いつものトレーラーの荷台を改造した司令台ではなく、多くの人間が詰める大赦の作戦司令室。
青白く発光する幾重もの立体ホログラムモニターが、四国全域を埋めつくそうとする絶望的な戦況を、無機質な明滅とともに刻一刻と映し出していた。
「……しかし、冗談とは思いたいが、これほどとは……」
俺=三好春信は、歯を強く噛み締めながら、乾いた自嘲の笑いを漏らした。
モニター上に展開する無数の光学反応、敵識別信号の群れ。その規模と密度は事前に弾き出していた"最悪のシミュレーション"を優に二倍は上回っていた。
「完全体バーテックスが十二……。進化体がその倍の二十四。そして星屑の群れに至っては……万単位だ」
四国の空を分かつ結界の切れ目。天の神の領域と直結した巨大な亀裂から、底なしの泥のように吐き出し続けられる黒い軍勢。そして、そのおぞましい大群の中央、神聖なまでに冷たく眩い白銀の力場を纏って悠然と浮遊する一筋の影──相良二夜。
彼女が率いるのは、ただ本能のままに破壊を貪るだけの獣の群れではない。人類という存在を明確な「敵」と断じ、根絶やしにすることを目的とした集団。
「春信様! 沿岸部第3エリアの防衛線を突破されました! 星屑および進化体の第一波が、地下シェルターへ向かって急進中!」
オペレーターの切迫した、半ば絶望がにじんだ叫びが司令室の空気を切り裂く。
敵の進撃速度は尋常ではない。星屑の黒い津波が、そして常軌を逸した巨躯を誇る進化体たちが、かつての美しい街並みの残骸を踏みにじりながら、猛烈な地鳴りを伴って押し寄せてくる。
だが──俺はモニターから目を離さず、逆に不敵に口角を吊り上げた。
「焦るな、こちらの初陣は、まだ始まったばかりだ。──全防衛区画の独立稼働衛使部隊、迎撃作戦を開始。俺たちが作ってきた機体の性能を、あの化け物に見せつけてやれ」
「了解!衛使部隊、起動──全機、目標設定、交戦開始!」
モニターの向こう、最前線の瓦礫の下から衛使が飛び出す、無数の金属光沢とカメラアイが鮮烈な閃光を放った。
勇者たちの支援を目的に建造された大赦の新型「衛使」群──その数、百二十機。
かつての衛使は、星屑の群れの足止めにすら満足にならない、勇者を支援するただの「頑丈なデコイ」に過ぎなかった。しかし、今の衛使は根本から違っていた。大葉継人が勇者部の戦闘データを徹底的に解析し、武装、装甲材質、機動性、そして集団戦闘ロジックを限界まで調整した最新鋭の自律戦闘兵器。
爆音。
空気を引き裂くレールガンの閃光。
先行していた星屑の群れが、幾重もの光の帯に呑み込まれ、一瞬にして蒸発していく。高出力の光学ビームを的確に叩きつけ、進化体の分厚い装甲を強引に削り取る衛使たちの立ち回りは、まるで掃除するかのように滑らかで、そして容赦がなかった。
「……すごい。これまでの衛使とは……性能が違いすぎる」
オペレーターが息を呑み、声を震わせる。
かつては子どもたちの背中にすべてを押し付け、ただ彼女たちの血塗られた犠牲の上に胡坐をかいていた大赦が、今、明確な「鉄の防壁」となって敵の波を押し返している。
俺は画面上の衛使の位置を再設定、最終防衛ラインへの進行を阻止する。俺の険しい横顔を画面の光が照らし出す。
「……もう、子どもたちだけに血を流させる時代は終わったぞ!夏凜!お兄ちゃん達の力を見せてやる!」
画面の向こう側、前線へと眩い光を曳きながら飛び込んでいく六人の勇者たちの影を見据えながら、俺は挑戦的な笑みを深めた。
「人間を舐めるなよバーテックス…!…人間が同胞と滅ぼしあった歴史はお前達との戦いより長い、お前達の滅ぼし方くらいいくらでもあるぞ……!」
◆
「 量が多すぎるわ……ッ! きりがないわね!!」
私=犬吠埼風は、愛用する大剣を横一文字に振るい、目前を塞ぐ星屑の群れをまとめて叩き斬った。
大剣の奔流が周囲の空間を切り裂き、何十体もの星屑が黒い微粒子となって四散していく。だが、倒しても倒しても、空の亀裂から湧き出る黒い波は引くどころか、ますます勢いを増していくようにさえ思えた。
通信機から、春信さんの緊迫した声が怒涛のように飛び込んでくる。
『風君、聞こえるか! 敵の進撃ラインが容赦なく伸びている! 奴らの狙いは人々が避難している大赦の地下施設……最終防衛ラインを一直線に踏み潰す気だ』
「地下施設には、樹や街のみんなが避難してるのよ……! 絶対に通すわけにはいかないわ!」
私の周囲では、夏凜が二丁の双剣を疾風のごとく閃かせて進化体の巨躯を細切れにし、友奈が圧倒的な拳の一撃で星屑の群れを空気の圧力ごと吹き飛ばしていた。東郷と園子は後方から恐ろしい精度の砲撃と槍の連射を絶え間なく放ち、敵の密集地帯を片端から焦土に変えている。
衛使たちの援護射撃も凄まじい威力を発揮しているが、それを遥かに上回る物量で敵が押し寄せてきているのは紛れもない事実だった。
『風君、作戦を変更する!』
春信さんの声が一層熱を帯びる。
『完全体十二体と進化体の群れを正面から全滅させるのは時間がかかりすぎる、 敵の総指揮を執っている“相良二夜”……あれを撃破目標とする、司令塔を叩け!』
「了解! 司令塔の撃破ね……任せて!」
私は大剣を力強く背中に担ぎ直し、前方の気配を見据えた。
完全体バーテックスたちが形成する猛烈な火線──高熱のレーザー、空間を埋め尽くす誘導弾、電撃が、私たちの視界を完全に埋め尽くしている。
「夏凜! 私に続いてッ! 一気に二夜の懐へ飛び込むわよ!!残りは私達の突撃支援!!」
「わかったわ!」
「「了解!!」」
友奈たちの力強い咆哮が戦場に響き渡る。
私たちは前衛の壁を厚く形成し、完全体バーテックスが放つ灼熱の火線を正面から突破にかかった。迫り来るレーザーを大剣の腹で強引に弾き、不意を突いて迫る鋭い爪を夏凜が素早く切り落とす。後方から東郷と園子の支援射撃が飛来し、バーテックスに直撃していく。
そして──幾重もの弾幕と火線を潜り抜けたその先。
白の勇者装束を纏い、冷たい嘲笑を浮かべて宙に浮く「相良二夜」の姿が、私の視界の真ん中に飛び込んできた。
「みつけたぁ……ッ! 返してもらうわよ、真優をッ!!」
私は限界まで脚力の出力を高め、爆発的な跳躍で二夜の至近距離へと一気に肉薄した。
空気すら置き去りにする超高速の接近戦。二夜が純白の空間から白銀の刀を抜き放ち、私の振るう大剣と激しく激突。
ゴキン、と鈍い金属音が響く。
金属同士が擦れ合う狂おしい悲鳴が、周囲の空間を震わせた。
刀と大剣。重さと速度が極限で交錯する死闘。だが、真優を必ず取り戻すという執念は、二夜の冷徹な剣筋を確実に上回っていた。
「ハぁぁぁぁぁッ!!」
二夜の繰り出した鋭い刺突を、大剣の柄で紙一重に受け流す。生じた一瞬の隙。
私は全身の筋肉のバネを極限まで載せ、大剣を斜め下から豪快に一閃。
鮮烈な手応えが手に伝わる。身を切る感触。
大剣の刃は、二夜の身体を左肩から右腹にかけて、完璧な軌道で真っ二つへと切り裂いた。
「な……!?」夏凜が背後で叫ぶ。
そう──私の手に残った感触は、肉を断つそれではなかった。"精霊バリアは致命傷を防ぐ"。
綺麗に切り裂かれたはずの二夜の身体は、赤い血を流すこともなく、サラサラとした不気味な「黒い砂」──無数の星屑の集合体となって、風の中に崩れ去ったのだ。
「くそ……!? 偽物……!?」
私は咄嗟に勇者端末の広域レーダーを開いた。
そこに表示された赤く激しく明滅する強大な波長は、私たちが先ほどまで交戦していたこの最前線には、もはや影も形も存在していなかった。
「そんな……嘘でしょ!?」
二夜の本体は──戦火の広がる前線を完全に迂回し、神樹のすぐ膝元へと、すでに狡猾に転移していたのだ。
「東郷!園子!あんた達なら間に合う!!行きなさい!!!」
◆
「もう来た……!」
私=犬吠埼樹は、頭上の冷たい空を見上げた。
ドオン、と腹の底に響くような重い音が空気を揺らす。
結界の最奥、世界を支える神樹の巨大な幹がそびえ立つ聖域の目と鼻の先。その上空の空間が不気味に歪み、純白の衣装を纏った「相良二夜」の姿が舞い降りてきたのだ。
彼女は私たちの警戒網を完全に逆手にとり、単独でここまでワープしてきた。
『樹君! 聞こえるか、春信だ!』
端末から、春信さんの焦燥しきった通信が飛び込んでくる。
『二夜が単独で神樹付近へ転移した! 後方にいるのは君と……継人さんだけだ! 他の勇者が戻るまで、何としてもあいつを足止めしろ!』
「はい……! わかりました……!」
私は無数の精密な糸を展開して即座に迎撃態勢に入る。
だが、二夜との距離は既に近付いており、私の火力だけでこの化け物を足止めできるか……言い知れぬ不安が胸をよぎったその時、私すぐ横に、静かな足音が並んだ。
シャツに適当なプレートキャリアを着込み、手には無骨な大口径拳銃を持った大葉継人さんだった。
「継人さん……」
「……樹君、下がってろとは言わん。だが、俺の斜め後ろから一歩も動くな」
継人さんは拳銃の弾倉をチェックした後、上空で冷ややかに見下ろす二夜を睨み据えた。その瞳の奥には、氷のような冷徹さと、すべてを焼き尽くすような激しい怒りが渦巻いていた。
上空の二夜は、私たちを見下ろし、可憐な唇を歪めて嘲笑う。
「ふふ……あははははッ! たった二人でわたしを止めるつもり? 戦闘向きでない勇者と、何の力もないただの生身の人間が? おかしいわね大葉継人。普通の人間が、天の神の力を持つわたしに対抗できるとでも思っているの?」
二夜の放つ圧倒的なプレッシャー。だが、継人さんの表情はピクリとも動かなかった。
彼は静かに銃口を下に向けたまま、淡々と、しかし重みのある声で語り始めた。
「……二夜。お前は自分が、天の神と契約した存在だとでも思い込んでいるようだが……それは勘違いだ」
「……なに?」
二夜の整った眉が不快そうに跳ね上がった。
「お前は正気じゃない。天の神へと接触したことで、お前自身の精神まで憎しみに汚染されている。神は感情を持たない、だが、お前の強力な巫女の力で神に憎しみという感情を植え付けた、神はその感情をお前と共有した、人と神のスケールの差を考えろ、お前はその反響に当てられているだけだ。」
二夜は訝しい顔をするが、継人さんは続ける。
「……確かに、お前の復讐の発端となった感情は、大赦や世界に対する『憎しみ』だった、それは正統なものだ、だが──お前の本来の感情は、そんなものだけじゃなかったはずだ」
継人さんは二夜の深紅の瞳を、一瞬たりとも逸らさずに見据えた。
「天の神は、人類を滅ぼすために不要だと判断した『お前の人間らしい感情』……誰かを愛おしく思う気持ちや、誰かを守りたいという感情を乖離させた。そして、その乖離した感情が…魂が…あいつ──“大葉真優”という人間の魂となったんだ。……まあ、俺の勝手な予測だがな」
「ふざけた口を……ッ! あんな出来損ないの紛い物が、わたしの何だというの!?それに予想?当てずっぽうをペラペラと!」
二夜の声に、わずかに苛立ちの色が混じり始める。継人さんは冷たく鼻で笑った。
「当てずっぽう?そうでもないだろう?今のお前がその証拠だ。真優の方が、お前に比べて何倍も性格が良いだろう?……少なくともあいつは、他人のために自分の命を投げ出せる、本物の優しさを持っている」
「黙れぇぇぇッ!!」
二夜が激昂し、手に持った白銀の刀を大きく振り上げる。
その瞬間――継人さんの周囲の空気が一変した。彼から解き放たれたただならぬ殺気が、周囲の空間を重く圧迫する。
「その行動こそが証拠だ!バーテックス!アイツは無抵抗の人間に刃など向けはしなかった!!二夜は……なぜ勇者になれたのか分からないくらい、昔から性格が悪かった!だが!」
継人さんはゆっくりと、二夜へ向けて銃口を跳ね上げた。
「それでも!!かつての相良二夜は……勇者に選ばれるくらい、人間を愛し、人間を守ろうとした!!……俺が愛した女を、その汚い憎悪で愚弄するなッ!!」
二夜以上の激しい怒声とともに、継人さんが引き金を引く。
だが、銃弾は二夜の周囲に展開された純白の精霊バリアに阻まれ、虚しく火花を散らして弾き飛ばされた。
「ハはははッ! 無駄だと言ったでしょう、人間ごときが!」
二夜は白銀の光となって急降下し、その鋭い刀で継人さんの首を切り落とさんと襲来。
──本当に聞いたとおりの動きで攻撃してきた。
「──えい」
私が事前に空間のあちこちに張り巡らせていた「光輪を利用した虚像」が、一斉にかき消える。継人さんと私の位置は、最初から数メートル巧妙にズラされていたのだ。
勢いよく急降下した二夜は、空間の隙間に見えないよう張り巡らされていた私の糸の網目へと、とんでもない勢いで突っ込む形となった。
「なっ……残像!? それに、これは……糸!?」
二夜の四肢が、私の操る精霊の糸によって強固に縛り上げられる。糸は二夜の白い装甲の隙間に深く喰い込み、その身動きを完全に封じ込めた。
もがき、糸を切断しようと身悶えする二夜を見下ろし、継人さんは冷たく吐き捨てるように言った。
「二夜、俺たちには……最高に頼もしい子どもたちがいる、大人顔負けだ、少し対応してもらえ」
継人さんは通信機を耳に当て、冷徹に告げた。
「おい、最速の勇者二人。……あのバカの相手をしてやってくれ、行こう樹君、俺を司令室まで届けてくれ、春信だけでは対応が難しい状況だ」
継人さんを掴み、跳躍。
次の瞬間──上空の空を割り、音速を超える二つの光が戦場へと飛来した。
◆
『東郷先輩、園子先輩! あれを一時的に拘束しています! しばきまわしてください!!』
樹ちゃんからの通信を受けた瞬間、私=東郷美森とそのっちは、音速を超える速度で急降下を開始した。
「合わせて!そのっち!」
「うん! わっしー、一気に叩くよッ!」
糸に絡まり身動きの取れない二夜の視界に、私とそのっちが嵐のように突入する。
私は腰からワイヤーを射出し、二夜の身体へ容赦なく巻き付けると、そのまま急速旋回、凄まじい遠心力で神樹とは反対側の荒野へと全力で投げ飛ばす。
「くっ……離せぇッ!」
二夜は強引にも膂力でワイヤーを切断した。しかし、体勢を崩した二夜の背後には、そのっちがすでに凄まじい勢いで回り込んでいる。
「そこっ――ッ!!」
園子の巨大な槍が一閃。重々しい衝撃波が走り、二夜の身体はさらに後方の岩肌へと激しく叩きつけられた。
凄まじい土煙と瓦礫が舞い上がり、大地に大きなクレーターが刻まれる。
私は空中で長距離ライフルを構え、体勢を立て直そうとする二夜へ向けて、連続射撃を叩き込んだ。
しかし直撃はしない。刀で弾かれた。
「なっ……!?」
土煙の中から飛び出した二夜は、脅威的な反応速度で白銀の刀を振るい、私の放った大口径の弾丸をすべて刃で的確に弾く。
そのっちは新装備を発動。周囲に展開される光輪、それが一直線に並ぶ、そして槍を射出。凄まじい加速のついた槍が弾丸以上の速度で二夜の死角を襲う。
しかし──二夜はそれを最小限の身のこなしで回避してみせた。ほぼレールガンの速度の槍である、勇者の強化された動体視力でも反応は出来ないはず。だが、反応してみせた。
「……すごい。継人さんから聞いていた通りの恐ろしい戦闘スペック……!」
二夜の持つ身体能力は圧倒的だった。既にこちらの射撃もそのっちの攻撃も対応され、刀で弾かれている。
だが──継人さんはこうも言っていた。
『あいつは戦闘のスペックこそ高いが……昔から“周りの状況を認識する視野”が致命的に下手くそすぎる』と。
「──隙だらけよッ!!」
二夜からしてみれば、空からではなく"横"から。地を這うような爆音とともに、風先輩が地表を激走して突撃した。
「なっ……いつの間に――!?」
正面の私と園子の猛攻に気を取られていた二夜は、完全に側方からの接近を見落としていた。
風先輩の大剣の圧倒的な一撃が二夜の腕を打ち払い、手にしていた刀をはるか遠くへと弾き飛ばす!
「くっ……ならばッ!」
二夜は咄嗟に空間の亀裂から二本目の刀を抜き放とうとした。しかし。
「武器に頼るんじゃないわよッ!!」
風先輩はなんと大剣を放り投げ、そのまま自分の体重と怒りを完璧に乗せた右ストレートを、二夜の整った顔面に真っ直ぐ叩き込む。
ゴリ、と鈍い音がした。
「なっ…!はぁっ……!?」
美しく整った二夜の鼻から、鮮血が派手に噴き出した。致命傷ではない。だが、予想外の衝撃と激痛に、二夜の深紅の瞳が大きく見開かれた。
風先輩の攻撃はそこで終わらない。
「歯ぁ食い縛れ不良勇者!! 修正してやる!!!!」
もう、ボコボコである。風先輩の容赦ない拳のラッシュが、二夜の全身の急所に叩き込まれる。左アッパーが顎を突き上げ、右フックが頬の骨を歪め、沈み込みざまの重いボディブローが二夜の腹部を深く抉りとった。
「がぁッ……は、はぐっ……!?」
だが、そこは天の神の力を宿した存在。二夜は激痛に顔を歪めながらも、強引に力場を展開し、風先輩の拳を弾き、自分の拳を先輩の顔面へカウンターとして叩き込んで強引に吹き飛ばした。
「はぁ……はぁ……! くだらない!……勇者なのに殴り合いなんて……ッ!」
鼻血を乱暴に拭い、殺意に満ちた目で振り返る二夜。だが、彼女の頭上から、さらなる影が容赦なく降ってきた。夏凜ちゃんである。
「私も混ぜなさいよッ!!」
「! 行くわよッ!」
風先輩が即座に体勢を立て直し、夏凜ちゃんと共に二夜へ再び襲いかかる。
ここから始まったのは──勇者としてはあまりにも泥臭く、そして圧倒的に容赦のない「2対1の暴力の雨」だった。
「ちょっと……なんなの貴女たち!? これは真優の身体なのよ!? 傷つけて平気なわけ――」
「うるさいわねッ! あいつは私にゲロ甘だから、後で頭下げて謝れば許してくれるのよッ!ダラァッ!」
風先輩の容赦ない右フックが、再び二夜の顔面に炸裂する!
「そうよ! 真優なら『みんなが助けてくれたならいいです』って笑顔で言うに決まってるわッ!オラぁっ!」
夏凜の蹴りが、二夜の脇腹を容赦なく打ち据える。
ボコボコに殴られ、蹴られ、二夜の純白の衣装はみるみるうちに泥と血で汚れていった。
「な……なんなのこのガキどもはぁぁぁぁッ!?」
ついに二夜のプライドと怒りが限界を超えた。彼女は全身から衝撃波を放ち、風先輩と夏凜ちゃんの二人を強引に引き剥がして吹き飛ばした。
「はぁ……はぁ……! 許さない……絶対に跡形もなく消して──」
「させませんッ!」
弾き飛ばされた二人の隙を完璧に縫い、私とそのっちが上空から弾幕と無数の槍の雨を叩き込む。
爆煙が周囲を包み込み、激しい衝撃波が周囲の大地を抉り取る。
そして──そのもうもうと立ち込める爆煙を真っ二つに切り裂いて突入したのは、私の一番の友達だった。
「大葉さんを……今すぐ返してくださいッ!」
友奈ちゃん。
体重の乗った一撃、鳩尾を深く抉る。
彼女の放つ拳には、迷いの一片すらなかった。爆煙の中から跳びだし、二夜の胸元へ向けて素手による容赦のない連続攻撃を打ち込む。
「ああ!もう!……しつっ……こいッ!!」
圧倒されかけていた二夜が、さらに力場を展開した。こちら側の何か、力を削がれた感覚。
彼女の指先から形成された白銀の刃が一閃し、友奈の頬を鋭くかすめる。
「あぐっ……!?」
友奈の頬から、鮮やかな赤い血が飛び散る。
精霊バリアが──無効化されていた。二夜の攻撃は、勇者の絶対防御すら容易に切り裂く。もしくは先程の力場が精霊バリアを阻害している。
全ての攻撃が致命傷になりかねない状況、恐怖はあるはずだ、しかし友奈ちゃんは一向に止まる気配などなく、拳を振るう。二夜の刀を掻い潜りながら拳を叩き込んで行く。しかし二夜はそれに対応してくる、苛烈な攻撃が友奈ちゃんを削る。支援をしたくて仕方がない、だがあの至近距離戦闘、私の射撃が友奈ちゃんの邪魔になる。
「はあぁぁぁッ!!」
友奈ちゃんは恐怖を力に変え、二夜が繰り出した回避不能の突き──その白銀の刃を、あえて自分の左手のひらでガッツリと受け止め、自分の肉を貫かせながら強固に掴み取る。
「なっ……!? 刃を……手で直接……!?」
「捕まえた……ッ!」
友奈は血まみれの左手で刃を固定し、二夜の逃げ場を完全に断った。
二夜は驚愕に目を見開いたが、すぐに狂気に満ちた悪寒走る笑みを浮かべた。
「ふふ……愚かね、結城友奈。わたしをどれだけ肉体的に攻撃しても、この身体の中にいる真優の魂は助けられないわ。叩けば外に出るとでも思ったかっ…!」
「いいえ」
友奈のすぐ背後から、静かで冷徹な声が響いた。
「──叩いて出すんじゃないです、……治療するんですよ?」
「……え?」
二夜の首筋に、冷たい金属の感触が走った。
そこには──いつの間にか光輪による光学迷彩を完全に解除し、背後に回り込んでいた樹ちゃんが立っていた。彼女の手には、一本の特殊なペン型注射器が握られており、その極細の針が二夜の首筋に深く突き刺さっていた。
「な……なにを……入れたの……ッ!?」
「これは……継人さんと桑折さんが、東郷さんの治癒データを元に徹底的に解析、そして作製した2A促進剤です」
樹ちゃんが静かに、だがはっきりと告げた。
「代償によって失われていた脳の認識能力と、魂の結合を……急速に強制回復させるための薬です」
「ガ……ッ!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
瞬間、二夜の体内から引き裂くような凄まじい絶叫が上がった。
首筋から一気に注入された薬剤が、真優の身体の細胞を、そして摩耗しきっていた脳の神経伝達を急速に自己再生させていく。本来の「器の持ち主(真優)」の生命力が急速に跳ね上がったことで、二夜の異質な魂との同調が猛烈な拒絶反応を引き起こしたのだ。
二夜は頭を押さえ、血を吐くような悲鳴をあげながら身悶えした。
「ぐぁぁぁっ! 頭が……頭が割れるぅぅっ! だが……無駄だッ! 魂の結合は解けない……! わたしはこの身体と一つに──」
二夜は狂ったように笑い声をあげようとした。
だが――その周囲を、六人の勇者たちが一瞬の隙もなくぐるりと包囲していた。
風先輩、夏凜ちゃん、私、そのっち、樹ちゃん、そして友奈ちゃん。
六人が同時に勇者端末を強く掲げ、その画面を鮮やかにタップする。
『――封印の儀、展開――』
「な……なに……!? これは……バーテックスの御魂を引きずり出すための……!?」
二夜の顔が、生まれて初めて「本物の恐怖」に染まった。
彼女は真優の身体を捨てて、空間を引き裂いて逃げ出そうと身悶えた。しかし――
「逃がさない……絶対にッ!!」
友奈が両腕で二夜の身体をガッチリと抱きしめ、一歩も動かないように完全固定していた。
「放せッ! 放せぇぇぇッ! わたしは天の神の――」
「「「「「「――封印ッ!!」」」」」」
六人の少女たちの声が一つに重なり合った。
天地を揺るがす眩い光の柱が聖域に立ち昇り、真優の身体の奥底から──黒と白がグロテスクに混ざり合った巨大な「相良二夜の御魂」が、強引に外へと引きずり出された。
◆
誰かが、ずっと僕の名前を呼んでいた。
『──真優!……真優! 聴こえる!?』
暗く、冷たい深海のような意識の底で、僕はゆらゆらと漂っていた。
喜怒哀楽も、記憶も、自分という存在の輪郭すらも曖昧になり、ただ無へと消えていく心地よさの中に身を委ねていた。
……ああ、僕はもう……ここで消えていいんだ
病院で変身して、街を守って……それから、心が壊れて、すべてを奪われて。
これで良かったんだ。僕みたいな奴は、誰かの邪魔にならずに消えるのが一番なんだから。
そう思って、そっと目を閉じようとした時。
すぅっと、厚い闇の幕が払い落とされ、視界が明るく晴れていった。
現れたのは、人工物のないどこまでも白い地平線と、どこまでも透き通った鮮やかな青い空。
世界が上下のたった二色だけに分かたれた、不思議で静かな空間。
その境界線の向こうから──突如として、「誰かの手」が差し伸べられた。
あたたかく、確かなぬくもりを持った手。
僕は導かれるように、その手を反射的にギュッと掴み返した。
次の瞬間、僕の身体はその手に強い力で前へと引き寄せられ、暗闇から光の中へと一気に引っ張り上げられた。
ふと振り返ると──そこには、僕と同い年くらいの、見知らぬ一人の男の子が立っていた。
この世界に似つかわしくない漆黒の服を着たその男の子は、僕を見て、ふわりと優しく微笑んだ。
どこか懐かしく……僕の父親である大葉継人の若い頃に似ているような気配があった、そして二夜にも。
男の子は何か言っていた。だが声は聞こえなかった。
けれど──去り際、彼の口元がハッキリとこう動いたのが、僕には痛いほどよく分かった。
『――が ん ば れ――』
「――っ! ハァッ……!!」
急速に、意識が現実の世界へと引き戻される。
「ガハッ……く……ぁっ!!」
肺に冷たい空気が激しく流れ込み、僕は硬い地面に強く突っ伏した。
口の中に血と砂の味が広がる。冷たい風、鼻を突く激しい硝烟の匂い、そして全身を駆け巡る生々しい痛みが、僕が今「生きている」ことを強烈に証明していた。
頭上で、凄まじい光の爆発音が轟いていた。
僕の身体から強引に引きずり出されたと思われる、巨大でおぞましい「相良二夜の御魂」が、六人の勇者たちの放つ光によって拘束されている。しかし次の瞬間どこかへ転移していくのが見えた。
「はぁ……はぁ……っ、くっ……」
支えを失った僕は、泥まみれになりながら両手で地面を突いた。
すると――周囲から、バタバタと必死に駆け寄ってくるいくつもの足音が聞こえてきた。
「真優ッ!!」
「大葉さんっ! しっかりしなさい、もう大丈夫よ!」
「大葉先輩……! 大丈夫ですか……っ!?」
視界が涙で滲む。
そこにいたのは――みんなボロボロになりながらも、温かく、そして力強い眼差しで僕を見つめてくれる勇者部のみんな、そして乃木園子だった。
「みんな……? 僕……一体、何を……」
記憶が途切れ途切れで、頭がうまく働かない。
僕が今まで何をしていたのか、なんでみんながこんなに泣きそうな顔で僕を囲んでいるのか、すぐには理解できなかった。
けれど──遠くから絶え間なく聞こえる、地鳴りのような戦闘音と砲撃の響き。
空を黒く焦がす無数の煙。
それだけで、今がどれほど差し迫った戦いの最中なのかが、本能で理解できた。
『──おい。真優、聞こえるか』
僕の通信機から、聞き覚えのある不器用で、しかし誰よりも頼もしい低い声が飛んできた。
父親である大葉継人の声だった。すぐに春信さんの焦燥した声も重なる。
『継人さん! 前線の第4防衛線が突破された! 進化体の群れが地下シェルターの隔壁に到達するぞ!』
『分かっている。……おい、真優』
父親の声が、僕の戸惑う心を真っ直ぐに動かす。
『……やれるか?』
余計な状況説明も、感傷的な再会も、甘い言葉もない。
ただ一言、「やれるか」という問いかけだけ。
僕は……泥のついた震える手で自分の頬を拭い、力強く地面を踏みしめその場に立ち上がった。
勇者部のみんなが、僕の背中を信じるように見つめている。
僕の中に、もういなくなっても良いとは微塵も残っていなかった。
僕を助けるために、みんなが血を流して戦ってくれた。父親が道を作ってくれた。
なら──僕が今、ここでやるべきことは、ただ一つしかなかった。
僕=大葉真優は、通信機を強く握り締め、真っ赤に染まった決戦の空へと向かって、力強く跳躍した。