前回の戦闘から一ヶ月も経たないうちに、再び警報が鳴り響いた。
神樹様のエラーが解消されないまま迎えた再襲撃。私たちは前回と同じように「袿」を纏い、迎撃態勢を整えて現場へと向かった。……だが、そこに広がっていたのは、これまでのバーテックスとは根本的に異なっていた。
「……っ!? バーテックスの進路が……神樹様に向かっていない!?」
私=東郷美森の叫びがインカムに響く。
敵は結界の境界線から神樹様へ一直線に突攻するのではなく、扇状に分散し、眼下に広がる民間人の居住区——市街地へと向かって攻撃を開始していた。
上空からは乙女座のバーテックスが爆弾を街へと降り注がせる空爆。
後方からは射手座のバーテックスが、超長距離からの高威力砲撃を住宅街へ向けて叩き込んでいる。
それらはまるで、人間が戦争において行う「戦争行為」そのものだった。
「春信さん! 敵の目標は神樹様ではなく市街地です! 民間人の避難が間に合いません!」
『くっ……! 防人は目標更新! 勇者部の後方支援から民間人の防衛と誘導へ回れ!』
『了解! 亜耶ちゃん、誘導ルートを出して!』
春信さんの即座の指示により、楠さんたち防人部隊が街の防衛へと回る。
その時、通信の奥から大葉継人さんの低く重い声が聞こえてきた。
『……そうか。“バーテックスが人を学習した”……真優が友奈君に告げた言葉の意味は、これだったのか……』
「大葉さん……?」
『奴らは理解したんだ。神樹を直接叩くよりも、大切なものの方を叩く方が、俺たちの戦力を削ぐことを……!』
戦慄が背筋を走り抜ける。敵は殺戮の衝動だけでなく、人間の「弱点」を戦術として取り入れたのだ。
しかも、今回の敵はそれだけではなかった。
海岸線から市街地へ向けて、ぬっと姿を現したのは人型バーテックス──「参座」。
それも、一体ではない。
「参座が……六体……!?」
夏凜ちゃんの驚愕の声が上がる。かつて一体だけでも私たちを死闘へ引きずり込んだあの異形が、集団で連携を組んで押し寄せてきていた。
「そのっち! 空爆と砲撃を行っている奴を叩くわ! 街への被害を最小限に抑えるわよ!」
「了解だよ、わっしー! 上空の邪魔者は私たちが全部打ち落とす!」
私は長距離狙撃ライフルを構え、園子と共に上空の乙女座と射手座へ向けて最大火力の連射を叩き込んだ。
弾丸と光線が確実に敵を捉える──そう確信した瞬間だった。
「……なっ!?」
ズガン、と"違う"バーテックスに直撃した。
私たちの攻撃は、目標に届く直前で遮られたのだ。
他の星屑や小型のバーテックスたちが、自らの巨体を盾にして、乙女座と射手座の前に割り込んできたのだ。肉肉しい怪異の肉体が爆ぜ、削れながらも、彼らは主軸となる大型個体を守り抜いていた。
「仲間を……守った……!?」
そのっちが目を見開く。
単なる本能の塊だったはずのバーテックスが、自己犠牲によって戦術的な価値の高い個体を防衛している。その光景は、あまりにも信じられない光景で、そしてあまりにも「人間的」だった。
「そのっち!」
「わかってる!時間をかけたら被害が出る!早めに潰すよ!!」
2人はさらに加速し、敵へと迫る。
◆
一方、海岸線では地上組の戦闘が始まっていた。
「目標!参座6体!他は防人に任せて!」
風先輩、樹ちゃん、友奈ちゃん、夏凜ちゃんの四人が『袿』を展開し、参座6体への迎撃を開始する。
だが、参座たちの周囲に展開された強力な防壁が、こちら側の攻撃をことごとく弾き返した。
「硬いわねぇ!ホントにぃ!!」
夏凜ちゃんの口から苦々しい言葉が出る。
袿に搭載されている大型レールガンと荷電粒子砲、その照準は完全にオートである。それは発砲時の反動や、電磁波等により相互に干渉するからである。それを電子制御により照準をリアルタイムで調整し、99%の命中率を誇る。それだけの手間をかけて直撃させた攻撃が全て無駄になったのだ、苦い言葉も出るのは仕方ない。
そして、参座6体は寸分の狂いもない連携を見せる。1体が先行、そちらに気を反らされた瞬間、もう1体が接近し、風先輩の袿の脚部を切断。袿がバランスを崩したところに一斉に集中砲火を浴びせた。
重装甲の袿がみるみる内に撃ち崩される。吹き飛ぶ装甲と腕部。
「きゃああぁあっ!?」
「お姉ちゃん!!」
凄まじい衝撃波が走り、風先輩の『袿』の装甲が瞬く間に粉砕される。
だが、悲鳴をあげつつ風先輩は即座に行動、コンソールの電源が落ちる前に自爆シーケンスと自働目標をセット。
「ああ!もう!壊しちゃうじゃない!!」
風先輩は限界を迎えた『袿』から即座にベイルアウトし、脱出した『袿』の機体を敵の一体へ向けて自爆させた。
ドカンッ!と凄まじい爆炎が巻き起こる。
しかし、煙の向こうから現れた参座は、なおも防壁によって無傷だった。
「隙は出来たわよねぇ……!!」
ベイルアウトした風先輩が、爆風の中をかき分けながら大剣を振り切る。
防壁に阻まれる大剣。しかし新たに開発された「対防壁兵装」が作動。勇者システムの出力を敵の防壁波長へ瞬時に同調させ、無効化する新機能だ。
風先輩の大剣が眩い光を帯び、参座の防壁を紙のように易易と切り裂いた。
「切り裂けぇぇぇッ!!」
ズバン!と斬られた参座の一体が、内側から激しく爆発し、黒い霧となって霧散した。
「やった……! 一体撃破したわよ!」
歓声が上がると思われた。……だが、それを見た残りの参座5体は、一切の動揺を見せることなく、一斉に「回避重視」の立ち回りへと切り替えたのだ。
「 敵が距離を取り始めたわ!」
「こちらの手の内に合わせて、動けるの……!?」
自分たちの防壁が無効化されたと理解した瞬間、敵は深追いをやめ、時間を稼ぐ戦術へとシフトした。
こちらの攻撃を極限まで耐え忍び、少しずつ市街地へ砲撃を送り込む泥沼の消耗戦に切り替わった。
◆
戦闘は、過酷なまま五時間を超えた。
最終的に、勇者部全員の攻撃により、残る参座と大型バーテックス群を全て撃退することには成功した。
しかし──民間居住区には多数の建造物破壊と、未だかつてない規模の爪痕が残された。
「はぁ……はぁ……つ、疲れた……」
『袿』を解除し、膝をつく夏凜ちゃん。
私は傷ついた街を見渡しながら、去り行く空の雲間を見つめていた。
その時だった。
撤退していく星屑の群れの中心に、私は「それ」を見た。
「……何?」
巨大な怪物の群れの中で、ぽつりと揺れる、小さな影。
それはバーテックスのような不気味な異形ではなく──人間と同じサイズをした、純白の「人型」だった。
『東郷、どうした!?』
インカムから継人さんの声が届く。
「継人さん……撤退していくバーテックスの中に……小さい人間サイズの、白い人型がいました」
『……なに?』
私の報告を聞いた継人さんは、通信の向こうで深く息を呑んだ。
『………敵が人間の行動や戦術を模倣する上で、司令塔と観測を併せた個体なのだろう、敵は確実にこちらを見ている』
継人さんはそう推察した。
けれど……一緒にその白い影を目撃していた園子は、通信を切った後、首を少し傾げてポツリと呟いた。
「ねえ、わっしー……。もしあの白い人型が指揮官なのだとしたら……いくらなんでも、前線に出てきすぎじゃないかな……?」
「……え?」
「だって、指揮官なら後ろでじっとしていればいいのに。まるで……私たちに自分を見せつけるみたいに、前線に立っていた気がするの」
そのっちの直感。それは、いつも恐ろしいほど真実に近いところを射抜く。
残された多くの疑問と気味の悪い違和感の中、大赦から次の神託が下された。
次の襲撃は──わずか「二週間後」。
残された時間は、あまりにも少なかった。
◆
襲撃から数日後。
街の復旧作業が進む中、私とわっしーは、ミノさんの手を引いて被害地域の見回りに出ていた。
言葉も感情も戻らないままのミノさん。だけど、大赦からの命でもあり、私たちの願いでもある「日常の刺激」を与えるため、私たちは思い出の場所を順番に巡っていた。
「銀、覚えているかしら? ここは……昔、三人で並んで歩いた道よ」
わっしーが優しく語りかける。ミノさんは無言のまま、ぽかんと空を見つめているだけだった。
「ここはね、三人でよく遊びに行ったイネスだよ〜。あっちの浜辺は、三人で泳いだ思い出の場所!」
私が笑いながら指さすと、ミノさんは視線だけをそちらへ向けた。
三人でアスレチックをクリアしてアイスを食べた公園。三人で笑い転げた道端。
どこを巡っても、ミノさんは何も言わず、ただ大人しく私たちの後ろをついてくるだけだった。
やがて、私たちはある住宅街の路地へと入っていった。
「……ここは来るか迷ったのだけど……」
わっしーが足を止める。そこは、ミノさんの実家の前だった。
まだ、弟たちに彼女の復活を知らせるわけにはいかなかった。記憶も感情もない今の彼女を会わせることは、ご家族にとっても酷であり、大赦の混乱を避けるためにも、今は外から覗くだけ。
塀の隙間から庭を覗くと、二人の弟たちが、猫と一緒に仲良く走り回って遊んでいた。
先日の戦闘で、すぐ近くの民家が壊されるほどの被害があったはずだ。幼い彼らだって、恐ろしい思いをしたはずなのに……二人の顔には、眩しいほどの笑顔があった。生きて、日常を守れている喜びの笑顔が。
「……あ」
その時、私の隣でミノさんが微かに息を呑む音がした。弟たちの笑顔を見つめる彼女の瞳が、小さく揺れていた。言葉にならない声を漏らし、何かを思い出そうとするように、彼女の唇が引きつる。
「銀……!?」
わっしーが目を見開いた、まさにその瞬間だった。
ヒュンッ!と上空から、突風と共に「それ」が舞い降りてきた。
「なっ……!?」
ドシャンッ!!とアスファルトを砕いて現れたのは──先日、戦闘の終わりにわっしーが目撃した、あの純白の「人型バーテックス」だった。
「街の中に……バーテックス!? なぜ急に神託もなしにこんなところへ!?」
わっしーが即座に変身し銃を構える。私も槍を引き抜き、ミノさんを背後に庇うように立ち塞がった。
白いヒトガタは、言葉を発しない。ただ、不気味なほど滑らかな動作で、私たちに向かって踏み込んできた。
「はぁぁぁっ!」
「打ち抜く……っ!」
私とわっしーは、同時に仕掛けた。私の槍と、わっしーの至近距離からの精密射撃。回避不可能な交差攻撃。
しかし——!
サッ……と、白い人型は流れるような最小限の動作で私の槍をいなし、わっしーの銃口の射線を完璧に回避した。
「な!避けたっ!?」
鳥肌が立った。その間合いの詰め方、攻撃の受け流し方、体さばき。合宿で私達は腐る程見た。
無駄の一切ない格闘術。
この動きを私達は知ってる、"大葉さん"の動きと、全く同じ。
「っ……く! 引きつけて、そのっち!」
「わっしー、気をつけて! こいつは何か違う!」
私たちが冷や汗を流しながら牽制し合っていた、その時。
白い人型は、私たちを無視するように死角へすり抜け、後ろにいたミノさんへと狙いを定めた。
「銀っっ!!」
人型の手元から生成された結晶の刃が、銀ちゃんの首元へと振り下ろされる。
「……ッ!」
その瞬間、記憶も感情もないはずの銀ちゃんの体が、本能だけで動いた。しかも変身付きでだ。
シュバッと体を捻って刃を回避し、斧を人型の顔面へと叩き込む。無意識の内に勇者としての戦闘を展開する銀ちゃん。
しかし──バシィッ!とミノさんの斧を受け止めた、そのまま銀ちゃんを地面へと押し倒し、その鋭利な結晶の切っ先を、銀ちゃんの華奢な喉元へと突きつけた。
「ミノさんっ!!」
ミノさんが殺される。誰もがそう思った、コンマ数秒の刹那。
ピクッ、と人型の動作が、唐突に、ほんの一瞬だけピタリと止まった。
喉元に突き立てられるはずだった刃が、まるで躊躇するように静止したのだ。
わっしーはその一瞬の隙を逃さなかった。
「離れろッッ!!」
ズドンッッ!!とわっしーのライフルの大口径弾が、頭部を完璧に撃ち抜いた。
バキィィンッ!と音を立てて、人型の白い仮面のような顔面が砕け散る。
散らばる結晶の破片の間から──露わになったその「内側」を、私とわっしーははっきりと目撃した。
「……え……?」
砕けた白い仮面の内側にあったのは、怪物の構造などではなかった。
そこにあったのは──人間の、冷たく透き通った「目」。
間違いようもない。かつて私たちと共に戦い、そして消えていった……、大葉さんの瞳だった。
「大葉……先輩……?」
わっしーが途切れそうな声で呟く。
顔半分を砕かれた人型は、一切の表情を変えることなく、跳躍して空の彼方へと撤退していった。
残されたのは、地面に倒れたままのミノさんと、凍りついた私とわっしー。
私は震える手で勇者端末を掴み取り、なりふり構わず継人さんの直通回線へ繋げた。
「継人さん……っ! 今すぐ……今すぐ聞いてください……!!」
『乃木!? どうした、何があった!?』
「今……例の白い人型が、私たちを襲ってきました……! 顔が砕けて……中が見えたんです……!」
私は叫ぶように伝えた。
「あれは……あのバーテックスは……大葉さんです……っ!!」
◆
園ちゃんたちから凄まじい連絡が入る少し前。
私=結城友奈と風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃんそして楠さん達防人のみんなは、赤ん坊を抱いて被害を受けた街の居住区を歩いていた。
今回の襲撃で傷ついた街の現状を、この小さな赤ん坊の目にも見せるため。"痛み"を見せろ、そう大葉さんが言っていたからだ。そして何より、前回の激戦を共に戦い抜いた楠さんたちと、ゆっくり話がしたかったからだ。
「う……あうぅ……」
「あ、あれ……!? 抱っこ紐の角度が悪いのかな……? ちょっと待ってね、よしよ~し」
私がぎこちない手つきで赤ん坊をあやしていると、横から歩いてきた風先輩が呆れたように笑った。
「友奈、腰が入ってないわよ。赤ちゃんはもっとこう、胸にしっかり密着させるように抱くの」
「ふ、風先輩……! さすがオカンのプロ……!」
「プロじゃないわ、あとまだ産んでない、あとオカンゆうな!」
「お姉ちゃん、産む話はしてないよ」
樹ちゃんの柔らかい微笑みに包まれながら、私たちは瓦礫の撤去が進む通りを歩いていく。
街には、まだ前回の戦闘の痕跡が色濃く残っていた。倒壊した家屋、焼け焦げた道路。だけど、そこに生きる人々の表情は、決して暗いだけではなかった。
「あ……! 勇者様だ……!」
通りすがりの一般の人々が、私たちの姿に気づいて立ち止まった。
「勇者様! 先日は本当にありがとうございました!」
「うちの家は壊れちゃったけど、防人の方々がすぐに逃がしてくれたおかげで、家族みんな無事でした!」
「本当に……本当にありがとう!」
温かい感謝の声と、"楠さん達の方"に深く頭を下げる人々の姿。
確かに、少なからず犠牲や被害は出てしまった。だけど……私たちが必死で戦ったおかげで、救われた命が、守られた笑顔が、ここに間違いなく存在していたんだ。
「……よかった……」
私が胸を撫で下ろしたその時、隣を歩く風先輩の横顔が目に入った。
風先輩は、感謝を述べる人々へ力強く微笑み返していたけれど……その瞳の奥には、深い悔恨と痛みが影を落としていた。
風先輩の視線は、壊れた家の跡地で立ち尽くす、小さな男の子に向けられていた。
風先輩は考えていたのだ。
助けられた人がいる一方で、助けられなかった人がいることを。
自分と同じように、この戦闘で親を亡くしてしまった子供がいることを。
そして……自分たちと同じように、“大切な仲間”を亡くしてしまった人たちがいるという現実を。
その責任を、風先輩は全部自分一人で背負い込み、痛烈に悔やんでいた。
「あう……!」
その時、私の腕の中にいた赤ん坊が小さな手を伸ばした。
ぷにぷにとした温かい小さな手のひらが、風先輩の頬にそっと触れる。
「……え?」
風先輩が驚いて立ち止まる。
赤ん坊は風先輩の頬を撫でながら、ニカッと無邪気な笑顔を見せた。
「……あたたかい……」
風先輩の目が潤む。
赤ん坊のその小さな手は、風先輩たちが、勇者部が、防人が、命がけで守り抜いた「命の暖かさ」そのものだった。
「……そうよね。悔やんでいるヒマがあったら、この暖かさを……もっとたくさんの人に触れさせなきゃダメよね」
風先輩は目元をぐっと拭い、赤ん坊の手を優しく握り返して、強く頷いたのだった。
◆
街の人々から直接「ありがとう」と感謝の言葉を掛けられるたび、私=楠芽吹と三好夏凜は、どこか居心地の悪さを感じて立ち尽くしていた。
本来、大赦の勇者や防人というものは、誰にも知られることなく陰で人々を守る存在だ。表舞台に立ち、このように直接感謝されることに対して、胸の奥に奇妙な違和感が拭えずにいた。
「……変な感じね」
三好が腕を組み、不機嫌そうに呟く。
「ええ。勇者も防人も、名誉や感謝のために戦っているわけではないわ。このように直接感謝されるのは……私たちの在り方として、何か違うのではないかしら」
私が同意すると、後ろを歩いていた亜耶ちゃんが、不思議そうに首を傾げた。
「お二人とも……感謝されるのは嫌なのですか?」
「そういうわけじゃないけれど……」
三好が言葉を濁すと、亜耶ちゃんは小さく微笑んだ。
「私は……大赦の巫女としてずっと奥にいたので、直接お礼を言われたことなんて一度もありませんでした。だから、すごく慣れません……。でも、嫌ではないです。私たちがやっていることが、誰かの役に立っているんだなって……嬉しかったです」
そこまで言った後、国土ちゃんの表情が急にしおれていった。
「……でも、私……前回の戦闘では、ただ戦況を把握して指示を出していただけでした。戦っていない私が、こんな気持ちになっていいのか分からなくて……。みんなが戦場で傷ついて、もしかしたら消えてしまうんじゃないかって……それが嫌でたまらなくて、怖くてたまらないんです……」
涙声になり、肩を震わせる亜耶ちゃん。
その小さな背中には、通信で全員の命を背負ってシステムに接続する、過酷な圧迫感がのしかかっていたのだ。そして、皆の状況を強制的に知らされるだけで、何も出来ない。
「亜耶ちゃん……」
私は息を呑んだ。
彼女に「誰も絶対に死なせない」「安心して私達に任せろ」と約束したかった。防人のリーダーとして、彼女の不安を全て拭い去ってあげたかった。
だが──バーテックスの襲撃は回を追うごとに熾烈を極めている。
先日の戦いだって、一歩間違えれば誰が死んでいてもおかしくなかった。確約できない嘘の気休めを口にすることができず、私は言葉を詰まらせ、言い淀んでしまった。
そんな情けない私の横から、三好夏凜が前に踏み出した。
「絶対に、仲間を死なせたりしないわ」
凛とした、一切の迷いのない声。三好は亜耶ちゃんの両肩をガシッと掴み、その瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「あんたが怖がる必要なんてない! あたしたちが……あたしが絶対に誰も奪わせない!」
「三好さん……」
「あたしはね……大切な仲間を失ったわ」
三好の瞳に、激しい後悔と、それを上回る苛烈な決意の炎が宿る。
「絶対に助けると誓った仲間を……あたしの、あたし達自身の無力さで失ってしまった。……だから、“今度”は絶対に誰一人として奪わせない、何があっても守り抜いてみせる」
自らの過去の痛みを曝け出し、それを糧にして伝える三好の言葉。
そして三好は、バッと私の方を振り向いた。
「だから楠! あんたもウジウジ悩んでないで、全力でサポートしなさいよ!!」
「……っ!」
胸を強く突かれたような衝撃だった。
私は、三好夏凜という少女がなぜ「勇者」に選ばれたのか、その理由が分かった気がした。
覚悟の桁が違うのだ。敗北を知り、痛みを引き受け、それでもなお「絶対に守る」と言い切れる強さ。
「……言われなくても、分かっているわ」
口元に不敵な笑みを浮かべた。
「亜耶ちゃん。聞こえたわね? 私たちの盾は、絶対に破らせない。安心して後ろから指針を示しなさい」
「……っはい!!」
亜耶ちゃんが涙を拭い、力強く頷いた。
勇者と防人。互いの覚悟が重なり合った瞬間だった。
◆
そして──四度目の襲撃が始まった。
神託通り二週間後に現れたバーテックスの群。前回と同じ後方からの砲撃と空爆、前線に参座を多数配置した陣形。だが、今回の敵陣の最前線には……これまでにない異質な存在が立っていた。
「……来たね」
私=結城友奈と東郷さんが息を呑む。
群れの先頭に立っていたのは、あの白いヒトガタバーテックス──大葉さんだった。
ヒトガタは出現すると同時に、恐ろしいほどの猛スピードで一直線に神樹様へ向かって侵攻を開始した。他のバーテックスとは比較にならない、圧倒的な推進力。
「友奈! 夏凜! あんたたちはあのヒトガタを追いかけなさい! 神樹様に近づけちゃダメよ!」
風先輩が大声で指示を飛ばす。
「でも、風先輩! 他の敵の数が……!」
「前線は私たち勇者部と防人だけで維持するわ! いいから行きなさい! あのヒトガタを止められるのは、合宿で真優に対応出来てたあんたたち二人だけよ!」
「……わかりました! 行こう、夏凜ちゃん!」
「ええっ! 任せなさい!」
私と夏凜ちゃんは『袿』を捨て、猛スピードで神樹様へ向かう人型の後を追った。
◆
友奈と夏凜をあの人型バーテックスの追跡に回した以上、この戦場に残されたのは私=犬吠埼風、樹、東郷、園子の4人のみ。
「ここは私たち4人で持ちこたえるわよ!」
大剣を握り直す手に力を込める。
上空では、東郷と園子が前回同様に、高所から砲撃と空爆を撒き散らすバーテックスの撃破へと向かっていた。だが、敵も同じ手を何度も受けるほど甘くはなかった。
海中に潜んでいた3体の参座──あのバーテックスの影が、水面下から不気味に蠢く。
突如、海中から放たれた強烈な狙撃が空を突いた。直撃を受けた園子の機動が狂い、抑えを失ったように海面へと着水してしまう。
『そのっち!』
東郷の悲鳴のような通信が跳ぶ。
海中へと引きずり込まれた園子を襲うのは、圧倒的な不利だ。息ができない呼吸の苦しさに加え、水中抵抗によって遠隔誘導している彼女の槍の動きが著しく鈍る。
浮上しなければ、まずい。
園子は推力を発生させる槍を瞬時に再生させ、水上へ躍り出ようと試みる。しかし、水中を縦横無尽に泳ぐ3体の参座がそれを嘲笑うように阻害する。絶え間ない水圧と酸素欠乏。園子の意識が薄れかけ、視界が白く霞み始めたその時、参座の1体が園子の身体をガッチリと掴み、さらに暗く深い水中へと引き摺り込もうとした。
だが、乃木園子の意識は落ちていなかった。
遠のく意識の狭間で、園子は残された最後の1本の槍を参座の胸元に向けて解き放つ。分厚い不可視の防壁に阻まれ、切っ先は止まる。しかし園子は諦めない。そのまま槍を強引に"伸ばし"た。伸びた槍の柄を蹴り飛ばし、それを足掛かりにして水圧を切り裂き、水上へと一気に舞い上がる!
「ははッ……ぶはっ……!!」
水面を突き破り、深く息を吸い込む園子。
肺腔へ一気に酸素が行き渡り、覚醒した彼女の目が爛々と光る。すかさず自身の攻撃の波長を合わせ、直下で追撃してこようとした参座の1体を、上空から振り下ろした長槍で見事に串刺しにした。
轟音とともに爆発する参座。水面から凄まじい水柱が湧き立つ。
だが、その波飛沫を割って、ヌルりと残る2体の参座が姿を現した。
「……此処で、コイツらを始末するよ」
園子は水上で長槍を構え直し、鋭い眼光を敵へと向けた。
◆
一方、上空に残された東郷もまた激戦の渦中にいた。
彼女は執拗に高火力砲撃を撃ち込んでくる『射手座』へ狙撃を仕掛けるが、周囲を飛び交う他のバーテックスが自ら盾となり、ことごとく攻撃を遮断される。
「くっ……防がれる……! ならば!」
東郷は機体を旋回させ、さらに速度を上げてヒット&アウェイの急速接近を試みる。しかしその瞬間、上空から『乙女座』の爆撃が襲いかかった。
投下されたのは、爆発と同時に周囲を濃密な煙幕で覆い尽くす異常な爆弾。
「しまっ——!」
一瞬にして視界を奪われた東郷。その刹那の隙を、射手座の狙撃が撃ち抜いた。
ドカンッと左側の推進器が根元から吹き飛ばされる。バランスを崩し、猛烈な勢いで空中を失速、墜落していく東郷。だが、彼女の危機に追随していた衛使がすぐさま背後から滑り込み、空中で彼女の身体をしっかりとキャッチした。
東郷はそのまま衛使の背中に立ち上がると、視線を射手座へと固定する。
「やってくれたわね……!」
衛使内のポリエチレン君のみを素早く手元へ回収すると、彼女は空になった衛使のボディの操縦権を上書きし、搭乗していた衛使のボディそのものを射手座へ向けて音速で突撃させた。
激突の瞬間、衛使内部の自爆装置を作動させる。
ドゴン、と袿に組み込まれていたものと同じ気化爆弾が内部で炸裂し、射手座の巨体が内側から粉々に吹き飛んだ。
東郷は即座に自身の推進器を再生させると、衛使のボディを失った丸裸のポリエチレン君を躊躇なく自分の胸の谷間に突っ込み、そのまま機首を上げて空爆を続ける乙女座へと突撃を開始した。
◆
そして──地上。
私たちの目の前に、再び6体もの参座が立ち塞がっていた。
予備の袿はもう使い果たしている。追加武装はない。今の私にあるのは、この身に纏った勇者装束と、この巨大な大剣一本のみ。
「上等じゃないの……!」
私の横で、樹が袿の背部に装備された誘導弾を全弾発射する。空を埋め尽くすミサイルの群れが参座たちの防壁に直撃し、視界を覆い尽くすほどの爆煙が巻き散らかされた。
「おらあぁぁッ!」
爆煙を切り裂き、飛び出した私が参座の1体を大剣で豪快に斬り倒す。
すかさず残りの敵が私を押し潰そうと襲いかかってきたが──そのうちの2体が、不自然に体勢を崩して豪快に転倒した。
「お姉ちゃん!!」
「樹、ナイス!」
煙の中、袿から密かに降りていた樹が、地面に死角となるワイヤーを縦横無尽に這わせていたのだ。脚を引っかけられ、もつれる参座たち。
私は直進してくる残り1体を大剣の横薙ぎで叩き斬り、そのまま体勢を崩して倒れ込んでいる2体へと躍りかかった。
しかし、死に体と思われた1体が、半ば斬られかけた自身の身体も顧みず、私の大剣を力任せに押さえ込んできた。
「くっ、離しなさい……!」
「お姉ちゃんっ!!」
樹の叫びと同時に、もう1体の参座の拳が私の胴体を真横から殴り飛ばした。
ドカァンッ!
視界が激しく回転し、砂浜を何度もバウンドしながら吹き飛ばされる。口の中に広がる鉄の味。
「ガハッ……! あぐっ……」
参座が容赦なく追撃のために迫ってくる。私を踏み潰そうと足を持ち上げたその時──突進してきた樹の袿が、参座の体に組み付いた。
「離れて、お姉ちゃん!!」
ドカンッッ!!
樹の指示と同時にベイルアウト後に袿が自爆。激しい爆炎と黒煙が周囲を包み込み、参座は一瞬私を見失う。
「もらったぁ!!!」
煙を割って地を這うように滑り込んだ私は、低姿勢のまま大剣を垂直に突き上げた。
ザシュッッ!!
大剣の刃先が参座の股下から進入し、脳天までを一気に貫通する。そのまま大剣を引き抜くと、参座は内部から光を噴き出して爆散した。大剣を押さえつけていた半斬りの参座も、力を使い果たしたように崩れ落ち、爆発を起こして消滅する。
「ハぁ……ハぁ……ッ」
口の中に溜まった血を、勢いよく地面に吐き捨てた。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界がチカチカと点滅している。けれど、私の足は止まらない。
大剣を力強く握り直し、私は残る2体の参座に向けて、砂浜を強く蹴り出した。
◆
私=結城友奈と夏凜ちゃんは神樹へと高速で向かう人型バーテックスに追い付いた。しかし──人型の戦闘力は、私たちの想像を遥かに超えていた。
「はぁぁぁっ!」
追いついた私達は、二人がかりで同時に怒涛の連撃を叩き込んだ。だけど、人型は洗練された体さばきで私たちの攻撃を軽々と受け流し、逆に容赦のない反撃を叩き込んでくる。
拳に合わせて拳を、剣に対して蹴りを、的確に合わせてくる。
二人がかりですら押し負け、私たちはジリジリと後退を余儀なくされた。
「強い……! なんなのよこの動き……っ!?」
夏凜ちゃんが叫ぶ。そしてついに、私たちは神樹様の目と鼻の先である中心部まで攻め込まれてしまった。
「そこまでよッ!!」
ここで、後方を護衛していた楠さんたち防人部隊が援護に入る。
有線式袿の強力な砲撃が人型へと向け放たれるが、空中で身を翻し躱す。そして狙いを防人たちが守る「真の目的」へと切り替えた。
戦闘指揮所──亜耶ちゃんが全戦況を把握するためにシステム接続している、あの通信要衝だ。
「しまっ……そっちが本命か!?」
人型の手元から、神樹の根をも穿つほどの凄まじい高出力エネルギー波が練り上げられ、指揮所へ向けて放たれる
「させないっっ!!」
楠さんが間一髪で間に割り込み、『袿』のボディで直撃を受け止める。バギンッッ!と地獄のような衝撃音が響き渡る。
「ぐああぁぁぁぁっ!?」
だが、あまりの威力に、楠さんの袿と防人装備は木っ端微塵に破壊された。楠さん自身も血を吐き、生身のまま地面を転がる。
「楠っ!!友奈!フォローに入るわ!!」
夏凜ちゃんが即座に踏み込み、自らの身一つで人型の追撃を遮ろうとした。
しかし、人型の攻撃は容赦がなかった。
鋭い結晶の刃が夏凜ちゃんの精霊バリアを切り裂き、そのまま勇者装束を破壊した。
「がぁっ!?」
夏凜ちゃんの意識が飛び、勇者装束が強制解除される。胸元から飛び出す勇者端末、それを人型は踏み潰す。夏凜ちゃんもまた、装備を完全に失い、倒れ伏した。
防人のリーダーと、勇者部の夏凜ちゃんが戦闘不能。
エネルギー波の余波で指揮所も半壊し、通信が途絶える。
「そんな………っ!」
ほぼ私一人だけが残された現場。
人型は冷酷な眼差しで私を見つめ、一瞬の隙を突いて私へ肉薄した。
猛烈な殴打を受け流していく。少しは私の目が慣れたのか、拳や蹴りの軌道がある程度予測出来る。合宿でさんざん大葉さんと戦ったおかげだ。しかし、こちらが適応していることに気付いたのか、人型は見せたことのない動きで私の防御をこじ開け、蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ……!?」
凄まじい衝撃と共に、私は神樹様の巨木へと叩き付けられた。視界が赤く染まり、全身の骨が軋む。
人型はトドメを刺すべく、私に向かって結晶の剣を振り上げた。
死が視界を覆う──その時。
ガギンッ!!と火花が舞う。
「……え!?」
人型が振り下ろしたトドメの一撃は、私を逸れ、そのまま神樹様の本体へと深く突き刺さった。
間一髪のところで、横から飛び込んできた「誰か」が、人型の腕を強引に殴りつけて剣の軌道を逸らしたのだ。
「………………」
私の前に立っていたのは──銀ちゃんだった。
勇者装束を纏い、感情もないはずの瞳で、銀ちゃんは人型の結晶の剣を必死に斧で抑え込んでいた。
「銀ちゃん……!? なんでここに……!?」
私が叫ぶ前に、異変が起きた。
人型の攻撃が深く突き刺さった神樹様の傷口から、ドクドクと眩い光を放つ無数の「蔦」が溢れ出し、人型の腕を強力に絡め取ったのだ。
神樹のエラーによって暴走する防衛本能か、それとも──。
その時。
言葉を失っていたはずの銀ちゃんの口が、小さく開いた。
「……おかえり」
かすれ切った、けれど確かな温もりを宿した声。
銀ちゃんはそう呟くと、神樹に絡め取られた人型の腕を即座に叩き切った。
◆
神樹の蔦に絡め取られたまま叩き切られた人型の腕から、不気味な黒い火とエネルギーの奔流が激しく噴き出した。
「つっ……あ……!」
人型は一瞬だけ危険を察知して大きく後方へと跳躍したが、切断された右腕の断面からは、信じられない速度で新しい肉体が蠢き、瞬く間に腕が再生されていく。
「再生した……!? 」
「うへぇ……気持ち悪」
さっきまで喋らなかった銀ちゃんが流暢に喋ってる。そして先ほど見た背丈よりも少し大きくなっている、まるで"2年分"大きくなったかのように。
人型は一切の感情を排した無機質な瞳で、腕を切断した銀ちゃんへと再びその狙いを定めた。神樹に刺さったまま残された切断腕の残骸を無視し、銀ちゃんに向かって地を蹴ろうとした──まさにその刹那。
ドクンッと心臓の音のような物が鳴り響く。
神樹の幹に突き刺さったままだった人型の切断腕が、突如として眩い白と黒の光を放ちながら膨れ上がった。
「え……っ!?」
「あ、やば!こっち来たのか"あの人"!?」
銀ちゃんは咄嗟の判断で私の体を力強く抱え上げ、間一髪でその場から大きく後方へと退避した。勇者として培われた咄嗟の身さばきは本物だった。
次の瞬間、切り落とされた腕の残骸から、新たな「何か」が爆発的に再生・形作られていく。
黒い煙と白い粒子が渦を巻き、その中央から一人の少女が地面へと舞い降りた。
長い黒髪を夜風にたなびかせ、露わになったその顔立ちは──大葉さんと瓜二つ。
けれど、その瞳には大葉さんの静寂とは異なり、燃え盛るような凄まじい闘志と憤怒の火が宿っていた。
纏っているのは、見たことのない勇者装束、漆黒と純白が複雑に交差する異形の「白黒の勇者装束」。
少女は手元に巨大な黒光りする刀を実体化させると、低く、けれど響き渡る声で言い放った。
「……ふん、情けない姿ですね、結城友奈!」
「え……? え?……私の名前?何で?というか誰ですか……?」
少女は振り向きもせず、刀を構えながらニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「二夜よ。……相良二夜。あちら側に囚われていた真優から、神樹の力を借りて強引に復活してきたわ、感謝なさい!!」
「二夜……さん……!?」
二夜さんは言葉を終えるやいなや、地面を爆破するかのような踏み込みで、目の前の人型──大葉さんの姿をした怪異へと一直線に肉薄する。
疾風怒濤の斬撃。
「ハァッッ!!」
ギギン!と二夜さんの振るう刀は、先ほどまで私たちを圧倒していたヒトガタの防壁を容赦なく叩き割り、その肉体を容赦なく切り刻んでいく。圧倒的な手数の刀術。人型はそれをやり返そうとするが、その出掛かりを潰し、さらに追撃する。それは大葉さんの戦闘スタイルを完全に知り尽くしているからこそできる戦闘だった。
「すごい……! あの人型を、一人で押してる…!?」
しかし──人型の適応能力もまた異常だった。
数度の交戦を経て二夜さんの間合いとパターンを解析し、すぐさま防衛体制を立て直し、二夜さんの刀を最小限の動作で回避・いなし始め、逆に互角の攻防へと持ち込み始めたのだ。
「ちっ……! 学習が早いわね……っ!」
二夜さんはチッと高く舌打ちをすると、後ろで呆然と立ち尽くしていた私と、私を抱えられている銀ちゃんに向かって大声で怒鳴りつけた。
「ねえ! いつまでポカンと見てるの! 早く手伝いなさい!!」
「っっ!? は、はいっっ!!」
「あ!はい!」
私は痛む体にムチを打ち、気合いを入れ直して立ち上がった。銀ちゃんもまた、鋭い眼光で人型を見据える。
二夜さん、私、そして銀ちゃん。
三人の猛烈な連撃が人型を襲う。
二夜さんが前衛で激しい刀術を叩き込んで敵の体勢を崩し、そこへ私が渾身の拳を打ち込み、銀ちゃんが斧で敵の退路を塞ぐ。
三人がかりの怒濤の攻防。さすがのヒトガタも全身のダメージが増えていき、これ以上の戦闘継続は不利と判断したのか、凄まじい衝撃波を周囲に放って私たちを牽制すると、空中へ跳躍して一瞬で彼方へと撤退を開始した。
「ハァ……ハァ……やっと逃げた…………」
二夜さんは刀を消し去ると、肩で息をしながらその場にドサリと腰を下ろした。
今回の襲撃も、なんとかバーテックスを退けることだけはできた。だけど……勝ち取ったと言えるようなものでは、到底なかった。それより。そんなことより!
「あ、あのぉ~、私、結城友奈って言うんですけどぉ……、2人は二夜さんと銀ちゃんで良い……んですよねぇ?」
恐る恐る聞くと2人がこちらに振り返る。
「あー、そうだったな、そうだよ、あたしが銀、三ノ輪銀だ」
ニカっと笑う銀ちゃん。その横で大葉さんがしないようなプンスカ顔で二夜さんがヅカヅカと私に近付いてくる。うわ、胸デッカ。尻デッカ。東郷さんより税金かかりそう。
「結城友奈ッ!この顔を忘れたのかしら?!あんたがボコボコにしたこの顔を!!!」
「あ?!え!?ごめんなさい!!大葉二夜さんでしたっけ?!?」
「……っ!?!名前を間違えるなんて最低よ!!相良よ!!まだね!!覚えときなさい!!!」
はぁぁぁい……、と弱々しく返答する。それを聞くと復活したと豪語していた相良二夜さんはせかせかと神樹の山を降りていく。
「何ぼっとしてるの2人とも!!早く継人のところに行くわよ!!」
物凄い剣幕で怒られた。横に居た銀ちゃんと目を合わせるとそそくさと二夜さんの後を追った。
◆
戦闘が終わり、大赦の緊急医療班と救護隊が現場へと雪崩れ込んできた。
引き上げていく敵を見送った後の現場に広がっていたのは、言葉を失うほどの惨状だった。
神樹様のふもとに築かれていた戦闘指揮所は、人型の凄まじい一撃によって完全に崩壊していた。システムに深く接続していた亜耶ちゃんは、システムの急激な遮断と衝撃により重度の脳線維過負荷を起こし、意識不明のまま運び出されていった。
そして──後方で防衛線を支えていた防人部隊。
そのリーダーである楠芽吹ちゃんは、亜耶ちゃんを庇って人型の攻撃を正面から受け止めたため、防人用の『袿』を含めた装備が影形もなく完全粉砕。彼女自身も右腕骨折という重傷を負い、治療室へと運び込まれた。
勇者部側の被害も深刻だった。
夏凜ちゃんは楠ちゃんをフォローしようとした際、勇者装束を破壊され、端末が完全に機能停止状態になっていた。夏凜ちゃん本人も負傷し倒れ込んだ。
医療スタッフがひっきりなしに動く中、わっしーが破れた勇者服のまま、血の匂いと煙が充満する現場に膝をついた。
「ここまで攻めこまれるなんて……」
「うん……」
私は力なく答えることしかできなかった。
今回は勝った。街も、神樹様も守り抜いた。
けれど、引き換えにした代償は大きすぎた。
勇者の主軸の1人である夏凜ちゃんの戦線離脱。
後方支援と指揮を担っていた防人のリーダー楠芽吹ちゃんと巫女の亜耶ちゃんの離脱。
そして何より、戦局をリアルタイムで把握するための戦闘指揮所の完全な崩壊。
私たちの戦術の要が、今回の襲撃で根底から破壊されてしまったのだ。これからどうすれば良い?
絶望的な状況の中、大声が木霊した。
「大葉継人はどこに居るの!!!」
ビキビキと鼓膜を揺さぶらんばかりの声量。医療スタッフもその場に居た皆が振り返る、そこに居たのは大葉さんではなく、よく似た顔の女、敵だった女がそこに立っていた。
「相良……二夜…?」
「何故?!どうして貴女が?!」
わっしーが銃を向け、私も槍を低く構えた。彼女はそれを見て少し片方の眉を上げ、腰に手をつけ不遜な態度でこちらを睨んでいた。一触即発である。
「あー!東郷さん!待って!園ちゃんも!!」
二夜の後ろからぴょこっとゆーゆが飛び出す、そしてその反対側から
「そうそう!須美も園子も止めろ止めろ!って、うわ!どっちもでかくなってる!?!何で私そんなにでかくなってないんだよ!?!」
あの頃より少し大きくなったが、あの頃のままのようなミノさんが飛び出した。それを見てわっしーと私は完全に止まってしまう。おお、止まった止まったとミノさんはトコトコと私達に近付いてきた。
「よ!勇者ってのはピンチに駆けつけるもんだからな!三ノ輪銀!大復活だぜ!!」