大赦司令室。青白い立体ホログラムモニターが描く戦局図は、まるで四国そのものが不吉な黒いインクに呑み込まれていくかのような絶望的な変貌を遂げていた。
「春信様! 最前線の桑折様より緊急支援要請! 第4防衛線……すでに各所で隔壁が損壊! 進化体3、星屑数百がシェルター外郭へ取り付きました!」
「 衛使部隊の残数はどうなってる?」
「 連続稼働により三割がオーバーヒート、残る機体も牽制射撃しかできません、 敵の動き自体は……どこか重く、ぎこちなくなっていますが、全体の物量が一向に減りません!」
「……動きが悪い?」
俺=三好春信は、モニターの片隅で異様な挙動を見せるバーテックス群の波形を凝視した。
確かに二夜の指揮が乱れたせいか、個々の連携は著しく低下している。だというのに、空の亀裂から吐き出される黒い津波の絶対数は衰える気配がない。まるで、意志を失った泥流が、ただ重力に従って前線へ溢れ出し、圧倒的な質量だけで防衛線をすり潰そうとしているかのようだった。
ガチャン、と重い防弾扉が開き、大葉継人が司令室へと戻ってきた。
その顔に疲れが見えるが、眼光だけは鋭く肉食獣のように爛々と輝いている。
「春信……戦況は」
「最悪の一歩手前です、継人さん。二夜は撃破しましたが、群れが崩れない。このままじゃあと十分と持たずに地下シェルターが突破されます」
継人は無言でメインコンソールへ歩み寄り、通信を起動した。
「勇者部……聞こえるか。真優、お前もだ」
戦線へと無事に復帰し、荒野に佇む七人の勇者たち──結城友奈、犬吠埼風、三好夏凜、東郷美森、乃木園子、犬吠埼樹、そして奪還された大葉真優。彼らの勇者端末へ、継人の低く重い声が直接届く。
「指定するエリアへ向かえ。進化体および星屑の全群れを撃破しろ、そこに最終防衛ラインの避難シェルターがある、急げ」
非常にシンプル、かつ明快な命令。だが、画面上に提示された現在地と目的地の距離を見た風が、通信越しに悲鳴に近い声をあげた。
『ちょっと待ってよ継人さん! ここから指定するエリアまで、急いでも最短で五分以上かかるわよ!? その間にシェルターの壁が破られたら――』
『時間がないのは分かっている。だが、急ぐ以外の選択肢はない』
継人がそう言いかけた、その時だった。
『──僕が、みんなを連れていきます』
通信機から流れてきたのは、泥と血を拭い去り、静かだが確かな熱を宿した真優の声だった。
『真優……? お前、何を言っている?』
『二夜と僕の“パス”は……切れていない、二夜が使えた空間跳躍……僕も使える、みんな、近くに……!』
画面の中で、真優を中心に眩い白銀の光線が螺旋を描いて立ち昇った。
空間が鏡のように歪み、七人の勇者たちの姿が一瞬にしてその場から掻き消える。
「……空間転移!?」春信は目を見開いた。
「二夜の能力を、真優がそのまま使用したんですか!?」
「二夜と真優の魂は、元は一つの存在から乖離したものだ……、一つの身体に入ったときに何かしらの情報交流があったか……」
継人は苦々しく顔を歪めながら、モニターに表示される真優のバイタルデータを注視した。
「二夜の御魂が体外へ弾き出された今も、魂の深層に刻まれた『天の神』とのパスは残っている。……真優、お前には何が見えている」
通信の向こうで、真優が荒い息を吐きながら答える。
『……わかります。二夜の……残滓の思考が。……二夜は、諦めていません。僕たちを……四国を……人類を根絶やしにするための“最後の手段”を……あいつはまだ隠し持っている……!』
◆
「本当についたんよ、みんな大丈夫~?」
私=乃木園子の大声を合図に、白銀の光が弾け飛んだ。
目の前に広がっていたのは、まさに崩壊寸前だった第4防衛線の巨大な避難シェルター。その目と鼻の先まで迫っていた星屑の黒い山と、巨躯を誇る進化体たちが、突如として現れた私たちに驚愕するように動きを止める。
「大葉さん、すごい……! 本当に一瞬で来ちゃったよ!」
「はぁ……はぁ……っ、大丈夫……みんな、攻撃を……!」
真優さんは肩を激しく上下させ、膝をつきそうになりながらも、その瞳には強い光を宿していた。
「よしッ! 全員、突撃ぃぃぃッ!! 地下シェルターには指一本触れさせないわよ!!」
「もうガリガリ噛みついてるじゃない」
「居なくなれば居なかったも同然!!触れてる奴倒せば無問題!!!」
風先輩の大剣、過重領域のマイクロ刃が数百メートルにも伸び、最前線の進化体をチェーンソーのように真っ二つに断ち割る。
続いて夏凜ちゃんの剣、荷電粒子の刃が閃光の乱舞となって星屑の群れを微粒子に変える。
友奈ちゃんの圧倒的な拳の衝撃波が敵の防衛線を粉砕し、その前後の地形がその威力に耐えきれず崩壊する。わっしーは遠隔起動兵器を同時に展開、光学兵器と実弾の多重火線と、私の槍の速射、そして樹ちゃんの鋼鉄の糸が、完璧な車輪のように噛み合って敵を押し返していく。
今の私たちの連携なら、どんな物量だって押し切れる。後方には真優さんが待機している、増援が来ても対応出来る。七人が揃った今の勇者部に、敗北の二文字なんてない。
戦線をグイグイと押し戻し、防衛線の安全が確保されかけた──その時だった。
『──みんな! 避けてッ!! 何か来るッ!!』
真優さんの金切り声のような叫びが、全員の端末から響き渡った。
「え……!?」
次の瞬間、戦場に集結していた万を超えるバーテックス群――星屑も、進化体も、完全体すらも――すべての動きが、まるで時が止まったかのように「ぴたり」と停止した。
気味の悪い静寂。
直後、おぞましい「軋み音」が世界を満たした。
数万の星屑と進化体たちの体が、一斉にドロドロとした黒い泥へと崩壊・分解を始めたのだ。それらの泥は空中へと舞い上がり、中心へと猛烈な勢いで集束していく。
そして、残っていた十二体の完全体バーテックスの胸が弾け飛び、その体内から眩い「御魂」が次々と出現し、空中へ浮かび上がった。
「な……何が起きているの……!? 敵が、自分から崩壊している……!?」
あまりの異常事態に、私たちの動きが完全に止まってしまう。
『 何をやっている!!!早くその御魂を壊せ!!』
通信口から、継人さんの切迫した怒号が飛び込んできた。
『あれは……満開の“代償”だ!散華だ! 二夜の御魂は、バーテックスすべてのエネルギーと生命力を強引に吸い上げ、天の神の本体へ“捧げ物”として差し出している! 早く撃ち落とせッ!!アイツが何かしでかす前に!!』
「っ――わっしー! 槍を、砲台をッ!!」
私とわっしーが咄嗟に武器を構えた、まさにその瞬間。
空中に浮かぶ十二の御魂から、狂おしいほど美しい「巨大な花弁」が舞い散った。
不吉な花弁が空を埋め尽くし、次の瞬間、すべての御魂が綺麗に消滅した。
間に合わなかった。
メリメリと、四国の空を覆う結界が、まるでガラスのように大きく砕け散った。
亀裂の奥から引きずり出されてきたのは──全身が黒く焼き焦げた、全高三〇〇メートルを超えるおぞましい「黒い巨人」だった。
古代の禍々しい土偶のようであり、同時に異形の神のようでもあるその異形の巨人の胸部へ、先ほどどこかへ転移していた"二夜の御魂"が、吸い込まれるように吸着・融合していった。
巨人の顔面に、二つの巨大な「紅い瞳」が不気味に開眼した。
世界を揺るがす地鳴り。巨人はその巨大な口をカッと開き、内部で超高熱のプラズマと重力場を圧縮させ始めた。
「な……何あれ……大きすぎるよ……ッ!」
『敵内部に高エネルギー反応!!未知の化学変化を確認!!全隊防御姿勢!』
巨人が吐き出したのは、太陽の欠片のような漆黒と紅蓮の火球だった。
火球は私たちの頭上を通り過ぎ、はるか遠くの海岸沿いの都市部へと一直線に激突した。
残響する爆音。
一瞬の沈黙の後、光が世界を白く染めた。
大気が爆発的な圧力で押し寄せ、大地上に直径数キロメートルに及ぶ巨大なキノコ雲が立ち昇る。海岸沿いの街並み、山々、そして防衛施設が一瞬にして蒸発し、凄まじい衝撃波が数キロ離れた私たちをも容赦なく吹き飛ばした。
「きゃあぁぁぁぁぁッ!?」
「うわあぁぁぁっ!!」
地面を転がり、必死に武器を突き立てて衝撃波に耐える。
端末から、継人さんの悲痛な通信が飛び込んでくる。
『……海岸沿いの第1、第2エリアが……完全に壊滅した。地図から消えたぞ……!』
継人の声は震えていた。
『ダメだ……あいつをこのまま好きにさせたら、数分で四国全域が焦土に変えられる! 何としてでも止めろ! 攻撃を叩き込め!!』
「みんな! 攻撃を集中!!」
私とわっしーが巨大な光線と無数の槍の雨を巨人の顔面へ向けて放つ。
風先輩と夏凜ちゃんも地を蹴り、空中へ跳躍して大剣と双剣の全力の斬撃を叩き込もうとする!
しかし――
私たちが解き放った攻撃のすべてが、巨人の体に届く直前、まるで空間そのものに吸い込まれるかのように、跡形もなく掻き消えた。私達の放った神樹の力が巨人の力に押し負けた。
「な……消えた……!? 攻撃が……届かない……!?」夏凜ちゃんが戦慄の声をあげる。
巨人の周囲に展開されている重力と空間の歪み――圧倒的な「神の領域」。
生半可な力では、攻撃が届くことすら許されない。力があまりにも違いすぎる。圧倒的な総量の差。
力が……足りない…。
私たちが絶望の冷や汗を流した、その瞬間だった。
『――神樹を! 人を! 仲間を守る!!』
凛とした、どこまでも真っ直ぐな叫びが戦場に響き渡った。友奈ちゃんの声。
『そのために……私達は今、ここにいるんだよ!!
!』
突撃する友奈ちゃん。
彼女の背後に、巨大な純白とピンクの桜の花輪――「新型満開システム」の絢爛たる輪郭が瞬時に開花した。
巨人と衝突。
友奈ちゃんの放った満開状態の巨大な拳が、巨人の絶対防御の力場を力任せに打ち破り、その黒い皮膚に大きな亀裂を刻み込む。
「友奈……!!」
『みんな! 怖がらないで! 散華なんて……また何かを奪われても!!また取り戻す!! だから……私と一緒に来てッ!!』
友奈ちゃんは、自分が真っ先に代償の盾になる覚悟で、満開の拳を巨人に叩きつけ続けていた。
その背中を見た時、私の中で何かが弾けた。
何を怯えていた……。失うのが怖い? 違う… 一番怖いのは、大切なみんなを守れずに終わること。ミノさんならそうする。そうするはずだ。
「……そうだよね、ミノさん……! 私も一緒に行くよッ!!」
私もまた、勇者端末の「満開」ボタンを躊躇なく押し込んだ。
◆
私=結城友奈の叫びに導かれるように、六つの大輪の花が戦場に同時に咲き誇った。
風先輩の超巨大大剣、夏凜ちゃんの周囲に滞空する無数の剣、わっしーの超大型対城砲、園子ちゃんの巨大な光の槍、樹ちゃんの空間を埋め尽くす鋼鉄の糸の網、そして大葉さんの大型誘導光学兵器。
『みんな、跳ぶよ!!……一斉に叩き込んでッ!!』
大葉さんの増幅された空間転移の力が、満開状態の私たち全員を包み込む。
一瞬で巨人の全方位──頭上、背後、左右の至近距離へと同時に移動した私たちは、持てる全ての火力を巨人へと向けて叩き込む。
正面=風先輩、過重領域のマイクロ刃が何重にも重ねた多重チェーンソーと化した超巨大大剣。巨人は片腕で掴むがその刃が確実に身を削る。
左=夏凜ちゃん、分身かと見紛うような高速移動しつつ、全ての剣を巨人の腕に突き刺し、炸裂する。
右=私、両腕の巨大な手甲、その肘部分からチャンバーが競りだす、そのまま巨人のがら空きの腹部に両腕の衝撃波を叩き込む。
背後=樹ちゃん、糸による拘束。巨人の首を締め上げ顔を斜め上に向かせる。
頭上=東郷さん&園子ちゃん&大葉さん、展開される園子ちゃんの光輪を利用した多重大型加速機、それを通して放たれる東郷さんの重粒子加速砲、園子ちゃんの分子崩壊槍、大葉さんの大型誘導光学兵器。凄まじい光が巨人の頭部を破砕する。
凄まじい爆発が巨人の体を揺らす。
さすがの巨人もダメージが多いのか、残った巨大な腕で胸部を庇いながら後退を余儀なくされた。
「 効いてる……!!」
「もう一度叩き込むわよっ…!!」
だが──巨人は突如、その巨大な二本の腕を自らの口元で交差させた。
胸部の痛みを無視し、再び口内に最初以上の規模の火球を急速に圧縮し始めたのだ。目標は……私たちの足元、大赦の地下施設がある方向。
「させないっ!!」
『友奈君と樹君をフォロー!!打たせるな!!』
私と樹ちゃんが瞬時に巨人の直線上に躍り出る。他のみんなは巨人に攻撃を加える。
樹ちゃんが糸による防壁を多重展開&全身の光輪の斥力場を前方に防壁として展開。私が両手の手甲の出力を最大、衝撃波の方向性を拡散に変更。火球の衝突に合わせて衝撃波を打ち込む。
火球の威力の収束を軽減させ、その上で樹ちゃんの防壁が火球を防ぐ。
『止まれぇえええええっっっ!!!!!!』
放たれた火球は防壁により拡散するが、全ての糸の防壁が崩壊し、樹ちゃんの防壁に衝突。
なんとか、直撃は防いだ、しかし──その凄まじい衝撃波の反動は、あまりにも苛烈だった。
「きゃあぁぁぁっ!?」
樹ちゃんは防壁ごと吹き飛ばされ、彼女は激しい衝撃で満開が解除され、空中から落下して地面に叩きつけられ失神した。
そして私も吹き飛ばされ、手甲も粉々に砕け散り、満開システムそのものが過負荷で強制自壊を起こした。
耳障りな電子音が脳内に響く。
【散華】の告知。
「右目が……っ!?」
右目に違和感が走り、視界の右半分が真っ暗な闇に呑み込まれた。右目の視力の喪失。
「ハぁ……ハぁ……っ、これくらい……これくらいなんだっ!!」
私は戦闘に支障をきたすことを拒み、腰のポーチから真優ちゃん奪還用に大赦から渡されていた「2A促進剤」を取り出すと、迷わず自らの首筋へ強く突き刺した。
「な……ッ! ぁあぁぁッ!?」
体内に薬液が流れ込んだ瞬間、全身の細胞が灼熱の炎で焼かれるような激痛が走った。
喪失した右目の神経が、強引に細胞レベルで再結合されていく。右目の視力は瞬時に戻る。
――が、代償はそれだけでは終わらなかった。
「う……あっ……!? なに……これ……なにが見えてるの……!?」
促進剤の副作用による「急速な認識能力の絶対的拡大」、私の脳へ、本来人間が知覚してはならない高次元の情報、世界の素粒子、空間の歪み、そして概念そのものが、怒涛の濁流となって直接流れ込んできた。
世界が、グラグラと歪んで見える。
人の目には見えないはずの「繋がり」が、グロテスクな色となって視界を埋め尽くす。
脳が情報処理の限界を超え、激しい悪心とともに私はその場にひざまずき、胃液を吐き捨てた。
「オエッっ……ハぁ……っ!!」
だが──その過剰なまでの認識の広がりの中で、私は「敵」の存在を理解してしまった。
この巨人はバーテックスではなく、天の神の威光そのもの日本の原初の神の一柱『イザナミ』の権能。
そして、二夜の満開の力が、そのイザナミの肉体を強引にこの現実へと出現させる媒介になっていること。
しかし、その結合は未だ完全ではない。
そして──その莫大な力の供給パスが……今もなお、大葉さんの魂と太く固く繋がっているということ。
「大葉さん……っ!」
私は激痛に狂いそうな頭を押さえ、ふらつく足で立ち上がった。再び勇者端末を掲げ、残された力を限界まで絞り出して二度目の満開を起動する。
「大葉さん! 聞こえる!? 相手の力を使ってやり返して! 大葉さんになら……できるッ!!」
『相手?!あの巨人のこと?!』
「あれは二夜がこちら側に満開で存在させてる!二夜の満開装備みたいなもの!二夜との繋がりがある大葉さんなら!あの力を使える!」
◆
結城さんの叫びが、僕=大葉真優の脳の深い場所で響いた。
『──あの力を使える!』
その瞬間、僕の中で「カチリ」と大きなパズルのピースが嵌まる音がした。
促進剤の影響か、あるいは結城さんの叫びによって開眼させられたのか。僕の意識は、目の前の三〇〇メートルの巨人──神の一柱『イザナミ』と自分自身を繋ぐ、繋がりの存在をはっきりと認識した。
「……二夜と僕を繋ぐ先……天の神の力……!」
巨人が、再びその口を大きく開いた。
一度目の火球を遥かに超える、四国そのものを一撃で崩壊させかねないほどの超・高圧縮火球が、その口元で形成され始めている。この距離で放たれたら、僕たちも、四国も、すべてが終わる。
「させるかぁッ………!!」
僕はイザナミとの繋がりを通じて、巨人が練り上げているエネルギーをそのまま自分の力へと変貌させた。
背後に展開された無数の「光輪(過重領域)」を限界まで高回転させ、巨人が放とうとしている火球と「全く同じ出力、全く同じ高圧縮エネルギー」を、僕自身の光輪の中心で急速に生成する。未知の化学変化、それが物体を崩壊させる事に特化した状態へ、満開が自壊し始める程のエネルギー。
「喰らえぇぇぇっ!!」
解き放つ。
巨人が放った漆黒の火球と、僕が放った光輪の高圧縮火球が、空間の中央で真っ向から激突。
同質の超エネルギー同士が激突したことで、空間が激しく歪み、二つの火球は互いを相殺し合って「対消滅」を起こし、眩い光の塵となって夜空へと消え去る。
『対消滅……!?あのエネルギー量と同じだとっ……?!』
通信越しに、春信さんの驚愕の声が響く。
『いける……! 真優があいつと同じ力が使えるなら! みんな、畳み掛けろッ!!』
「真優をフォロー!!!!真優!アイツを倒せぇええ!!!!」
犬吠埼さんが叫ぶ、皆が攻撃を開始した。
巨人の振り下ろす巨大な腕の打撃を、風先輩と夏凜ちゃんが間一髪で回避し、両者同時に満開の刃を振り抜く。残りの腕を東郷さんと園子さんによる砲撃が襲う。
巨人の左右の両腕が、肘から先で豪快に切断され、地に落ちる。
再び口から火球を漏らそうとした巨人の首筋へ、意識を取り戻した樹さんが残された最後の力を使い、糸を巻き付け、強引に上空へと頭部を反らせる。
巨人は全身から火炎を周囲に放射。皆が吹き飛ばされる中、僕は樹さんが作っていた糸の防壁で守られていた。
「とっととッ……!!」
糸の防壁が崩壊すると同時、僕は練り上げていた二発目の火球を、首を跳ね上げられた巨人の無防備な胸元へ射出。
「帰れぇえええええッッ!!!!!!」
直撃、その後炸裂。
巨人の上半身が大きく抉れ、その中央に埋もれていた二夜の御魂が白日の下に晒される。
火球を撃った影響ですぐに、動けない。火球を2回も撃った反動、チリチリと脳が弾ける感覚。二夜を通してイザナミの感覚が僕に伝わる。おぞましい程の憎悪、増幅された"二夜"の憎しみ。
御魂を攻撃出来る気がしなかった。
そこへ、二度目の満開を果たした友奈ちゃんが音速を超えて突入。全力を込めた右拳を御魂へ容赦なく叩き込む。
バリンッ、とガラスが割れるような美しい音が響き、相良二夜の御魂は、今度こそ跡形もなく粉々に砕け散った。
「やった……!? 」
結城さんが声をあげる。
しかし終わらなかった。
御魂を失ったはずの巨人の体が、赤黒い肉芽を凄まじい速度で盛り上げ、抉れた胸と切断された両腕を急速に再生させ始めたのだ。
「そんな……御魂が消えたのに……なんで動き出す……!?」
勇者部のみんなは、度重なる戦闘と巨人の反撃によって、すでに全員が満身創痍で地に伏していた。動けるのは……二度目の満開を維持している結城さんと、僕だけ。
「くっ…止めます!!」
結城さんが巨人の抉れた胸の隙間に飛び込み、自らの拳を突き立てて肉芽の再生を必死に阻害しようとする。しかし、再生速度があまりにも早すぎる。結城さんの体ごと、巨人の肉が呑み込もうとしていた。
「結城さんッ!!」
僕も飛び込み、結城さんの隣で巨人の胸の肉へ直接手を触れた。
その瞬間――
僕の意識が、巨人の巨大な体内、そして天の神の膨大な意思そのものと、さらに深く、どこまでも深く繋がった。促進剤によって拡大された認識と、二夜との魂のパス。その二つが合わさったことで、僕はこいつがどういった存在なのかを理解してしまった。
この巨人は…イザナミ…は御魂という『制御中枢』を失っても止まらない。
天の神の一柱であり、人類を焼き尽くすために二夜が産み出し、呼び出した"滅びの概念"そのものなのだ。御魂があろうがなかろうが、この巨人は完全に再生し、四国を、世界を焼き払うまで動き続ける。
そして──ここでこれを止められる者は、もう誰もいない。みんな限界だ。
『私はこんなことしたくない』
突然、頭に響く声。
同時に僕の頭の中に、パスを通じて情報が流れ込んでくる。
二夜がかつて行った芸当──『満開システムを利用した、天の神の領域への直接的な情報伝達』
二夜と僕の魂が同質であるなら。
そして、促進剤によってこの巨人(イザナミ)の体すらも「自分自身の拡張された肉体」として認識できるようになった今の僕なら。
僕=大葉真優という存在そのものを触媒にすれば──この巨人ごと散華し、前回とは逆、神樹へ直接情報を送ることができる。天の神の情報、ましてや神の力を使っての散華、その"力"さえ神樹に渡す事が出来る。
僕は、耳飾りの通信機を起動した。
「……お父さん、聞こえる?」
『真優……!? 無事なのか! 巨人の動きが止まらん、すぐに離れろ!』
「お父さん、今から僕の満開を使って……神樹に、天の神の膨大な情報を直接伝達する、僕のシステムを経由してそちらでも受け取って欲しい」
『……な……なに……!?!』
通信の向こうで、父親の息を呑む音が聞こえた。
「巨人と一体化した僕が……この巨人の存在ごと散華させる」
『……ふざけるなッ!!』
継人の、これまで聞いたこともないような激しい怒号が通信機を揺らした。
『何を聞き分けたようなことを言っているッ! 巨人を道連れにするだと!? そんなことをすれば、お前はどうなる!!死にたいのか!? 二度と戻って来られなくなるんだぞッ!! 止めろ、真優! 今すぐそこから離れろ命令だッ!!』
父親の悲痛な叫び。
僕は……恐怖が口から出るのを必死に堪え、口元に優しい笑みを浮かべた。
「お父さん……、これしかないよ、わかってるでしょ?こいつは力だけでは止められない」
『おい!止めろ!!真優っ!お前まで居なくなるな!!』
「今やらないと……みんな死んじゃうんだ。……大丈夫だよ。僕は消えない」
僕は通信機の向こうの父親へ、最後の言葉を紡いだ。
「……いつかまた、会えるよ」
僕は通信を切断した。
『ダメ……! やめて大葉さん!! 』
回線を傍受していた結城さんが、血が滲む顔で僕の手を掴もうと必死に腕を伸ばしてくる。
「結城さん……」
僕は結城さんの手を優しく握り返し、そっと押し返した。
「あとは……任せるよ」
僕は、勇者端末の「満開」を迷わず実行した。
輝く白銀の光が、僕の体から、そして巨大な巨人の全身から溢れ出した。
世界を覆い尽くすほどの眩い光の奔流。
僕の視界は、そのどこまでも純粋で温かい光の中に呑み込まれていった。
◆
真っ暗な空間。僕=大葉真優はそこに居た、そして目の前に"彼女"が居た。
相良二夜、彼女の分身が僕であり、僕でない者。
彼女は踞るように啜り泣いていた、まるで子供みたいに。
『違う、私はこんなことしたいんじゃない』
「みんな死んで欲しいって思ったの?」
『死んで欲しいって思った、でも"みんな"じゃない』
「大切な人は生きていて欲しかった?」
『当たり前じゃない、だって私はそのために戦ってきたんだもの、でも』
「でも?」
『もうダメ、私は酷いこといっぱいしちゃった、いっぱい人が死んじゃった、いっぱい殺しちゃった、"継人"を殺そうとしちゃった、もう誰も許してくれない』
「……お父さんは貴女の事を怒ってないよ」
『嘘!継人怒ってたもの!』
「嘘じゃないよ、あれは貴女に怒ってたわけじゃない、言ってたでしょ『愚弄するな』って、あれは貴女に向けて言った言葉じゃない」
『でも私しちゃったもの!いっぱい!いっぱい!悪いことしちゃったもの!!嫌われてるに決まってるもの!!!』
「みんなそう思ってるわけじゃない、でも貴女がそう思ってるなら、どうしたら良いと思う?」
『消えたい、もう何も……考えたくない』
「そうしたいの?」
『じゃあ私に何が出来るのよ!何をしたら良いのよ!許されないことをしたのよ!私は!』
「貴女がしたわけじゃない、天の神により増幅された憎しみに操られただけ、その憎しみも貴女のせいじゃない」
『違う!私が悪いの!私は良い子にならなくちゃいけなかったのに!!それなのに!あの子を守れず!私は此処にいるのよ!!』
「そう、此処にいる、だから出来る事がある」
『出来る事……?』
「僕だけじゃイザナミ全てを掌握出来ない、貴女の力が要る、散華でアイツを道連れにするには力が足りない」
『道連れ……?そんなこと出来るわけ……』
「出来るよ、僕は貴女で、貴女は僕だ、二人なら出来る」
そういって僕は手を伸ばした、彼女は怯えながらその手を握り返した。"姉か妹"が居るならこんな感じなのかな、と思えた。
◆
──光に呑まれた後。
気がつくと、私=結城友奈は見渡す限り一面の「灰色の世界」の中に立っていた。
音もない。風もない。
ただ、自分という存在の境界線がどこまでも融け出し、世界そのものと一体化していくような不思議な感覚。
目の前にある空間と、はるか遠くにある空間が、全く同じ位置に存在しているような、狂おしいほどの浮遊感と万能感。
「ここは………?」
ふと前を見ると──そこに、大葉さんが立っていた。
彼は私からとても離れた場所にいるように見え、同時に手を伸ばせば触れられるほど近くにもいた。
「大葉さん……!」
私が駆け寄ろうとすると、大葉さんは静かに首を振り、ふわりと優しく微笑んだ。
「ここはね、結城さん。……神が世界を認識している場所……『事象の地平線』なんだ」
「事象の……地平線……?」
「うん。自分という存在が永遠に広がり続けて、始まりも終わりもなくなる場所。……僕は一度、あの地平線の向こう側へ行く」
「ダメだよ……! ダメだよ大葉さん! 一緒に帰ろうよ! みんな待ってるんだよ! 継人さんも、風先輩も!樹ちゃんも!東郷さんも!夏凜ちゃんも……私だって!!」
私は必死に腕を伸ばした。けれど、私の手は大葉さんの体に届かず、空を切るばかりだった。
「大丈夫だよ」
大葉さんは、どこまでも澄み切った瞳で私を見つめていた。
「この世界なら……この事象の地平線がある場所なら……いつか、僕たちはまた巡り会える。僕の魂は消えるわけじゃない……ただ、遠いところに行くだけなんだ。……結城さんは、まだこちらの世界に来ちゃダメだ。君には……帰るべき場所がある」
真優ちゃんが、僕に向かってそっと手を振った。
「みんなに……伝えてほしいな」
『――いつか、また――って』
直後──凄まじい「力」が、私の背中を強力に押し押し出した。
「大葉さんッ!!」
私の叫び声は虚しく空間に霧散し、大葉さんの姿が遠ざかっていく。
視界が急速に反転し、私は深い、深い暗闇の底へと落ちて行った。
◆
……
…………
「……な……友奈……! 友奈ちゃんっ……!」
温かい涙の雫が、私の頬にぽたりと落ちた。
ゆっくりと重い目蓋を開けると、そこには白を基調とした見慣れた病室の天井があった。
窓からは柔らかい午後の光が差し込んでおり、私のベッドの脇では、目と鼻を真っ赤に泣き腫らした東郷さんが、私の右手を両手で強く握りしめていた。
「東郷……さん……?」
かすれた声で呟くと、東郷さんの顔が弾けたように見開かれた。
「友奈ちゃん……! 友奈ちゃんぁぁぁぁっ!! よかった……よかったよぉぉっ!!」
東郷さんは私の胸に顔をうずめ、子供のように声を上げて泣き崩れた。
私のかすかな力の入らない指先で、東郷さんの背中をそっと抱き返す。
「私……どれくらい……眠ってたの……?」
「……二週間だよ」
病室のドアが静かに開き、腕をギプスで固定した風先輩、夏凜ちゃん、園子ちゃん、そして車椅子の樹ちゃんが入ってきた。みんな、あの大戦の激しさを物語るように痛々しい包帯を巻いていたけれど、その表情には温かい安堵が浮かんでいた。
巨人は消滅した。四国を覆っていた天の神の脅威は去り、結界の破れ目も神樹の力によって静かに閉じられたのだという。
「大葉さんは……?」
私が問うと、みんなが一瞬だけ寂しそうに目を伏せた。
継人さんも、桑折さんも、大葉さんが消えた跡地で、今も静かに復興と大赦の改革を進めているのだと風先輩が教えてくれた。
私は、窓の外に広がる青い空を見上げた。
雲の隙間から差し込む陽の光が、どこかあの灰色の世界で見た大葉さんの優しい笑顔に似ている気がした。
「東郷さん……みんな」
私は、ぎゅっと胸の前で手を握り締めた。
「大葉さんね……言ってたよ。……消えたんじゃないって。この世界のどこかで……また、会えるって」
『いつか、また』
その約束を胸に抱き締めながら、私は静かに目をつむり、生きていることの温もりを噛み締め続けた。