結城友奈は勇者であり、彼もまたそうだった   作:ビブロス

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再生の章
兆生


 

暗闇の中、幾つもの無機質なモニターの蒼白い光だけが私=楠芽吹の顔面を照らしていた。

ピピッ、ピピピ……と規律正しく鳴り響く警戒音。それに重なるオペレーターたちの無機質でどこか緊迫した報告の声。

「地下区画、エネルギーの上昇を確認! 深度400、封印ブロックの破損率三十八パーセントに達しました」

「動力ライン、正常。光輪バイパス稼働率、八十五パーセントで安定」

重厚な新型防人装束のグローブを嵌めた手で、ヘルメットのバイザーを下げる。

十二月二十四日。世間が華やかなクリスマスイブに浮き立つ中、私が身を置くのは光も届かぬ地下深域の冷たい鉄とコンクリートの世界だった。

『……楠、聞こえるか』

耳奥の通信機から、聞き慣れた大葉継人の声が届く。ノイズ交じりのその声は、いつも以上に乾ききっていた。

「はい、大葉さん。状況は把握しています」

『封印区画に隔離され、完全に機能を停止していたはずの完全体バーテックスの一部が動き出した。何故再起動したかわからんが。奴は外部へ逃亡を図っている。放置すれば地表の結界に内部から干渉されかねん。……止めてくれ』

「了解しました。これより迎撃に移ります」

芽吹は力強く頷くと、コンソールのメインスイッチを押し込んだ。

「『袿』、起動!」

重厚な機械駆動音が地下坑道に響き渡る。全高十五メートルに及ぶ勇者用強化外部武装端末『袿』。神社を模した禍々しくも荘厳な装甲の隙間から、蒸気が噴き出した。頭部に配置された外部アイボールセンサーが怪しく発光し、暗闇を赤く切り裂く。

袿は本来、勇者が身に纏う大電力の「光輪」によって稼働することを前提に設計された兵器である。しかし、自分が身につけている新型防人装備の光輪では、単体でこの巨躯を完全駆動させるための電力が僅かに足りない。そのため、現在は背部に増設された非常電源用大型プラズマバッテリーを併用して力づくで動かしていた。

稼働時間は限定的、すぐに決着をつける必要性がある。

芽吹は通信を切り替え、現場で交戦中の部隊へ回線を繋いだ。

「弥勒さん! 状況は!?」

『……ッ、芽吹さんですか!』

ノイズの向こうから、荒い息遣いとともに弥勒夕海子の甲高い声が返ってくる。

『現在、私と雀さん、しずくさん、そして衛使三機にて迎撃中ですが……非常によろしくない状況ですわ! バーテックスの断片が合体・大型化しており、その火力が凄まじくて完全な防戦一方ですの!』

『いやああああっ! もう無理ぃぃぃ! なんでイブの夜にこんなお化けと戦わなきゃいけないのよぉーっ! 帰る! うちに帰ってチキン食べるのぉーっ!』

雀の泣き叫ぶ声が背景で爆音となって響く。相変わらずだが、それだけ苛烈な戦火に晒されている証拠でもあった。

「地下坑道のおかげで敵の進行ルートは限られています。ですが、そのスピード……地表まで続く縦穴区画に到達するまであと数分もありませんね」

網膜投影型多目的戦術統合機構『帽額』のシステム表示を見つめ、瞬時に戦術を組み立てる。

「弥勒さん、雀、しずく、聞いて!私は地下坑道の直線区画で奴を真っ正面から迎え撃ちます。あなた方は速やかに地表の縦穴上部へ移動し、もし私が突破された場合は上からの足止めをお願いします!」

『えっ!? 芽吹さん一人であのバケモノやるんですの!?』

『無理無理無理! メブ死んじゃうってばぁぁ!』

『了解……止めとくね』

「2人は指示に従ってください! 直線坑道ならば、この近接仕様の『袿』のパワーを最大限に活かせます。地表へ抜けられる前に押し潰す!」

操縦桿を強く握り締め、脚部の常温超伝導モーターによるローラーを限界まで高回転させた。爆発的な加速とともに、十五メートルの鋼鉄の塊が暗闇の坑道を滑走していく。

そして──目指す直線区画にて、「それ」と遭遇した。

暗闇の向こうから迫るのは、いくつものバーテックスの部位が引きちぎられ、不気味に蠢き合いながら一つに蠢く異形の肉塊。不協和音のような音を響かせながら、猛スピードで迫ってくる。

「ハァッ!!」

迷わず『袿』の大型腕部を突き出した。

近接用に調整された腕部には、衝角用の超振動破砕機とパイルバンカーが搭載されている。巨大な剛腕が、過剰な重力アシストを受けて真っ直ぐに敵の「真っ芯」を捉える。

ドガン、と重い肉迫音が地下空間に激震を巻き起こす。

「砕けろ……ッ!」

超振動波が叩き込まれ、バーテックスの重厚な外殻ボディが見事に爆砕された。手応えは確かにあった。しかし

「……なっ!?」

驚愕で目が見開かれる。

破壊された外殻の破片の隙間から、まるで蛇が脱皮するように、ヌメリとした本体がずるりと抜け出てきたのだ。外殻として使っていたのは、単なる使い捨てのアーマーに過ぎなかった。

本体は『袿』の横を器用にすり抜け、入れ違いになる形で急加速。そのまま後方の縦穴区画へと向かって進路をとった。

「くっ……悪知恵を……!」

舌打ち。即座に『袿』の足部スラスターを逆噴射させ、急制動をかける。強烈なGが体に襲いかかるが、歯を食いしばって力づくで巨体を反転させた。

「逃がすかぁぁぁっ!」

再度ローラーの速度を最大まで引き上げた。火花を散らせながら元来た道を逆走した。

 

 

縦穴区画へと躍り出た敵は、壁面を削り取りながら猛烈な勢いで上昇を開始していた。

『来ますわ! 撃ち落としなさい!』

縦穴の上部、地表付近の開口部で待ち構えていた弥勒夕海子が叫ぶ。山伏しずくと衛使たちが一斉に弾幕を浴びせる。弾頭はバーテックスのボディを砕くが、その勢いは全く止まる気配がなかった。

『ひええええっ! こっち来ないでぇぇぇっ!』

雀が泣き叫びながら大盾を展開。地表に出ようとするバーテックスの頭上から必死の押し込みをかける。強力な防壁が敵の進行を一時的に押し留めるが、合体バーテックスの推進力は圧倒的だった。みちみちと嫌な音を立てて雀の防壁が押し切られ、ついにバーテックスの先端が地表の雪空へと飛び出した。

「そこまでよッ!!」

ギリギリのタイミングで、下層から跳躍した『袿』が追いついた。

地表へ躍り出ると同時に、『袿』の残存エネルギーをすべて前腕部に集中させ、バーテックスの背後から強烈に組み付いた。

バリバリバリッ!!

バーテックスの触手状の器官から放たれた極太のプラズマ光線が、『袿』の右脚部を根元から吹き飛ばす。衝撃で身体がシェイクされたが、彼女の視線は死んでいなかった。

「足の一本や二本!!」

脚を失いながらも、『袿』の全重量と重力制御を逆用し、バーテックスの巨体を地表の雪原へと力づくで叩きつけた。ズシンッ!と地響きが轟く。

そしてバッテリー残量ゼロ、稼働限界の表示。

コクピット内の警告灯が赤く点滅し、システムが次々と危険と報告してくる。芽吹は一切の躊躇なく、操縦盤のカバーを割り、内部の自爆シーケンスを起動させた。

『袿』の内部には、緊急時の自爆用として大型気化爆弾が搭載されている。

「脱出します!」

自爆装置のタイマーが零を刻むと同時に、『袿』の背部装甲をパージし、脱出用ロケットで後方へと躍り出た。

直後、夜空を焦がす爆炎と、空間を歪めるほどの大衝撃波が起こる。

気化爆弾の凄絶な威力が『袿』と、それに組み付かれたバーテックスの肉塊を跡形もなく吹き飛ばした。超高温の熱風が積もりかけた雪を瞬時に蒸発させ、爆風が私の身体を吹き飛ばす。

「うあぁっ……!」

空中を無防備に放り出された芽吹だったが、落下の直前、間一髪で滑空してきた弥勒の衛使と、追いついた山伏の手に優しく抱きとめられた。

『芽吹さん! 芽吹さん、無事ですの!?』

『はぁ……はぁ……なんとか、生きています……』

通信機越しに芽吹の息遣いを確認し、弥勒と雀、しずくが胸を撫で下ろす。

『よかったぁぁぁ! メブが無事ならもうチキン食べて帰っていいよね~!?』

『まったく、無茶ばかりしますわね……無事で何よりですわ』

安堵の空気が漂った、まさにその時だった。

ザザッ……ノイズが走り、耳元で通信機が鳴り響く。

割り込んできたのは、防人のものでも、大葉継人のものでもない。

大赦の巫女──国土亜耶の声だった。

『……皆さん、至急警戒してください!』

「亜耶ちゃん…?」

その声は、震えていた。これまでにないほどの悲痛と恐怖に満ちていた。

『来ます……! 結界の外から……敵が来ます!』

 

讃州中学校勇者部。

秋が終わり、十二月の冷たい風が吹き抜ける街には、どこか華やいだ空気が漂っていた。

クリスマスに向けて装飾された街並み。

大葉さんが姿を消し、あの凄絶な総力戦でバーテックスを退けてから、かなりの月日が流れていた。

怪我や散華の症状がある程度回復した勇者部の面々は、今日、クリスマスイブの準備を進めていた。

集まるのは、私、東郷さん、風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃんの五人に加え、園ちゃんを加えた六人だ。

大葉さんが居ないのにみんなでパーティーなんて、不謹慎なのか?と思う。

心の片隅には、どうしても小さな罪悪感が消えずに残っている。

けれど、こうして少しでも賑やかで楽しいことを企画しなければならなかった理由があった。部長である風先輩が、大葉さんを失って以降、ふとした瞬間にあまりにも暗く、悲しげな表情を浮かべるようになっていたからだ。風先輩に笑っていてほしい。それが部員全員の共通の願いだった。

そんなことを考えていると小さな段差に足を取られて転けそうになった。

「おっ……と」

「大丈夫友奈ちゃん?」

私もまた、前回の戦闘で小さくない代償を払っていた。

前回の死闘の際、「両目」が散華していた。

現在は大赦が用意した特注の補完器具——視神経に直接干渉する特殊な眼鏡を着用しているが、それでも視界は全体的に白くぼやけ、焦点がうまく合わない。

「友奈ちゃん、足元に気を付けてね。まだ段差があるわ」

「うん、ありがとう、東郷さん」

東郷にそっと手を引かれながら、冬の商店街を歩いていた。もうだいぶ補完器具で歩けるようになった東郷さんに引っ張ってもらっているのが何だかこそばゆい。

今日の夕食は風先輩が腕を振るってご馳走を作ることになっているため、二人の担当はお菓子とクリスマスケーキの買い出しだった。

ちなみに、樹ちゃんと園ちゃん、そして夏凜ちゃんの三人はパーティーグッズの買い出しに行っている。

樹ちゃんは前回の戦いで片足の機能を失っており、一人で歩くのが難しかった。しかし今は、園ちゃんに習って護衛用の自立型兵器『衛使』の上に乗ってスイスイと移動している。ただ、園ちゃんに買い出しを任せると「変なもの」を大量に買い込んでくる危険性が大いにあったため、しっかり者の夏凜ちゃんがお目付け役として同行したのだった。

「ケーキ、崩れないように衛使に持たせるわね」

東郷が後ろをついてくる自身の衛使の手に、大きなケーキの箱と買い込んだお菓子の袋を預ける。

任せてください、と言わんばかりに衛使は敬礼する。最近、皆についている衛使達に個性がじわじわと芽生えている気がする。東郷さんの衛使はどこか軍隊みたいな雰囲気がある。夏凜ちゃんのところはモーターと油圧駆動なのに無駄に筋トレしてる。樹ちゃんのところは音楽かかると踊ってる。風先輩のところは良く先輩の手伝いをしてる。園ちゃんのところは良く公園で遊んでる。私のところは牛鬼に噛まれるからずっと牛鬼にエサあげてる。

大丈夫かな?とか思うけど戦闘の時はしっかりしてるんだよね、この子達。

「ふふ、頼もしいね。……あ」

歩行者天国を進む人ごみの中、思わず足を止めてしまう。

視界の大半が白くぼやけているはずの友奈の目に、それが鮮明に映り込んだからだ。

人混みの向こう、街頭の影に──ひとりの人物が立っていた。

髪型も、佇まいも、間違えようがない。

大葉さんだった。

なぜか、周囲の風景や通行人はすべて霞んでいるのに、その姿だけが細部までハッキリと見えていた。

大葉さんは、その両腕の中に愛おしそうにひとりの「赤ん坊」を抱いていた。

そして、友奈の方を見つめながら、何かを必死に喋っていた。

でも声は聞こえない。耳をすませても、街の雑踏の音しか聞こえなかった。

「……友奈ちゃん? どうしたの、急に立ち止まって」

東郷に肩を優しく叩かれ、友奈はハッと我に返った。再び大葉さんを見ると誰もいなかった。

「えっ……あ、ううん! 何でもないよ、東郷さん!」

慌てて首を振る。

あの影──大葉さんの影を見るのは、これが初めてではなかった。

病院を退院してからというもの、時々、ふとした瞬間に私の視界にだけ現れるのだ。他の誰にも見えない、私だけにしか見えない幻影。

そしてクリスマスが近づくにつれて、その影はますます鮮明に、はっきりと現れるようになっていた。

大葉さんはいつも赤ちゃんを抱っこして、私に何かを伝えようとしてくる。

でも、その声が私に届いたことはない。

きっと、私の罪悪感が見せてる幻、かもしれない。

あの日、自分たちの力不足のせいで大葉さんを助けることができなかった。自分だけがこうして生き残って、眼鏡越しに世界を見ていることへの後ろめたさが、自分にこんな幻影を見せているのだと、自分に言い聞かせていた。

そして──十二月二十四日、クリスマスイブの夜。

犬吠埼家の居間には、温かな明かりとご馳走の匂いが満ちていた。

「さあさあ! 風特製クリスマススペシャルディナー、遠慮しないでどんどん食べてね!うどんもあるわよ!」

三角帽子をかぶった風が、大皿に盛られたローストチキンやピザをテンション高くテーブルに並べていく。

その笑顔は少しだけ空元気のように見えたけれど、それでも暗い顔をしているよりは、ずっといいと思って笑い返した。

「わあ、風先輩すごい! すっごく美味しそう!」

「樹が手伝ってくれたサラダもあるからね! 夏凜も遠慮すんじゃないわよ!」

「別に遠慮なんてしてないわよ! ほら、園子、クラッカー鳴らすならタイミング考えなさい!」

「えー、今鳴らそうと思ったのに〜。パーンって」

「というかその紫キャベツを煮込んだみたいな色の奴がサラダなの?」

「ポテトサラダですよー!」

「紫芋?」

「馬鈴薯です!」

「ポテトサラダなのにサラサラしてるわね」

「頑張って混ぜたんです!」

そうなの、と夏凜ちゃんは遠い目をしていた。そして至近距離で園ちゃんがクラッカー3つも鳴らしてキレてた。

賑やかで、暖かな時間。

みんなで笑い合い、お腹いっぱいご馳走を食べ、いよいよ締めのケーキをカットしようとした、その時だった。

カチン。

窓ガラスを叩くような、かすかな音が聞こえた。

ふと窓の外──暗いベランダの方へ視線を向けると、呼吸が止まった。

そこに立っていた。

これまでで最も鮮明な、まるで実体を持っているかのような質感で、大葉さんの影が窓の外の雪の中に立っていた。

その腕には、もう赤ん坊が抱かれていなかった。

そして──今まで決して届くことのなかったその「声」が、友奈の脳裏に直接響き渡った。

『敵が来る、お願い……あの子を守って!』

真優の影が、強く、はっきりと指を差した。

近くの海岸線──暗い海の方角を。

「……大葉さん……!?」

友奈は勢いよく立ち上がると、ケーキのナイフを置き、そのまま玄関へと走り出していた。視界がぼやけていても走る場所はわかっていた、自分が向かうべき場所も、何もかも、大葉さんが教えてくれる。

「友奈ちゃん!? どうしたの!?」

「友奈! 待ちなさい!」

「友奈さん目が見えてないのに…!」

「追いかけるんよ!」

驚く東郷さんたちの声を背中に受けながら、アパートの扉を飛び出した。全員がなに事かと私のあとを激しく追いかけてくる。

アパートから全員が出た、まさにその瞬間だった。

ゴォォォォォン……、と空間が激しく軋む音が響いた。

異様だった。神樹の樹海化が起こらない。世界の色が変わらないまま、現実世界の夜空の広がる結界の内部へ、ダイレクトに何かが侵入してきた気がした。

全員の勇者端末が同時に悲鳴のようなアラームを打ち鳴らす。

東郷さんが画面に表示されたレーダーマップを見た。

「樹海化せずに……侵入して来たわ、黒のバーテックスかしら?端末の反応は……前方に先行する『星屑』が一体。そして……」

東郷の言葉が詰まる。

「それを追うように……認識表示できてないバーテックスが……一体?」

「何なのよそれ……? 星屑が、バーテックスから逃げてるっていうの?」

夏凜が頭を傾げた。

わけが分からない事態に混乱しながらも、勇者部全員は速やかに変身し、私が進む海岸線へと急行した。

冬の冷たい夜風が吹き荒ぶ海岸線。

波打ち際に到着した私たちの目に飛び込んできたのは、あまりにも異様な光景だった。

闇の海から、一体の小さな『星屑』がこちらへ向かって必死に這い上がってきていた。

その姿は、確かに後方から迫る未知の巨大な影から逃げ惑っているように見えた。

「理由はどうあれ、バーテックスなら……撃ち落とします」

上空へ飛翔した東郷さんが、大型のライフルを構え、星屑へと狙いを定める。

その瞬間。

『──あの子を守って!!』

友奈の耳奥に、再び大葉さんの悲痛な叫びが響き渡った。

「撃っちゃダメ!! 東郷さん、撃たないで!!」

喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。

あまりの必死さに、東郷は反射的にトリガーから指を離した。

直後、星屑は砂浜へと激しく不時着した。

見れば、そのボディにはすでに幾つもの攻撃を受けた痕があり、光の粒子となって今にも消滅しかけていた。

そして──星屑を追いかけて海の中からヌッと姿を現したのは、禍々しい巨躯を持つバーテックスだった。

端末の照準を合わせると、形状データは『蠍座(スコルピオ)』を示している。しかし、端末上のアイコンはノイズが走り、バグったような異常表示を繰り返していた。しかし、黒いバーテックスではなかった。

『上空から援護するよ! わっしー、行くよ!』

『了解! 衛使、全機全弾発射!』

上空に待機していた園子と東郷が、連動させた衛使群とともに一斉に強力な射撃を放った。光の弾幕が夜空を埋め尽くし、蠍座へと降り注ぐ。

しかし——。

ガギィンッ、と弾丸やビームが、蠍座の数メートル手前で、まるで透明な分厚い壁にぶち当たったかのように弾け飛んだ。

「……なっ!? 弾かれた……!? 精霊バリア……? いいえ、違うわ!」

東郷さんが驚愕の声を与える。

「あれは何……!?」

全員が絶句する目の前で、蠍座の巨体がメリメリと歪み、不気味に形を変え始めた。

外殻が収縮し、二本足で立ち上がる。その全身には、まるで血液が脈動しているかのような禍々しい「赤いライン」が浮かび上がっていた。

それは、全高二十メートルに及ぶ——完璧な「人型」のバーテックスだった。

「バーテックスが……人型……!?」

風が息を呑む。

動揺が広がる隙を見逃さず、人型バーテックスは右腕を滑らかに変形させ、巨大な「滑空砲」の砲身を作り出した。

直後、容赦のない砲撃が放たれる。

「させないっ!」

友奈は不時着した星屑の前へと躍り出で、精霊バリアを展開して正面から受け止めた。

ドガンッ!と凄まじい衝撃波と爆煙。精霊バリアによって直撃こそ免れたものの、あまりの着弾威力に友奈の身体は砂浜を転がり、大きく吹き飛ばされた。

「くっ……あぅ……!」

友奈は痛みに耐えながら体を起こした。

その時、先ほどの砲撃の余波によって、波打ち際で光の粒子となって崩壊していく星屑の「内部」が露わになった。

友奈の目が、極限まで見開かれる。

砕け散る星屑の核の内部——そこに、小さなカプセルのような空間があり、その中で——

「あ……赤ちゃん……!?」

この寒空の下、裸のまま手足をバタつかせ、必死に泣き声を上げる**“本物の赤ん坊”**が横たわっていた。

大葉さんが言っていたのはこの子だ、確信があった。すぐさま通信機を開き、叫んだ。

「みんな! 星屑の中に赤ちゃんがいる!! 星屑はあの子を守って逃げてたんだ!!」

『なっ……なんですってぇ!?』

『赤ん坊だぁぁ!? なんでそんなところにそんなものがいるのよ!!生きてるの?!』

「生きてる!」

風と夏凜の悲鳴のような声が響く。

「でも、さっさとあのバーテックスを倒さないと、赤ん坊が戦闘に巻き込まれて死んじゃうよ!!」

私の叫びに、勇者部全員の眼光が変わった。久々の戦闘だが、全員の気合いが入る。そこに守るべきものが見えたからだ。

「全員、赤ん坊を背中に庇うように陣を再編! 奴をここで叩き潰すわよ!」

風の指示と共に、勇者部は新種のバーテックスに向かって一斉に飛び出した。

 

 

全高二十メートルにも及ぶ人型の新種バーテックス

その不気味で洗練された巨体は、神話の神を模したかのような禍々しい神々しさを放っていた。

バーテックス側が創り出した「対勇者用バーテックス」。いわば、バーテックス側の勇者とも言える存在のように見えた。

「ハハッ! なにあのサソリさん、立ち上がったらカッコ良くなっちゃってるんよ」

上空から園ちゃんが暢気な声を上げるが、その目は一切笑っていなかった。

「そのっち、油断しないで! アイコンの表示がおかしい……これまでのバーテックスとは根本的に何かが違うわ!」

東郷さんが叫ぶ。

その時、バーテックスの全身を走る「血のような赤のライン」が烈火のごとく発光した。

参座の姿が加速した、あの巨体からは考えられないスピードだった。

「——え!?」

夏凜ちゃんが息を呑む。次の瞬間には二十メートルの巨体が、まるで重力を無視したかのように滑空し、砂浜に不時着した星屑──その中にいる赤ん坊の頭上に躍り出ていた。

右腕を巨大なブレード状に変形させ、真っ直ぐに赤ん坊の入った星屑の核へ向けて振り下ろす。

「させないっ!!」

間一髪、樹ちゃんが滑り込んだ。

樹ちゃんの無数の繊細かつ強靭な糸がネットワークのように展開され、同時に複数の精霊バリアと光輪による多重防壁が赤ん坊の頭上を覆った。

ガァンッ!!とバーテックスのブレードが多重防壁に激突し、凄まじい火花が四散する。

樹の精霊バリアが震える、樹ちゃんの口から「くっ……!」と苦痛の漏れ声が上がった。

「樹ちゃん!!」

「私は大丈夫です……! この子は……絶対に守ります!」

樹は片足の不自由さを押して地面に両手を突き、過剰な負担に耐えながら、幾重もの防壁を維持し続ける。

「みんな、突撃! 樹に攻撃を集中させないで!」

風の鋭い指示が飛んだ。

真正面から大剣を構えた風先輩が突き進み、左右から私と夏凜ちゃんが挟み込むように超高速で接近する。上空からは東郷さんと園ちゃん、そして追随する衛使群が異なる角度から途切れることのない遠距離支援射撃を開始した。

「ハァァァァッ!!」

風が大剣を上段に振りかぶり、渾身の力を込めてバーテックスの脳天へと斬り下ろした。

だが奴は冷徹なまでの反応速度で左腕をブレードに変形させ、風の大剣の切っ先を最小限の動作で弾き返す。

ガンッ!!と金属同士がぶつかり合う甲高い衝撃音が響き、風の腕が痺れで跳ね上がる。

「くっ……この力……!?」

「風先輩、離れて! はぁぁぁっ!!」

すかさず私が左側面から肉薄し、エネルギーを込めた拳を参座の胸部へ叩き込もうと肉弾戦を挑む。しかし参座はその巨体からは到底信じられない軽快なフットワークで後方へステップし、私の拳から出る衝撃波を紙一重で回避した。

「なめんじゃないわよッ!!」

回避した瞬間を狙い、右側から夏凜ちゃんが剣を激しく振りかざして斬りかかる。

バーテックスはもう片方の腕もブレードに変えて、夏凜ちゃんの猛攻に応戦。ガガガガッ!と一秒間に十数回もの斬撃が交錯する。

しかし、片手だけでバーテックスの連続攻撃に対抗するには限度があった。バーテックスのブレードが夏凜ちゃんの剣筋を強引にこじ開けると、無造作に繰り出された蹴りが夏凜の腹部を捉えた。

「があっ!?」

夏凜ちゃんの体が海上をバウンドし遠くへ吹き飛ばされる。

「夏凜ちゃん!」

「大丈夫……ッ! でもアイツ、近接も遠距離も隙がない……!」

夏凜ちゃんが血をぺっと吐き出しながら立ち上がる。

近距離では腕をブレードに変形させて縦横無尽に斬り合い、遠距離では滑空砲に変化させて多様な弾種を撃ち分けてくる。完璧すぎる隙のなさ。

さらに厄介なのは、先ほど東郷たちの射撃を弾いた「不可視の防壁」だった。

近づこうにも、友奈たちの攻撃の直前で固い透明な膜が展開され、攻撃が止められてしまうのだ。

その時、全員に通信が入る、大葉継人の声が割り込んだ。

『勇者部、聞こえるか! !』

「継人さん! このバーテックス、強すぎるわ! 精霊バリア並みに固い防壁があって、攻撃がまともに通らないの!」

風先輩が息を荒げながら叫ぶ。

『解析が終わった。その個体の防壁の性質は精霊バリアと近い、恐らく二夜が流してたデータを利用されたか』

「二夜さんの……データ!?」

東郷さんが息を呑む。

『そうだ。奴が展開している防壁は、お前たちの精霊バリアと同種のエネルギー波長で構成されている。だから普通の攻撃では貫通できない。……だが、突破する方法はある』

継人の声に熱がこもる。

『同種の波長であるなら、同じ波長に合わせれば干渉を起こして防壁を中和できる! お前たちが攻撃を叩きつけ続けてくれれば、こちらでリアルタイムに波長を解析し、お前たちの兵器の波長を敵の防壁に同期させる』

「つまり……叩き続ければ穴が開くってことですね……!」

夏凜ちゃんがニヤリと不敵に笑う。

「全員、攻撃の手を休めないで! 継人さんの解析が完了するまで、絶え間なく打ち込み続けて!」

風先輩の指示のもと、勇者部は再び行動を開始した。

樹ちゃんは赤ん坊の前に陣取ったまま、糸と光輪による防壁を幾重にも重ねてバーテックスからの攻撃を完璧に防ぎ止める。

「東郷!園子!上から頼むわよ!」

「了解! 衛使最大戦速!」

「バリバリ行くよー!」

上空の東郷と園子が、自律型兵器『衛使』群を率いて縦横無尽に飛び交い、参座の頭上から途切れることのない弾幕を降らせる。

『波長同期率、六十……七十! 乃木! 今だ、突撃しろ!』

継人の叫びと同時に、上空で攻撃していた園ちゃんが動いた。

「はいはーいっ! わっしー、合わせてね!」

「ええ、行って、そのっち!」

東郷さんが衛使との協同で最大火力を打ち込み、バーテックスの意識を上空から逸らす。

その隙を突き、園ちゃんは長槍を構え、過剰な重力加速を伴って直上から一直線に突撃した。

バーテックスは即座に頭上へ「不可視の防壁」を展開する。

しかし既にこちらはそれを突破出来る。

『同期完了! 突破しろ!!』

バキィンッ!!と園子の長槍の先端が防壁に接触した瞬間、空間に波紋のような光が広がり、バーテックスの強固な防壁がガラスのように脆く粉々に砕け散った。

「もらったぁぁ!!」

防壁を突き破った園ちゃんの長槍の切っ先が、参座の右腕を根元から豪快に吹き飛ばした。

バーテックスが初めて痛がるような行動を取った、今までに無い行動。だがそんなこと気にしてる暇はなかった。

「よくやったわね、園子! 次はアタシだぁぁぁッ!」

隙を見逃さず、下方から地を蹴った風先輩が躍り出る。大剣を水平に振り抜き、バーテックスの残されたのもう一方の左腕をバッサリと切り落とした。

両腕を失い、無防備になった胸部へ跳躍。

「勇者ぁ!!パァーッッッンチ!!!」

魂を込めた右拳、最大まで圧縮した空間を解放、凄まじい爆音と共に指向性の衝撃波がバーテックスの巨大な胴体の中央を貫き、風穴を開けた。

「仕上げよ!!」

友奈が離脱した直後、夏凜が腰の兵装から解き放たれた荷電粒子切断兵装を振るう。眩い光の刃がバーテックスの背中から腰にかけてをバッサリと斜めに切り裂いた。

外殻が完全に破壊され、内部で禍々しく脈動する御魂が露わになる。

『東郷! 決めて!』

「……これで、終わりです!!」

遥か上空で大型スナイパーライフルを構えていた東郷美森が、静かにトリガーを引き絞った。

放たれた一撃は、狂いなく露出した御魂の真っ芯を撃ち抜いた。

巨大な人型バーテックスの体が内部から崩壊を起こし、夜空を焦がす大爆発とともに光の粒子となって雲散霧消していった。

 

激しい爆風が収まり、しんと静まり返った讃州の海岸線。

「はぁ……はぁ……やった……倒した……」

友奈ちゃんが砂浜に膝をつき、荒い息を吐き出す。

変身を解除した私=東郷美森は、空からゆっくりと地上へ降り立ちながら、どこか拭いきれない違和感に苛まれていた。

おかしい。ようやく戦闘が終わったというのに、私の頭の中にはいくつもの疑問が渦巻いていた。

まず、大赦からの援護が一切なかったことだ。

この地区には、私たちが普段連動させているものとは別に、基地に配備されている「自動追随していない衛使」が多数存在する。緊急事態であれば、それらが自動防衛システムとして即座に派遣されるはずだった。

それだけではない。

戦闘中、大葉継人さんからの戦術指示や解析データはリアルタイムで届いていた。しかし……大赦の作戦司令官である春信さんからの戦闘指示は、ただの一度も入らなかったのだ。

通信機能が死んでいたわけではない。現に継人さんとは話せていたのだから。

春信さんたちは、何をしていた?

私が一人で頭を捻り、疑惑を深めていたその時。

「わ……! 本当に、赤ん坊だわ……!」

風先輩の声に振り返ると、消えていく星屑の光の残骸の中から、風先輩がそっと腕を伸ばし、小さな「何か」を抱き上げるところだった。

そこには──この凍えるような十二月の冬空の下、すっぽんぽんの裸で、寒さに身体を震わせながら必死に泣き叫ぶ“赤ん坊”がいた。

「ふえぇぇぇん!!」

「きゃあああ!? ちょっと、こんな寒いのに服を着てないじゃないの! 死んじゃうわよ!?」

夏凜ちゃんがパニックになりながら叫ぶ。

「大変! みんな、着ている防寒着を脱いでください!」

樹ちゃんの呼びかけで、私たちは慌てて自分たちの厚手のコートやマフラーを脱ぎ出した。

風先輩の大きなジャンパーで赤ん坊を優しく包み込み、私のマフラーと夏凜のカーディガンで幾重にもぐるぐる巻きにして保温する。

「よしよし、寒かったわねー、もう大丈夫だからねー」

「私のα波でポカポカにしますね」

「東郷こんな時にボケ倒さないで」

「αぁー!!!」

「波ぁー!!!!」

「うるさい!」

私とそのっちのα波を防ぎながら風先輩がぎこちない手つきで赤ん坊をあやすが、赤ん坊は「ふえぇぇん!」と機嫌を損ねたまま泣き止まない。

その時、海岸線の道路沿いに滑り込んできた一台の黒い高級車があった。

車から降りてきたのは、桑折春雄さんだった。

「みんな! 無事か!?」

「春雄さん! これはいったいどういうことなんですか!?」

私が真っ先に駆け寄り、詰問しようとした。なぜ衛使の救援がなかったのか、なぜ春信さんからの指示がなかったのか。

しかし春雄さんは深刻な面持ちで首を振った。

「事情は後で話す! とにかく早急に集合してくれ。大赦の本部施設へ向かう!」

「えっ……でも、この子が……」

「その子も一緒だ! さあ、乗ってくれ!」

わけも分からぬまま、私たちは春雄さんの車へと押し込まれた。

車内でも、私は春雄さんに問いただそうと口を開掛けた。

「春雄さん、さっきの戦闘で——」

「ふぎゃあぁぁぁぁっ!!」

赤ん坊の爆音のような泣き声が車内に響き渡り、私の声はあっけなくかき消された。

「あーっ! また泣き出しちゃったわよ! お腹が空いてるんじゃない!?」

「ちょっと夏凜、揺らしちゃダメだって! 優しく抱っこするの!」

「園子さん、その猫のクッション顔怖いですから! 怖がってますよ!」

「えー、可愛いかなって思ったのに〜」

車内は、裸で寒空に晒され、お腹を空かせた赤ん坊をあやそうとする勇者部全員の大騒ぎとなった。

友奈が指を握らせたり、風先輩が変顔をしてみせたり、樹ちゃんが優しい子守唄を歌ったり……。

結局、何から何まで謎だらけの状況を問い詰める暇など微塵もないまま、車はあっという間に大赦の厳重な施設へと到着してしまったのだった。

「ふー……なんとか落ち着いたかしら……」

車を降りても、赤ん坊の機嫌は未だに治っていなかった。

ぷーっと不満そうに頬を膨らませ、「ブー」と口を鳴らしながら、抱っこしている風先輩の金髪の髪の毛をちいさな手でちぎらんばかりにグイグイと捏ね回している。

「あたたた……力強いなこの子……。で、春雄さん」

風先輩が髪を引っ張られながら、ようやく真顔に戻って春雄さんを睨みつけた。

「私たちをここに集めた理由、教えてもらえるんでしょうね? あのバーテックスのことや、この赤ん坊のこと……それから大赦の対応について!」

私も風先輩の隣に立ち、厳しい視線を春雄さんに向けた。

その時だった。

「……俺が説明する」

地下通路の奥から、静かな足音が響いてきた。

現れたのは、憔悴しきった顔をした大葉継人さんだった。

そして継人さんのすぐ後ろから、一人の少女がそっと歩み出てきた。

その少女の姿を見た瞬間、私=東郷美森と、隣にいたそのっちの時間は、完全に凍りついた。

ショートカットの髪。勝気そうな目元。

どこか男勝りで、けれど誰よりも優しかった、あの佇まい。

二年前に、命を燃やし尽くして私たちの前から消えてしまったはずの顔。

二年前に、二度と会えなくなったはずの……大切な、大切な私たちの仲間。

十二歳の姿をした三ノ輪銀が、そこに立っていた。

「…………っ!?」

言葉が、出なかった。

息をすることすら忘れて、私はその少女を見つめ続けた。幻覚かと思った。夢を見ているのだと思った。けれど、そこにいるのは紛れもない「銀」だった。

「……あ……」

園子の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。

「……銀……ッ! 銀ッッ!!」

「ミノさんっっ!!」

私とそのっちの痛切な叫びが、大赦の白い廊下にどこまでも、どこまでも響き渡っていった。




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