら、かろうじて空間跳躍でその場から消え去った。
嵐のような静寂が庭に訪れた。
私と園子は、あんまりな展開に開いた口が塞がらず、完全に固まっていた。
「……はぁ。全くあいつは、それっぽい雰囲気出すのは上手いがすぐに剥げる、昔から少しも変わらん」
継人は溜息をつくと、ポケットから通信端末を取り出して大赦本部へ連絡を始めた。
「あ、こちら継人だ。"二夜"を確認、ああ?うるさいなぁ、詳細は帰ってから報告する。とりあえず敵の次の襲撃の戦力を再計算する。……ああ、それと東郷家の窓ガラスの修理手配も頼む」
淡々と指示を出す継人の横で、園子がふよふよと浮いて私の方へ来た。
「……東郷さん。大丈夫……? 怪我はなかった……?」
心配そうに私を見下ろす園子。
私は胸が熱くなるのを感じ、優しく微笑んだ。
「……ええ、大丈夫ですよ。……もう、『わっしー』と呼んでくれて構いませんよ、そのっち」
「……え?」
園子が丸い目を見開いた。
「…………今……なんて……?」
「思い出しましたから。全部じゃなくてもそのっちのことも……銀のことも。椿さんのことも、だから……もう大丈夫です」
次の瞬間、園子の大きな瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「……"わっしー"、お帰り…」
「ただいま、"そのっち"」
そのっちは私の胸に飛び込み、子供のように声を上げて泣きじゃくった。私はその小さな背中を優しく抱きしめ、何度も頭を撫でた。
奪われた記憶は、確かに戻りつつある。なら、次は大葉先輩だ。絶対に取り戻してみせる。
……ところで、部屋の窓ガラスと壁が派手に壊れてしまったから……今夜はどこに泊まろうかしら。
私は壊れた自室を見上げ、苦笑いしながら、爆音で飛び出してきた友奈ちゃんの家へ向かう決意をした。
◆
翌朝、大赦の本部会議室。
私の隣には、なぜかお肌ツヤツヤで元気いっぱいの東郷さんが座っていた。昨夜、部屋が壊れてうちに泊まりに来た東郷さんは、私の部屋で一緒のお布団に入り、遅くまで色んな話をしてすっかりリフレッシュしたみたいだった。
けれど、会議室の空気は相変わらず重かった。
「──以上のことが、昨夜東郷家で起きた全容だ」
東郷さんと継人さんから、昨夜の「相良二夜」とのやり取りを聞かされた風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃんの3人は、口をぐうの音も出ないほど開けたまま呆然としていた。
「ま……真優のお腹の中にクローン……? 奉火祭の贄……? っていうか、継人さん……元奥さんの頭をぶっ叩いたの……?」
風先輩が混乱した頭を押さえながら呟く。少し理解してる内容が違う、混乱してる。目がぐるぐるしてる。
「二夜の性格上、次の襲撃は間違いなく四国を壊滅させるための総力戦になる」
継人さんは地図を広げながら言った。
「そこで、こちらも戦力を大幅に補強する。まず、乃木園子の正式な実戦復帰だ」
「園子ちゃんが……!」
「さらに、二夜たちが狙う可能性が高い重要拠点周辺に、開発していた迎撃兵器を多数配置する。勇者に追随する衛使の武装も、搭載限界までレールガンと光学兵器を追加搭載する」
継人さんは私たちを真剣な目で見つめた。
「そして……この件についてお前達に伝えるのは完全なる我々の力の無さが招いた物だが、お前たちの『満開』の使用は極力避けてもらう。だが――もし万が一、満開を使わざるを得ない状況になった場合は、躊躇うな」
「敵の戦力はそんなに多い予測なんですか?」
夏凜ちゃんが不安そうに訊く。
継人さんは真剣な眼差しで続けた。
「予測ではな、とはいえそれよりも多くなる可能性は高い、だから必要であれば使え。お前達の役目は神樹を守り、人を守り、仲間を守ることだ」
会議が終わり、大赦の施設を出た後。
風先輩は私たち勇者部5人と、復帰した園子ちゃんだけを集めた。
「よし! 今から作戦会議を始めるわよ!」
風先輩が腕を組んで威張る。
「作戦って……継人さんから細かい配置とか聞いてまるわよ?」
夏凜ちゃんが呆れ顔で突っ込む。
「甘いわね夏凜! あれは大赦の作戦! こっちは『勇者部』の作戦よ!」
風先輩は胸を張り、自信満々に言い放った。
「いい? 現場で白くなった真優が出てきたら……まず一番最初に、この私が正面から突っ込んでぶちかます! あとのみんなは……まあ、流れでよろしく!」
「……はい?」
夏凜ちゃんはズッコケそうになった。
「お姉ちゃん……それ、作戦って言わないんじゃ……」
樹ちゃんが困り顔でスピーカーを鳴らす。
「何をやる気なんですか、風先輩?」
私が尋ねると、風先輩はふんすふんすと鼻息を荒くしながら拳を握りしめた。
「決まってるでしょ! 悪い奴に取り憑かれてるなら力尽くでぶん殴って正気に戻すのよ! 言うことを聞かない奴は根性注入よ!」
「あはは……お姉ちゃんらしいね」
樹ちゃんが苦い顔で笑う。
風先輩は「よーし、身体動かして鍛え直すわよー!」と叫びながら、どこかへ走っていってしまった。
私はその背中を見送りながら、隣にいた東郷さんにそっと尋ねた。
「……ねえ、東郷さん。本当に……大葉さんのこと、助けられるのかな? バーテックスになっちゃった大葉さんを……」
東郷さんは優しく私の手を握り、力強く頷いてくれた。
「大丈夫ですよ、友奈ちゃん。……もう風先輩にも話しましたけれど、大葉先輩がバーテックスになったのなら、むしろ『やりよう』はあります。」
東郷さんの言葉に、胸の奥の不安がすーっと消えていくのを感じた。そうだ、私たちは勇者部だ。みんなで一緒なら、どんな困難だって乗り越えられる。
◆
大赦の本部司令室。
壁一面に広げられた四国全域の精密な立体図面。俺=大葉継人はホログラム上に無数の赤い光点を打撃予測地点としてマッピングし、迎撃兵器の設置位置を設定していた。
「……本格的にやるつもりだな、継人」
背後から、桑折が缶コーヒーを二つ持って歩み寄ってきた。俺は一本を受け取り、一口口に含んだ。
「当たり前だ。二夜の攻勢は今までのバーテックスとは比較にならん。現実の建造物被害を最小限に抑えつつ、敵を迎撃するには、この配置しかない」
桑折は壁のモニターを見つめながら、静かに尋ねてきた。
「……勇者部の子たちは、真優君を救うつもりでいるぞ。あの子たち本気だ。だが……お前はどうするつもりだ? 二夜を……そして真優を」
俺は黙って図面を見つめた。
「答えは最初から決まっている。二夜の指示の元、千人以上の人間が死んだ。これ以上の被害を出すわけにはいかん。……もし真優を助け出すことが不可能だと判断した場合、俺は真優ごと、二夜を殺す」
「継人……」
「今さら、俺一人だけが『父親』の顔をして綺麗なことを言えるか。俺はかつて私怨でも仕事でも人をたくさん殺した。そんな男が今さら自分の子だけは何としてでも助けるなどと言えるか、もしアイツを真優ごと殺した時の"落とし前"は、俺自身の手でつける」
冷酷な宣告。桑折は何か言いたげな顔で俺を見つめていたが、やがて深く溜息をつき、背を向けた。
「……そうか」
桑折は部屋の出口へと歩き出し、ドアを開ける間際に、ぽつりと一言だけ呟いた。
「なら……少しは彼女達に『大人らしさ』ってやつを見せてやれ、あの子たちの可能性を信用しろ、お前が諦めても、あの子たちは絶対に真優君を諦めんぞ」
バタン、とドアが閉まる。
俺は残された司令室で、はぁ、とため息が出た。
「……大人らしく、か。ハッ……勝手なことを言いやがって」
自嘲気味に呟きながらも、俺は図面上の防衛シミュレーションの数値を、ほんの少しだけ「勇者部が真優を奪還する時間」を稼げるパターンへと修正していた。
◆
決戦の予感が漂うまま、季節は巡り、10月に入っていた。
東郷さんの自宅の修繕工事が長引いているため、東郷さんはすっかり我が家の「難民」として居着いていた。
毎朝一緒に学校へ行き、一緒にご飯を食べ、一緒に寝る。それはすごく楽しい日々だったけれど、我が家の状況は少し特殊だった。
我が家の狭い庭には、護衛用として『衛使』が6機もゴツゴツと鎮座していた。
洗濯物を干すのも一苦労で、庭を見るたびに東郷さんと苦笑いしていた。
ある日の夕方。
居間で私とお父さん、お母さん、そして東郷さんでテレビを見ていた時のことだった。
画面には、大赦が主催する生放送の記者会見が映し出されていた。
『──続いて、四国を守る防衛組織“勇者”の皆様です!』
カメラが捉えたのは、格式高い衣装を着た6人の勇者の姿だった。
継人さんの手回しにより、大赦に所属する「防人」と呼ばれる人たちが、公的な勇者として世間に発表されていたのだ。その中央には、堂々と微笑む園子ちゃんの姿もあった。
「すごいですね……あの方たちが、そのっち以外ですけど、私たちの『影武者』として世間の注目を集めてくれているんですね。あの中に一人、本物の巫女様も混ざっているとか」
東郷さんが感心したように頷く。
ネット上では前回の戦いで私たちの顔が写った画像や動画が出回っていたけれど、大赦の強力なAIフィルターによって、全て防人さんたちの顔へリアルタイムで書き換えられているらしい。
「本当に……防人さんたちや、広報の人たちには頭が上がりませんね」
「うむ、世界を守るのも楽じゃないな」お父さんが呑気に煎餅をかじる。
その時だった。
ピピッ――ピピッ――ピピッ――、とテレビの画面が赤く点滅し、番組が緊急報道特報へと切り替わった!
『警報! 警報! 結界に異常発生! 大規模なバーテックスの侵入を確認! 住民の皆様はただちに指定のシェルターへ避難してください!』
「──っ! 来た!」
東郷さんと私は顔を見合わせた。
お父さんとお母さんが慌ただしく避難準備を始める中、私たちは立ち上がり、ポケットから勇者端末を取り出した。
「友奈! 東郷ちゃん!」お母さんが心配そうに私たちを見る。
私は振り返り、最高の笑顔を浮かべて親指を立てた。
「お父さん、お母さん! 行ってくるね!」
「頑張って来い! 無事で戻るんだぞ!」
お父さんの強い声。
「はいっ!」
私と東郷さんは同時に端末のアプリを起動した。
ピンクと青の眩い光が居間を包み込む。
私たちは一瞬で勇者の姿へと変わり、真っ赤に染まる夕焼けの空へと力強く跳躍した。
赤く燃える夕空の向こうで、敵が待っている。
大葉さん、待っててね。
みんなで一緒に家に帰ろう。